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旧首都ズーデハーフェンシュタット
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我々は波辺からズーデハーフェンシュタットの街に戻ってきた。ここは、先の戦争で戦火を免れたので、城も、街も、美しいままだ。三十六年前に共和制になってからは、城壁の中は議事堂や公邸、軍の兵舎などとして利用されていた。占領後は帝国軍の宿営地としても利用されている。
このズーデハーフェンシュタットという街は一年の中でも天気のいい日が多く、気候も安定している。非常に住みやすい街だ。住みやすい街であったといったほうがいいだろう。
ここは港町で、もともとは貿易で栄えた街だ。港も、戦火から逃れることができたので、今でも賑わっている。しかし、街中は帝国に占領されてからは、人出は幾らか少なくなっただろうか。大通りでは辻ごとに帝国軍の重装騎士や兵士が数名立っている。これは住民の監視のためだ。港での貿易はこれまで通り認められるようになって、かろうじて街の経済は活発だ。幸い、多くの住民の生活水準は少し下がった程度で済んでいる。しかし、戦後二年たってからも占領に反発する住民も少なくない。そこで、帝国は懐柔策の一環として、ズーデハーフェンシュタットの市長やいくつかの主要な行政のポストは旧ブラウグルン共和国出身者を就かせている。行政を執行する官僚制度もほぼそのまま残っている。行政や司法は、もともと帝国より共和国のほうが進んでいたので、そのまま残し、逆に帝国は本国での制度改革の参考にしているようだ。
戦後すぐは元共和国軍の残党によるテロなどもあったが、最近はめっきり少なくなった。帝国駐留軍の司令官ルツコイとの話によると、帝国に占領された旧共和国の都市の中では、首都であったズーデハーフェンシュタットの統治は比較的うまくいっていると考えているようだ。
私と二人の弟子オットーとソフィアをはじめとする傭兵部隊の隊員達は、城の中にある宿舎で生活している。今の私は傭兵部隊の中では、部隊を取りまとめる上級士官扱いなので個室を与えられているが、オットーをはじめとする傭兵の多くは相部屋となっている。
女性はソフィアなど六人いるが、二人で一部屋ずつ与えられている。全員が大部屋に詰め込まれている男性兵士に比べると環境は良さそうだが、不便なことも多いようだ。そもそも、傭兵部隊は城で空いていた倉庫などの空き部屋をあてがわれているので、帝国の正規軍と比べると待遇はかなり劣る。
ちなみに、私が上級士官扱いなのは、戦後に当時の上級士官がほとんど処刑か追放されたせいなのだが。また、司令官のルツコイに気に入られていることもあるようだ。おかげで住居以外もいろいろ融通が利く。
我々は明日の朝の集合時間の確認をしてから、それぞれの部屋に戻るため別れた。
途中、城の通路で私は魔術師で傭兵部隊の副隊長でもあるエーベル・マイヤーと出会った。彼とは共和国軍時代からの付き合いだ。かれこれ五年になる。我々は軽い挨拶を交わした。
「どうだい調子は、隊長殿?」
エーベルはいつも冗談ぽく、私のことを「隊長殿」と呼ぶ。共和国時代はお互い下級士官だった。いまは私のほうが上官になる。しかし、魔術については彼に教えられることは多い。“深蒼の騎士は”剣技だけでなく、若干の魔術も駆使するが、あくまでも補助的なものだ。魔術師から見れば、ごく初歩的な魔術しか使えない。
「いつも通りだよ」。
私は笑いながら答えた。
「ちょうどよかった、いい魔石を手に入れたから進呈しよう」。
と、言ってエーベルはポケットから魔石を取り出して見せた。紫色の見事な魔石だ。
「いいのか?かなりよさそうな物のようだが」
「我が優秀な傭兵部隊の隊長殿が、安っぽい魔石を持っているのは部隊の恥だからね」。
エーベルは笑って見せた。私は魔石を受け取り言った。
「いつも世話になって申し訳ない」。
「気にするなって。じゃあな」。
軽く手を振ってエーベルは去って行った。私は改めて魔石を見つめた。少しでも魔術に触れたことのある者なら、これは、かなり高価な魔石だとわかる。
魔術を使うには“魔石”の力を利用する。これがないと誰も魔術を使うことができない。術者の集中力と魔石の“品質”によって、魔術の威力に違いが出て来るので、魔術師は常に良い魔石を探す傾向がある。私のような補助的にしか魔術を使わない者は、あまり良いものを持っても、本当は持て余すだけだ。
“魔石”はどこにでも有るというわけではなく、大陸の一部の土地からしか採掘されない。この大陸で出回っている魔石の大部分は、“鉱山地方”と呼ばれる土地で採掘されている。鉱山地方は、旧共和国の東北に位置する“ダーガリンダ王国”にある。ここでは魔石以外にも鉄や銅などの鉱物も採掘され、それらの取引が、その国の一番の収益源となっている。
ダーガリンダ王国もブラミア帝国と隣接しているため侵攻対象となっていたと聞く。埋蔵量の多い魔石も魅力的だろう。しかし、帝国との国境付近には高い山脈が連なっており、侵攻する大きな障害となっているため、後回しにしたようだ。
