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90話 続・〇〇アーマー

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 徴税官が村に来た日から更に数日が経った。
 収穫した小麦の半分は持っていかれてしまったが、それは初めから税金として納めることを想定していた分なので、なくなったところで深刻な問題にはならない。
 むしろ、今年は村長の機転で小麦が手元に半分残ったことを喜ぶべきだろう。
 例年だったら、収穫量の二割から三割らしいからな、ざっと二倍近い量が残ったことになる。
 そうして残った小麦も、今までだったら食べずに売りに出して、別の食べ物と交換していた訳だが、今の村にはそこそこのカネがある。
 わざわざ小麦を売りに出さなくてもいい程に。
 と、いうことはだ。
 この小麦は、自分たちで食べてしまっても問題ないということだ。
 小麦のパンなんて、村じゃちょっとした御馳走だからな。
 食べられるとなれば、村の連中もさぞや喜ぶことだろう。
 俺個人としては、小麦より米が食いたいのだが、無いもの強請ねだりをしても始まらないので諦めている。
 ってか、この世界に米ってあるのだろうか?
 今度、イスュにでも聞いてみようかな……
 まぁ何にせよ、この残った小麦の扱いについては村長に一任しているので、今のところ売るのか食べるのかは判然としていないのだけどね。
 村長のことだから、悪いようにはしないだろうけど。

 と、そんなことがあった村だが、これといって変わることなく、今日も今日とて平常運転である。
 大人たちは皆、忙しそうに働いており、俺たち子どもは学校でお勉強だ。
 忙しそうにしている、とはいっても内容は人それぞれのようで、これから売りに出す新商品の生産準備で、村の中を文字通り東奔西走している人もいれば、冬野菜の準備で畑に手を入れている人の姿もあった。
 勿論、新商品の準備に関しては俺もいろいろと手伝っている訳だが、それは学校が終わってからの話だ。
 学校での勉強など、俺にはまったくもって不要な訳だが、そこはやはり子どもということで、ちゃんと行かないと各方面がいろいろとうるさいのだ。
 両親とか、特にシスター・エリーとかがな……
 で、かく言う俺は、今さっき学校での授業が終わり、いつものメンバーで帰り道の真っただ中である。

「? なんだかお家の前に人だかりが出来ていますわね?」

 そう言ってシルヴィが指し示す先に視線を向ければ、確かにそこだけ人の密集率が高くなっているのが遠目からでもよく分かった。
 シルヴィの言う“家”とは、つまり村長の家のことだ

「本当だな。あいつらあんな所で群がって何してんだ?
 遊んでないで働けよ。このクソ忙しい時期に……
 俺だって学校が終わったら働いているってのによ」

 まぁ、それは俺だけでなく、この村の子どもたちは皆同じようなもので、別に俺だけ特別という訳はないのだが……それはさて置き。

「ってか、そろそろ離れて頂けませんかねシルヴィアさん? いい加減重たいです」

 と、俺は背中におぶさるようにして抱きついているシルヴィにそう告げた。
 シルヴィの方が、少し年上なので俺より頭半分ほど背が高く、当然、体重だって重い。
 重いとはいっても、年齢から考えたら三〇キログラム程度なのだろうが、今の俺にとっては体が小さいだけに正直辛い。
 のだが……

「イヤですわっ!」

 と、こともあっさりと断られてしまった……

「タニアはよくて、わたくしはダメなのは不公平ですわっ!」

 何時だったか……タニアが背中にしがみついていた時があったが、たぶんその時のことを言っているのだろう。
 タニアはまだ俺と同じくらいの背格好だから何とか背負えるが、シルヴィ相手では……
 無理ではないがちょっとキツい。
 おそらく二人の差なんて、五キログラム程度のことだろう。
 だけど、二リットルペットボトル二本分よりなお重い、と考えると数字で考えるより実感が湧いてくる。
 五キログラムの米袋とか、ペットボトル飲料の詰まったレジ袋とか腕に下げて、店から駐車場まで移動するだけで結構な重労働だからな……

「いやね……不公平とかじゃなくて、単純に重いっていうね……」
「イヤですわっ!」

 離れるように説得を試みるが、なかなかどうしてうまくいかないものだ。
 この子も頑固なところがあるからなぁ~……
 シルヴィは離れまいと、俺の首に回していた腕にぎゅっと力を入れた。
 あっ、これマズいんじゃね? と思った時には、時既に時間切れ。
 シルヴィのほっそい腕が、俺のこれまたほっそい首を締めあげていたのだった。

