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第二章 仲間探求編
72、仲間1
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「……アタシの家族、華位道国の連中に捕まってんだ」
苦汁を舐めるような相好の林から告げられた事実に、アデルは目を見開いた。林には弟が二人と、妹が一人いるのだが、その三人が華位道国に捕らえられているのだ。
「それはつまり……脅迫されているということであるか?」
「あぁ……華位道国のクソ共、戦争に参加しねぇと家族を殺すだとよ……しかも、アタシが強行突破しねぇように家族をどっかに隠してやがるんだ。あのクソ共とやり合おうと思っても、家族の居場所が分からねぇ以上、迂闊に手を出すことも出来ねぇ。アタシと直接やり合う覚悟もねぇチキンクソ野郎共だよ」
華位道国によって連れ去られた林の家族は、彼女に見つからないような場所に囚われているらしい。それはつまり林が少しでも反逆の意思を見せようものなら、即座に彼女の家族を殺す準備が整っているということでもある。
林の話を要約するとこうだった。
ギリっと歯噛みする林の表情からは、彼女が家族のことを心の底から思っていることが犇々と伝わってくる。家族の安否を危惧している林は、今すぐにでも家族の元へ駆けつけたいという思いを何とか抑えているのだと、アデルは悟った。
「……ふむ。それなら我に良い考えがあるのだ」
「あ゛?」
ふと妙案を思いついたアデルは、林の焦りや不安を嘲笑うような落ち着いた声音で唐突に言った。思わずドスの効いた声で尋ねる林だったが、アデルは飄々とした様子で不敵な笑みを浮かべるのだった。
********
アデルと林が激しい戦闘を繰り広げている頃。華位道国ではリオが完全なる独走態勢に入っていた。
何故そんなことになっているのかというと、少々説明が必要になってくる。
華位道国に転移術で戻ってきたリオたち三人は、早速兵士たちの潜む要塞へと向かおうとしたのだが、その前にあっさりと華位道国の兵士二人に見つかってしまったのだ。
どこからどう見てもリオたちは不審人物だったので、その兵士たちは三人を捕らえようとしたのだが、当然抵抗したリオはあっさりと彼らを倒した。だがその際、そこそこ騒いでしまったせいで次々と兵士たちが流れ込んで来て、結果的に本格的な戦闘が始まってしまったのだ。
リオたちは途切れることの無い兵士を倒しながら、少しずつ要塞に向かうことにしたのだが、ほとんどの敵をリオ一人が倒している状態なので、彼の完全な独走態勢というわけである。
曇り空の色が濃くなり、雲行きが怪しくなってきても、リオの無敵っぷりが変わることは無い。
「なっはっはっは!!リオリオ最強!!」
「……アイツ、機嫌よすぎてハイになってるな」
敵の目から見れば狂気的とも思える笑みを浮かべながら、兵士をなぎ倒していくリオのことをアマノは死んだ魚のような目で捉えている。
アデルに親友と思われていたことが余程嬉しかったのか、昨夜のテンションを未だにリオは引きずっているのだ。リオの剣舞は、差し詰め喜びの舞いであった。
「……アマノ様はっ……リオ様のことをよく見ていらっしゃいますよねっ」
敵を蹴り飛ばしながらアマノに一瞥をくれると、ナギカはふとそんな印象を抱いた。犬猿の仲とも呼べる二人だが、何だかんだで互いのことをよく理解しているようにナギカには見えたのだ。
「は、はぁっ!?な、きゅ、急に何を言い出すんだ!?」
「リオ様のちょっとした変化で、その時の心情や気分を良く察知されているじゃないですか」
「そ、それはだなっ……あ、あれだ!そう……アマノはお前より、アイツと過ごした時間が少し長いからそう思うんだろう……あ、アマノなどより、アデルたちの方が余程アイツのことを分かっているというものだ」
