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第二章 仲間探求編
54、羽化
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「……互いに、良い従者を持ったものですね」
ミカドに対する絶対的な信頼を感じたナツメは、敵であるはずの彼に思わずそう零した。そしてその称賛とも取れる言葉に、将軍は呆けてしまっている。
「……なんだそれは」
「?」
だが段々と、悔し気に顔を歪ませた将軍は、重々しい声で不満を口にした。その不気味さのあまり、ナツメは不安気に首を傾げる。
「我々が憎いのだろう!?なら殺せばよいでは無いか!何を善人ぶっているのだ!そのように腑抜けているからあのお方に全てを奪われるんだろうが!」
「おい」
声を張り上げた将軍だが、ナツメには彼が何を伝えようとしているのかが分からなかった。だがルークには、将軍の薄暗く嫉妬めいた感情がありありと伝わっていた。
将軍は自分が正しいと信じた理念に従って、ナツメたちと敵対する選択を取った。にも拘らず、こんなにも純粋なナツメを目の当たりにし、自分は間違った悪なのでは無いかという疑念が将軍の中で湧いてしまったのだ。
罵られ、責められればまだ救いはあったかもしれない。だが、現実は違った。
将軍は自身の汚い部分を浮き彫りにされたように感じ、それを誤魔化す様に叫ぶ他無かったのだ。
そんな彼の気持ちを見透かしたアデルは、低く咎める様な声で呟いた。
「帰れと言ったのが聞こえなかったのであるか?我らはそれに対する拒否も、お前に好き勝手話すことも許した覚えは無いのだが」
「っ……」
わざと威圧的な態度で言ったアデルに、将軍はぐうの音も出ない。一方のナツメは、アデルがこれ以上彼女に対する暴言を聞かせたくなかった故に発言してくれたのだと気づき、思わず泣きそうなキラキラとした瞳を包帯越しに向けている。
「最後のチャンスである……帰れ。我はナツメたちから色々聞きたいことがあるのだ。お前は邪魔である」
「……」
アデルは将軍の拘束具をジルに返し、彼が一人で身動きできるようにすると、突き放す様に言った。
将軍が襲い掛かってくる可能性をアデルは僅かに危惧したが、彼もそこまで愚かではない。アデルたち相手で勝てる見込みなど皆無であることを理解していたのか、静かに彼らに背を向けた。
だが数歩進んだところで、ピタリとその動きを止める。アデルたちの怪訝そうな視線が、将軍の背中を突き刺していた。
「……仇にまで情をかけていては、いつか大事なものを失うことになるぞ」
「そのようなことは無いのだ」
「?」
背を向けたまま負け惜しみのように呟いた将軍だったが、アデルがはっきりと反論したことで、思わず振り返って疑問を露わにする。
「我の経験上、寧ろ大事な者が増えていくばかりなのでな」
その言葉の真意を将軍が知ることは無いが、それを聞いた彼は静かにその場を後にした。
アデルにとって仇とは、後にも先にも悪魔ルルラルカただ一人である。アデルが彼女にかけた情と言えばそれは、新たに生まれる悪魔を幸せにするという約束だ。
アデルはそれを情だと思っているわけでは無いが、その後の彼には様々な仲間が出来た。だからアデルは自信を持って断言できたのだ。そんなことは無いと。
********
それから。全員が泊まれるように自宅を大きく改造したアデルは、ナツメとルークからこれまでの経緯をようやく語ってもらった。
謀反が起きたこと。ナツメがルークのおかげで命辛々逃げてきたこと。生きる為に狙撃の腕を磨き、そして人を殺めたこと。
アデルたちはその話を聞く間、誰一人として言葉を発することは無く、あのアマノでさえも余計な発言はしなかった。
