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89話 徴税官
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ヴァルターがうちの村にやって来た日から数日が経った。
その間に、何故かまた俺が妙に忙しいくなっていたりだとか、すごく忙しくなっていたりだとか、とっても忙しくなっていたりだとか……まぁ、いろいろとあったのだが、大きな出来事としては二つか。
一つは村の今後について、村のみんなで話し合ったことだろう。
一応、村長からの提案という形で、俺とイスュによる原案がそのまま提案されて、これは特に変更もなく採用された。
この時、村の危機的状況についても、包み隠さず村長がみんなに話して聞かせている。
下手に隠したところで、いいことなんて何もないからな。流石は亀の甲より年の劫というやつだろう。
話すべきタイミングというのを弁えている。
事が起こってしまってからでは遅すぎるし、無用に先送りにして、いざバレた時には村民からの非難は免れない。
こういうことは、傷口が広がる前に出来るだけ早く話しておいた方がいいのだ。
話を聞いた村人たちの中には、これからの生活に不安を抱く者、領主の行動に憤りを露にする者、己が不幸を悲嘆する者、と様々反応があったがその中に“領主を打倒しよう!”みたいな意見が出なかったのは、不幸中の幸いだろう。
武器を手にして反抗したところで、誰も幸せにはならないというのを皆が理解しているのだ。
基本、なんの力も持たない一村人にとっては領主の決定には泣き寝入りするほか手はないのだから。
人間、追いつめられると過激な思想に走りがちなのだが、そんな中にあって、恐慌状態というか暴動まがいなことが起こらなかったのは、村長や神父様の説得があったからこそだろう。
神父様はいうに及ばずだが、村長もあれはあれで村人たちからの信頼は厚いのだ。
そしてなにより、現状を打開する方針を明確に示すことが出来たのも大きい。
一縷の光明ではないが、何か一つでも安心材料があれば、取り敢えず自暴自棄にはならずに済むのだから。
今回の計画には、とにかく膨大な資本が必要だった。
そのため村人たちには総出になってせっせと新商品の生産の準備に取り掛かってもらっている。
これから本格的な冬になっていくに連れて、農作業はほとんど出来なくなっていくことを考えるとむしろ好都合な話だった。
そのため、豊富な人材を最大限に利用した生産体制で臨むことが出来るのである。
それも今回は、三点の商品を同時に販売する予定なのだ。
これも人手があればこそだな。
それして何より、今回作ろうとしている物も、以前の様な“一度購入したらしばらく買い替えの必要のない”買い切り品と違い、使えばなくなる消耗品だ。
これならコンスタントに売上を確保することが出来るからな。
ただし、生産の準備はまだまだ始まったばかりなので、本格的に市場に流通が始まるのはまだ少しあとのことになるだろう。
それに、この商品自体ただの金儲けの為だけにある訳ではないしな……
で、もう一つは村に役人……徴税官がやって来たことだろう。
人数にして、役人風なのが数人と、武装した兵隊風なのが数十人。
やつら、ホントに何の前触れもなくふらっとやって来やがった。
例年なら、徴税の告知をしたうえでやってくるそうなのだが、今年に限ってはその告知がなかったらしい。
村長がそりゃもう、激おこぷんぷん丸状態だったが、徴税官の奴らそんなのどこ吹く風とまったく気にせず倉庫の小麦を全部持って帰って行きやがった。冗談抜きで全部だ。
いつもなら、何か難癖をつけて……例えば豊作の年なら“豊作税”とか訳の分からないものをでっち上げてまで増税するのだが、今年はそれすらしなかった。
もう一層のこと、清々しいとすら思えるほどにだ。
まぁ、倉庫の中にあった小麦が、全部合わせても例年の税金分に達しない量しかなかったので、ないものをない以上にもっていくことは出来なかったってだけの話ではあるのだが。
足りないなら足りないで、家財差し押さえや債務奴隷みたく強制連行的なものがあるかとも思ったのだが、特にそういうものもなかった。
いくら武装しているとはいえ、村にやって来た役人が引き連れて来た兵士の数なんて精々が三〇から四〇人前後が関の山だった。
それこそ、下手に刺激して村の男衆が死ぬ気で抵抗しようものなら、自分たちもタダでは済まない、ということくらいは理解していたらしい。
なにせ、村でも強面で屈強なおっさんたちを先頭に、村の男衆が総出で睨みを効かせてお役人サマたちを歓迎お出迎えしていたのだから、そのプレッシャーたるや想像に難くない。
なんというか、銭湯に行ったら脱衣所一杯に背中に龍とか仏様とか観音様とか背負ってる人たちでぎっちりだった……みたいな感じだろうか?
