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67話 続・あの日の再来……

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「俺、ふっかーつっ!!」

 ベッドに釘付けされること約10日、外出の許可をもらって数日。
 ようやくメル姉ぇから魔術による治療は終了との診察結果を頂いたので、早速翌日から学校へと顔を出すことにした。
 あとは自然治癒で治るだろう、とのことだ。
 ただし、激しい運動はまだ禁止、ほどほどなら可、とのことなので、剣術の授業はしばらくは素振りなどの基礎訓練や筋トレといったものがメインになるだろう。
 これは別に怪我の状態がどうのというよりは、ここしばらく寝たきりの所為で、体がなまっているところに急に運動なんかしたら危ないってことだな。
 まずは感覚を取り戻すためにリハビリから。
 なので、掛かり稽古や地稽古なんかは以ての外だな。
 ちなみに、“掛かり稽古”ってのは先生に向かって、生徒側が一方的に攻める稽古をいい、“地稽古”ってのはお互いに対等な立場として攻め合う稽古をいう。
 剣道経験者からの豆知識な、これ。
 とはいっても、小学生くらいの時に二週間くらいやって直ぐに辞めちまったんだけどなっ!

 俺は別に、学校大好きっ! ってな訳ではないが、何もせずに寝たきりというのは、あれはあれである種の拷問のようなものだ。
 ゲームもネットも漫画もアニメも小説もないこの世界じゃ、暇を潰せるものがな~んにないからな。
 まぁ、本なら神父様の蔵書があるが、あれはもう読み尽くしたしなぁ……しかも、面白いものがあまりない。今更また読みたいと思えるほどのものがないのだ。
 だったらまだガキ共相手に、算数を教えたり、チャンバラをしていた方がまだましというものだ。

 と、いう訳で……
 今のが、俺の病み上がり登校初日の第一声だった。

「あっ! ロディフィスだ!
 ロディフィスが学校に来たぞ!」
「えっ!? マジかよ!?」
「なにっ!? ロディフィス……あいつは死んだはずじゃ!?」

 俺の声を聞きつけて、あちこちで散らばっていた子どもたちがわーわー言いながら、ぞろぞろと寄って来た。
 “元気になったんだ”とか“治ってよかったね”とか“体、大丈夫?”とかとか……
 皆が皆、口々に俺の快気を祝う言葉や体を案ずる言葉を投げかけてくれたのだが……
 ってか、おいっ! 最後の奴!
 勝手に殺してんじゃねぇーぞ!
 お前とはじっくりお話をする必要がありそうだな。
 よし! 表に出ろっ! って、ここはもう外か……なら、放課後に教会裏に呼び出しなっ!
 シメてやんよっ!

「こら、机の上に乗るんじゃありません」

 そんな言葉と同時に、俺をふわっとした浮遊感が襲った。
 急に視界が高くなり、そして低くなる。
 そう、俺は今の今まで教室の机の上で踏ん反り返っていたのである。
 なぜそんな所にいたかって?
 んなもん愚民ども見下ろすために決まっているではないか!
 ……というのは冗談で、こう……なんといいますか、あれだ。
 インフルエンザとかで、長い事休んだ後に学校に顔を出すのってなんか照れ臭くね?
 久しぶりに学校に顔を出して注目される、あのムズムズした感覚が俺は苦手なのだ。
 だったら一層のこと、自分から注目を集めてしまった方が気が楽なのだ。

 足が地について、普段と同じ視線の高さになったところで、俺は振り返った。

「大丈夫ですシスター・エリー。靴はちゃんと脱いでいますからっ!」
「……何が“大丈夫”なんですか……それに、何で“靴さえ脱いでいれば許される”と、そんな自信満々に答えているのですか……
 靴を脱いでいても、ダメなものはダメです。
 私はそんな事を言っているのでありませんよ。まったく……」

 声の調子から、相手がシスター・エリーであることは分かっていたので、振り返り様に親指をグッと立てて、ニカッと笑って見せた。
 まぁ、反応は御覧の通り、呆れ顔でため息まで吐かれてしまった訳だが……
 
「落ちたら危ないですし、そもそも机は上る物ではありません。
 勉学に使ったり、食事をするための物です。
 そこに足を着けるなど……
 貴方ならそれがダメなことくらい分かっていることでしょうに……
 こういう時、まず言うべき言葉あるのではないですか、ロディフィス?」

 と、メッ! と叱るシスター・エリーに向かって俺は素直にペコリと頭を下げた。

「ごめんなさいシスター・エリー。
 これからは不必要に机には上らないようにします」
「……はぁ、つまり必要なら・・・・上ると、貴方は暗に言っているのですね……
 確かに時と場合によっては、それを必要とすることもあるとは思いますが……」

 さり気なく言ったつもりだったのだが、ばっちりと聞き咎められてしまったか……
 ほら? イスだと面積的に不安だから机を足場にするって時だってあるじゃん?
 蛍光灯変えたりとか、電球変えたりとかさ……まぁ、どっちも同じな上にこの世界にはないものだけど。

