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捜査5日目
捜査5日目~新聞社
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朝、マイヤーとクラクスは城を出て、新聞社に向かう。
新聞社は城から出て馬で四十分程度、港に近い海の見えるいい場所にあった。
二階建ての古い建物の一階にある大きな扉の上に、社名“ズーデハーフェンシュタット・ツァイトゥング”の目新しい看板が掲げてあった。
“ズーデハーフェンシュタット・ツァイトゥング” 紙の歴史は、さほど古くない。戦前は “ブランブルン・ツァイトゥング” という名称だったが、戦後改名、帝国によって改名させられた。三十四年前に無血革命で共和制になってすぐ後に設立されたという。木版を削って記事を書き、それを印刷。そして、街のカフェやレストランなどの人が集まるところに置く。
新聞の内容は政治や社会問題の記事が多かったが、戦争で共和国が帝国に占領されたあとは、帝国による検閲があり政治の記事は発行が許可されないので、内容は当たり障りのない貿易の状況とか経済のものばかりになったという。マイヤーとクラクスはさほどカフェには行かないが、兵舎の誰かが新聞を調達して兵士の間で回し読みをしている物を何度か読んだことがある。
マイヤーとクラクスは新聞社の扉を開け中に入る。
中は机とその上には多くの書類などが置かれていた。雑然とした雰囲気中では、数名が机に向かって作業をしているようだった。
マイヤーもクラクスも新聞社に来るのは初めてだった。クラクスが興味深そうにあたりを見回す。
中に入った二人に気が付いた若い男性が声を掛けてきた。
「何か御用ですか?」
「私は軍の者でエーベル・マイヤー、彼はオットー・クラクスと言います。ヴェールテ家で殺人がありまして、マルティン・ヴェールテさんにお会いしたいのですが」。
「彼は取材で出ておりますので、ここには居りません」。
「いつ、お戻りですか?」
「それは、わかりません」。
「困りましたね」。マイヤーは少し考えてから言った。「では、出直すことにします。我々が来たことだけお伝え下さい。我々は傭兵部隊の者で、私はエーベル・マイヤーです」。
「マイヤーさんですね。わかりました、伝えます」。
マイヤーとクラクスは、新聞社を後にし、歩きながら事件について話をする。
「マルティンは、兄弟が殺されているのに、仕事をしているとはな」。
「話の通り、仲が相当悪いんでしょうね」。
「それにしても、召使いのアデーレ・ヴェーベルンはどこに行ったんだろう」。
「屋敷の中から忽然と消える。そんなことがあり得ますか?」
「普通なら、あり得ない。しかし、現実に起こっている」。
「やはり、誰か魔術を使える者が関係しているのでは?」
「人を消す魔術なんて聞いたことがない。ヴィット王国の者ならともかく、ここにはそういう魔術師は居ないよ」。
ヴィット王国と言うのは、大陸の北の端にある平和を好む国だという。古来より魔術の研究が盛んで、多数の魔術書が書かれている。その多くの魔術書が王立図書館に集約されており、魔術師は魔術を学ぶために図書館に集まるようになった。そこで、いつしか魔術士のことを “司書” と呼ぶようになったという。ヴィット王国は、冬の長い雪国ということもあり、我々のようなヴィット王国以外の者は、彼らのことを “雪白の司書” と呼んでいる。
しかし、ヴィット王国は閉鎖的で鎖国のような政策を採っており、その国民が外国に出ることは、ほとんどはないという。逆に外国人がヴィット王国に入国することもできない。だから我々が、“雪白の司書” に出会うこともない。
マイヤーは話を続ける。
「ヴェーベルンがハーラルト、エストゥスを殺す理由があるとしたら何だろう」。
「やはり、誰かに金で雇われた、もしくは、弱みを握られていた、とか?」。
「さらには、彼女の依頼主は内務局に言って警察に圧力をかけることができる」。
「彼女自身が内務局に対して何か言えるほどの権限があるとか?」
「それはあり得ないな。二十一歳の若い女性が、そんな権限を持っているとは考えにくい」。
「そうすると、やはり旧貴族でしょうか? 彼らを洗いざらい調べますか?」
「それには数が多すぎる。例のパーティーの出席者は百五十名もいるというからな。そうなると、内務局の方を調べた方がいいかもしれないな。内務局に直接的にか、間接的にかわからんが、内務局の長官に警察に捜査の中止を命令させることの出来る人物」。
「長官に直接話を聞くのはどうでしょう。ルツコイ司令官にお願いして、呼び出してもらいましょう」。
「そうだな。一番早そうだ。しかし、長官がもし黒幕として、そう簡単に口を割るかな?」
「難しいでしょうが、何もしないよりかは良いかと」。
「それもそうだ」。
マイヤーとクラクスはさらに道を進むと、岸壁の方で人だかりがあるのが見えた。人々は何やら話し合っている。二人は近づいて、事情を聴いてみることにした。
「どうかしました?」
マイヤーが話しかけると、近くに居た女性二人が応じてくれる。
「さっき、そこで死体が上がったんです」。
「それが若い女性でしたので、かわいそうに、と話し合っていたんです」。
「おぼれたんですか?」
マイヤーが尋ねる。
「それは、わかりません」。
「たまたま、お医者さんが通りかかって、遺体の様子を耳にしたんですが、一、二日前に亡くなったようだと言ってました」。
それを聞いてクラクスが間に割り込んで来た。
「その若い女性って、ひょっとして」。
「私も同じことを考えていた」。
マイヤーは答えた。
