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57話 鎧熊 その3
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疑問に思う点はいくつもあった。
異常に多い森狼の目撃報告。
なぜかこんな表層にいた鎧熊。
その鎧熊と遭遇しつつも五体満足で逃げ遂せることが出来た若い自警団員たち。
ウワサに聞く程ではないその一撃の重さ。
そして、現状感じているバルディオの疑問が“多勢に無勢のこの状況で、なぜこの鎧熊は逃げるという選択をしないのか?”というものだった。
余程自分の力量に自信があるのか、それとも人間など物の数ではないとナメているのか……であとするなら、こんどは別の疑問がその首を持ち上げた。
“ならば、なぜ攻めて来ないのか?”と。
とにかく、この鎧熊は自分たちと対峙していた。
そう、対峙しているだけだったのだ。
こちらから攻撃を仕掛ければ迎え撃つことはしても、鎧熊から攻撃をして来ることはなかった。
攻めるでもなく、だからといって逃げるでもなく……
初めうちこそ、こちらを警戒してのことかとも思ったが、そうではないとしたら……
もし、戦うも、引くも出来ない状態にいるのだとするなら?
バルディオの頭の中でふと、何がカチリと組み合わさった。
「なるほど……そういうことか……」
(こいつは手負いだ……)
そう考えれば、なるほど、今まで疑問に感じていたことがストンと腑に落ちた。
負傷していると思われる部位は、おそらくは足だろう。
鎧熊の体毛色が濃い黒のため、外観からは判断が難しいがまず間違いない、とバルディオの直感が告げていた。
鎧熊の足をよくよく見てみれば、多少変色しているようにも見える……
それが傷口からの出血によるものなのか、それともただの泥ヨゴレによるものなのかは判断に困るところだが、バルディオはこれを前者であると確信していた。
それを念頭においたうえで、鎧熊の様子を伺い見れば、やはり、どこか動きにキレがないように見えた。
もし、傷を負っていて万全の状態でないとするなら、確かにあの二人の自警団員が逃げきれた事にも、自分たちが鎧熊の一撃に耐えられた事にも合点がいく。
思い返してみれば、森の外に出てからというもの、鎧熊は、ほとんどその場を動いていないのだ。
いや、動けなかった、というべきか……
だとするなら、この鎧熊に手傷を負わせたのはあの森狼の群れだろう。
あの異常といえる森狼との遭遇回数も、鎧熊と一戦交えた後の警戒行動だと考えれば納得もいく。
バルディオの憶測では、こうだ。
縄張り争いで負けたのか、それとも別の理由からかそれは分からないが、とにかく本来、森の深部に住む鎧熊がこんな表層まで出て来てしまった。
鎧熊がまず初めにしたのは、おそらく猟場の探索だろう。
どこで住むにしても、食べる物を確保せずして生きてはいけないからだ。
しかし、何処を猟場にしようともこの一帯はすでに森狼たちの縄張りになっていた。
他所からやって来て、我が物顔で自分たちの猟場を荒らす珍客を、森狼たちがみすみす見逃すはずがない。
ならば、一戦交えるは必至。
いくら鎧熊といえども、集団戦闘のプロである森狼相手では、多勢に無勢。決して、分の良い戦いとはならなかっただろう。
その結果、手痛い傷を負うことになった……
鎧熊が森狼を追い払ったのか、それとも森狼たちが鎧熊を見逃してやったのか……
とにかく、この鎧熊は一命をとりとめた。
そして、傷を癒すために養生していたところに、あの若い自警団員たちと遭遇してしまった。
と、まぁ、そんなところだろうと当たりを付けた。
相手が手負いであるのならこのまま相手の出方を伺うよりは、一転、数的有利を生かして攻勢に出るが上策。
「お前らぁ、よく聞け! おそらくそいつは手負いだっ!
負傷してんのは、たぶん足だっ!
ここからは攻めに回るぞっ!
隊形は現状を維持!
俺とフェオドルでこいつの攻撃を引き受ける!
他の奴は隙を突いて仕掛けろ! 手数で攻め落とすっ!
いいか! 手負いだからって油断するんじゃねぇぞっ!
手負いだからこそ、細心の注意を払って挑めっ!
相手だって死にたかねぇんだっ! それこそ、死に物狂いで抵抗して来るっ!