もしそんな現場に出くわそうものなら、俺なら間違いなくチビッた挙句、回れ右してとっとと帰るな。そして二度と近づかない。
で、その時他の村人、つまり女子供はどうしていたかというと、役人が来たことが分かった時点で家の中に引きこもらせていた。
有事の際には極力被害が出ないようにという配慮だな。
とはいえ、俺は後学のためにってことで、村長の家からこっそり様子を伺っていた訳だが。
一応ではあるが、徴税官は村長に声を掛けるのが習わしらしいので、村長の家にいれば、その一部始終が見られるのである。
ちなみに、村長宅にお住いの女性陣、村長の奥さんとか孫のシルヴィなんかは、別の場所に避難していたがな。
ママンとパパンにえらい剣幕で止められたが、一度役人というのを間近で見てみたかったというのもあったので、そこは無理を通して道理を引っ込めてもらった。
勿論、今までにも徴税官が村にやって来たことは何度もあるが、だからといって近くでどんなやり取りをしていたかなど俺は知らないのだ。
子どもが遊びで近づいていい雰囲気でもないしな。
敵を知り、己を知らば何とやら、ってやつだな。
で、そこから得た感想だが……
何というか、パッとしない奴らの集まりだなぁ、と思いました。(小並感)
あれじゃ、そこらに転がってる町のチンピラとなんら変わらんな。
“あん? テメェ俺たちゃ、〇〇さんの知り合いなんだぞゴラァ!!”みたいな、自分より強者の名前を振りかざして息巻いている奴等と、言ってることとやってる事が同じなのだ。
もうね……三下臭がすごいっていうか、あまりのテンプレ発言に、見ている方が恥ずかしくなってくるっていうか……ねぇ?
これでも一応公務員なのかと思うと、もう悲しいやら情けないやら……
なんでこれを採用したのか、領主の採用基準がマジ分からん。
もし、俺が人事担当だったらこんなやつら絶対に採用しないだろうな。
こんなん雇っても、逆に相手にナメられるだけだ。
この時点で、役人含め三、四〇人の兵隊から、怖いとかそういう感情は消し飛んでいた。
これ、たぶんクマのおっさんたちが本気で戦ったら簡単に勝てるんじゃないだろうか?
