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野心

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 私は、ようやくこの男の話を理解できてきた。
 目の前の男は皇帝ではない、皇帝の体を乗っ取り、知識、経験、記憶を乗っ取ったアーランドソンという魔術師だ。
 私の部下七十人を殺し、私の師も殺した。チューリンや帝国軍の調査隊も殺し、そして、ブラウロット戦争を起こして、何万人と言う兵士や市民が死んだ。
 それを考えると、怒りと悲しみが同時に込み上げてきた。
「野心」だと、ふざけるな。
 怒りで自然と拳に力が入っているのに気づいた。そして、皇帝、いや、アーランドソンを睨み付けた。

 その私の様子を見てアーランドソンは言った。
「ようやく理解したようだな。ここ一か月近くは、様々なことがあっただろうから、理解に時間がかかったのも仕方もない」。
 私は足の痛みをこらえ、ゆっくりと立ち上がった。そして、剣を振りかざし、アーランドソンに近づいた。
 しかし、次の瞬間、私の体は後ろに弾き飛ばされ、床にたたきつけられた。
「無駄だ」。
 私は腕を上げ、アーランドソンに稲妻を放った。アーランドソンは稲妻の直撃を受けるもダメージをほとんど受けている様子はない。
「無駄だと言っただろう」。
 アーランドソンはゆっくりと私に近づく。

 私は何とか立ち上がり、切りつけられて血がにじんでいる足を引きずりながら、剣を杖代わりにして部屋の入口の方へ向かう。
 アーランドソンはゆっくりと後を追って来る。
 私は振り向いて天井のシャンデリアの鎖を狙った。チューリンとの戦いの際と同様に、ガラスの装飾同士がぶつかる音をジャラジャラと立てながら落下する。しかし、シャンデリアは空中で停止した。アーランドソンが両手を上に向け、念動魔術でシャンデリアを止めている。
「同じ手が二度通用しないといったはずだが」。
 アーランドソンはそういうと、腕をこちらへ向けた。と同時にシャンデリアは勢いよく私の頭上をかすめ、ものすごい音を立てて、入り口側の壁を突き破った。

 私は、さらに足を引きずりながら、シャンデリアで突き抜け、崩れた入り口のあった方に向かう。
 崩れた入り口を抜けると、先ほどの待合室に出た。崩れた天井から見える空は、すでに星が輝いて見える漆黒の空となっていた。月明かりがわずかにあたりを照らしている。辺りは、たくさんの瓦礫、親衛隊員の遺体がまだそのままとなっているのがわかる。先ほどいた帝国軍の兵士達は撤収しているようだ、今は部屋には誰も見当たらない。

 私は足引きずりながら、何とか瓦礫を越えて前に進む。アーランドソンはゆっくりと追って来る。わざとゆっくりと追っているのだろう。腿を切られた私を逃がすことはないと思っているようだ。
 私は、まともに戦っても勝てない以上、時間を稼げるだけ稼ぎ、何か反撃の良い案は無いかと考えた。
 チューリンの遺体だった土の山のそばに、私のナイフがあったのでそれを拾った。

 私は、水操魔術で霧を発生させた。これで目くらましを、と考えていたが、アーランドソンが大気魔術で突風を吹かせれば、一瞬で吹き飛ばしてしまうだろう。しかし、数秒でも時間稼ぎ出来ればと考えた。
 しかし、予想に反してアーランドソンは大気魔術を使わなかった。私は霧の中で、アーランドソンの足音を聞き、近づいてくるのを待った。

 足音から十分な距離まで近づいたと感じ、足音の方向へ剣を突き立てた。剣から確かな手ごたえを感じた。アーランドソンの短いうめき声も聞こえた。私の突き刺した剣のダメージは少しあったようだ。
 次の瞬間、突風が吹き霧を吹き払った。アーランドソンは私の位置を確認すると、手から稲妻を放った。私はその衝撃で後ろへ弾き飛ばされ、床にたたきつけられた。
 アーランドソンの放つ稲妻はチューリンのそれより強力だった。私はまったく立ち上がれない状態となり、その場にうずくまるしかなかった。

 アーランドソンは、呪文を唱えている。治癒魔術か、これでは先ほどの剣の傷もすぐに治ってしまう。
 アーランドソンが治癒魔術の呪文を唱え終わった後、私の方に手を向けると私の体は少しだけ宙に浮いた。そこで、縛り付けられたように、体は身動きできない。念動魔術を使っているのだろう。
 そして、アーランドソンは話を始めた。
「皇帝の体はいささか年を取っている。次の体を探していた。若く、剣術か魔術に優れ、機転の利く人物のものだ」。
 チューリンは再び私に稲妻を放った。私は何とか気絶せずに意識を保っていたが、そろそろ限界だ。私の意識は朦朧としているが、アーランドソンは私の状態は気にかけず、話を続ける。
「皇帝と言う地位を利用し、まずは軍内部からそう言った人物を探そうと思い、試験を作ったのだ。島に翼竜、クラーケン、ゴーレム、地竜とチューリンを待たせた。軍で腕の立つものを島へ送り、それらを倒せた者の体をいただこうと思ったが、軍の者で出来るものはいなかった」。
 アーランドソンは空中に吊るされている状態の私の胸倉をつかみ自分の方へ近づけ、話を続けた。
「昔、奪ったセバスティアン・ウォルターの記憶の中に、共和国の“深蒼の騎士”で腕が立つ、お前の記憶があった。それで、お前が島に行くように仕向けたのだ」。
 そして、アーランドソンは嬉しそうに笑って話を続けた。
「そして見事、お前は達成した。試験は合格だ」。
 アーランドソンは、私の体をさらに近づけ、私の胸倉をつかんだ。
「お前はまだ若く、次の体としては理想的だ」。
 アーランドソンは笑っている。その顔を見ると虫唾が走った。
 私の体は縛り付けられているように動かすことはできなかったが、なんとか力を振り絞って声を出した。その声はかすれ声で小さかった。
「私の体を乗っ取っても、私は権力など持っていない。帝国は操れんぞ」。
「心配には及ばない。何のためお前を“帝国の英雄”として、国中に話を広げて、ここでも派手に歓迎させるように言ったと思う?、まずは軍や大衆に、お前の顔と名前、そして、お前が“英雄”である、ということを知らしめるためだ。そして、皇女のイリアがいるだろう。あの女と結婚するように仕組む。“帝国の英雄”なら、皇女との婚姻もさほど不自然ではないだろう。そうすれば皇族として権力や軍は自由に使えるだろう。もしイリアが結婚に抵抗すれば、殺して、代わりに土で偽物を作ればいい。いや、むしろ土人形の方が、私はやり易いかもしれんな。土人形は、なんでも言いなりだからな」。
 と言うと、アーランドソンは声を出して笑った。
 なんて奴だ。何とかしないと。しかし、体が動かない。
「どうだ?最後に秘密をすべて教えてやったぞ。私が体を乗っ取れば、ユルゲン・クリーガーという元々の意識は消滅する。すなわち死ぬということだ」。
 と、言うと、アーランドソンは何か呪文を唱え始めた。
 私の意識がさらに朦朧としてきた次の瞬間、体が地面に崩れ落ちるのを感じた。
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