「ぐえっ!?」

 俺の口から、カエルを踏みつぶしたような声が漏れる。
 まぁ、実際、カエルを踏みつぶしたことなんて前世で一度もないから、どんな声を出すのかなんて聞いたこともないがな。あくまで、イメージだ……
 って、んなことを呑気に語っている場合ではない!
 シルヴィアさんっ! ギブギブッ!
 チョークスリーパー極まってるからそれっ!?
 いっ、息が……
 止めるように抗議をしようにも、首を絞められているので声は出ず、振り解こうにも右腕をミーシャが、左腕をタニアがそれぞれ抱えてしまっているので、それすらままならない状態だった。

「モテる男は大変だな」

 近くにいたグライブが、ニヤニヤした顔で俺のことを見下ろしながら、そんなことを言っていた。
 他人事だと思いやがって……まぁ、実際他人事な訳だけど。
 見ているだけじゃなくて、さっさと助けろよっ! と、俺はこのボンクラに声を大にして言いたい。
 ……結局、俺が苦しみもがいていることに気づいたシルヴィが、腕の力を緩めてくれたことで事なきを得た。
 で、本来ならここでさよならをするのだが、人だかりが気になったので俺たちは帰るのを後回しにして、取りあえず、くだんの人だかりへと近づいてみることにした。

「なぁなぁ、おっちゃん。これ何の集まりよ?」

 人垣を割って、先頭に行くのも無理そうだったので、断念。なにせ、人っ子一人、子どもすら通れそうな隙間もないのだ。
 なので俺は外周を囲っているおっちゃんに話を聞くことにした。
 ホント、こいつらこんな所でおしくらまんじゅうして何してんだか……

「ん? おお、誰かと思えばロランドとこの小倅こせがれじゃないか。
 ってーと、学校からの帰りかい?」
「まぁな、で、この人だかりって何?」
「いやな……実は、俺も今来たとこでな……詳しい事はよう知らんのだよ。
 ただ、何でも“隣村の村長が来てる”って話らしいんだが……」
「隣村の村長が?」

 隣村の村長が何しに? とも思ったが、同時になんだか嫌な予感がした。
 隣村、とは言っても“隣村の村長と軽く一杯やって来る”なんて簡単に行ったり来たり出来るような距離じゃない。
 イスュが以前、村と村の間を一日で移動している、と言っていたことがある。
 正確な距離は分からんが、それだけ離れている所からわざわざやって来たと考えると、たまたまとか、ちょっと立ち寄ってみましたとか、そんな簡単な理由ではないだろう。
 前世では、車を使えば一時間程度で行けてしまう距離が、この世界では大移動になってしまうからな。

「う~、これではお家に入れませんわっ!」

 俺の背中で、シルヴィが吠えた。そう叫びたい気持ちは、まぁ分からなくはない。
 なにせ、目の前には人で出来た壁がデンとそびえており、そこには子どもが通れそうな隙間もないからな。
 これでは、確かに家に入れない。と、

「その声は……シルヴィかい……?」

 不意に人垣の中から、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
 その人物は、群がる村人をかき分けて俺達の前へと姿を現した。
 やっぱり、思った通りテオドアさんだったか。

「お父様? どうしてこちらに? 今の時間ですと、お店の方にいるのでは?」

 テオドアさんは、村長の次男でシルヴィの父親だ。村では銭湯へ併設されている飲食店の運営を任されている。
 いつもなら、今の時間は銭湯の方で開店の準備をしているはずなんだけど……
 本当に、なんでここにいるのだろうか?