と、思わなくもないが、そのあとの方が怖いので思っても口に出したりはしない。
ここでもし、役人と村人が一悶着でも起こせば、反逆罪なり不敬罪なりを理由にして、より大掛かりな軍隊? の投入で武力鎮圧なんて展開になるのは目に見えているからな。
とはいっても、それはまず今ここにいる徴税官たちが犠牲になったあとでの話だ。
当然、奴等だって一番最初の犠牲者なんぞになりたくはないだろうから、村人を無用に刺激することはしないし、こちらだって領主と面と向かって争いたくはないから、何を言われても手だけは出さない。
で、結局マイクパフォーマンスよろしく“喚くだけで何もしない”というのが、彼らの保身から出た当然の結果という訳だ。
大体、略奪の限りを尽くしたいなら、連れて来ている兵隊の数が少な過ぎるのだ。
初めから有無を言わせないような大部隊で押し寄せれば、たかだか村の自警団なんぞでは碌に抵抗も出来ないだろうに……
いや、別に領主の肩を持つ訳ではないが、なんというかいろいろと詰めが甘いというか何というか。
ヴァルターから聞いていた、領主が保有している戦力からはこの徴税官の部隊人数は些か……いやかなり少ないような気がしたのだ。
領主が領主たる最大の目的は、領地と領民の守護にある。
それは割と平和な今でも変わらない領主の存在理由、のはずだ。
なので、何処の領地にも非常事態に備えてそれなりの兵力というのが温存されているのだ。
それは、田舎領地のスレーベン領でも変わらない。
なのに、領主はそれだけの兵力を徴税には使っていないようなのだ。
領主が、領民が歯向かう訳がないと高を括るっているのか、それともヴァルターからの情報に初めから誤りがあったのか、はたまた、大部隊を動かせるだけの命令権が領主にないのか……
そういえば、領主ってのは名ばかりで、実際は何もしてないただのブタだとヴァルターは言っていたな。
基本、食っているか、寝ているか、喚いているかのどれからしい。ホント、いらんなこんな領主。
で、実際に財務やらなんやらは全部、仕えている側近さんがやっているとか……
と、なれば軍務関係なんかも全部その側近の人がやっている可能性は十分にある訳だ。
この人は割と良識はあるようなので、領主が自分のアホな命令をその人に突っぱねられた腹いせに傭兵などの私兵を使って徴税を強行したと考えれば、事前の連絡がなかったことも、連れている兵隊の数が少ないことにも、まぁ、納得のいく仮説は立つのか……
あくまで仮説だが、バカが権力を手にするのはホントに怖いね。
それはきっと、時代とか場所とか元いた世界とか異世界とか、そういうのは一切関係ないんだろうな。
結局、一番の割を食うのはそこで暮らしている一般の人たちなのだ。
なんにせよ、徴税官の連れて来た兵隊が少なかったお陰で、大事に至らずに済んだのはこちらにとっては有難い話だ。
兵隊の数が少ない理由とか、ぶっちゃけどうでもいいと言ってしまえばどうでもいいことだしな。
それに、役人が来たと分かった時は、内職のことがいよいよバレたのかとも一瞬肝を冷やしたが、別にそういう訳ではなかったのがせめてもの幸いか。
もしバレていたら、こんな簡単には引き下がらなかっただろうしな。
だがまぁ、よくも何の躊躇いもなしに、倉庫が空になるまで浚っていくことが出来る物だと思ってしまう。
ここにあるものを全て持って行ったらこの村がどうなるか、とか簡単に想像出来そうなものだが……
流石は血も涙もない鬼畜領主の手下といったところか。
と、呑気に言っていられるのには勿論理由がある。
これは、俺自身知らなかったことだが、収穫した麦を保管していた倉庫だが、あれは謂わばダミーの様なものらしい。
例年なら倉庫に保管されてい作物は、収穫量の七、八割程度で、残り二、三割は別の場所でちゃっかり保管しているというのだ。
村に倉庫らしい建物が一棟しかなければ、村を訪れた役人は自然とそこに収穫された作物が集まっていると勝手に考える。
流石に少な過ぎれば怪しまれるかもしれないが、奴等が納得する量が入っていれば、特に怪しむこともなく、倉庫の中身を回収して帰って行くのだとか。