私は袋を取り出し、入っていた元々の魔石を取り出し、代わりにエーベルにもらった魔石を入れた。
このズーデハーフェンシュタットという街は一年の中でも天気のいい日が多く、気候も安定している。非常に住みやすい街だ。住みやすい街であったといったほうがいいだろう。
ここは港町で、もともとは貿易で栄えた街だ。港も、戦火から逃れることができたので、今でも賑わっている。しかし、街中は帝国に占領されてからは、人出は幾らか少なくなっただろうか。大通りでは辻ごとに帝国軍の重装騎士や兵士が数名立っている。これは住民の監視のためだ。港での貿易はこれまで通り認められるようになって、かろうじて街の経済は活発だ。幸い、多くの住民の生活水準は少し下がった程度で済んでいる。しかし、戦後二年たってからも占領に反発する住民も少なくない。そこで、帝国は懐柔策の一環として、ズーデハーフェンシュタットの市長やいくつかの主要な行政のポストは旧ブラウグルン共和国出身者を就かせている。行政を執行する官僚制度もほぼそのまま残っている。行政や司法は、もともと帝国より共和国のほうが進んでいたので、そのまま残し、逆に帝国は本国での制度改革の参考にしているようだ。
戦後すぐは元共和国軍の残党によるテロなどもあったが、最近はめっきり少なくなった。帝国駐留軍の司令官ルツコイとの話によると、帝国に占領された旧共和国の都市の中では、首都であったズーデハーフェンシュタットの統治は比較的うまくいっていると考えているようだ。
私と二人の弟子オットーとソフィアをはじめとする傭兵部隊の隊員達は、城の中にある宿舎で生活している。今の私は傭兵部隊の中では、部隊を取りまとめる上級士官扱いなので個室を与えられているが、オットーをはじめとする傭兵の多くは相部屋となっている。
女性はソフィアなど六人いるが、二人で一部屋ずつ与えられている。全員が大部屋に詰め込まれている男性兵士に比べると環境は良さそうだが、不便なことも多いようだ。そもそも、傭兵部隊は城で空いていた倉庫などの空き部屋をあてがわれているので、帝国の正規軍と比べると待遇はかなり劣る。
ちなみに、私が上級士官扱いなのは、戦後に当時の上級士官がほとんど処刑か追放されたせいなのだが。また、司令官のルツコイに気に入られていることもあるようだ。おかげで住居以外もいろいろ融通が利く。
我々は明日の朝の集合時間の確認をしてから、それぞれの部屋に戻るため別れた。
途中、城の通路で私は魔術師で傭兵部隊の副隊長でもあるエーベル・マイヤーと出会った。彼とは共和国軍時代からの付き合いだ。かれこれ五年になる。我々は軽い挨拶を交わした。
「どうだい調子は、隊長殿?」
エーベルはいつも冗談ぽく、私のことを「隊長殿」と呼ぶ。共和国時代はお互い下級士官だった。いまは私のほうが上官になる。しかし、魔術については彼に教えられることは多い。“深蒼の騎士は”剣技だけでなく、若干の魔術も駆使するが、あくまでも補助的なものだ。魔術師から見れば、ごく初歩的な魔術しか使えない。
「いつも通りだよ」。
私は笑いながら答えた。
「ちょうどよかった、いい魔石を手に入れたから進呈しよう」。
と、言ってエーベルはポケットから魔石を取り出して見せた。紫色の見事な魔石だ。
「いいのか?かなりよさそうな物のようだが」
「我が優秀な傭兵部隊の隊長殿が、安っぽい魔石を持っているのは部隊の恥だからね」。
エーベルは笑って見せた。私は魔石を受け取り言った。
「いつも世話になって申し訳ない」。
「気にするなって。じゃあな」。
軽く手を振ってエーベルは去って行った。私は改めて魔石を見つめた。少しでも魔術に触れたことのある者なら、これは、かなり高価な魔石だとわかる。
魔術を使うには“魔石”の力を利用する。これがないと誰も魔術を使うことができない。術者の集中力と魔石の“品質”によって、魔術の威力に違いが出て来るので、魔術師は常に良い魔石を探す傾向がある。私のような補助的にしか魔術を使わない者は、あまり良いものを持っても、本当は持て余すだけだ。
“魔石”はどこにでも有るというわけではなく、大陸の一部の土地からしか採掘されない。この大陸で出回っている魔石の大部分は、“鉱山地方”と呼ばれる土地で採掘されている。鉱山地方は、旧共和国の東北に位置する“ダーガリンダ王国”にある。ここでは魔石以外にも鉄や銅などの鉱物も採掘され、それらの取引が、その国の一番の収益源となっている。
ダーガリンダ王国もブラミア帝国と隣接しているため侵攻対象となっていたと聞く。埋蔵量の多い魔石も魅力的だろう。しかし、帝国との国境付近には高い山脈が連なっており、侵攻する大きな障害となっているため、後回しにしたようだ。
私は袋を取り出し、入っていた元々の魔石を取り出し、代わりにエーベルにもらった魔石を入れた。
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