「……駄目だわ」
「「?」」
ナツメたちの話を聞き終えた途端、ボソッと呟いたリオに全員が視線を向ける。
「色んなことが起きすぎて、頭がパンクした。もう寝る……」
バタンっと机に突っ伏してリオが寝息を立て始めると、あまりの緊張感の無さに笑い声が木霊した。
ナツメたちの過去を知っても普段と何ら変わらないリオの態度を目にし、彼女たちは酷く安心したのだ。
「ナツメ」
「はい」
「ルークがいてくれて、良かったであるな」
「……はいっ」
目を細め、アデルは心からの共感をナツメに向けた。思わず、安堵と歓喜でナツメは声を弾ませる。
「まぁ、私はどうやらお嬢様のものらしいので、仕方が無いですね」
「なっ……」
他人事のように言ったルークに、ナツメは思わず立ち上がって不満を露わにした。ルークが揶揄う様に持ち出したのは、ナツメが将軍に頼んだ伝言の件である。
『私のルークを傷つけたからには、イリデニックスの民に今以上の、安心して暮らせる日々を与えなければ、只ではおかないと。そう、伝えてください』
段々と自身の発言が恥ずかしくなってしまい、ナツメは顔を赤らめるが、そんな態度ではルークの思う壺である。
「そ、そもそも最初に言ったのはルークですからね!〝あなたのルーク〟だって!」
「はて?そんなこと言いましたかね。最近どうも物忘れが酷くて」
「っっ……もうルークなんて知りませんから!」
どう考えてもルークは覚えていたが、ナツメを揶揄いたいが為に法螺を吹いているのは誰の目にも明らかであった。
絞り出した反撃もするりとかわされてしまい、ナツメは風船のように頬を膨らませてそっぽを向いた。
一六年間ルークに揶揄われ続けているというのに、毎回新鮮な反応を返すナツメは最早彼が尊敬してしまう程だ。今日も今日とてルークにとって百点満点の反応なので、彼は随分と楽しげに破顔している。
「……あ」
「どうかなされましたか?アデル様」
微笑ましい二人をボーっと眺めていたアデルはふと、何かに気づいたように声を漏らし、メイリーンは思わず首を傾げた。
「大事なことを今の今まで忘れていたのだ」
「「?」」
「アマノ。死んだ生物を生き返らせる、或いは前世の記憶を維持したまま輪廻転生させる神の力というのに、心当たりはあるだろうか?」
「「…………あ」」
アデルがそう尋ねた途端、メイリーンたちもようやく本来の目的を思い出したのか、呆けた様な声を漏らした。
アデルたちがトモル王国を訪れたのは、エルを生き返らせる力についての手掛かりを見つける為である。だが、アマノと出会ってから様々な事態に見舞われたせいで、彼らは本来の目的を果たす暇さえ無かった。
不幸中の幸いなのは、今目の前にいるアマノがトモル王国の誰よりも神の力について詳しい人材であることだ。図書館で地道に調べるよりも余程建設的なので、アデルは早速アマノに尋ねたのだ。
「……そういう力を持つ神々は存在する、という話だ」
「っ!」
「だけど、その力を行使できる存在はこの世界にいないだろうな。神子であるアマノの力も、神に与えられた力なんかじゃ無かったし」
有力な情報に嬉々としたのも束の間、補足するように伝えられたアマノの推測にアデルは思わず肩を落とした。
もしこの世界でそのような力を行使できる存在を頼りにするのであれば、メイリーンのようなイレギュラーを探すしか無いのだ。
「……お前、生き返らせたい奴でもいるのか?」
「あぁ。我の師匠である」
アデルの返事を聞いたアマノは、突如神妙な面持ちになると、深く考え込むように口を閉ざしてしまう。
その沈黙に耐えられなくなり、アデルが問いかけようとした時。アマノはボソッと口を開く。
「……神様に会えるとしたら、お前……会いたいか?」
「……それはどういう……?」