「……はぁ、もういいです。
 その様子なら、すっかり体調の方はよくなったようですね」
「はい。
 メル姉ぇ……シスター・メルフィナのお陰で今日からまた学校に通えるようになりました。
 ご心配をお掛けしました。本日からまたよろしくお願いします。シスター・エリー」

 俺はシスター・エリーに向かって再度、恭しく頭を下げたのだった。

「はぁ、素直なのか捻くれ者なのか……
 礼儀正しいのか、無作法なのか……
 貴方と話していると、本当に飽きません・・・・・ね……」
「いやぁ~、そんな褒めないでくださいよぉ。照れるじゃないっすかぁ~」
「褒めてません」

 とまぁ、そんな感じで復帰後初日の学校は始まったのだった。

 ………
 ……
 …

 授業は滞りなく進み、なんの変哲もなくその日は終わって行った。
 まぁ、違いがあったとすれば、休憩時間にガギんちょどもから妙にワッショイされた事だろうか?
 男どもからは、鎧熊アーベアとの一戦の様子を事細かに聞かれ、少し鬱陶しい思いもしたが、女の子たちからはキャーキャーと持て囃された。
 うん、こっちは悪い気はしないもんだな……

 で、給食も食べ終わり放課後……

「あっ、悪りぃ……俺、寄ってく所あるから、先帰っていいぞ」

 俺はミーシャたちからの帰りのお誘いを断って、一人帰路とは別の方向へと足を向けた。

「? どこ行くんだよ?」

 と、聞いて来たのはグライブだ。
 別に隠す必要もないので、素直に教えてやる。

「あいさつ周りだよ。
 ちっと面倒だけど、みんなには心配掛けちまったからなぁ……」

 ここ数日で、ご近所への快気報告は行ったが、離れた場所の村人たちにはまだあいさつに行っていないのだ。
 パパンやママンがあいさつに行ったとは聞いたが、やはり本人も一度は顔を出しておくべきだろう、と思う。
 俺が寝込んでいる間、お見舞いやら差し入れやらいろいろと世話になったからな。
 お礼の一つでも言って回るのが礼儀というものだろう。
 いくら村が、一つで家族のようなもの、だとはいってもやはり礼節は大切だ。
 それに、こっちには顔を出しておいて、あっちには行かない、だといろいろと角も立つしな。

 と、一通り話を終わったところで、この場で解散と相成った。
 のだが……

「なぜに付いて来たお前ら……」
「だって……ロディくん、まだ動けるようになったばっかりで……心配だから……」

 別に怒っている訳ではないのだが、ミーシャはどこかシュンした様子でそう答えた。で、

「そだよねぇ~。
 だって、ロディ弱っちぃから途中で倒れちゃうかもしれないし!」

 だから、弱っちくない!
 てか、熊からワンパンもらって生きていることがすごいのっ!
 あれ、他の奴だったら絶対死んでるから……

「同じく、ですわ。
 わたくしは別にロディが弱いとは思いませんが、病み上がりなのは事実ですもの。
 何かあった際、介助する者がいた方が何かと都合がよろしいかと思いますわよ?」

 シルヴィは相変わらずの理詰めの発言だ。
 まぁ、言っていることはもっともだから返す言葉もない。
 ってな訳で、俺は女の子三人を引き連れて、あいさつ回りへと向かったのだった。

 道中、畑仕事に精を出していた村人にあいさつと快気報告をしては冷やかされる、というのを何度も繰り返す。
 この時間なら、大体みんな畑仕事をしているので、家を回るより畑を回った方が村人との遭遇率は高いのだ。
 家に行って留守でした、では仕方ないなからな。

 こうして畑を見て回っていると、全てがという訳ではないにしろ、多くの麦の穂が金色に染まっていた。
 こういうのを見ると、もう秋だなぁ、と思わされる。
 風もめっきり冷たくなってきたし……
 収穫ももう間近か。
 
 しかし…… 

「なんか俺ってば、注目されてる?」

 と言うのも、快気報告で村を巡っていると、妙に村人からの視線を感じる……というか、あからさまに俺の事を見ている人が多かったのだ。
 それも、特に高齢層の方々からだ。

「それはそうでしょう。
 なにせロディは鎧熊アーベアを撃退した“英雄”ですもの!
 皆さんが注目するのは、致し方ないことですわっ!」

 と、我が事の様にやたら誇らしげに答えたのはシルヴィだった。
 なぜに君が誇らしげに……?
 ってか、その“英雄”ってのマジ止めて……ケツの穴がムズムズするから。
 あっ、断じてソッチの話ではないからな?

