24 / 35
第24話
しおりを挟む
エレーヌ襲撃の犯人の遺体を見つけてから三日が経った朝。ラバール警部は大きめの旅行鞄を持って警察署に現れた。署内の階段を息を切らせながら登り切り、なんとか自分の机までやって来た。
近くに居た部下のティエールが声を掛けてきた。
「警部、遅かったですね」
「いやー、何ね、なかなか馬車が捕まらなくて」
「そうでしたか」
ラバールは椅子に腰かけると、大きく息を付いた。呼吸が落ち着いた頃、ティエールに声を掛ける。
「ティエール君、君も準備は良いのかい?」
「ええ、いつでも出発ができますよ」
「よし、もう少ししたら出発することにしよう」
ラバールはそう言うと、机のうえにある書類に目を通す。
あれから、例のエレーヌ・アレオンの殺害事件の首謀者の手掛かりはなく、捜査は膠着状態となっていた。国家保安局からも新たな情報はない。ラバールは、このまま事件の捜査が進展なく時間が過ぎるのは良くないと考えていた。
そこで、唯一、話を聞いていなかったエレーヌの婚約者ジャン=ポール・マルセルに会うためにラバールとティエールの二人は、国境の町ノーリモージュに向かうことにしたのだ。今回の旅では、一番優秀で若いティエールを連れていく。彼が居れば何かと役に立つだろう。
幸い、ラバールの担当していた他の事件はさほど難しいものが無かったので、他の部下たちに割り振って任せることができそうなので、そうした。
ラバールは、少しだけ溜まっているいる仕事を終わらせ一息ついた後、ティエールに声を掛けた。
「そろそろ行こうか」
「はい」
ティエールは返事をすると立ち上がり、大きなボストンバックの持ち手を肩から掛けた。
ラバールも立ち上がり、自分の旅行鞄を手に取った。
目的地ノーリモージュへは、警察の馬車は使わずに一般の住民も使う駅馬車を使って移動をする。二人は署の近くの駅馬車の停車場に向かい、先に料金を払ってノーリモージュ行きの馬車に乗り込む。
この駅馬車は比較的大きな荷台に座れるように椅子代わりの板が設置されている。座り心地はお世辞にも良いとは言えない。この駅馬車での長旅は少々疲れそうだ。
二人は荷台に乗り込み、自分達の荷物を荷台の床に置いた後、二人は並んで腰掛けた。周りを見ると駅馬車を使う客は他にも数人いるようだ。
出発時間になると、馬車はゆっくりと進みだした。
駅馬車の速度はさほど早くないので、ノーリモージュまでは丸四日かかる。途中、街道沿いに小さな宿場町があり、そこを経由しつつ向かう。
ラバールは朝、署に来る途中で買ってきた新聞に目を通していた。ティエールは、その横から話しかける。
「それで、マルセルに会うことは出来ますかね?」
「彼が居る交渉団に時間があれば、会うこともできるんじゃないかなあ。これは実際に行ってみるしかないからね」
ラバールは新聞のある記事を指さした。見出しは、『ザーバーランド王国との和平交渉に進展なし』とあった。
「結構、揉めているようだね」
「国境線の決定で揉めているとか?」
「どうやら、その様だね」
「ザーバーランドは今回の戦争でそれなりの領土を、こちらから奪い取りました。それ以上を要求しているということですかね?」
「記事にはそこまで書いていないけどね。戦争を有利に進めていたザーバーランドのほうから、休戦を申し出てきたのは何か知られていない国内事情があるんじゃないかと書いていあるよ」
「その話は聞いたことがあります」
「まあ、多分、戦争反対の声が上がって来たんじゃないの? 七年も戦争をやっていると、国民に厭戦気分が広がるのは、こちらとも同じだよ」
そう言うと、ラバールは新聞に視線を戻した。
駅馬車が街を出るとすぐに、辺りに小麦畑が広がっているのが目に入った。
しばらくはこの風景が続く。
街を出ると、道の具合が悪いので駅馬車は揺れが酷く、乗り心地は最悪だった。これが四日続くのかと思うと、先が思いやられる。
その気を紛らわせるようにティエールはラバールに話しかける。
「エレーヌの件ですが、どう思いますか?」
「どうとは?」
「首謀者の目的ですよ」
「そうだね。それが一番わからない。私怨ということも考えられるが、そうであれば、わざわざザーバーランドの暗殺者を使う理由がわからない。しかも、襲撃犯はあの国で開発されたばかりの魔術を使えるときた」
