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第1章 飛ばされたんだけどなにこれ

#5.ノンビリマッタリ

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「カナタ!」
薔薇の咲き乱れる庭園で呼びかけられる、本名ではない名前。とりあえず、あずまやのベンチから手を振る。

呼び出されてから五日ほど。
庭園や菜園も散策した。自分の前に呼び出されたという『幻獣:象』も見た。いやホントに象だった。屋敷の中も見て回った。ドールハウスをそのまま人間の住まいに造り変えたらこうなるだろうか。

庭も住まいも凄く綺麗だ。

書庫から借りた辞書に目を落とす。
最初は不思議に思わなかったのだけれど、どうやら自分のチートって言葉に不自由しないことなんじゃないかな。ごく普通に会話もできるし文字も読める。そして書ける。
スマホやパソコンは無かったけれど、折角だから紙とペンを貰って執筆を始めた。意外なことに万年筆だ。
仕事に行くわけでもないしゴハンは調理師さんが作ってくれるから自分で作る必要も無い。ロザリィが学校へ行っている間は時間を持て余す……のとは別に、やっぱり何か書いていないと落ち着かないのだよ。同人とはいえ作家としては。

それにしても質の良い万年筆の書き心地って気持ちいい。ちょっとレトロな見た目もオタク心をくすぐるよね。このダイヤ型の先っちょとかさ。
アナログで執筆なんて何年振りだろう。学生時代にはそこらじゅうのノートに書き殴っていたものだけど……はっ、家賃滞納とか家宅捜索とかで向こうの家いじられたらどうしよう。黒歴史むっちゃ出てくるのヤバい。ヤバすぎる。えっちなのも有るし……

……………
……………


──うん、考えないことにする。


「カーナーター?お話の続きは書けたかしら?あの素敵な殿方は想い人と会えて?」
何も考えないポカン顔につとめていたら背後から飛び付かれて、慌てて紙からペンを離した。deleteボタン無いし消しゴム効かないからやめてほしいです。っていうかマジでやめて……ってなんだその原稿を覗き込むキラキラした青い目は。

無理。こんな目をした読者サマに注意とか無理。

「重い重い重い」
苦笑しながらふわふわドレスに包まれた肩を押し退ける。
「はいこれ、昨日の続き」
ペラ紙を一枚渡してやると飛びついてきた。なんだか実家の犬に似ている……おやつジャーキー見せたときの。
書き込んであるとはいえペラ紙一枚。ロザリィはすぐに読み終わってしまって上気した顔で大きな溜息をつく。
「……はぁ……殿方同士の熱い友情……素敵ねぇ……」
……えぇと……BLをちょっぴり下方修正した物語にこれだけトキメクとは……おぬし腐女子の才能があるな?おねえちゃん張り切っちゃうぞ?
もちろんキョウイクに支障の無い範囲で。おねえちゃんは常識人だからな。

──それはともかく、ロザリィは家にいるあいだ片時も傍を離れない。夜も枕を抱えて訪ねてくる。最初は聖霊様の設定にボロが出ないよう見張られているのかと思ったのだけど、そういうわけでもないらしいのが解ってきた。

家族と暮らしているわけでもない。
使用人達とは最低限しか口を利かない。
学友を連れ帰ってきたことも無ければ帰りが遅くなることも無い。まぁ、この世界の住人に放課後友人と遊ぶ文化があるのかどうかはわからないが。


要は、寂しいんだ。多分。

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