想定外の方向から唐突にそんなことを言われてしまったので、アマノはぶわっと顔を真っ赤に染め上げると無理矢理な言い訳を口にした。
「そうですか」
(素直じゃない方……まぁ、私も人のことは言えないけれど)
アマノの慌てた様子を見て、誤魔化されたと思わない者などいないだろう。ナギカは彼の難儀な性格にため息をつきたくなるが、思いきりブーメランなので既の所で踏みとどまった。
********
目を凝らすと、要塞が見えそうで見えない程度に近づいて来た頃。リオは汗の粒を飛ばしながらアマノに視線を向けた。
「ねぇ!クソガキもちょっとは手ぇ貸してよ!本当のガキになるぐらいジル消費しろとは言わないからさっ」
「……」
二刀流で次々と敵を無力化しながら、リオは今のところ何もしていないアマノに文句を言い放った。その一方で、アマノが中々手を出し辛い状況であることをリオはキチンと理解していた。
アマノの力は、少人数の敵に対する一撃必殺としては強大な力を発揮するが、使えるジルに限りがあるので大勢の敵相手には弱い。
リオとナギカが必死で戦っている中、アマノが中々手を出せずにいた理由はそれである。
その事情を理解しているリオだが、それを考慮してもキツイ状況になってきているのだ。戦闘力だけで言えばリオたちに負ける要素は無いが、彼らの体力にも限度というものがある。
このままだとリオたちの体力が底をつく可能性があったのでその事態を避ける為、アマノに助力を頼んだのだが、当の彼は神妙な思案顔を浮かべるばかりで返事をしようとしない。
「ねぇってば!俺の話聞いてる?」
返事のないアマノにリオは苛立ったように尋ねた。近くの兵士を蹴り飛ばしながら、ナギカも怪訝そうにアマノに視線を送っている。
そんな二人の注目を集めるアマノは、俯きがちだった顔を不意に上げた。
「……おい。確かお前、日本刀を無駄にカチャカチャ持ってきていたよな?」
「カチャカチャって……それがなによ?」
その擬音は合っているのかというツッコみを入れたくなったが、そんな余裕も無かったのでリオは本題を尋ねた。
リオは刀が折れる可能性を危惧して、自身が使う二本の日本刀の他に、予備でもう二本の刀を横向きにして腰に帯刀していたのだ。
「一本貸せ」
「はぁ?アンタ剣なんて使えない……」
「いいから。貸せ」
「……はいはい」
有無を言わさぬその態度を目の当たりにしたリオは「仕方ないな」とでも言いたげな相好で、腰の日本刀を一振り、アマノに向かって投げつける。
パシッ。
乱暴にも見える渡し方だったが、その日本刀はアマノの手元まで一直線に届き、それを彼は片手でしっかりと受け取った。
剣など、握ったことさえ無いに等しいアマノがその日本刀で何をしようとしているのか、リオたちには皆目見当もつかなかったが、彼の心配をしている余裕など無かった。
リオたちに出来るのは、アマノが何かアクションを起こすまで、敵が彼に手を出さないよう気を配る程度のことである。
リオたちが頭の隅でアマノのことを心配する中、当の本人はジッと受け取った日本刀に視線を注いでいた。
(この人数相手……というかもっと敵は大勢いるだろうし、普段通りの力の使い方は出来ない。やっぱり、あれを試してみるしかないか…………まぁ最悪、何かあればリオが止めるだろう)
一人考え事をしているアマノは、周りの喧騒など一切気にしない程集中力を高めている。〝あれ〟とは、船旅の際にアマノが修行していたことである。
アマノは昔から、自分の力の限界についてを問題視しており、どうにかして大勢相手でも戦う方法はないだろうかと考え続けてきていた。
その問題に対する一つの答えを見つけ、アマノは船旅中にこっそり修行をしてきたのだ。
「ふぅ……」
ゆっくりと深呼吸すると、アマノは静かにその目を開く。
そして――。
『……敵を倒せ』
ジルを込めたその声を、自分自身に向けて発した。刹那、アマノの瞳が怪し気に光る。
「はっ?」
「え……」