「テオドアさん、ちぃーすっ」

 一応あいさつだけはしておく。
 俺にならって、ミーシャとタニア、その他二名もテオドアさんへとあいさつをした。

「はい。みなさんこんにちわ。
 丁度良かった。ロディフィス君も一緒……」

 と、そこまで言って、テオドアさんの動きがピタリと止まってしまった。
 糸のようなその細い目を、俺へと釘付けにして微動だにしない……

「ろっ、ロ、ロデ、ロディフィス君。
 そっ、その、それは、その、一体、その、どういう……」

 ようやく動いたかと思えば、今度は壊れたおもちゃのように、やたらとカクカクした動きをしていた。
 テオドアさんのこの動き、以前どこかで見たような気がするんだが……
 え~っと……あれはいつの日の事だったかなぁ。
 ……あっ、そうだ思い出した。
 あれはまだ暑い夏の日のことだ。
 まぁ諸々あって、美少女アーマーをまとった俺を見たテオドアさんが暴走したことがあった。
 このカクカクした動きは、その暴走直前の動きによく似ていたのだ。
 あー、思い出してすっきりした。思い出せそうで思い出せないのって結構気持ち悪いんだよなぁ……って、ちょっと待てよ?
 俺は、ゆっくりと顔を右へと向ける。
 そこには、俺の右腕に張り付いたミーシャがいた。
 たまたま目が合い、ミーシャは少しだけはにかむようにして笑った。あら、かわいい。
 で、今度は左へと顔を向けた。
 そこには、俺の左腕にしがみついたタニアがいた。
 俺が顔を向けたことに気づくと、“にはははは”と笑いながらニカッとヒマワリのような眩しい笑顔を俺へと向ける。元気があって大変よろしい。
 で、表情は見えないが、俺の背中にはシルヴィがくっついている。
 背中からはシルヴィの細い腕が首へと回され、背中越しではあったが、熱いと感じる程の彼女の体温と、その柔らかさがダイレクトに伝わって来る。まぁ、多少……いや、結構重たいのはご愛敬というところか。
 しかしよくよく考えれば、これはかの有名な“あす〇ろ抱き”というやつではないだろうか?
 女性胸キュンランキングで壁ドンなどに並んで上位に位置しているというあの伝説の……
 まさか、する側に回るより先に、される側になるとは思わなかったよ。
 確かに、こう……背中側から抱きしめられていると、暖かいものに包まれて安心感のようなものを感じる。
 そう思えば何だか、ちょっとだけ胸がキュンキュンしているような気がしなくもない。
 ランキングの上位に来る理由がなんとなく分かった気がした。
 しかしこれ、やられて気がついたことだが、両者が立っている状態では、ある程度の身長差が存在しないと成立しないのな。
 一歩間違えると、ただのおんぶになってしまう。
 一般的な身長の男が立っている状態で“な〇抱き”してもらえるのは、小さな子供のうちだけ、という訳だ。
 もしくは、自分より身長の高い女性か男性を恋人にするかだな……前者は良しとしても、後者だけは絶対に御免だがな。
 はっ! まさかシルヴィはそこまで考えて俺に“な〇抱き”を!?
 ……シルヴィア、なんて恐ろしい子。
 って、アホな事を考えて場合でもないか……
 要は、装備箇所が以前と若干違うが、このシチュエーションはあの時のそれと同じなのだ。
 いや、シルヴィが“な〇抱き”をしている時点で、インパクトだけなら前回よりも上を行っているかも……
 まぁ、なんにしろ続・美少女アーマーってことなので、この先の展開なんてもう読めてるんだよなぁ。

 ガシッ

 なんて思っていたら、突然、両肩に強い衝撃と圧迫感を感じた。
 しかし、俺は動じることなく、視線をタニアの方へと向けたまま動かさない。
 だって、何だか殺気っぽいものがピシピシと刺さるというか何というか……

「……ロディフィス君。どうしてこっちを向いてくれないんだい?」

 正面から聞こえて来たのは、まぁ、当然といえば当然だが、テオドアさんの声だった。

「ははは……何故でしょ……っう!」

 俺の言葉が終わる前に、肩に在った圧迫感が頭部へと移動すると、俺の意思とは関係なく、視界が強制的に回転を始めた。
 一応あらがってはみたが、その力はとても強く、子どもの力でどうこう出来るものではなかった。
 そして、俺の視界にテオドアさんが映し出された。のだが……

「……大事な……大事な話をしようじゃないか……僕と君の今後に関わる、重要な話を……」
「うっ……」

 なにこれ怖っ!! ってか、近っ!?
 普段は、閉じているんだか開いているんだ分からないような、その細い目がまんまるになるほど見開いて、テオドアさんが俺を凝視していた。
 しかも、その瞳には、意思の光が灯っていないっていうね……
 これ、あれだ。主に、病んでるっぽい人がする目だよっ!
 この目をする奴に、ろくな奴はいないっ!
 最悪、首を切断されてバッグに詰められかねないからな……

「ロディフィス君……君の将来設計について、深く……そう、深く話し合おうじゃないか……
 こ、事と次第によっては……ぼ、ぼっ、僕は君のことを……こ、コロ……」

 と、そこまでテオドアさんが言葉にしたところで……
 “ドズッ”という、なんとも腹に響くような鈍い音が聞こえたかと思うと、テオドアさんの体が、一瞬真上へと浮き上がった。

