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閑話 村長対談

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 バルトロの自宅の大広間には、見慣れぬ客人が数名訪れていた。
 そして、バルトロ含め、村の重役たちが彼らと膝を突き合わせる形で座っていた。
 それは、ロディフィスがバルトロに呼び出される、少し前のことだった…… 

「話は理解した。が、今すぐに回答は出せねぇ。
 この場にる奴等で話し合うんで、ちっと席を外して貰えるかい?
 なに、そう時間は取らせねぇよ」

 バルトロの提案に、リオット村の村長一同は軽く頷くと、呼び出されたセルヴィアに連れられて広間を後にした。
 パタンと扉が閉まり、いくばくかすると誰からともなく声が上がっていった。

「どうしたものか……」
「追い返すべきだろう」
「しかし、もし断ったからと暴れられでもしたら……」
「暴れる? 奴等のツラを見ただろう? とてもそんな体力があるようには見えなかったがな……」
「確かに、ありゃろくに食ってないな……」
「大体、そんな気概きがいがあるなら、役人が税の徴収に来たときに一悶着ひともんちゃく起こしてるだろうよ?」
「違いない。それに、もし俺たちが奴等と同じ立場だったとして、奴等が俺たちを受け入れると思うか?」
「……ないな。追い返されるのがオチだ」
「あいつらだって、そこんところは覚悟してるだろう」
「そうだな……彼らには悪いが、我々には我々の生活がある……ここは一つ……」

 広間に集まっていた村民たちから、思い思いの言葉が放たれる。
 そのことごとくは否定的なものだったが。
 誰だって、知らない赤の他人なんかより我が身がかわいいものだ。
 見知らぬ誰かの為に、自分を犠牲に出来る者など、極々僅かでしかない。
 そういう意味では、彼らの判断は至極しごく当然のことだといえた。
 バルトロは、ただ静かに村民たちの言葉に耳を傾けていた。
 程なくして、みなの意見が拒否の方向で固まり、誰もが発言を控えるようになった頃、

「……バルトロ。
 さっきから黙ったままだが、あんたはどう考えてんだ?」

 その場にいたバルトロと同年代の男性が、そう問いかけてきた。
 いくらこの場にいる者たちが、村で重役の席に着く者たちだとはいえ、最終的な判断を下すのはあくまで村長であるバルトロなのだ。
 彼の発言なくしては、この話し合いを終えることは出来ない。
 しばしの沈黙のあと、バルトロはゆっくりと言葉を紡いでいった。

「……俺は受け入れようと思う」

 この一言に、この場のみながざわついた。
 話の流れ的には、完全に拒否だったにも関わらず、バルトロは受け入れる姿勢を見せたのだ。
 
「村長っ! 受け入れるって……正気かっ!」
「多少の余裕があるのは確かだが……丸々一つの村の住人を養う程の蓄えなど……とても……」

 当然、口々に上がったのは批判の声だった。
 その言葉に続いていくつもの反対意見が飛び出すが、バルトロはそんな彼らに手をかざし沈黙を促す。
 少しして、声が静まったところでバルトロは自分の考えを口に出した。

「まず思い違いして欲しくねぇのは、奴等への救済は何も奴等の為だけって訳じゃねぇ。
 俺らの為でもあるってこった」
「どういうことですかバル?」

 聞き返して来たヨシュアへと視線を移し、バルトロは続ける。

「考えてもみろ? 仮にここいら一帯の村が壊滅したらどうなると思う?
 そんなことになれば、残ったこの村に対して今までより徴税が厳しくなるのは目に見えている。
 “潰れた村の分の税も払え”とかなんとか難癖つけてな……
 現状すら顧みず、理屈も道理も通らず、ただ奪うことしか考えないような奴が、俺らの上にいる。
 リオットの奴等の姿は、遠くない何時いつかの俺らの姿だってことだ……」
「それは……」
「だからって……」
「どうすれば……」