その声が他人に向けられたものでは無いことを察したリオたちは、思わずアマノの方を振り向いて当惑の声を上げた。
そんな二人の疑問などお構いなし、というよりも気づけていないアマノはスッと日本刀を抜くと、華位道国の兵士たちの元へ駆け出す。
まだ一度しか力を行使していないというのに、アマノの身体は少年に見間違える程縮んでいた。そんなアマノの瞳はどこか虚ろで、当に今まで彼によって洗脳されてきた人間と同じ目をしている。
そう――。アマノは自分に自身の力を向け、自らを洗脳したのだ。
「なっ!?」
別人のような素早い動きで次々と敵をなぎ倒すアマノに、華位道国の兵士は驚きで目を見開いた。兵士たちの目から見れば、可愛らしい見た目の少年が物凄い剣撃を繰り出しているのだから、それも仕方の無い話である。
「……うそーん。あんなのあり?……ムカつく」
アマノの変貌っぷりに顔を引き攣らせたリオは、思わずそんな本音を吐露した。リオの声音には悔しさも混じっていたが、ナギカの方は純粋な感心で目を丸くしている。
アマノは〝敵を倒せ〟という命令に忠実に従い、ただ目の前の敵を効率的になぎ倒すことしか頭に無く、その姿はまるで戦闘ロボットの様である。
アマノの力は強い命令であればある程ジルをごっそりと使ってしまう。今回、たった一度の命令で子供の姿まで縮んでしまったのはその為だろう。
こうして。その身一つだけで戦うことが出来るようになったアマノが戦力に加わり、リオたち三人は戦力を減らす勢いを増していくのだった。
********
「まったく……華位道国の戦士ともあろう者たちが、たった三人相手に情けないですね」
「「?」」
アマノが参戦してから十分程経過した頃。リオたちが向かおうとしている要塞のある方向から不審な男が近づき、彼らは怪訝そうに首を傾げた。
それは昨日亜人の国を訪れ、唐突に宣戦布告をしてきた男――楊静その人であった。
軍服と同じ色の制帽を被っている静は、そのつばに触れながら幻滅したような声を上げている。華位道国が不利な状況になってきた為、実力者である静が参戦することになったようだ。
「……そこまで言うんなら、俺とやり合えるぐらいには強いのかしら?」
日本刀についた血を振り払うと、リオは片方の刀を肩に預けて不敵な笑みを浮かべた。
「はぁ……あの暴れ馬といい、あなた方といい……個で強いことが全てだと勘違いしていらっしゃる」
「はぁ?何言ってんのよ」
ため息交じりに愚痴を零した静が何を言っているのか本気で理解できず、リオは首を傾げる。静の言う〝暴れ馬〟が何のことかも分からない上、そもそもリオは個人の強さが全てだとは微塵も思っていない。
妙な勘違いをされているせいで話が全く噛み合っていないことに、静は気づいていないようだ。
「僕たちは個人の強さではなく、軍隊としての強さで勝つことを誉れとしています。古臭いタイマンの勝敗などどうでもいいんですよ。我ら華位道国が勝ちさえすればそれで」
「あっそ。でも、色々と勘違いしてるわよ。アンタ」
「何のことですか?」
「っ」
眉を顰めながら静は尋ねたが、答えようとしたリオに兵士が斬りかかったことで、彼がその発言の意味を知ることは出来なかった。
リオはあっさりとその兵士を倒していたが、次から次へと敵はやって来るので静に構っている暇など無かった。
モヤモヤとした思考を振り払うため、戦闘に加わろうと思い至った静はアマノに的を絞ると、ゆっくりと歩いて近づいていく。
だが、正常に脳が機能していない今のアマノは静の接近を察知できていない。
「朱、式、丙、丁、雀、神……」
ブツブツと、呪文のような言葉を呟きながら御札のような物を取り出すと、静はピタッと歩く足を止める。
あと数歩進めばアマノの身体に触れられる程近づくと、静はその御札を彼に向けて放つ。するとその御札は一直線にアマノの元へ到達し、彼の背中にピタッと張り付いた。
刹那――。
「爆」
バーン!!