言われたことはするが、それ以上はしないという、良くも悪くもお役所仕事ということなのだろう。
今回など、他の村では旱魃の影響で不作だということは知っていたので、それに合わせて倉庫の中身も収穫量の半分程に減らしていたらしのだが、それでも役人たちは指定より少ないと文句をいうだけで、特に何かをするようなことはなかったという。
奴等も今年の収穫量が少ないことくらいは分かっている上での言葉なのだろう。
村長によれば、逆に“何でこの村だけ、他の村より収穫が多いのか?”と聞かれたくらいだそうだ。
まぁ、バカ正直に答えてやる必要もないので“近くに川が流れているから”と適当に答えたのだとか。
しかし……だ。
これは、小麦を例年水準で収穫出来て、かつ副収入のあるうちの村だから、災難程度の話で済んでいるが、うち程の余裕がない他の村がどうなったかと思うと……
いや、考えるのはよそう。
俺は別に神様でもなければ、世界を救う勇者様になったつもりもない。
子どもの小遣い以下の所持金と、ガラクタのような装備を渡されただけで、世界を救う旅に出る気は毛頭ないのだ。
俺なんかの力では、見える範囲を何とかするので手一杯なので、それ以外の所は自分たちの力でなんとかしてもらう他ない。
恨むなら、まずはこんな状態に追いやった現領主を恨んでどーぞ。
ただ、他の村が我慢の限界に達して手を上げる、といった事態は十分に起こり得ることなので、それだけはちゃんと対策を考えておかなくちゃいかんな。
巻き込まれるのだけは、絶対に御免だ。もらい火程厄介なものはないのだから。
……最悪、この村を守るためなら、他の村は切り捨てるくらいは覚悟しておかないといけないかもしれないな。
その間に、何故かまた俺が妙に忙しいくなっていたりだとか、すごく忙しくなっていたりだとか、とっても忙しくなっていたりだとか……まぁ、いろいろとあったのだが、大きな出来事としては二つか。
一つは村の今後について、村のみんなで話し合ったことだろう。
一応、村長からの提案という形で、俺とイスュによる原案がそのまま提案されて、これは特に変更もなく採用された。
この時、村の危機的状況についても、包み隠さず村長がみんなに話して聞かせている。
下手に隠したところで、いいことなんて何もないからな。流石は亀の甲より年の劫というやつだろう。
話すべきタイミングというのを弁えている。
事が起こってしまってからでは遅すぎるし、無用に先送りにして、いざバレた時には村民からの非難は免れない。
こういうことは、傷口が広がる前に出来るだけ早く話しておいた方がいいのだ。
話を聞いた村人たちの中には、これからの生活に不安を抱く者、領主の行動に憤りを露にする者、己が不幸を悲嘆する者、と様々反応があったがその中に“領主を打倒しよう!”みたいな意見が出なかったのは、不幸中の幸いだろう。
武器を手にして反抗したところで、誰も幸せにはならないというのを皆が理解しているのだ。
基本、なんの力も持たない一村人にとっては領主の決定には泣き寝入りするほか手はないのだから。
人間、追いつめられると過激な思想に走りがちなのだが、そんな中にあって、恐慌状態というか暴動まがいなことが起こらなかったのは、村長や神父様の説得があったからこそだろう。
神父様はいうに及ばずだが、村長もあれはあれで村人たちからの信頼は厚いのだ。
そしてなにより、現状を打開する方針を明確に示すことが出来たのも大きい。
一縷の光明ではないが、何か一つでも安心材料があれば、取り敢えず自暴自棄にはならずに済むのだから。
今回の計画には、とにかく膨大な資本が必要だった。
そのため村人たちには総出になってせっせと新商品の生産の準備に取り掛かってもらっている。
これから本格的な冬になっていくに連れて、農作業はほとんど出来なくなっていくことを考えるとむしろ好都合な話だった。
そのため、豊富な人材を最大限に利用した生産体制で臨むことが出来るのである。
それも今回は、三点の商品を同時に販売する予定なのだ。
これも人手があればこそだな。
それして何より、今回作ろうとしている物も、以前の様な“一度購入したらしばらく買い替えの必要のない”買い切り品と違い、使えばなくなる消耗品だ。