「うぐっ!?」

 そして、“ドゴッ”と二度目の打音が響いた時には、テオドアさんの体は大地へと突っ伏し、伸びていた……
 あまりに一瞬の出来事で、何が起きたのやらよく分からんかった。
 それは、ここにいる者、ミーシャやタニアなんかも同じだったようで、ただポカーンと声も上げずに倒れたテオドアさんを見ているだけだった。

「あらあら……
 シルヴィの声がしたのに、なかなか入ってこないものだから、どうしたのかと思えばなのに捕まっていたのね……」
「お母様までどうして?」

 声の方へと視線を向ければ、そこにはテオドアさんの奥さんにして、シルヴィの母親であるセルヴィアさんが立っていた。
 セルヴィアさんもテオドアさんと一緒に、銭湯の飲食店で働いているのだが……本当、店の方はいいのだろうか?
 ってことはさて置き、コレ・・ってばセルヴィアさんの仕業という訳か……
 そういうば、以前もこの人、自分の奥さんに吹っ飛ばされていたっけか。
 ……以前も疑問に思ったことなのだが、父親が母親にボコにされているというのに、シルヴィが割と平然としているんだよなぁ。
 もしかして、ご家庭ではこういうことが頻繁に起こっているのだろうか?
 ……いや、考えるのはよそう。家庭には家庭のルールみたいなものがあるだろうしな。
 他人である俺が、とやかく口を挟むことではないだろう。
 ってか、奥さん……自分の亭主をボコにした挙句、変なものって……流石にあんまりの仕打ちではないだろうか?
 俺は地面にへばりついて伸びているテオドアさんにちらりと目をやり、軽く同情した。

「それに、この人たちは一体何ですの?」
「ええ……それなのだけど……」

 と、セルヴィアさんが俺の方へと視線を向けて来た。
 視線が合ったので、一応あいさつだけはしておくことにした。

「あっ、どうも、こんにちわ」
「はい、こんにちわ。
 いつもシルヴィと仲良くしてくれてありがとうね」
「いえいえ、こちらこそ仲良くして頂いて……」

 と、社交辞令的な言葉を並べ立てる。
 これでも一応、元社会人ですから。

「でも、ロディフィス君と一緒だったのは丁度良かったわ」

 そういえば、テオドアさんもそんなようなことを言っていたような気がする。

「実は、お義父さんがロディフィス君に用事があるらしくて……」

 お義父さん……ということは、村長か?
 村長が俺に用事って……益々もって嫌な予感が増大するではないか……

「それで、テオがロディフィス君のことを探しに出たのだけれど……」

 家を出た所で、俺たちと鉢合わせしたはいいが、話が脱線してしまった……と、そういうことなのだろう。
 セルヴィアさんは、伸びているテオドアさんを一瞥すると、小さくため息を吐き……

「ちっ……」

 ……え? 今、舌打ちしましたかセルヴィアさん?
 案外、ここのご家庭は恐妻家なのかもしれないな……いや、関わるまい、関わるまい。

「それで、少し悪いのだけれど、お義父さんに会っていってもらえるかしら?」
「ええ、まぁ、呼ばれているというのなら、行きますよ」
「そう? 助かるわ」

 当然ながら、呼ばれているのは俺だけ、ということで、グライブとリュドはここで別れて帰ることにしたようだ。
 ミーシャやタニアも一緒に帰るかとも思ったのだが、二人は俺について来ることにしたらしい。

「いつも村長さんと、どんなお話してるのか気になるから……」

 というのが、ミーシャの理由らしい。タニアはミーシャが行くならって感じでついてくるようだ。
 ミーシャたちが聞いていても、ただ退屈なだけかもしれないことをちゃんと説明したのだが、それでもどうしても、と言うので一応連れて行くことにした。
 何がそんなに気になるのか……別に面白い話なんてしていないのだけどねぇ。
 ただし、話をしている最中は、絶対に静かにしていることと、村長がダメだと言ったら諦めて素直に帰ること、この二つはしっかりと約束させた。

「……本当にしっかりしている子ね。
 表があれだから、勝手口から入りましょうか」

 と、いうことでセルヴィアさんの案内で、俺達は勝手口へと向かって歩き始めた。
 頻繁に来ている村長の家だが、いつもの広間以外入るの初めてかもな……
 なんだかちょっとだけわくわくしてきたぞ。

 余談だが、村長との話し合いが終わり帰る頃になっても、テオドアさんはそのままの姿で放置されていたのだった……不憫な。

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