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64話 休養中の出来事

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 生憎と、時間だけはたんまりとあった。
 ろくに動けぬこの身では、学校に行くことはおろか、畑仕事も、家の手伝いもままならない。
 結果、俺はここ数日診察に来たメル姉ぇから治療魔術の話を聞いては、どうすれば魔術陣に応用出来るかと思案に暮れていた。
 しかし、メル姉ぇの話を聞けば聞くほど、自分に魔術の知識が決定的に足りないことを痛感した俺は、神父様に今までより一層詳しい魔術についての講義をお願いすることにしたのだ。
 お陰で、いろいろと分かって来たことがあった。

 まだ治療が始まったばかりの頃、俺はてっきりファンタジー系のRPGよろしく、ベホ〇ミ! とか ケ〇ルガ! の要領で、回復呪文一発で完全回復するものだと思っていたのだが、現実は結構違っていた。
 なにせ、メル姉ぇによる治療行為は、日に十分程度で終わってしまい、それがもう七日ほど続いていた。
 しかも治療行為とはいっても、やることはあの薄っすらと光った手を患部へとかざすだけだ。
 俺の場合なら、主に胸の痣近辺だな。
 これでは、町医者に往診してもらっていのと大差はない。
 正直、この治療は大変じれったく、もっとパパッと治らないものかと、そんな疑問をメル姉ぇにぶつけてみたところ、その辺りのことについてちゃんと答えが返って来た。

 結論から言ってしまえば、“出来る”けど“しない”とのことだった。
 治療魔術はそれ自体が傷を直接癒している、という訳ではないらしい。
 あくまで、傷を治しているのは負傷した本人で、治療魔術とはその手助けをしているに過ぎないのだと、メル姉ぇは言っていた。
 どういう意味なのか詳しく聞いてみると、負傷者の体内の魔力マナを活性化させることで、人間が本来持っている自然治癒力を何倍にも高めることが出来る、ということのようだ。
 この“魔力マナの活性化”という作業を行っているのが、メル姉ぇのような治癒術士なのだという。
 とはいえ、急激な回復というのは、それはそれでやっぱり体の負担になるのだそうだ。
 いくら、治療魔術によって治りが早くなったとはいえ、それは本人の回復力を高めているに過ぎないのだ。
 本来ならゆっくり癒す傷を、無理やりに回復させれば、負傷者の体力を激しく消耗してしまう。
 極端な例だが、瀕死の重傷を負った者を一気に完治させてしまうと、ただでさえ弱って体力が低下しているところに、更に傷を治すために膨大なエネルギー……この場合はカロリーだろうか? を消費すことになる。
 その激しい消耗に耐えられなければ、たとえ傷が完治したとしても、そのあとにまっているのは衰弱死だ……

 故に、体に負担が掛からない程度にゆっくりと、でも確実に治療魔術を施すことが重要なのだ、とメル姉ぇは語る。
 ちなみに、この治療魔術の性質上、自然完治しない怪我や病気にはあまり効果がないらしい。
 例えば脳障害や神経の損傷による身体の麻痺なんかが、それに該当するのではないだろうか。
 脊髄損傷で下半身不随……とかな。
 あと、ガンなどの病気は、この治療魔術による治療法はむしろマイナス効果なような気がする。
 ガン細胞は増殖することで拡大していくと、昔聞いたことがあるような……
 魔力マナで活性化なんてさせたら、増殖のスピードが速まってしまうような気がする……まぁ、俺は医者ではないのでよく分からんが、なんとなく、そう思っただけだ。
 ああ、勿論、治療魔術で失った部位が生えてくる、なんてことはない。
 
 では、どうやって他者の魔力マナを活性化しているのだろうか? というのが、俺に湧いて来た次の疑問だった。
 勿論、これにもメル姉ぇは快く答えてくれた。
 端的に言ってしまえば、治療相手に自分の魔力マナを流し込み、相手の魔力マナと自分の魔力マナを混ぜ合わせることで、疑似的に相手の魔力マナを制御しているのだそうだ。
 しかしこの行為、誰もが出来る訳ではない。