 まっ、まぁ……シルヴィの言うように、今は鎧熊アーベアの一件もあって注目されるのは仕方がないとは思うのだが……
 どうもそれと関係ないような気がするんだよなぁ。
 なんだか皆さん、俺が話しかけるとソワソワしてるっていうか、何かを聞きたそうにしているというか……なんだか挙動が不自然なんだよなぁ……

 と、そんな違和感を覚えつつも、あいさつ回りはいよいよ最後の一か所を残すのみとなった。

「たのもぉー!」

 と玄関口で一言声を掛けてから、俺は勢いよく扉を開いた。

「……お前は道場破りか何かか?
 もっと普通に入っては来れんのか」

 と、呆れ顔を向けて来たのはデカい机に腰かけたクマのおっさんだった。
 ここは自警団の詰め所だ。
 大して広くもない空間に、今はクマのおっさんを含めて三人ほどの団員の姿があった。

「その様子からするに、体の方は大丈夫そうだな」
「ええ、お陰様で。
 その節は大変お世話になりました」

 俺は玄関口から中の団員全員……とは言っても三人だが……に向かって頭を下げた。
 団員の数が少ないのは、彼らだって普段は畑仕事をしたり、棟梁のところで大工仕事をしたりでみんながみんな自警団の仕事だけをしている訳ではないからだ。
 たまたま今ここにいる彼らと、たぶん村の周囲の見回りに出ている数名が今日の当番だというだけの話だ。
 村の見回りは当番制だからな。
 あっ、クマのおっさんだけは団長ということで、常時ここにいるらしい。
 バルディオ副団長が団長になりたがらないのは、村長が決めた“一つの家系が、役職を占めることを良しとしない”という方針の所為もあるが、実はこの“常時詰め所に拘束される”というのを嫌がってのことではないか? という噂が実しやかに囁かれいたりする……

「しかし、快気早々女連れであいさつ周りとは、大層なご身分だなロディフィス?」

 クマのおっさんが俺の後ろにいたミーシャたちを見て、ニヤリと嫌な笑みを俺へと向けて来た。
 なんだか、俺がはべらせている、みたいな言い方は止めて頂きたいっ!
 こいつらが勝手に付いて来ただけだし……まぁ、悪い気はしないのは確かだけどさ……

「ホントっすよねぇ~、この年から女の子はべらせてるとか、マジムカつくっすよ!
 こっちは、一人くらい分けて欲しいってのにっ!」

 詰め所の中にいた団員の中で、一番若いと思われるにーちゃんがクマのおっさんの言葉のあとにそう続いた。
 名前は知らないが、顔だけなら見たことがあった。
 鎧熊アーベアが襲って来た時、俺に逃げるように声を掛けてくれたにーちゃんだ。

「うわぁ……あんた幼女趣味ロリコンかよぉ……
 いいかお前たち? あのにーちゃんには絶対近づいたらダメだからな?」
「こらこらこらぁ! 変な事勘違いしてんじゃねぇーぞっ!
 その“モテモテ”っぷりにあやかりたいって話だよ!」
「ふーん……へぇー……ほぉー……
 まぁ、にーちゃんがそう言うならそうなんだろうな。
 うん……信じるよ。一応。
 本心はどうかは分かんないけどさ……うん、信じるよ」
「なんだよその言い方っ! 全然信じてないだろっ!
 ってか、憐れむ様な目で見んなっ!
 むかっ!  団長っ!
 こいつ本当に6歳児なんですか!? 妙にムカつくんですけどっ!」
「……言うな。お前の気持ちは痛いほどよく分かっている……
 もう、そいつはそういう生き物だと割り切れ……でないと、胃を悪くするぞ」

 なんだか酷い言われようだな。
 ちょっと若い奴をからかっただけじゃないか……

「それはそうと、ロディフィス。
 お前、また何か作ったらしいな? 村の連中が騒いでいたぞ?」

 はて? なんの事だろうか?
 村の人たちが騒ぐようなものなんて作った覚えはないのだが……
 最近作ったものといえば、治療ともいえないような健康器具的治術陣ぐらいなものだ。
 あっ、そういえば例のヤムに貼った治術陣回収するの忘れてたな。
 忘れていたからって何か問題がある訳ではないだろうが、だからって貼りっぱなしもどうかと思うしな。
 帰りに事後経過の様子を見がてら、回収しに行こう。
 所詮は試作品。用が済めば即処分だ。
 で、新しいのを作ろう。
 試してみたい案もいくつか出て来たしな。
 しかし……

「う~ん?
 俺何かしたっけかな……?
 心当たりがないんだけど?」

 そもそもそんな話が出回っていること自体知らなかったからな。
 まぁ、情報に疎いのはほとんど家に籠っていた所為なんだけど……

「ん? 村の連中は“体調がよくなる札”をロディフィスが作ったと話していたぞ?
 なんでも、 一晩その札を貼って寝ると、翌日には嘘のように体が軽くなる、と騒いでいるのを聞いたんだが……違うのか?」

 ん?
 体調がよくなる札ってそれって……
 なんだか……なんだかすごく嫌な予感だけが、俺の中で沸々と湧き上がって来たのだった。
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