「その魔術が使えるとなると、ザーバーランドの政府やそういった組織が関与している可能性が高いのでは?」
「おそらく、そうなのだろうけど、エレーヌを殺害する理由がわからない。彼女は貴族とは言え、ただの女性だよ。それにアレオン家はそんなに位い貴族ではないし、こちらの政府との関係も影響力もない」
「アレオン家に我々が知らない何かがあるのでしょうか? 例えば、ザーバーランドに関する機密を知っているとか?」
「うーん。その可能性も少ないと思うけどね。例の執事の父親がザーバーランド出身なんだけど、私が話をした限りでは、そう言うことも感じられなかった。それに、もしそうだと狙うなら執事でしょう。それに、国家保安局も何も掴んでいないようだし」
「国家保安局が何かを隠している可能性は?」
「どうかなあ。それだと我々に捜査の継続をさせるだろうか?」
ノーリモージュで、マルセルに会うことが出来て、話を聞いて何か掴めればいいと思うが、実のところその可能性はわずかだと考えていた。しかし、ラバールは、そのわずかな可能性に賭けたのだ。
ラバールたちを乗せた駅馬車は悪路を、音を立てながら、ゆっくりと目的地に向かって進んでいく。
近くに居た部下のティエールが声を掛けてきた。
「警部、遅かったですね」
「いやー、何ね、なかなか馬車が捕まらなくて」
「そうでしたか」
ラバールは椅子に腰かけると、大きく息を付いた。呼吸が落ち着いた頃、ティエールに声を掛ける。
「ティエール君、君も準備は良いのかい?」
「ええ、いつでも出発ができますよ」
「よし、もう少ししたら出発することにしよう」
ラバールはそう言うと、机のうえにある書類に目を通す。
あれから、例のエレーヌ・アレオンの殺害事件の首謀者の手掛かりはなく、捜査は膠着状態となっていた。国家保安局からも新たな情報はない。ラバールは、このまま事件の捜査が進展なく時間が過ぎるのは良くないと考えていた。
そこで、唯一、話を聞いていなかったエレーヌの婚約者ジャン=ポール・マルセルに会うためにラバールとティエールの二人は、国境の町ノーリモージュに向かうことにしたのだ。今回の旅では、一番優秀で若いティエールを連れていく。彼が居れば何かと役に立つだろう。
幸い、ラバールの担当していた他の事件はさほど難しいものが無かったので、他の部下たちに割り振って任せることができそうなので、そうした。
ラバールは、少しだけ溜まっているいる仕事を終わらせ一息ついた後、ティエールに声を掛けた。
「そろそろ行こうか」
「はい」
ティエールは返事をすると立ち上がり、大きなボストンバックの持ち手を肩から掛けた。
ラバールも立ち上がり、自分の旅行鞄を手に取った。
目的地ノーリモージュへは、警察の馬車は使わずに一般の住民も使う駅馬車を使って移動をする。二人は署の近くの駅馬車の停車場に向かい、先に料金を払ってノーリモージュ行きの馬車に乗り込む。
この駅馬車は比較的大きな荷台に座れるように椅子代わりの板が設置されている。座り心地はお世辞にも良いとは言えない。この駅馬車での長旅は少々疲れそうだ。
二人は荷台に乗り込み、自分達の荷物を荷台の床に置いた後、二人は並んで腰掛けた。周りを見ると駅馬車を使う客は他にも数人いるようだ。
出発時間になると、馬車はゆっくりと進みだした。
駅馬車の速度はさほど早くないので、ノーリモージュまでは丸四日かかる。途中、街道沿いに小さな宿場町があり、そこを経由しつつ向かう。
ラバールは朝、署に来る途中で買ってきた新聞に目を通していた。ティエールは、その横から話しかける。
「それで、マルセルに会うことは出来ますかね?」
「彼が居る交渉団に時間があれば、会うこともできるんじゃないかなあ。これは実際に行ってみるしかないからね」
ラバールは新聞のある記事を指さした。見出しは、『ザーバーランド王国との和平交渉に進展なし』とあった。
「結構、揉めているようだね」
「国境線の決定で揉めているとか?」
「どうやら、その様だね」
「ザーバーランドは今回の戦争でそれなりの領土を、こちらから奪い取りました。それ以上を要求しているということですかね?」