その御札が爆音を伴いながら爆発し、アマノの身体は一瞬にして後方へと飛ばされていった。
「っ!アマノっ!?」
「っ……!?」
アマノが何らかの攻撃を受けたことに気づいたリオは焦る様に顔を青くすると、大声で叫んだ。
爆破に巻き込まれたアマノはリオたちの遠目でも分かる程ボロボロの状態で、身体のあちこちから血を流しており、ナギカもあまりのショックで血の気が引いてしまっている。
リオたちはそんなアマノの元へ一刻も早く駆け付けようとするが、敵の妨害によって思うように動くことが出来ない。どうやら華位道国は事前に作戦を立てていたようで、静が誰かを追い詰めた場合は他の兵士たちがリオたち仲間の助けを妨害する手筈になっていたのだ。
倒すのではなく、妨害が目的なので、兵士たちはリオたちの動きを封じるようにガシッと抱きつき、精一杯の力を込めて離れようとしない。
「っ……ちょ、っと離れてよ!あーもうウザい!」
「っ……アマノ、様……」
二人が敵の妨害に苦戦する中、静は自身の剣を抜きながらアマノの元へ歩み寄る。倒れたまま動く様子の無いアマノにゆっくりと、その脅威は迫っていくのだった。
苦汁を舐めるような相好の林から告げられた事実に、アデルは目を見開いた。林には弟が二人と、妹が一人いるのだが、その三人が華位道国に捕らえられているのだ。
「それはつまり……脅迫されているということであるか?」
「あぁ……華位道国のクソ共、戦争に参加しねぇと家族を殺すだとよ……しかも、アタシが強行突破しねぇように家族をどっかに隠してやがるんだ。あのクソ共とやり合おうと思っても、家族の居場所が分からねぇ以上、迂闊に手を出すことも出来ねぇ。アタシと直接やり合う覚悟もねぇチキンクソ野郎共だよ」
華位道国によって連れ去られた林の家族は、彼女に見つからないような場所に囚われているらしい。それはつまり林が少しでも反逆の意思を見せようものなら、即座に彼女の家族を殺す準備が整っているということでもある。
林の話を要約するとこうだった。
ギリっと歯噛みする林の表情からは、彼女が家族のことを心の底から思っていることが犇々と伝わってくる。家族の安否を危惧している林は、今すぐにでも家族の元へ駆けつけたいという思いを何とか抑えているのだと、アデルは悟った。
「……ふむ。それなら我に良い考えがあるのだ」
「あ゛?」
ふと妙案を思いついたアデルは、林の焦りや不安を嘲笑うような落ち着いた声音で唐突に言った。思わずドスの効いた声で尋ねる林だったが、アデルは飄々とした様子で不敵な笑みを浮かべるのだった。
********
アデルと林が激しい戦闘を繰り広げている頃。華位道国ではリオが完全なる独走態勢に入っていた。
何故そんなことになっているのかというと、少々説明が必要になってくる。
華位道国に転移術で戻ってきたリオたち三人は、早速兵士たちの潜む要塞へと向かおうとしたのだが、その前にあっさりと華位道国の兵士二人に見つかってしまったのだ。
どこからどう見てもリオたちは不審人物だったので、その兵士たちは三人を捕らえようとしたのだが、当然抵抗したリオはあっさりと彼らを倒した。だがその際、そこそこ騒いでしまったせいで次々と兵士たちが流れ込んで来て、結果的に本格的な戦闘が始まってしまったのだ。
リオたちは途切れることの無い兵士を倒しながら、少しずつ要塞に向かうことにしたのだが、ほとんどの敵をリオ一人が倒している状態なので、彼の完全な独走態勢というわけである。
曇り空の色が濃くなり、雲行きが怪しくなってきても、リオの無敵っぷりが変わることは無い。
「なっはっはっは!!リオリオ最強!!」
「……アイツ、機嫌よすぎてハイになってるな」
敵の目から見れば狂気的とも思える笑みを浮かべながら、兵士をなぎ倒していくリオのことをアマノは死んだ魚のような目で捉えている。
アデルに親友と思われていたことが余程嬉しかったのか、昨夜のテンションを未だにリオは引きずっているのだ。リオの剣舞は、差し詰め喜びの舞いであった。
「……アマノ様はっ……リオ様のことをよく見ていらっしゃいますよねっ」
敵を蹴り飛ばしながらアマノに一瞥をくれると、ナギカはふとそんな印象を抱いた。犬猿の仲とも呼べる二人だが、何だかんだで互いのことをよく理解しているようにナギカには見えたのだ。
「は、はぁっ!?な、きゅ、急に何を言い出すんだ!?」
「リオ様のちょっとした変化で、その時の心情や気分を良く察知されているじゃないですか」
「そ、それはだなっ……あ、あれだ!そう……アマノはお前より、アイツと過ごした時間が少し長いからそう思うんだろう……あ、アマノなどより、アデルたちの方が余程アイツのことを分かっているというものだ」