いくぞ、フェオドル!」
「合点っ!!」
ここが攻め時と、そう判断したバルディオは声を張り上げ隊に指示を飛ばした。
………
……
…
戦いはいくばくもしないうちに、その優劣の様相は如実に分かれてた。
戦法は先ほどと大して違いはない。
違う点といえば相手の出方に合わせるのではなく、自分たちから積極的に攻撃を仕掛けていくことくらいなものだ。
バルディオとフェオドルで鎧熊からの攻撃を引き付け、受け止めたその隙に他の誰かが攻撃を仕掛けて一撃離脱、これを繰り返す。
碌に動くことが出来ない鎧熊では逃げる団員を追うことが出来ず、たまに届きそうな攻撃はすべてバルディオたちによって遮られてしまっていた。
その一撃一撃は、鎧熊のその巨体からして見れば掠り傷程度のものかもしれない。
たが、それでも数多く繰り返すことで、確実にダメージを蓄積させる。
時間はかかるが、このまま押せば鎧熊の体力を削り切ることだって出来るはず。
勝てる。
誰もがそう思った矢先。
次で、何度目になるか分からない攻撃を自警団員が仕掛けようとしたその時、
「ゴアアアァァ!!」
“邪魔だっ!”“鬱陶しいっ!”と言わんばかりのけたたましい咆哮を鎧熊が上げた。
そして……
「えっ!?」
気付いた時には、攻撃を仕掛けた自警団員の目の前に鎧熊が迫っていた。
今の今まで背を向けてていた鎧熊が、突如向きを変えて自分の方へと迫って来たのだ。
何が起きたのか理解できず、その自警団員の動きも思考も一瞬停止した。
「ボサっとするなぁ! 逃げ……」
「……え? ごはぁっ!?」
バルディオの声が聞こえた、その次の瞬間には強烈な衝撃が団員を襲っていた。
鎧熊の体当たりの直撃を受けた団員は、まるで蹴られた路傍の小石のように軽々と吹き飛ばされた。
大の大人が、いとも簡単に、だ。
宙を舞い、地面に落ちて尚、勢いそのままにゴロゴロと転がり……ようやく止まる。
止まりはしたが、団員から起き上がる気配は感じられなかった。ぐったりと倒れたまま動かない。
フェオドルは、すぐさま駆け寄り安否を確かめたい衝動に駆られたが、それを抑えて乱れた隊列を整えるように指示を出す。
「隊列を乱すなっ!
隊形は維持しつつ、間隔を広くとれっ!
密集するなっ! 突っ込まれたら終わるぞっ!」
再度、包囲網から逃れた鎧熊を囲みなおす。
今、自分がここを離れては、今のように鎧熊が突っ込んで来たら隊を守る者がいなくなってしまう。
それは第二の負傷者を出すと同義であった。
あの程度で死ぬような、そんなやわな育て方はしていない。と、吹き飛ばされた団員を信じ、今は自分にそう言い聞かせる。
「クソが……
あの野郎、完全にこっちの動きに合わせてきやがった……」
「してやられましたな……」
足の負傷は決して軽いものではないのは間違いないはずだった。
動くのが辛くないはずがない。それが、激しい動きともなれば尚更だ。
無理を押してでも一矢報いる……そんな鎧熊の覚悟ようなものを自警団員たちは感じとっていた。
相手だって生きるために必死なのだ。
「しかし……こいつは厄介ですなぁ……
短距離とはいえ、ああも素早く動かれては我々だけでは守り切れませんぞ?」
あとどれくらい鎧熊があのように動けるのか、見当もつかない。
あと一回くらいなのか、それとも十回くらいなのか……
無策に攻めれば、今の二の舞になり新たな負傷者……最悪死者すら出かねない。
かといって、このまま再度の硬直状態に陥ってしまっては、鎧熊の体力の回復を待つことになってしまう。
このまま逃がすなどという手は存在しない以上、ここで仕留める以外の選択肢は存在しないのだ。
しかし、今の自分たちには決定打がない……