 みなが何かを言いかけては、言葉が続けられず口を閉ざす。
 “そんなことにはならない”と、口に出来る者などこの場には誰もいなかった。
 むしろ、バルトロの言葉通りになるだろうと、そう思った者が大半だった。
 ここでリオット村の人々を見切れば、確かに今はしのぐことが出来る。
 だが、バルトロの言うように将来的な負担を考慮するなら、一つでも多くの村を存続させた方が良いというのも、また分かる話だった。
 誰もが、バルトロの言わんとしていることは理解していた。
 とはいっても、何かより良い解決策がある訳でもない。だから、言葉が続けられなくなったのだ。
 今のままでは、彼らを切り捨てても受け入れても、迎える結果に大した違いはない。
 早いか、遅いか、その程度だ。
 ロディフィスとイスュが共謀して、村を存続させるための手立てを用意しているが、それも確実といえない現状では、口に出すべきではないだろう。

「そうは言うが、先も誰かが言ってはいたが、そもそも受け入れるにしても食料はどうする?
 まずは、そこの問題を解決せんことには、到底受け入れる事なんて出来んぞ?」

 バルトロは、問いかけて来た人物へと視線を移す。

「この中には知っている者は少ないが、数年前から試験的に南の原野にカンブラを植えて栽培している。
 とはいえ、植えるだけでほとんど手は掛けていないがな。
 食えるものがどれだけあるかは、掘り起こしてみんと何とも言えんが、まとまった量の食料にはなるだろう。
 まぁ、味の方はみなが知っての通りだがな」

 カンブラとは地下茎により繁殖する植物で、その塊茎かいけいは食用にもなる。一言で言えば芋だ。
 荒地でも良く育ち、生命力、繁殖力と共に高い。
 ただし、味はパッとしない。というか、不味い。
 いくら栽培が容易な植物とはいえ、味が味では売ることも、好き好んで食べる者もいないため、誰も育てようとはしないのだ。
 ましてや、税の対象になり得る畑を専用に用意してまで栽培する者などいる訳もなかった。
 そんなものを、バルトロは非常時のためにとこっそり栽培していたのだった。
 それも、人目に付きにくいように村から少し離れた場所で、更に役人に咎められないよう畑も作らずに、だ。
 別に、秘密にしていた訳ではない。単に、実験的なところもあったため成果が出るまでは、不必要に他言するようなことは控えさせていただけだった。
 そして、今回がその非常時だった、というだけの話だ。

「その上で、これは俺からの提案……というか、みなへの頼みだと思って聞いて欲しい。
 今回の一件だが……ロディフィスの奴に任せてみようと思う」

 バルトロのこの発言に、集まっていた者たちの間からどよめきが起こった。

「ロディフィスにって……あいつが妙に頭が良いのは認めるが、村の命運を決めさせるには、まだ子どもだろうに……」
「なら、逆に聞くが、この中に奴より頭の回る大人がいるのか? もし、いるようなら是非とも名乗り出て欲しいもんだ」

 バルトロの言葉に、誰もが口をつぐみ、静けさが辺りを支配した。
 ロディフィスの、その並外れた知識や発想は村の誰もが知り、認めているところではあった。
 今ある村の豊かさは、ロディフィスによってもたらされたものだということは、この場にいる者たちにとっては共通認識となっていた。
 しかし、だからといって、全てを任せるにはロディフィスの年齢は、あまりにも若すぎた……

「お前らの言いたいことも勿論分かる。
 だがよぉ、あいつの年齢が、あいつが今までして来たことを否定する理由にはならんだろう?
 勿論、今回の責任は全て俺が持つ。
 お前らに迷惑は……かなりかけるとは思うが、悪いようにはしねぇつもりだ。だから……頼む。この一件、俺に預からせてくれねぇか?」

 バルトロは、机の上に手を突くと、深々と頭を下げたのだった。
 滅多に見る事のない、バルトロの殊勝な態度に、誰もが言葉を出せないでいた。
 そんな中……

「どうせ八方ふさがりのようですし……一つ、バルに預けるということでどうでしょうか?」

 ヨシュアがそう切り出したことで、他の重役たちも“村長が責任を持つなら”“代案がない以上は……”ということで、消去法的にバルトロに一任することで話は落ち着いていった。

「恩に着る。では、これから俺がすることに、何一つ口を挟まないように願う。
 思うところもあるとは思うが、堪えて欲しい。
 んじゃまぁ早速で悪いが、ここへロディフィスの奴を連れて来てくれ。
 今の時間なら、まだ教会にいるだろう。
 あと、リオット村の奴等も呼んでくれ……」
「では、ボクが行ってきますよ。
 リオット村の村長殿は、セルヴィアに頼んでおきます」

 そう言って、テオドアは一人席から立ち上がると広間を出ていたのだった……
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