 魔力マナ同士は基本的に反発する性質を持っている。
 水と油、磁石の同極同士のようにだ。
 だから、他人に魔力マナを送ろうとしてもこの作用によって、弾かれてしまうのだ。
 だが、稀に誰の魔力マナからも反発されない、特殊な魔力マナを持って生まれてくる人がいる。
 そうだな……例えるなら、血液型のO型みたいなものだろうか?
 血液は違う型のもの同士を混ぜると凝集ぎょうしゅう反応によって固まってしまう。
 だから、同一の型でしか輸血が出来ないのだが、血液型をABO型に限定すけば唯一どの型とも凝集ぎょうしゅう反応を起こさないのがO型なのである。
 理屈の上では、誰にでも輸血可能な訳だ。しかし、O型はO型からしか輸血を受けることが出来ない。
 世知辛い血液型なのだ、O型とは……余談だが前世で俺はO型でした。はい。
 今は知らん。検査なんてしてないし……

 と、まぁ、それがメル姉ぇのような人であり、そういう特殊体質の人は見つかり次第、聖王教会などにスカウトされて、治療魔術士になるケースが多いのだそうだ。
 手当も結構出るのだとか……
 まぁ、そんなこんなで治療魔術士の数は非常に少なく、うちのような小さな村にメル姉ぇが一人いるだけでも、かなり御の字なのである。

 そこで、ふっと俺に新たな疑問が浮かんで来た。
 魔力マナを流すことで治療が出来るなら、無理やりにでも他人に魔力マナを流し込んで同様のことが出来ないのだろうか? と。
 それを神父様に尋ねてみたところ、あっさり無理だと言われてしまった。
 相手に無理やり魔力マナを流すことは、かなりの力の差があれば、という前提でなら“可能”であるらしい。
 しかし、出来るのは“流す”ことだけで、“制御”までは出来ないというのだ。
 しかも、反発する魔力マナを強制的に流し込まれるのは相当の不快感が伴う、とも言っていた。
 その症状をメル姉ぇはこう語っていた。

 “かなりきっつい、月役つきやくに似てる……”

 と。
 月役つきやくとは生理のことだが……男の俺にはよく分からん説明だった。
 なので……神父様と俺くらいの実力差があれば可能であろうと思い、俺は興味本位から神父様に魔力マナを流してもらうようにお願いしてしまったのだ……してしまったのだ……
 あとになって思えば、よしておけばよかったと、そう愚痴らずにはいられない。
 後悔先に立たず、である。
 神父様からも“やめておきなさい”と散々忠告されたにも関わらず、“何事も体験ですって!”などと気軽に応えていた過去の俺を、今の俺は殴りたい!
 で、結局、神父様は俺の頼みを聞き入れて、渋々実行してくれた訳だが……

 ……あれは……うん、ダメなやつだな……

 なにがダメって、生きた心地がしなかったのだ。
 ひどい頭痛に吐き気、胸焼けは言うに及ばず、眩暈に耳鳴り、虚脱感……
 なに……?
 世の女性はみんな、定期的にあんなん喰らって生きているのか……信じられん……脱帽です。

 と、そんな喰らわなくてもいい一撃を、自分から拾いに行った俺は、その日一日はまったく使い物にならなくなってしまっていた。

 ちなみに……
 メル姉ぇ曰く、魔力マナは個々人に固有の色がついているらしく、似た色の者同士であるのなら、治療魔術に似た現象を起こすことも可能なんだとか。
 波長の似た者同士なら、互いに干渉することが出来る、ということなのだろうか?
 なるほど、よく分からんな。
 で、試しに俺の色を尋ねてみたら、

 “フィー君は……お日様の色……”