「遺体はどこですか?」
「兵隊の方が馬車で警察まで運ぶと言って、つい先ほど向かいました」。
マイヤーとクラクスは、女性二人に礼を言って警察本部へ急いだ。
新聞社は城から出て馬で四十分程度、港に近い海の見えるいい場所にあった。
二階建ての古い建物の一階にある大きな扉の上に、社名“ズーデハーフェンシュタット・ツァイトゥング”の目新しい看板が掲げてあった。
“ズーデハーフェンシュタット・ツァイトゥング” 紙の歴史は、さほど古くない。戦前は “ブランブルン・ツァイトゥング” という名称だったが、戦後改名、帝国によって改名させられた。三十四年前に無血革命で共和制になってすぐ後に設立されたという。木版を削って記事を書き、それを印刷。そして、街のカフェやレストランなどの人が集まるところに置く。
新聞の内容は政治や社会問題の記事が多かったが、戦争で共和国が帝国に占領されたあとは、帝国による検閲があり政治の記事は発行が許可されないので、内容は当たり障りのない貿易の状況とか経済のものばかりになったという。マイヤーとクラクスはさほどカフェには行かないが、兵舎の誰かが新聞を調達して兵士の間で回し読みをしている物を何度か読んだことがある。
マイヤーとクラクスは新聞社の扉を開け中に入る。
中は机とその上には多くの書類などが置かれていた。雑然とした雰囲気中では、数名が机に向かって作業をしているようだった。
マイヤーもクラクスも新聞社に来るのは初めてだった。クラクスが興味深そうにあたりを見回す。
中に入った二人に気が付いた若い男性が声を掛けてきた。
「何か御用ですか?」
「私は軍の者でエーベル・マイヤー、彼はオットー・クラクスと言います。ヴェールテ家で殺人がありまして、マルティン・ヴェールテさんにお会いしたいのですが」。
「彼は取材で出ておりますので、ここには居りません」。
「いつ、お戻りですか?」
「それは、わかりません」。
「困りましたね」。マイヤーは少し考えてから言った。「では、出直すことにします。我々が来たことだけお伝え下さい。我々は傭兵部隊の者で、私はエーベル・マイヤーです」。
「マイヤーさんですね。わかりました、伝えます」。
マイヤーとクラクスは、新聞社を後にし、歩きながら事件について話をする。
「マルティンは、兄弟が殺されているのに、仕事をしているとはな」。
「話の通り、仲が相当悪いんでしょうね」。
「それにしても、召使いのアデーレ・ヴェーベルンはどこに行ったんだろう」。
「屋敷の中から忽然と消える。そんなことがあり得ますか?」
「普通なら、あり得ない。しかし、現実に起こっている」。
「やはり、誰か魔術を使える者が関係しているのでは?」
「人を消す魔術なんて聞いたことがない。ヴィット王国の者ならともかく、ここにはそういう魔術師は居ないよ」。
ヴィット王国と言うのは、大陸の北の端にある平和を好む国だという。古来より魔術の研究が盛んで、多数の魔術書が書かれている。その多くの魔術書が王立図書館に集約されており、魔術師は魔術を学ぶために図書館に集まるようになった。そこで、いつしか魔術士のことを “司書” と呼ぶようになったという。ヴィット王国は、冬の長い雪国ということもあり、我々のようなヴィット王国以外の者は、彼らのことを “雪白の司書” と呼んでいる。
しかし、ヴィット王国は閉鎖的で鎖国のような政策を採っており、その国民が外国に出ることは、ほとんどはないという。逆に外国人がヴィット王国に入国することもできない。だから我々が、“雪白の司書” に出会うこともない。
マイヤーは話を続ける。
「ヴェーベルンがハーラルト、エストゥスを殺す理由があるとしたら何だろう」。
「やはり、誰かに金で雇われた、もしくは、弱みを握られていた、とか?」。
「さらには、彼女の依頼主は内務局に言って警察に圧力をかけることができる」。
「彼女自身が内務局に対して何か言えるほどの権限があるとか?」
「それはあり得ないな。二十一歳の若い女性が、そんな権限を持っているとは考えにくい」。
「そうすると、やはり旧貴族でしょうか? 彼らを洗いざらい調べますか?」
「それには数が多すぎる。例のパーティーの出席者は百五十名もいるというからな。そうなると、内務局の方を調べた方がいいかもしれないな。内務局に直接的にか、間接的にかわからんが、内務局の長官に警察に捜査の中止を命令させることの出来る人物」。
「長官に直接話を聞くのはどうでしょう。ルツコイ司令官にお願いして、呼び出してもらいましょう」。
「そうだな。一番早そうだ。しかし、長官がもし黒幕として、そう簡単に口を割るかな?」
「難しいでしょうが、何もしないよりかは良いかと」。
「それもそうだ」。
マイヤーとクラクスはさらに道を進むと、岸壁の方で人だかりがあるのが見えた。人々は何やら話し合っている。二人は近づいて、事情を聴いてみることにした。
「どうかしました?」
マイヤーが話しかけると、近くに居た女性二人が応じてくれる。
「さっき、そこで死体が上がったんです」。
「それが若い女性でしたので、かわいそうに、と話し合っていたんです」。
「おぼれたんですか?」
マイヤーが尋ねる。
「それは、わかりません」。
「たまたま、お医者さんが通りかかって、遺体の様子を耳にしたんですが、一、二日前に亡くなったようだと言ってました」。
それを聞いてクラクスが間に割り込んで来た。
「その若い女性って、ひょっとして」。
「私も同じことを考えていた」。
マイヤーは答えた。
「遺体はどこですか?」
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