これならコンスタントに売上を確保することが出来るからな。
ただし、生産の準備はまだまだ始まったばかりなので、本格的に市場に流通が始まるのはまだ少しあとのことになるだろう。
それに、この商品自体ただの金儲けの為だけにある訳ではないしな……
で、もう一つは村に役人……徴税官がやって来たことだろう。
人数にして、役人風なのが数人と、武装した兵隊風なのが数十人。
やつら、ホントに何の前触れもなくふらっとやって来やがった。
例年なら、徴税の告知をしたうえでやってくるそうなのだが、今年に限ってはその告知がなかったらしい。
村長がそりゃもう、激おこぷんぷん丸状態だったが、徴税官の奴らそんなのどこ吹く風とまったく気にせず倉庫の小麦を全部持って帰って行きやがった。冗談抜きで全部だ。
いつもなら、何か難癖をつけて……例えば豊作の年なら“豊作税”とか訳の分からないものをでっち上げてまで増税するのだが、今年はそれすらしなかった。
もう一層のこと、清々しいとすら思えるほどにだ。
まぁ、倉庫の中にあった小麦が、全部合わせても例年の税金分に達しない量しかなかったので、ないものをない以上にもっていくことは出来なかったってだけの話ではあるのだが。
足りないなら足りないで、家財差し押さえや債務奴隷みたく強制連行的なものがあるかとも思ったのだが、特にそういうものもなかった。
いくら武装しているとはいえ、村にやって来た役人が引き連れて来た兵士の数なんて精々が三〇から四〇人前後が関の山だった。
それこそ、下手に刺激して村の男衆が死ぬ気で抵抗しようものなら、自分たちもタダでは済まない、ということくらいは理解していたらしい。
なにせ、村でも強面で屈強なおっさんたちを先頭に、村の男衆が総出で睨みを効かせてお役人サマたちを歓迎お出迎えしていたのだから、そのプレッシャーたるや想像に難くない。
なんというか、銭湯に行ったら脱衣所一杯に背中に龍とか仏様とか観音様とか背負ってる人たちでぎっちりだった……みたいな感じだろうか?
もしそんな現場に出くわそうものなら、俺なら間違いなくチビッた挙句、回れ右してとっとと帰るな。そして二度と近づかない。
で、その時他の村人、つまり女子供はどうしていたかというと、役人が来たことが分かった時点で家の中に引きこもらせていた。
有事の際には極力被害が出ないようにという配慮だな。
とはいえ、俺は後学のためにってことで、村長の家からこっそり様子を伺っていた訳だが。
一応ではあるが、徴税官は村長に声を掛けるのが習わしらしいので、村長の家にいれば、その一部始終が見られるのである。
ちなみに、村長宅にお住いの女性陣、村長の奥さんとか孫のシルヴィなんかは、別の場所に避難していたがな。
ママンとパパンにえらい剣幕で止められたが、一度役人というのを間近で見てみたかったというのもあったので、そこは無理を通して道理を引っ込めてもらった。
勿論、今までにも徴税官が村にやって来たことは何度もあるが、だからといって近くでどんなやり取りをしていたかなど俺は知らないのだ。
子どもが遊びで近づいていい雰囲気でもないしな。
敵を知り、己を知らば何とやら、ってやつだな。
で、そこから得た感想だが……
何というか、パッとしない奴らの集まりだなぁ、と思いました。(小並感)
あれじゃ、そこらに転がってる町のチンピラとなんら変わらんな。
“あん? テメェ俺たちゃ、〇〇さんの知り合いなんだぞゴラァ!!”みたいな、自分より強者の名前を振りかざして息巻いている奴等と、言ってることとやってる事が同じなのだ。
もうね……三下臭がすごいっていうか、あまりのテンプレ発言に、見ている方が恥ずかしくなってくるっていうか……ねぇ?
これでも一応公務員なのかと思うと、もう悲しいやら情けないやら……
なんでこれを採用したのか、領主の採用基準がマジ分からん。
もし、俺が人事担当だったらこんなやつら絶対に採用しないだろうな。
こんなん雇っても、逆に相手にナメられるだけだ。
この時点で、役人含め三、四〇人の兵隊から、怖いとかそういう感情は消し飛んでいた。
これ、たぶんクマのおっさんたちが本気で戦ったら簡単に勝てるんじゃないだろうか?