想定外の方向から唐突にそんなことを言われてしまったので、アマノはぶわっと顔を真っ赤に染め上げると無理矢理な言い訳を口にした。
「そうですか」
(素直じゃない方……まぁ、私も人のことは言えないけれど)
アマノの慌てた様子を見て、誤魔化されたと思わない者などいないだろう。ナギカは彼の難儀な性格にため息をつきたくなるが、思いきりブーメランなので既の所で踏みとどまった。
********
目を凝らすと、要塞が見えそうで見えない程度に近づいて来た頃。リオは汗の粒を飛ばしながらアマノに視線を向けた。
「ねぇ!クソガキもちょっとは手ぇ貸してよ!本当のガキになるぐらいジル消費しろとは言わないからさっ」
「……」
二刀流で次々と敵を無力化しながら、リオは今のところ何もしていないアマノに文句を言い放った。その一方で、アマノが中々手を出し辛い状況であることをリオはキチンと理解していた。
アマノの力は、少人数の敵に対する一撃必殺としては強大な力を発揮するが、使えるジルに限りがあるので大勢の敵相手には弱い。
リオとナギカが必死で戦っている中、アマノが中々手を出せずにいた理由はそれである。
その事情を理解しているリオだが、それを考慮してもキツイ状況になってきているのだ。戦闘力だけで言えばリオたちに負ける要素は無いが、彼らの体力にも限度というものがある。
このままだとリオたちの体力が底をつく可能性があったのでその事態を避ける為、アマノに助力を頼んだのだが、当の彼は神妙な思案顔を浮かべるばかりで返事をしようとしない。
「ねぇってば!俺の話聞いてる?」
返事のないアマノにリオは苛立ったように尋ねた。近くの兵士を蹴り飛ばしながら、ナギカも怪訝そうにアマノに視線を送っている。
そんな二人の注目を集めるアマノは、俯きがちだった顔を不意に上げた。
「……おい。確かお前、日本刀を無駄にカチャカチャ持ってきていたよな?」
「カチャカチャって……それがなによ?」
その擬音は合っているのかというツッコみを入れたくなったが、そんな余裕も無かったのでリオは本題を尋ねた。
リオは刀が折れる可能性を危惧して、自身が使う二本の日本刀の他に、予備でもう二本の刀を横向きにして腰に帯刀していたのだ。
「一本貸せ」
「はぁ?アンタ剣なんて使えない……」
「いいから。貸せ」
「……はいはい」
有無を言わさぬその態度を目の当たりにしたリオは「仕方ないな」とでも言いたげな相好で、腰の日本刀を一振り、アマノに向かって投げつける。
パシッ。
乱暴にも見える渡し方だったが、その日本刀はアマノの手元まで一直線に届き、それを彼は片手でしっかりと受け取った。
剣など、握ったことさえ無いに等しいアマノがその日本刀で何をしようとしているのか、リオたちには皆目見当もつかなかったが、彼の心配をしている余裕など無かった。
リオたちに出来るのは、アマノが何かアクションを起こすまで、敵が彼に手を出さないよう気を配る程度のことである。
リオたちが頭の隅でアマノのことを心配する中、当の本人はジッと受け取った日本刀に視線を注いでいた。
(この人数相手……というかもっと敵は大勢いるだろうし、普段通りの力の使い方は出来ない。やっぱり、あれを試してみるしかないか…………まぁ最悪、何かあればリオが止めるだろう)
一人考え事をしているアマノは、周りの喧騒など一切気にしない程集中力を高めている。〝あれ〟とは、船旅の際にアマノが修行していたことである。
アマノは昔から、自分の力の限界についてを問題視しており、どうにかして大勢相手でも戦う方法はないだろうかと考え続けてきていた。
その問題に対する一つの答えを見つけ、アマノは船旅中にこっそり修行をしてきたのだ。
「ふぅ……」
ゆっくりと深呼吸すると、アマノは静かにその目を開く。
そして――。
『……敵を倒せ』
ジルを込めたその声を、自分自身に向けて発した。刹那、アマノの瞳が怪し気に光る。
「はっ?」
「え……」
その声が他人に向けられたものでは無いことを察したリオたちは、思わずアマノの方を振り向いて当惑の声を上げた。
そんな二人の疑問などお構いなし、というよりも気づけていないアマノはスッと日本刀を抜くと、華位道国の兵士たちの元へ駆け出す。
まだ一度しか力を行使していないというのに、アマノの身体は少年に見間違える程縮んでいた。そんなアマノの瞳はどこか虚ろで、当に今まで彼によって洗脳されてきた人間と同じ目をしている。
そう――。アマノは自分に自身の力を向け、自らを洗脳したのだ。
「なっ!?」