持久戦、という選択肢もなくはないが負傷した団員のことを考えれば、そんな悠長なこともいっていられないのが実情だ。
死んではいない、と信じてはいても手当が遅れれば手遅れになることも十分に考えれらるのだ。
出来れば、すぐにでも治癒術師に診せたいところだが、もしもの時の為に同行してもらっていた治癒魔術が使えるシスターも、今は子どもたちの避難に付き添いこの場にはいない。
たとえ残っていたとしても、こんな戦場の近くではおちおち治療行為なんて行っていられないだろうから、結局はこのでかぶつをなんとかしなくては話にならないのだが……
互いに自分たちからは手が出せない、そんな硬直状態を先に崩したのは鎧熊の方が先だった。
鎧熊はバルディオやフェオドルを無視して、ただ一点を目がけて走り出したのだ。
バルディオやフェオドルを相手にしていたのでは埒が明かないとばからりに、目標にされたのは一番近くにいた団員だった。
「散開っ!」
咄嗟にバルディオはそう指示を飛ばし、目標にされた団員と鎧熊の間に立って防御の姿勢を取る。が、
「ぐぅっ!!」
「うわぁっ!?」
「ぐわぁあっ!」
加速を伴った鎧熊の体当たりなど、とても人一人で押さえられる代物ではなかった。
鎧熊の突進を止めることが出来ず、力に押されて受け止めた姿勢のままずるずると押し込まれる。
その際、目標にされた団員共々近くにいた団員が数名、鎧熊の突進に巻き込まれてしまった。
ある者は弾き飛ばされ、ある者は走る鎧熊に踏みつぶされた。
バルディオとて、なんとか自分が吹き飛ばされないようにするので精一杯で、他の団員に気を配っている余裕はなかった。
鎧熊とて、何も無駄に何度も攻撃を受けていた訳ではないのだ。
観察し、分析し、理解する……
それだけの知能が鎧熊にはあった。
何もその体の大きさと特殊な体毛だけが武器ではないのだ。
誰が攻撃役なのか理解した鎧熊は、まずその数を減らすことを考えた。
手始めに、狙われたのはバルディオの隊の者であった。
ようやく鎧熊のその足が止まったのは、 隊列を突っ切ってしばらくした時だった。
荒い息遣いと、血走った鎧熊の眼がフェオドルの目と鼻の先にあった。
その様子から、鎧熊とて決して楽ではないのだと理解する。
隊列は崩されてしまったが、鎧熊の背後には無事だった団員たちが控えていた。
裏を返せば、この状況は包囲しているのも同じなのである。
終わらせるなら、疲弊している今をおいて他にはない。
そう判断したバルディオは、あらん限りの声を張り上げ指示を出す。
「今だっ!
ここで一気に攻めろっ!
ここで終わらせるっ!! 辺境の戦士の維持を見せてやれっ!!」
異常に多い森狼の目撃報告。
なぜかこんな表層にいた鎧熊。
その鎧熊と遭遇しつつも五体満足で逃げ遂せることが出来た若い自警団員たち。
ウワサに聞く程ではないその一撃の重さ。
そして、現状感じているバルディオの疑問が“多勢に無勢のこの状況で、なぜこの鎧熊は逃げるという選択をしないのか?”というものだった。
余程自分の力量に自信があるのか、それとも人間など物の数ではないとナメているのか……であとするなら、こんどは別の疑問がその首を持ち上げた。
“ならば、なぜ攻めて来ないのか?”と。
とにかく、この鎧熊は自分たちと対峙していた。
そう、対峙しているだけだったのだ。
こちらから攻撃を仕掛ければ迎え撃つことはしても、鎧熊から攻撃をして来ることはなかった。
攻めるでもなく、だからといって逃げるでもなく……
初めうちこそ、こちらを警戒してのことかとも思ったが、そうではないとしたら……
もし、戦うも、引くも出来ない状態にいるのだとするなら?
