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第1章 はじまり
1-3 暗雲3
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──────────
赤く焼け落ちてゆく空の向こう、消えてゆく『瘴気喰い』の影を見守りながら、綺麗に解された龍雲を抱えて銀の龍は一声唸る。
「…ワダツミ…」
それはもう、呼べない名前。
彼が『瘴気喰い』の長に任じられたそのときに、もう呼ぶなと本人から禁じられた、名前。
「本当にもう、呼ばせてくれないのかな…」
まだ幼生だった頃『海の若長』に連れられてこっそり深海を抜け出してきていた、淡く輝く真珠色の鱗と鮮やかな紅い鬣がとても綺麗な幼馴染。
自分はまだ、友のつもりでいるのだけれど。
「……ツキノワ」
今は『青海龍』となった『海の若長』の声に振り返る。いつも快活で豪胆な彼の、いつになく深刻な声に。
「何?アラナミ」
「アイツ……いや、なんでもない」
彼らしくない、歯切れの悪い物言いだったけれど、返せた言葉は承諾の「ん」だけだった。
──────────
地上から見れば蒼く光る海。しかし深くまで潜れば陽光も月光も届かなくなり色も失う。
紅い鬣もこんな海底では意味を成さない。そもそも相手の容姿など見えぬに等しいから、色彩を飾る必要も劣等感に苛まれる必要も無かった。
ほぅ、と息をつく。
どこまでも、いつまでも穏やかな、暗闇。
海の上は美しいものに溢れているけれど、深海に帰れば変わらぬ暗闇に安心してしまうのだ。そんな自分が情けなくもあり、それが種としての性質なのだと半ば諦めもあった。
「おかえり、若長」
「……ただいま……疲れた」
ひらりひらりと周囲を泳ぐ気配と声に応える。光の入るところまで昇れば自分とほぼ同じ色彩であるものの龍族ではない彼は、しかし幼い頃からの友だ。
「疲れてるとこ悪いんだけど、また瘴気溜まりができてたよ」
「ああ、感じてる」
こうして持ち場に戻り、海底に広げた意識はあちこちにできた瘴気の塊を見落とさない。
──そう、地上だけではないのだ。議会では軽口を叩いてきたが、『瘴気喰い』の本拠地であるこの海底にすら、同族だけでは処理しきれない瘴気溜まりができ始めていた。
「オレが喰う」
意識の手が伸びる限りの瘴気溜まりを砕き、引き寄せる。体内に吸い込み、循環させて浄化する。
正直な話、限界は近いと感じていた。浄化に時間がかかるようになったのは、ひどく疲れを覚えるようになったのはいつからだっただろう。
一族を増やすか、それとも
元凶の種族を滅ぼすか。
後者のほうが手っ取り早い。このままでは同族を増やしても同じことだ。
もともと問題というものは元凶を絶たねば解決しないと考えている。最初から自分の出している結論はたったひとつだった。世界の均衡を保つため、彼らを生かしておく意味は無い。そう思うのに。
何もかもが気に入らなかった。議会にマトモな意見を出せない自分の立場も、のらりくらりと様子見を繰り返す長老たちも。そして
──そもそもの元凶であるあの種族も。
忌々しいことに、彼らは龍族のヒトガタに酷似していた。
龍族は彼らを『ニンゲン』と呼んだ。
赤く焼け落ちてゆく空の向こう、消えてゆく『瘴気喰い』の影を見守りながら、綺麗に解された龍雲を抱えて銀の龍は一声唸る。
「…ワダツミ…」
それはもう、呼べない名前。
彼が『瘴気喰い』の長に任じられたそのときに、もう呼ぶなと本人から禁じられた、名前。
「本当にもう、呼ばせてくれないのかな…」
まだ幼生だった頃『海の若長』に連れられてこっそり深海を抜け出してきていた、淡く輝く真珠色の鱗と鮮やかな紅い鬣がとても綺麗な幼馴染。
自分はまだ、友のつもりでいるのだけれど。
「……ツキノワ」
今は『青海龍』となった『海の若長』の声に振り返る。いつも快活で豪胆な彼の、いつになく深刻な声に。
「何?アラナミ」
「アイツ……いや、なんでもない」
彼らしくない、歯切れの悪い物言いだったけれど、返せた言葉は承諾の「ん」だけだった。
──────────
地上から見れば蒼く光る海。しかし深くまで潜れば陽光も月光も届かなくなり色も失う。
紅い鬣もこんな海底では意味を成さない。そもそも相手の容姿など見えぬに等しいから、色彩を飾る必要も劣等感に苛まれる必要も無かった。
ほぅ、と息をつく。
どこまでも、いつまでも穏やかな、暗闇。
海の上は美しいものに溢れているけれど、深海に帰れば変わらぬ暗闇に安心してしまうのだ。そんな自分が情けなくもあり、それが種としての性質なのだと半ば諦めもあった。
「おかえり、若長」
「……ただいま……疲れた」
ひらりひらりと周囲を泳ぐ気配と声に応える。光の入るところまで昇れば自分とほぼ同じ色彩であるものの龍族ではない彼は、しかし幼い頃からの友だ。
「疲れてるとこ悪いんだけど、また瘴気溜まりができてたよ」
「ああ、感じてる」
こうして持ち場に戻り、海底に広げた意識はあちこちにできた瘴気の塊を見落とさない。
──そう、地上だけではないのだ。議会では軽口を叩いてきたが、『瘴気喰い』の本拠地であるこの海底にすら、同族だけでは処理しきれない瘴気溜まりができ始めていた。
「オレが喰う」
意識の手が伸びる限りの瘴気溜まりを砕き、引き寄せる。体内に吸い込み、循環させて浄化する。
正直な話、限界は近いと感じていた。浄化に時間がかかるようになったのは、ひどく疲れを覚えるようになったのはいつからだっただろう。
一族を増やすか、それとも
元凶の種族を滅ぼすか。
後者のほうが手っ取り早い。このままでは同族を増やしても同じことだ。
もともと問題というものは元凶を絶たねば解決しないと考えている。最初から自分の出している結論はたったひとつだった。世界の均衡を保つため、彼らを生かしておく意味は無い。そう思うのに。
何もかもが気に入らなかった。議会にマトモな意見を出せない自分の立場も、のらりくらりと様子見を繰り返す長老たちも。そして
──そもそもの元凶であるあの種族も。
忌々しいことに、彼らは龍族のヒトガタに酷似していた。
龍族は彼らを『ニンゲン』と呼んだ。
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