別人のような素早い動きで次々と敵をなぎ倒すアマノに、華位道国の兵士は驚きで目を見開いた。兵士たちの目から見れば、可愛らしい見た目の少年が物凄い剣撃を繰り出しているのだから、それも仕方の無い話である。
「……うそーん。あんなのあり?……ムカつく」
アマノの変貌っぷりに顔を引き攣らせたリオは、思わずそんな本音を吐露した。リオの声音には悔しさも混じっていたが、ナギカの方は純粋な感心で目を丸くしている。
アマノは〝敵を倒せ〟という命令に忠実に従い、ただ目の前の敵を効率的になぎ倒すことしか頭に無く、その姿はまるで戦闘ロボットの様である。
アマノの力は強い命令であればある程ジルをごっそりと使ってしまう。今回、たった一度の命令で子供の姿まで縮んでしまったのはその為だろう。
こうして。その身一つだけで戦うことが出来るようになったアマノが戦力に加わり、リオたち三人は戦力を減らす勢いを増していくのだった。
********
「まったく……華位道国の戦士ともあろう者たちが、たった三人相手に情けないですね」
「「?」」
アマノが参戦してから十分程経過した頃。リオたちが向かおうとしている要塞のある方向から不審な男が近づき、彼らは怪訝そうに首を傾げた。
それは昨日亜人の国を訪れ、唐突に宣戦布告をしてきた男――楊静その人であった。
軍服と同じ色の制帽を被っている静は、そのつばに触れながら幻滅したような声を上げている。華位道国が不利な状況になってきた為、実力者である静が参戦することになったようだ。
「……そこまで言うんなら、俺とやり合えるぐらいには強いのかしら?」
日本刀についた血を振り払うと、リオは片方の刀を肩に預けて不敵な笑みを浮かべた。
「はぁ……あの暴れ馬といい、あなた方といい……個で強いことが全てだと勘違いしていらっしゃる」
「はぁ?何言ってんのよ」
ため息交じりに愚痴を零した静が何を言っているのか本気で理解できず、リオは首を傾げる。静の言う〝暴れ馬〟が何のことかも分からない上、そもそもリオは個人の強さが全てだとは微塵も思っていない。
妙な勘違いをされているせいで話が全く噛み合っていないことに、静は気づいていないようだ。
「僕たちは個人の強さではなく、軍隊としての強さで勝つことを誉れとしています。古臭いタイマンの勝敗などどうでもいいんですよ。我ら華位道国が勝ちさえすればそれで」
「あっそ。でも、色々と勘違いしてるわよ。アンタ」
「何のことですか?」
「っ」
眉を顰めながら静は尋ねたが、答えようとしたリオに兵士が斬りかかったことで、彼がその発言の意味を知ることは出来なかった。
リオはあっさりとその兵士を倒していたが、次から次へと敵はやって来るので静に構っている暇など無かった。
モヤモヤとした思考を振り払うため、戦闘に加わろうと思い至った静はアマノに的を絞ると、ゆっくりと歩いて近づいていく。
だが、正常に脳が機能していない今のアマノは静の接近を察知できていない。
「朱、式、丙、丁、雀、神……」
ブツブツと、呪文のような言葉を呟きながら御札のような物を取り出すと、静はピタッと歩く足を止める。
あと数歩進めばアマノの身体に触れられる程近づくと、静はその御札を彼に向けて放つ。するとその御札は一直線にアマノの元へ到達し、彼の背中にピタッと張り付いた。
刹那――。
「爆」
バーン!!
その御札が爆音を伴いながら爆発し、アマノの身体は一瞬にして後方へと飛ばされていった。
「っ!アマノっ!?」
「っ……!?」
アマノが何らかの攻撃を受けたことに気づいたリオは焦る様に顔を青くすると、大声で叫んだ。
爆破に巻き込まれたアマノはリオたちの遠目でも分かる程ボロボロの状態で、身体のあちこちから血を流しており、ナギカもあまりのショックで血の気が引いてしまっている。
リオたちはそんなアマノの元へ一刻も早く駆け付けようとするが、敵の妨害によって思うように動くことが出来ない。どうやら華位道国は事前に作戦を立てていたようで、静が誰かを追い詰めた場合は他の兵士たちがリオたち仲間の助けを妨害する手筈になっていたのだ。
倒すのではなく、妨害が目的なので、兵士たちはリオたちの動きを封じるようにガシッと抱きつき、精一杯の力を込めて離れようとしない。
「っ……ちょ、っと離れてよ!あーもうウザい!」
「っ……アマノ、様……」
二人が敵の妨害に苦戦する中、静は自身の剣を抜きながらアマノの元へ歩み寄る。倒れたまま動く様子の無いアマノにゆっくりと、その脅威は迫っていくのだった。
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