バルディオの頭の中でふと、何がカチリと組み合わさった。
「なるほど……そういうことか……」
(こいつは手負いだ……)
そう考えれば、なるほど、今まで疑問に感じていたことがストンと腑に落ちた。
負傷していると思われる部位は、おそらくは足だろう。
鎧熊の体毛色が濃い黒のため、外観からは判断が難しいがまず間違いない、とバルディオの直感が告げていた。
鎧熊の足をよくよく見てみれば、多少変色しているようにも見える……
それが傷口からの出血によるものなのか、それともただの泥ヨゴレによるものなのかは判断に困るところだが、バルディオはこれを前者であると確信していた。
それを念頭においたうえで、鎧熊の様子を伺い見れば、やはり、どこか動きにキレがないように見えた。
もし、傷を負っていて万全の状態でないとするなら、確かにあの二人の自警団員が逃げきれた事にも、自分たちが鎧熊の一撃に耐えられた事にも合点がいく。
思い返してみれば、森の外に出てからというもの、鎧熊は、ほとんどその場を動いていないのだ。
いや、動けなかった、というべきか……
だとするなら、この鎧熊に手傷を負わせたのはあの森狼の群れだろう。
あの異常といえる森狼との遭遇回数も、鎧熊と一戦交えた後の警戒行動だと考えれば納得もいく。
バルディオの憶測では、こうだ。
縄張り争いで負けたのか、それとも別の理由からかそれは分からないが、とにかく本来、森の深部に住む鎧熊がこんな表層まで出て来てしまった。
鎧熊がまず初めにしたのは、おそらく猟場の探索だろう。
どこで住むにしても、食べる物を確保せずして生きてはいけないからだ。
しかし、何処を猟場にしようともこの一帯はすでに森狼たちの縄張りになっていた。
他所からやって来て、我が物顔で自分たちの猟場を荒らす珍客を、森狼たちがみすみす見逃すはずがない。
ならば、一戦交えるは必至。
いくら鎧熊といえども、集団戦闘のプロである森狼相手では、多勢に無勢。決して、分の良い戦いとはならなかっただろう。
その結果、手痛い傷を負うことになった……
鎧熊が森狼を追い払ったのか、それとも森狼たちが鎧熊を見逃してやったのか……
とにかく、この鎧熊は一命をとりとめた。
そして、傷を癒すために養生していたところに、あの若い自警団員たちと遭遇してしまった。
と、まぁ、そんなところだろうと当たりを付けた。
相手が手負いであるのならこのまま相手の出方を伺うよりは、一転、数的有利を生かして攻勢に出るが上策。
「お前らぁ、よく聞け! おそらくそいつは手負いだっ!
負傷してんのは、たぶん足だっ!
ここからは攻めに回るぞっ!
隊形は現状を維持!
俺とフェオドルでこいつの攻撃を引き受ける!
他の奴は隙を突いて仕掛けろ! 手数で攻め落とすっ!
いいか! 手負いだからって油断するんじゃねぇぞっ!
手負いだからこそ、細心の注意を払って挑めっ!
相手だって死にたかねぇんだっ! それこそ、死に物狂いで抵抗して来るっ!
いくぞ、フェオドル!」
「合点っ!!」
ここが攻め時と、そう判断したバルディオは声を張り上げ隊に指示を飛ばした。
………
……
…
戦いはいくばくもしないうちに、その優劣の様相は如実に分かれてた。
戦法は先ほどと大して違いはない。
違う点といえば相手の出方に合わせるのではなく、自分たちから積極的に攻撃を仕掛けていくことくらいなものだ。
バルディオとフェオドルで鎧熊からの攻撃を引き付け、受け止めたその隙に他の誰かが攻撃を仕掛けて一撃離脱、これを繰り返す。
碌に動くことが出来ない鎧熊では逃げる団員を追うことが出来ず、たまに届きそうな攻撃はすべてバルディオたちによって遮られてしまっていた。
その一撃一撃は、鎧熊のその巨体からして見れば掠り傷程度のものかもしれない。
たが、それでも数多く繰り返すことで、確実にダメージを蓄積させる。
時間はかかるが、このまま押せば鎧熊の体力を削り切ることだって出来るはず。
勝てる。
誰もがそう思った矢先。
次で、何度目になるか分からない攻撃を自警団員が仕掛けようとしたその時、
「ゴアアアァァ!!」
“邪魔だっ!”“鬱陶しいっ!”と言わんばかりのけたたましい咆哮を鎧熊が上げた。
そして……
「えっ!?」
気付いた時には、攻撃を仕掛けた自警団員の目の前に鎧熊が迫っていた。
今の今まで背を向けてていた鎧熊が、突如向きを変えて自分の方へと迫って来たのだ。
何が起きたのか理解できず、その自警団員の動きも思考も一瞬停止した。
「ボサっとするなぁ! 逃げ……」
「……え? ごはぁっ!?」
バルディオの声が聞こえた、その次の瞬間には強烈な衝撃が団員を襲っていた。
鎧熊の体当たりの直撃を受けた団員は、まるで蹴られた路傍の小石のように軽々と吹き飛ばされた。
大の大人が、いとも簡単に、だ。
宙を舞い、地面に落ちて尚、勢いそのままにゴロゴロと転がり……ようやく止まる。
止まりはしたが、団員から起き上がる気配は感じられなかった。ぐったりと倒れたまま動かない。
フェオドルは、すぐさま駆け寄り安否を確かめたい衝動に駆られたが、それを抑えて乱れた隊列を整えるように指示を出す。
「隊列を乱すなっ!