「華位道国に、神々が住まう天界への入り口が存在するという噂はあるぞ」
「っ!?」
思わぬ方向から収穫を得たので、アデルたちは衝撃で目を見開いた。神に会える訳が無いと最初から決めつけていたからこそ、アデルたちはその力を行使できる存在を探していたので、彼らにとってアマノの情報は嬉しい誤算だったのだ。
華位道国というのは、アデルがこれまで訪れたことのあるどの国からも遠く離れた大国で、海を渡らなければ辿り着くことは出来ない。
年中内乱やら戦争が起きている、死が常に隣り合わせの国だ。
他の国から離れていることや、危険な国柄。そしてこの世界の共通言語では無く、国独自の言語が確立されている点から、他国の人間が近づきたがらない国でもある。
「華位道国に存在するダンジョンを攻略できれば、天界に通ずる道が開くという話だ。都市伝説に近い話ではあるけど……」
「それでも構わぬのだっ。感謝するぞ、アマノ」
「あ、あぁ……」
アデルは嬉しさのあまり、若干興奮気味でアマノの手を握った。知っている情報をやっただけでここまで喜ぶとは思わなかったのか、アマノは当惑気味に目を泳がせた。
「?……あっ、すまぬアマノ。つい触れてしまい……」
アマノの様子がおかしい理由を勘違いしたアデルは、握っていた手をパッと離して気まずそうに陳謝した。触れても問題無いことは分かっているが、それでもアマノにとっては耐え難いことなのかもしれないと、アデルは気を遣ったのだ。
「お、おい!何を勝手に離しているんだ……アマノは一言も、離せなんて……言ってないじゃないか……」
「「……」」
不満気な相好でごにょごにょと言い淀むアマノは頬を染めていて、思わず全員が目を点にしてしまった。
いつの間にか起きていたリオも「誰だコイツ」とでも言いたげな表情で固まっている。
そんな彼らの視線に気づいているのかいないのか、アマノは赤い顔のままアデルの手を自分から握りに行く。
「あ、アマノ?」
「っ……手を握ったのは、アマノに対する感謝の表れなのだろうっ?な、ならもっと感謝しろ!」
「「…………」」
漸くアマノが何を言わんとしているのか理解したアデルは、なんて難儀な性格なのだろうと素直に思った。
要するにアマノは遠回しに、手を握っても問題ないと伝えているのだ。遠回しすぎてコノハにだけは全く伝わっていないが。
「はぁ……ツンデレかよ……しかも面倒臭いタイプの」
「リオ?」
頭を抱えながらため息をついたリオの発言の意味が分からず、アデルはキョトンと首を傾げた。
「……アマノ」
「な、なんだ」
「とてもありがたい情報である故、何か礼がしたいのだ。我に出来ることはあるか?」
「……」
まだ昨日の暴言の件を謝罪していない内に礼などと言い始めたアデルに、リオは内心ため息をつきたかったが、今回だけは見逃してやることにした。
だが当のアマノは何をお願いすればいいのかと真剣に考えこんでしまい、神妙な面持ちになる。
「……アマノは、アマノを殺そうとした神官共が許せない」
「あぁ」
「これから、アイツらが何の罰も受けないまま、新しい神子に同じようなことを繰り返すのかと思うと、腸が煮えくり返る」
「そうであるな」
「だから……」
アマノの飾らない感情を一切否定しなかったアデルのおかげで、彼はその意思を伝える覚悟が出来た。
アマノが俯いていた顔を上げると、アデルたちの目に我が儘小僧の活きの良い表情が映る。
「アマノの復讐につき合え!」
「……承知したのだ」
寧ろ清々しいアマノの要求に、アデルは心得たと言わんばかりの相好で破顔する。そんな二人の姿を目の当たりにしたリオたちは、アマノの思いがけない成長に目を瞠っていた。
自身の価値観が正しいと信じて疑わず、一方的な暴言をアデルに浴びせ、その価値観が根底から崩れ去ると子供のように蹲っていた昨日の彼とは似ても似つかない。