 と言われた……
 なんだ? お日様の色って?
 日本なら、基本的には赤だろうか? 国旗のイメージで。
 海外だと黄色とかオレンジなんかが一般的であるらしいが、お日様を光そのものと考えれば白になるのか……
 だから何色なのでしょうかメルフィナ姉さん……

 そういえば神父様から、面白い話が聞けた。
 魔術の部類に関する話だ。

 魔術というのは、大別すると二系統に分かれるらしい。
 一つは、己の中にある魔力マナを使って現象を引き起こすものいう。
 風を起こしたり、火を起こしたりってあれだ。所謂“普通”の魔術ってやつだな。
 神父様が学校で子どもたちに教えているもの、そして俺が魔術陣で行っているものは大体がこれに該当する。
 で、もう一つが、魔力マナを外部へと放出するのではなく、内へと留めることで肉体の、そして身体能力の強化を図る、というものだ。
 後者は、主に接近戦を得意とする戦士系の人が使う魔術であることから“闘技”と呼ばれており、どちらも同じ魔術ではあるのだが、その性質の違いから明確に区別されている。
 治療魔術もまたこちらに分類されており、魔力マナによって本来ある性能を向上させている、という意味では俺が服に施した耐久性向上の魔術陣なんかも感覚としては近いかもしれない。

 この闘技だが、実は村の中に使える者がいるという。しかも三人もだ。
 それが、クマのおっさんであり、バルディオ副団長であり、ディムリオ先生な訳だ。
 道理で、クマのおっさんと副団長だけ、あのダンプみたいな熊に体当たりされても吹き飛ばなかった訳だ。
 クマのおっさんなんかのあのバカ力は、きっと闘技の効果なのだろう。
 そうやって自分にバフを掛けてたと考えれば、なるほど、納得だ。

 ちなみに、教会学校では魔術は教えているが闘技は教えていない。
 というのも、基本的に魔術より闘技の方が扱いが難しいとされており、本格的に闘技を学ぶのは自警団入りしてからだという。
 だが、実践レベルで使いこなせるようになれる者は極一部なんだとか……

 ただ、闘技とは呼べないような小規模な身体強化なら、割と日常的に起きているらしい。
 例えばすごく集中している時とか、妙に体の調子が良い時などは、体内の魔力マナが活性化していて、闘技を使っている時とよく似たような状態にいるのだとか。
 だが、この状態は大体が一瞬で長くは持続しないという。
 これを更に強化して、自分の意志で自由自在に扱えるようになったものが闘技なんだそうだ。

 剣の稽古中、たまに相手が突然速くなったような、強くなったような……そんな違和感を覚える時があったが、あれがプチ闘技が掛かってる瞬間だったのかもしれないなぁ……と、話を聞いて妙に納得してしまった。
 しかし……
 俺は今まで、そんな感覚に陥ったことはないのだが……
 と、いう事を神父様に話したら、とても……それはもう、とても可哀そうなものを見るような瞳を向けられてしまった。
 そして……

 “気を落としてはいけませんよ。
 ロディフィス、キミにはキミにしか出来ないことがあるのですから……”

 と、優しく肩を叩かれた。

 ……おいっ、それはどういう意味だ?
 普通の魔術だけでは飽き足らず、俺には魔術的な才能そのものが皆無ってことか?
 そうなのか? チクショーメェ!

 ……とは思ったが、まぁ、普通の魔術があんな結果になっている以上、もうとっくに諦めはついていたけどな。

 とまぁ、ショックなこともあったが、色々と細かい話を聞けたお陰で、なんだか構想も湧いて来た。
 なんだか、行けるような気がする……
 ってな訳で、さっそく試作品の開発だ。
 目指すのはより効果的な治療魔術だ。
 出来ればメル姉ぇの治療魔術より、一段上を目指したい。
 そうすれば現状では回復不可能な症状にも、対応出来るようになるし、メル姉ぇの負担も軽くなるだろうしな。

 俺は愛用のカバンからペンと紙を引っ張り出すと、取り敢えず思いつくままにアイデアを書き連ねて行ったのだった。
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