隊形は維持しつつ、間隔を広くとれっ!
密集するなっ! 突っ込まれたら終わるぞっ!」
再度、包囲網から逃れた鎧熊を囲みなおす。
今、自分がここを離れては、今のように鎧熊が突っ込んで来たら隊を守る者がいなくなってしまう。
それは第二の負傷者を出すと同義であった。
あの程度で死ぬような、そんなやわな育て方はしていない。と、吹き飛ばされた団員を信じ、今は自分にそう言い聞かせる。
「クソが……
あの野郎、完全にこっちの動きに合わせてきやがった……」
「してやられましたな……」
足の負傷は決して軽いものではないのは間違いないはずだった。
動くのが辛くないはずがない。それが、激しい動きともなれば尚更だ。
無理を押してでも一矢報いる……そんな鎧熊の覚悟ようなものを自警団員たちは感じとっていた。
相手だって生きるために必死なのだ。
「しかし……こいつは厄介ですなぁ……
短距離とはいえ、ああも素早く動かれては我々だけでは守り切れませんぞ?」
あとどれくらい鎧熊があのように動けるのか、見当もつかない。
あと一回くらいなのか、それとも十回くらいなのか……
無策に攻めれば、今の二の舞になり新たな負傷者……最悪死者すら出かねない。
かといって、このまま再度の硬直状態に陥ってしまっては、鎧熊の体力の回復を待つことになってしまう。
このまま逃がすなどという手は存在しない以上、ここで仕留める以外の選択肢は存在しないのだ。
しかし、今の自分たちには決定打がない……
持久戦、という選択肢もなくはないが負傷した団員のことを考えれば、そんな悠長なこともいっていられないのが実情だ。
死んではいない、と信じてはいても手当が遅れれば手遅れになることも十分に考えれらるのだ。
出来れば、すぐにでも治癒術師に診せたいところだが、もしもの時の為に同行してもらっていた治癒魔術が使えるシスターも、今は子どもたちの避難に付き添いこの場にはいない。
たとえ残っていたとしても、こんな戦場の近くではおちおち治療行為なんて行っていられないだろうから、結局はこのでかぶつをなんとかしなくては話にならないのだが……
互いに自分たちからは手が出せない、そんな硬直状態を先に崩したのは鎧熊の方が先だった。
鎧熊はバルディオやフェオドルを無視して、ただ一点を目がけて走り出したのだ。
バルディオやフェオドルを相手にしていたのでは埒が明かないとばからりに、目標にされたのは一番近くにいた団員だった。
「散開っ!」
咄嗟にバルディオはそう指示を飛ばし、目標にされた団員と鎧熊の間に立って防御の姿勢を取る。が、
「ぐぅっ!!」
「うわぁっ!?」
「ぐわぁあっ!」
加速を伴った鎧熊の体当たりなど、とても人一人で押さえられる代物ではなかった。
鎧熊の突進を止めることが出来ず、力に押されて受け止めた姿勢のままずるずると押し込まれる。
その際、目標にされた団員共々近くにいた団員が数名、鎧熊の突進に巻き込まれてしまった。
ある者は弾き飛ばされ、ある者は走る鎧熊に踏みつぶされた。
バルディオとて、なんとか自分が吹き飛ばされないようにするので精一杯で、他の団員に気を配っている余裕はなかった。
鎧熊とて、何も無駄に何度も攻撃を受けていた訳ではないのだ。
観察し、分析し、理解する……
それだけの知能が鎧熊にはあった。
何もその体の大きさと特殊な体毛だけが武器ではないのだ。
誰が攻撃役なのか理解した鎧熊は、まずその数を減らすことを考えた。
手始めに、狙われたのはバルディオの隊の者であった。
ようやく鎧熊のその足が止まったのは、 隊列を突っ切ってしばらくした時だった。
荒い息遣いと、血走った鎧熊の眼がフェオドルの目と鼻の先にあった。
その様子から、鎧熊とて決して楽ではないのだと理解する。
隊列は崩されてしまったが、鎧熊の背後には無事だった団員たちが控えていた。
裏を返せば、この状況は包囲しているのも同じなのである。
終わらせるなら、疲弊している今をおいて他にはない。
そう判断したバルディオは、あらん限りの声を張り上げ指示を出す。
「今だっ!
ここで一気に攻めろっ!
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領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
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