上 下
398 / 424
暁を覚えない春眠編

カワレスギクライシス

しおりを挟む
 偽妹生活、最終日。
 今日も朝9時に、妹の美咲と偽妹の前田さんにたたき起こされてジョギング。

 ジョギングし終わった後、僕は偽妹に釘を刺す。
「今日で、妹はおしまいだからな。ジョギングも、もうしない」

「えー。明日からも走りましょーよー」

「やだ。1人で頑張って卓球で世界を目指せよ」

「冷たーい」

「僕はもともと冷たいんだよ」

 自分から言ったこととはいえ、前田さんに1週間翻弄されてしまったな。
 もう、2度と『妹をやれと』か言わないぞ。

 ジョギングを終え自宅に戻った後は、朝食を食べる。
 午前中いっぱいは、3人で自室でうだうだしていた。
 お昼からは、O.M.G.のライブ後の物販の手伝いに行かないといけない。
 昨日、宇喜多邸から持ってきた新曲CD200枚の入った段ボールを忘れずに抱えて、妹、偽妹を引き連れて秋葉原に向かう。
 段ボール、重たい。

 今日のイベントは“春日局”こと徳川さん主催の対バンイベント。
 O.M.G.の新曲CDのリリースのために、O.M.G.の持ち時間は後半に長めに設定してあるという。
 ライブハウスに到着すると、入口前にはスタンドフラワーが立っていた。
 見ると、“新曲リリースおめでとう O.M.G.ファン一同”と書いてある札がついていた。
 わざわざファンが手配したのだろう。
 こんなの初めて見たな。ファンの愛が感じられる。

 ライブハウスの中に入る。
 会場はまだ、リハーサル中。
 準備前の客席あたりにO.M.G.のメンバーがいるのを発見した。

 僕は声をかける。
「やあ、来たよ」

 真帆が笑顔で答える。
「おお! 純ちゃん、ありがとう。妹さんも、前田さんもありがとう」

 妹は、O.M.G.全員と会ったことがあったんだっけ…。
 偽妹は、宇喜多さん、竜造寺さんとは初めてなので、それぞれ自己紹介をしている。

 真帆に段ボールを楽屋に置いてくれてと言われたので、僕はステージ横から楽屋に入る。
 楽屋に入ると、今日の出演アイドルが何人かいた。
 その中に徳川さんもいたので、ご挨拶。

「徳川さん。こんにちは」

 徳川さんは僕の方を振り返って挨拶を返してきた。
 彼女は、まだステージ衣装を着る前で、普段着メガネ。
「ああ。武田さん、こんにちは。今日は、お客さんが沢山で大変かもしれないけど、よろしくね」

「こちらこそ。徳川さんが作曲家さんを紹介してくれたおかげで、リリイベが出来ます」
 まあ、お客さんが多くても僕は物販で手伝いをするだけだし、いつもやっているので大したことないだろうと考えている。

 なんやかんやで、イベント開始。
 僕と妹と偽妹はライブハウスの後ろの方で見学。
 お客さんは、ステージが進むにつれてどんどん増えてきて、ほどなく会場はいっぱいになり通勤ラッシュのような様相になってきた。
 そして、お客さんは異様な盛り上がり方。

 僕と妹と偽妹は、逃げるようにロビーに移動。
 ロビーに設置してある、ステージを映し出しているモニターを見ながら待機。
 複数のアイドルの出演後、O.M.G.の出番が来た。
 いつもやってるカバー曲のあと、今日発表の新曲のパフォーマンスも大盛り上がりで無事終了。
 トリの“春日局”の出番まで終わって、1時間の物販タイムに突入。

 会場内に各アイドルが物販をやるためのテーブルが準備される。
 僕も楽屋から段ボールを持ってきて開封、O.M.G.のテーブルにCDを並べて、ファンの対応を始める。
 今日はリリイベのせいか、いつも以上のファンが並んでいる。
 妹も偽妹も、最初は不安があったが、僕と分担してなんとかファンを切り盛りしている。

 顔見知りのファンが話しかけてくれるが、ちゃんと対応する余裕もない。
 物販が始まってさほど時間が経っていないのに、僕ら3人の対応ではかなり厳しい状況になっていた。
 CDだけでなく、ほかのグッズも予想以上に売れていく。

 CD売って、チェキ撮って、グッズ売って、CD売って、チェキ撮って、CD売って、CD売って、チェキ撮って、グッズ売って、CD売って…。

 大したことないとか思っていたが、予想以上にいろいろと買われすぎで、忙しすぎる。
 対応が大変。危機的状況。

 物販時間の後半、妹と偽妹がお客さんと一緒にチェキ撮り始めた。
 なんか、ファンの要望らしいとの事だが…。
 僕は突っ込む余裕もなく、物販の対応を必死に続ける。

 そして、物販タイムの1時間が終了した。
 とても疲れた…。

 CDもグッズもチェキも売れに売れた。
 CDが売れる枚数は当初150枚ぐらいと予測していたが、ふたを開けると結局6枚しか残っていなかった。
 それは、CDを2、3枚購入するファンがそれなりにいたせいである。
 その理由を聞くと自分で聴く用以外に、保存用とか、布教用にするらしい。

 僕は、妹と偽妹に尋ねる。
「お前ら、なんでチェキ撮ってたんだよ?」

「なんか、『かわいいから一緒に撮りたい』って、みんなに言われたから」

「お前らは、アイドルじゃあないのに…」

「まあ、いいじゃん。ちゃんとお代はもらったから売り上げに協力したよ!」
 妹は、ちょっと嬉しそうに言った。

 チェキのフィルムもぎりぎり足りたし、終わったことだから、まあ、いいや。

 会場に、お客さんは完全にいなくなって、物販テーブルの上に残った6枚の新曲CDをO.M.G.、僕、妹、偽妹は見下ろした。

「じゃあ、残り6枚はそれぞれ1枚ずつ持って帰るということで、どうかな?」
 真帆が提案した。

「いいね!」
 宇喜多さんが答える。

「これで完売!」
 真帆が嬉しそうに宣言した。
「初オリジナル曲のリリイベ大成功だね!」

 厳密にいうと完“売”じゃあないけどな。
 まあ、いいでしょう。
 完売のおかけで帰りは段ボールもなくなったので、ラクチンだ。

 夕方にはイベントが終わりトラブルもなく任務完了で、僕としては珍しくちょっとした満足感を感じている。
 最後に真帆からバイト代をもらう。
 妹と偽妹はチェキでいくらか売り上げたので、僕より少し多めにバイト代をもらったらしい。
 2人とも人生初バイトだったので、すごく嬉しそうにしている。

 帰路、真帆と別れ際、
「今度、打ち上げで乾杯しようよ。ウーロン茶で」
 と言われた。
 それに承諾して、O.M.G.、偽妹と別れて帰宅した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

兄の悪戯

廣瀬純一
大衆娯楽
悪戯好きな兄が弟と妹に催眠術をかける話

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...