その言葉の奥底からは、言い表せないような力強さを感じられたのだ。だがそれはもちろん、アマノが命令する時の力とは全く違うもの。
アマノはもしかしたら、本来こういった強さを持った人間だったのかもしれない。ただ、育った環境が偏り過ぎていて、彼の強さがかき消されていただけなのかもしれない。
メイリーンたちは朧気にそう思った。
「であれば、神子という制度そのものをぶち壊すための計画を立てねばな」
「それでしたら、私にいい案がありますよ」
アデルが最も苦手とする頭脳労働が顔を出した途端、救いの手を差し伸べたのはルークだ。
全員がルークに期待の籠った眼差しを向けると、彼は何故かメイリーンに視線を送る。
「まぁこの計画には、メイリーン様のお力が必要不可欠になりますが」
「…………私、ですか?」
「はい。メイリーン様です」
何となく嫌な予感を察知したメイリーンは、引き攣った笑みを浮かべながら尋ねた。
晴れやかなルークの満面の笑みは、ナツメが数え切れない程見てきたいじめっ子特有のそれである。そしてそんな笑みを向けられているメイリーンに、ナツメは心底同情するのだった。
ミカドに対する絶対的な信頼を感じたナツメは、敵であるはずの彼に思わずそう零した。そしてその称賛とも取れる言葉に、将軍は呆けてしまっている。
「……なんだそれは」
「?」
だが段々と、悔し気に顔を歪ませた将軍は、重々しい声で不満を口にした。その不気味さのあまり、ナツメは不安気に首を傾げる。
「我々が憎いのだろう!?なら殺せばよいでは無いか!何を善人ぶっているのだ!そのように腑抜けているからあのお方に全てを奪われるんだろうが!」
「おい」
声を張り上げた将軍だが、ナツメには彼が何を伝えようとしているのかが分からなかった。だがルークには、将軍の薄暗く嫉妬めいた感情がありありと伝わっていた。
将軍は自分が正しいと信じた理念に従って、ナツメたちと敵対する選択を取った。にも拘らず、こんなにも純粋なナツメを目の当たりにし、自分は間違った悪なのでは無いかという疑念が将軍の中で湧いてしまったのだ。
罵られ、責められればまだ救いはあったかもしれない。だが、現実は違った。
将軍は自身の汚い部分を浮き彫りにされたように感じ、それを誤魔化す様に叫ぶ他無かったのだ。
そんな彼の気持ちを見透かしたアデルは、低く咎める様な声で呟いた。
「帰れと言ったのが聞こえなかったのであるか?我らはそれに対する拒否も、お前に好き勝手話すことも許した覚えは無いのだが」
「っ……」
わざと威圧的な態度で言ったアデルに、将軍はぐうの音も出ない。一方のナツメは、アデルがこれ以上彼女に対する暴言を聞かせたくなかった故に発言してくれたのだと気づき、思わず泣きそうなキラキラとした瞳を包帯越しに向けている。
「最後のチャンスである……帰れ。我はナツメたちから色々聞きたいことがあるのだ。お前は邪魔である」
「……」
アデルは将軍の拘束具をジルに返し、彼が一人で身動きできるようにすると、突き放す様に言った。
将軍が襲い掛かってくる可能性をアデルは僅かに危惧したが、彼もそこまで愚かではない。アデルたち相手で勝てる見込みなど皆無であることを理解していたのか、静かに彼らに背を向けた。
だが数歩進んだところで、ピタリとその動きを止める。アデルたちの怪訝そうな視線が、将軍の背中を突き刺していた。
「……仇にまで情をかけていては、いつか大事なものを失うことになるぞ」
「そのようなことは無いのだ」
「?」
背を向けたまま負け惜しみのように呟いた将軍だったが、アデルがはっきりと反論したことで、思わず振り返って疑問を露わにする。
「我の経験上、寧ろ大事な者が増えていくばかりなのでな」