と、思わなくもないが、そのあとの方が怖いので思っても口に出したりはしない。
ここでもし、役人と村人が一悶着でも起こせば、反逆罪なり不敬罪なりを理由にして、より大掛かりな軍隊? の投入で武力鎮圧なんて展開になるのは目に見えているからな。
とはいっても、それはまず今ここにいる徴税官たちが犠牲になったあとでの話だ。
当然、奴等だって一番最初の犠牲者なんぞになりたくはないだろうから、村人を無用に刺激することはしないし、こちらだって領主と面と向かって争いたくはないから、何を言われても手だけは出さない。
で、結局マイクパフォーマンスよろしく“喚くだけで何もしない”というのが、彼らの保身から出た当然の結果という訳だ。
大体、略奪の限りを尽くしたいなら、連れて来ている兵隊の数が少な過ぎるのだ。
初めから有無を言わせないような大部隊で押し寄せれば、たかだか村の自警団なんぞでは碌に抵抗も出来ないだろうに……
いや、別に領主の肩を持つ訳ではないが、なんというかいろいろと詰めが甘いというか何というか。
ヴァルターから聞いていた、領主が保有している戦力からはこの徴税官の部隊人数は些か……いやかなり少ないような気がしたのだ。
領主が領主たる最大の目的は、領地と領民の守護にある。
それは割と平和な今でも変わらない領主の存在理由、のはずだ。
なので、何処の領地にも非常事態に備えてそれなりの兵力というのが温存されているのだ。
それは、田舎領地のスレーベン領でも変わらない。
なのに、領主はそれだけの兵力を徴税には使っていないようなのだ。
領主が、領民が歯向かう訳がないと高を括るっているのか、それともヴァルターからの情報に初めから誤りがあったのか、はたまた、大部隊を動かせるだけの命令権が領主にないのか……
そういえば、領主ってのは名ばかりで、実際は何もしてないただのブタだとヴァルターは言っていたな。
基本、食っているか、寝ているか、喚いているかのどれからしい。ホント、いらんなこんな領主。
で、実際に財務やらなんやらは全部、仕えている側近さんがやっているとか……
と、なれば軍務関係なんかも全部その側近の人がやっている可能性は十分にある訳だ。
この人は割と良識はあるようなので、領主が自分のアホな命令をその人に突っぱねられた腹いせに傭兵などの私兵を使って徴税を強行したと考えれば、事前の連絡がなかったことも、連れている兵隊の数が少ないことにも、まぁ、納得のいく仮説は立つのか……
あくまで仮説だが、バカが権力を手にするのはホントに怖いね。
それはきっと、時代とか場所とか元いた世界とか異世界とか、そういうのは一切関係ないんだろうな。
結局、一番の割を食うのはそこで暮らしている一般の人たちなのだ。
なんにせよ、徴税官の連れて来た兵隊が少なかったお陰で、大事に至らずに済んだのはこちらにとっては有難い話だ。
兵隊の数が少ない理由とか、ぶっちゃけどうでもいいと言ってしまえばどうでもいいことだしな。
それに、役人が来たと分かった時は、内職のことがいよいよバレたのかとも一瞬肝を冷やしたが、別にそういう訳ではなかったのがせめてもの幸いか。
もしバレていたら、こんな簡単には引き下がらなかっただろうしな。
だがまぁ、よくも何の躊躇いもなしに、倉庫が空になるまで浚っていくことが出来る物だと思ってしまう。
ここにあるものを全て持って行ったらこの村がどうなるか、とか簡単に想像出来そうなものだが……
流石は血も涙もない鬼畜領主の手下といったところか。
と、呑気に言っていられるのには勿論理由がある。
これは、俺自身知らなかったことだが、収穫した麦を保管していた倉庫だが、あれは謂わばダミーの様なものらしい。
例年なら倉庫に保管されてい作物は、収穫量の七、八割程度で、残り二、三割は別の場所でちゃっかり保管しているというのだ。
村に倉庫らしい建物が一棟しかなければ、村を訪れた役人は自然とそこに収穫された作物が集まっていると勝手に考える。
流石に少な過ぎれば怪しまれるかもしれないが、奴等が納得する量が入っていれば、特に怪しむこともなく、倉庫の中身を回収して帰って行くのだとか。
言われたことはするが、それ以上はしないという、良くも悪くもお役所仕事ということなのだろう。