「記事にはそこまで書いていないけどね。戦争を有利に進めていたザーバーランドのほうから、休戦を申し出てきたのは何か知られていない国内事情があるんじゃないかと書いていあるよ」
「その話は聞いたことがあります」
「まあ、多分、戦争反対の声が上がって来たんじゃないの? 七年も戦争をやっていると、国民に厭戦気分が広がるのは、こちらとも同じだよ」
そう言うと、ラバールは新聞に視線を戻した。
駅馬車が街を出るとすぐに、辺りに小麦畑が広がっているのが目に入った。
しばらくはこの風景が続く。
街を出ると、道の具合が悪いので駅馬車は揺れが酷く、乗り心地は最悪だった。これが四日続くのかと思うと、先が思いやられる。
その気を紛らわせるようにティエールはラバールに話しかける。
「エレーヌの件ですが、どう思いますか?」
「どうとは?」
「首謀者の目的ですよ」
「そうだね。それが一番わからない。私怨ということも考えられるが、そうであれば、わざわざザーバーランドの暗殺者を使う理由がわからない。しかも、襲撃犯はあの国で開発されたばかりの魔術を使えるときた」
「その魔術が使えるとなると、ザーバーランドの政府やそういった組織が関与している可能性が高いのでは?」
「おそらく、そうなのだろうけど、エレーヌを殺害する理由がわからない。彼女は貴族とは言え、ただの女性だよ。それにアレオン家はそんなに位い貴族ではないし、こちらの政府との関係も影響力もない」
「アレオン家に我々が知らない何かがあるのでしょうか? 例えば、ザーバーランドに関する機密を知っているとか?」
「うーん。その可能性も少ないと思うけどね。例の執事の父親がザーバーランド出身なんだけど、私が話をした限りでは、そう言うことも感じられなかった。それに、もしそうだと狙うなら執事でしょう。それに、国家保安局も何も掴んでいないようだし」
「国家保安局が何かを隠している可能性は?」
「どうかなあ。それだと我々に捜査の継続をさせるだろうか?」
ノーリモージュで、マルセルに会うことが出来て、話を聞いて何か掴めればいいと思うが、実のところその可能性はわずかだと考えていた。しかし、ラバールは、そのわずかな可能性に賭けたのだ。
ラバールたちを乗せた駅馬車は悪路を、音を立てながら、ゆっくりと目的地に向かって進んでいく。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
色彩の大陸3~英雄は二度死ぬ
谷島修一
ファンタジー
“英雄”の孫たちが、50年前の真実を追う
建国50周年を迎えるパルラメンスカヤ人民共和国の首都アリーグラード。
パルラメンスカヤ人民共和国の前身国家であったブラミア帝国の“英雄”として語り継がれている【ユルゲン・クリーガー】の孫クララ・クリーガーとその親友イリーナ・ガラバルスコワは50年前の“人民革命”と、その前後に起こった“チューリン事件”、“ソローキン反乱”について調べていた。
書物で伝わるこれらの歴史には矛盾点と謎が多いと感じていたからだ。
そこで、クララとイリーナは当時を知る人物達に話を聞き謎を解明していくことに決めた。まだ首都で存命のユルゲンの弟子であったオレガ・ジベリゴワ。ブラウグルン共和国では同じく弟子であったオットー・クラクスとソフィア・タウゼントシュタインに会い、彼女達の証言を聞いていく。
一方、ユルゲン・クリーガーが生まれ育ったブラウグルン共和国では、彼は“裏切り者”として歴史的評価は悪かった。しかし、ブラウグルン・ツワィトング紙の若き記者ブリュンヒルデ・ヴィルトはその評価に疑問を抱き、クリーガーの再評価をしようと考えて調べていた。
同じ目的を持つクララ、イリーナ、ブリュンヒルデが出会い、三人は協力して多くの証言者や証拠から、いくつもの謎を次々と解明していく。
そして、最後に三人はクリーガーと傭兵部隊で一緒だったヴィット王国のアグネッタ・ヴィクストレームに出会い、彼女の口から驚愕の事実を知る。
-----
文字数 126,353
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる