レディバグの改変<L>

乱 江梨

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第二章 仲間探求編

82、告白2

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「よく考えてみればそうであるな。……若いのだな、コノハは」
「いや若いとかいうレベルじゃないから。幼児だから」
「二才、ですか……初めて会った時、片言でも会話が成立していたのが奇跡に思えてきました」


 コノハの年齢を漸く知ったメイリーンは、しみじみといった感じで呟いた。誰に気づかれることも無く生まれてきたコノハを、庇護してくれる存在などいたはずもなく、アデルたちに出会うまで彼は一人で生きてきたと考えられる。それは同時に、彼に言葉や常識を教えてくれる存在が一切いなかったことを意味する。

 にも拘らずコノハは出会った頃、たどたどしくはあるものの、言葉を話せていた。その事実がメイリーンには不思議でならなかったのだ。


「森を訪れた人々の話し声を聞いて覚えたのかもしれぬ。コノハはよく、我らのことも念入りに観察していたのでな。そもそも悪魔と普通の人間では、育ち方自体が違う可能性だってあるのだ」


 メイリーンの疑問に、アデルは憶測でしか答えることが出来ない。悪魔や愛し子は世界中の誰しもが知る存在ではあるが、詳細なことは誰にも分からないという現実が、こんな場面で垣間見えてしまう。


「ととたち、さっきから俺の話してる?」
「「……」」


 アデルが仮説を語っていると、ずっと傍聴していたコノハが唐突に口を開いた。コノハに何と答えてやればよいのか分からず、彼らは目を泳がせてしまう。

 コノハが悪魔という存在であることは、キチンと告げるべきである。これは示し合わせる必要が無いほどに、彼らの共通認識であった。そんな彼らが告げるべきか思い悩んでいたのは、この世界の悪魔に対するどうしようもない差別意識についてである。

 悪魔が背負わざるを得ない宿命を、まだ生まれて間もないコノハに知らせるのは、あまりにも酷なのではないかと彼らは危惧しているのだ。


「あぁ、コノハのことであるぞ」


 皆が口を噤む中、穏やかな声を発したのはアデルだ。途端、彼らの視線が一気にアデルの元に集まる。


「悪魔って、なに?」
「悪魔というのは、この世界にとってとても重要な存在なのだ。悪魔がいなくなれば、この世界が終焉へと向かってしまう程に」
「そう、なの?」
「うむ。それ故にコノハは、普通の人間とは違う体質や力を持っているのだ。コノハはその力を使いこなしていたであろう?」
「あ……」


 身体を真っ二つにされたというのに、コノハが悪魔の力で元の状態に再生したことは記憶に新しい。アデルに言われて、自分自身が成したことをコノハは漸く自覚した。
 コノハが初めてその力で身体の傷を修復したのは、修行を始める以前のことである。にも拘らず、コノハは誰に教わった訳でもないのに、まるで慣れているかのようにその力を行使していた。悪魔としての本能が、そうさせているかのように。

 流石に、それが普通とは一線を画していることはすぐに理解できたのか、コノハはハッと目を見開いた。


「そっか……」
「コノハ。実は……悪魔は世界にとって重要な存在であると同時に、多くの人々から忌み嫌われている存在なのだ」
「えっ……」


 その真実を知らされたコノハは、驚きと鬼胎で言葉を失った。一方の彼らは、アデルがあまりにも包み隠さなかったことに当惑し、ほんの少し批難めいた眼差しを向けてしまう。


「それって……」
(ととたちも……?)


 コノハが恐れていることはただ一つ。アデルたちもその他大勢と同じように、悪魔である自分のことを嫌っているのかということ。
 彼らレディバグは、コノハにとっての全てである。そんな彼らにまで嫌われ、見放され、その目に自分を映してもらえなくなってしまえば、想像するのも憚れる程の絶望が待ち受けているだろう。

 核心をつくことが出来ず、コノハの声が震えた。


「コノハは、我とお揃いなのだ」
「……え?」


 アデルの口から想定外の言葉が飛び出し、全員が呆けてしまう。驚きのあまり、コノハは先刻までの不安を忘れていた。


「我は悪魔ではないが、悪魔の愛し子と呼ばれ、多くの人から忌避され、苦痛を与えられてきたのだ。今となってはあまり気にならなくなったが、幼い頃はそれなりに傷ついたものである。これからコノハも、他人からの心無い悪意で傷つくことがあるかもしれぬ……だが彼らにとって、悪魔も悪魔の愛し子も大きな違いは無い。忌み嫌う差別対象という点において、我とコノハはまったく同じなのだ。
 傷を負ってもすぐに治るこの身体も、自らの力でジルを生み出せるという性質も。お揃いである」


 アデルが心底嬉しそうに破顔し、コノハは一瞬にして目を奪われる。お揃いという、ただそれだけのことで、アデルが心から喜んでいることは、一目瞭然であったから。

 客観的に見て、その言葉の真意に、傷の舐め合いがしたいという要素が無いとは言い切れない。だが、アデルを良く知るレディバグ一行には分かった。アデルが、コノハと慰め合いたいわけでは無いことを。何故なら、アデル自身が語ったからだ。〝今となっては気にも留めていない〟と。

 アデルは悪魔の愛し子であるが、かつての悪魔たちとは違う。悪魔が否が応でも背負わされるその運命に耐え切れず、同類を求めて愛し子を生み出した――かつての悪魔たちとは違うのだ。


「それに。確かに我は愛し子として生まれたが、今は大事な仲間と共に、こうして幸せな生活を送っているのだ。その仲間にはもちろん、コノハも含まれている。……コノハにも、大事な家族が出来たであろう?」
「うん……」
「コノハの目には、我が不幸に見えるか?」


 その問いを、コノハは首を横に振って否定した。今までコノハが見てきたアデルは、いつも穏やかに微笑んでいたから。


「であろうな。我は、世界一の幸せ者なのでな」
「っ……」
「案ずることは無いのだ、コノハ。我らが共にいる。傷ついた時、その傷に誰よりも早く気づいて癒すと誓おう。苦しい時、その苦しみを和らげることを誓おう。我らがコノハを、決して不幸にはしないと約束しよう。……我らは、コノハのことが大好きであるからな」
「っ、うんっ……」


 涙を空に飛ばすと、コノハは眩いほどの満面の笑みを浮かべた。コノハという存在が生まれてきたことを、他の誰でもないアデルに祝福されているように思えたから。

 コノハは悪魔について深いことを知らない。悪魔が人々からどう思われているのか。どれ程忌み嫌われているのか。何故それ程までに嫌悪されているのか。悪魔がどれ程化け物じみた力や身体を持っているのか。悪魔コノハがどれだけ重い運命を背負わされているのか。その全てを、コノハは理解できていない。

 それでも。アデルたちが傍にいれば。彼らという仲間が――家族が愛してくれるのであれば、どんな困難が降りかかっても大丈夫だと、コノハはそう思えた。

 それもそのはず。コノハはかつての悪魔たちが、どれだけ焦がれても手にすることの出来なかった〝愛〟を、抱えきれない程手にしているのだから。


『――だがお前が死んで、新たな悪魔が生まれた暁には、決してその悪魔を不幸にはしないと、我が誓おう』
『…………はっ……?』

『……そんなこと、出来ると思ってるの?』
『出来る出来ないの話ではない。我が新たな悪魔を、愛するか愛さないかの話だ』


 アデルがルルラルカへの復讐を果たすその直前。彼は彼女とある約束を交わした。それが、新たに生まれてくる悪魔を幸せにすることである。だからこそアデルは、コノハのことを必死に探そうとしていた。そして、悪魔ルルラルカを良く知っていたアデルは、初めて会った時からコノハが新たな悪魔であることに気づいていた。

 ちなみに。森の中、素っ裸で呆然としていたコノハを見つけた時。アデルがボソッと「……男であるか」と独り言を呟いたのは、同じ悪魔であるルルラルカが女性だったからだ。アデルの知る悪魔はコノハ以外に彼女しかおらず、男の悪魔という存在に少し驚いたのである。

 何はともあれ、アデルが誰よりも先にコノハを見つけたおかげで、彼は悪魔でありながら、ありふれた家族の愛情を知ることが出来た。コノハ自身が愛されていると自覚し、今この瞬間が幸せだと確信できている時点で、アデルはルルラルカとの約束を果たせたのだ。

 ********

「お話は終わったのでしょうか?」
「「……」」


 コノハが嬉し涙を拭い、段々と落ち着いて来た頃。不意に立ち上がったギルドニスが口を開いた。思わず、全員が彼を注目するように見上げる。

 アデルと違い、ギルドニスのことを全く知らない者も数人いるので、彼らの瞳には困惑が滲み出ている。


「差し出がましいかもしれませんが、念の為、華位道国の兵士たちを拘束した方が良いのでは無いでしょうか?」
「……あぁ。確かにそうであるな」


 林の交渉が上手くいけば、これ以上の戦争は避けられると思われるが、彼女が皇帝にそれを持ちかけるのはフェイントの効果が切れる直後だ。つまり、兵士たちが意識を取り戻してから華位道国全体が降伏の意思を共有するまでには、どうしても間の時間が出来てしまうのだ。その間、再び兵士が戦闘の意思を見せては面倒なので、ギルドニスの提案は的を射ていた。


「では私が全員を拘束して参りますので、皆様はゆっくりなさってください」
「一人であの人数は流石に無理があるのでは……」
「大丈夫ですよ。縄のジルを操って一気に拘束するので」


 亜人の国で意識を失っている兵士たちは、一から数えるのも憚れる程多いので、思わずナギカは立ち去ろうとする彼を制止した。
 だが、ギルドニスは操志者としての力を使い、短時間で全員の拘束を済ませるつもりらしい。

 アデルはそんなギルドニスを怪訝そうに見上げている。何故なら彼の目には、ギルドニスが一人で立ち去る言い訳をしているように見えたから。


「……お前、何か我に隠しておらぬか?」
「……何か、とは……また、抽象的ですね。アデル様」


 不意に尋ねられたその一瞬、ギルドニスの片眉がピクリと動いた。すぐにいつもの貼りつけた様な笑みを浮かべるギルドニスだったが、その一瞬の反応だけでアデルには十分だった。

 あれはギルドニスの肯定を意味していると、アデルには理解できたから。

 何故ギルドニスが何かを隠していると思ったのか、アデルには理路整然と説明することが出来ない。彼に対する様々な疑問や、不可解な行動の数々がアデルの中で積み重なり、不意にそう思ってしまっただけだから。


「我も手伝うとしよう」
「アデル様のお手を煩わせるようなことでは……」
「我と一緒なのが不満なのか?」
「滅相もございませんっ!……ハッ……」


 優先させるべき意志とは別の、彼自身の本能にも似た感情が漏れ出てしまい、ギルドニスは自身の失言にすぐに気づいた。

 アデルの推測通り、彼が一人になろうとしているのは明らかだが、それでもアデルに対する畏敬の念を誤魔化すことは出来なかったらしい。


「言質は取ったのだ。拒否は許さぬぞ?」
「…………はぁ……畏まりました」


 観念した様にため息をつくと、ギルドニスはアデルの同行を承諾した。こうしてアデルとギルドニスの二人は、避難所をあとにするのだった。

 ********

 避難所の外はすっかり暗くなっており、今日一日の時間の経過をありありと実感させられる。亜人の国はどこよりも星が綺麗に見える国の一つなので、夜空を見上げれば容易く目を奪われてしまう。

 そんな夜空の下、アデルたちは兵士たちを次々と拘束している。ギルドニスは縄のジルを操って、一度に多くの兵士を拘束し、アデルは自身のジルで作った拘束具を使用している。そしてその拘束具を、ギルドニスと同じ要領で操っているのだ。

 兵士たちを拘束し始めてからしばらくは、二人の間に会話は無かった。だが、沈黙に耐え切れなくなったアデルが唐突に口を開き、一気に核心をつく。


「ギルドニス。お前……本当に悪魔を信仰しているのであるか?」

「……どういうことでしょうか?」
「以前のギルドニスであれば悪魔を目の当たりにしただけで、鼻血を出しながら歓喜に打ち震えたはずであろう?だと言うのにお前は、コノハを前にしても冷静だったではないか」


 アデルはバランドール民主国で彼と再会して以来、事あるごとにギルドニスについて考えていた。最初の疑問は、何故彼が始受会を破門になったのかという問題である。

 ギルドニス程悪魔に対する信仰心が強く、その上実力も兼ね揃えている信者はそう多く無いだろう。そんな彼が破門されたのだから、相当な理由が無ければ辻褄が合わない。にも拘らず、それを尋ねたアデルに対して彼は、


『……恥ずかしいので内緒です』


 そう言ってはぐらかしたのだ。

 アデルからしてみれば理解不能すぎる上、何故正直答えないのかという新たな謎まで出来てしまった。

 次に抱いた疑問は、破門になっても尚、彼が悪魔を探そうとする理由だった。最初は、破門になってもやはり、あの狂気的とも呼べる悪魔に対する信仰心が薄れなかったのだろうとアデルは思っていた。

 にも拘らず、コノハと対面した時のあの態度である。念願が叶ったはずなのに、ギルドニスは酷く冷静だった。以前の彼であれば、興奮のあまり気絶してもおかしくないというのに、だ。

 そうして生まれてしまった一つの可能性が、彼の悪魔に対する信仰心が消えたのではないかという疑惑である。もしこの疑惑が真実なのであれば、彼が悪魔を探していた理由までも破綻してしまうので、アデルは確かめずにはいられなかったのだ。


「……あの、アデル様」
「?」
「私、一度も悪魔様を信仰しているなどと言った覚えは無いのですが」
「………………はっ?」

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