今回など、他の村では旱魃の影響で不作だということは知っていたので、それに合わせて倉庫の中身も収穫量の半分程に減らしていたらしのだが、それでも役人たちは指定より少ないと文句をいうだけで、特に何かをするようなことはなかったという。
奴等も今年の収穫量が少ないことくらいは分かっている上での言葉なのだろう。
村長によれば、逆に“何でこの村だけ、他の村より収穫が多いのか?”と聞かれたくらいだそうだ。
まぁ、バカ正直に答えてやる必要もないので“近くに川が流れているから”と適当に答えたのだとか。
しかし……だ。
これは、小麦を例年水準で収穫出来て、かつ副収入のあるうちの村だから、災難程度の話で済んでいるが、うち程の余裕がない他の村がどうなったかと思うと……
いや、考えるのはよそう。
俺は別に神様でもなければ、世界を救う勇者様になったつもりもない。
子どもの小遣い以下の所持金と、ガラクタのような装備を渡されただけで、世界を救う旅に出る気は毛頭ないのだ。
俺なんかの力では、見える範囲を何とかするので手一杯なので、それ以外の所は自分たちの力でなんとかしてもらう他ない。
恨むなら、まずはこんな状態に追いやった現領主を恨んでどーぞ。
ただ、他の村が我慢の限界に達して手を上げる、といった事態は十分に起こり得ることなので、それだけはちゃんと対策を考えておかなくちゃいかんな。
巻き込まれるのだけは、絶対に御免だ。もらい火程厄介なものはないのだから。
……最悪、この村を守るためなら、他の村は切り捨てるくらいは覚悟しておかないといけないかもしれないな。
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「ああ~~~めちゃくちゃいい天気!やっと自由を手に入れたぜ俺は!」
十六年の人生の中で一番解放感を得たこの日。
実はレイには昔から一つ気になっていたことがあった。その真実を探る為レイはある場所へと向かっていたのだが、道中お腹が減ったレイは子供の頃から仲が良い近くの農場でご飯を貰った。
「うめぇ~~!ここの卵かけご飯は最高だぜ!」
しかし、レイが食べたその卵は何と“伝説の古代竜の卵”だった――。
レイの気になっている事とは―?
食べた卵のせいでドラゴンが棲みついた―⁉
縁を切ったはずのロックロス家に隠された秘密とは―。
全ての真相に辿り着く為、レイとドラゴンはほのぼのダンジョンを攻略するつもりがどんどん仲間が増えて力も手にし異世界を脅かす程の最強パーティになっちゃいました。
あまりに強大な力を手にしたレイ達の前に、最高権力のロックロス家が次々と刺客を送り込む。
様々な展開が繰り広げられるファンタジー物語。
都市伝説と呼ばれて
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この街では十年程前からある人物の噂が囁かれていた。
曰く『領主様に隠し子がいるらしい』
曰く『領主様が密かに匿い、人知れず塩坑の奥で育てている子供がいるそうだ』
曰く『かつて暗殺された子供が、夜な夜な復習するため街を徘徊しているらしい』
曰く『路地裏や屋根裏から覗く目が、言うことを聞かない子供をさらっていく』
曰く『領主様の隠し子が、フォレスの姫様を救ったそうだ』等々・・・・
眉唾な噂が大半であったが、娯楽の少ない土地柄だけにその噂は尾鰭を付けて広く広まっていた。
しかし、その子供の姿を実際に見た者は誰もおらず、その存在を信じる者はほとんどいなかった。
いつしかその少年はこの街の都市伝説のひとつとなっていた。
ある年、サザンの春の市に現れた金髪の少年は、街の暴れん坊ユーリに目を付けられる。
この二人の出会いをきっかけに都市伝説と呼ばれた少年が、本当の伝説へと駆け上っていく異世界戦記。
小説家になろう、カクヨムでも公開してましたが、この度アルファポリスでも公開することにしました。
蟲神様の加護を授って新しい家族ができて幸せですが、やっぱり虫は苦手です!
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そして味方たちと共に幸せな人生を目指し、貧しい領地と領民の正常化・健康化のために動き出す。
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