その言葉の真意を将軍が知ることは無いが、それを聞いた彼は静かにその場を後にした。
アデルにとって仇とは、後にも先にも悪魔ルルラルカただ一人である。アデルが彼女にかけた情と言えばそれは、新たに生まれる悪魔を幸せにするという約束だ。
アデルはそれを情だと思っているわけでは無いが、その後の彼には様々な仲間が出来た。だからアデルは自信を持って断言できたのだ。そんなことは無いと。
********
それから。全員が泊まれるように自宅を大きく改造したアデルは、ナツメとルークからこれまでの経緯をようやく語ってもらった。
謀反が起きたこと。ナツメがルークのおかげで命辛々逃げてきたこと。生きる為に狙撃の腕を磨き、そして人を殺めたこと。
アデルたちはその話を聞く間、誰一人として言葉を発することは無く、あのアマノでさえも余計な発言はしなかった。
「……駄目だわ」
「「?」」
ナツメたちの話を聞き終えた途端、ボソッと呟いたリオに全員が視線を向ける。
「色んなことが起きすぎて、頭がパンクした。もう寝る……」
バタンっと机に突っ伏してリオが寝息を立て始めると、あまりの緊張感の無さに笑い声が木霊した。
ナツメたちの過去を知っても普段と何ら変わらないリオの態度を目にし、彼女たちは酷く安心したのだ。
「ナツメ」
「はい」
「ルークがいてくれて、良かったであるな」
「……はいっ」
目を細め、アデルは心からの共感をナツメに向けた。思わず、安堵と歓喜でナツメは声を弾ませる。
「まぁ、私はどうやらお嬢様のものらしいので、仕方が無いですね」
「なっ……」
他人事のように言ったルークに、ナツメは思わず立ち上がって不満を露わにした。ルークが揶揄う様に持ち出したのは、ナツメが将軍に頼んだ伝言の件である。
『私のルークを傷つけたからには、イリデニックスの民に今以上の、安心して暮らせる日々を与えなければ、只ではおかないと。そう、伝えてください』
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「はて?そんなこと言いましたかね。最近どうも物忘れが酷くて」
「っっ……もうルークなんて知りませんから!」
どう考えてもルークは覚えていたが、ナツメを揶揄いたいが為に法螺を吹いているのは誰の目にも明らかであった。
絞り出した反撃もするりとかわされてしまい、ナツメは風船のように頬を膨らませてそっぽを向いた。
一六年間ルークに揶揄われ続けているというのに、毎回新鮮な反応を返すナツメは最早彼が尊敬してしまう程だ。今日も今日とてルークにとって百点満点の反応なので、彼は随分と楽しげに破顔している。
「……あ」
「どうかなされましたか?アデル様」
微笑ましい二人をボーっと眺めていたアデルはふと、何かに気づいたように声を漏らし、メイリーンは思わず首を傾げた。
「大事なことを今の今まで忘れていたのだ」
「「?」」
「アマノ。死んだ生物を生き返らせる、或いは前世の記憶を維持したまま輪廻転生させる神の力というのに、心当たりはあるだろうか?」
「「…………あ」」
アデルがそう尋ねた途端、メイリーンたちもようやく本来の目的を思い出したのか、呆けた様な声を漏らした。
アデルたちがトモル王国を訪れたのは、エルを生き返らせる力についての手掛かりを見つける為である。だが、アマノと出会ってから様々な事態に見舞われたせいで、彼らは本来の目的を果たす暇さえ無かった。
不幸中の幸いなのは、今目の前にいるアマノがトモル王国の誰よりも神の力について詳しい人材であることだ。図書館で地道に調べるよりも余程建設的なので、アデルは早速アマノに尋ねたのだ。
「……そういう力を持つ神々は存在する、という話だ」
「っ!」
「だけど、その力を行使できる存在はこの世界にいないだろうな。神子であるアマノの力も、神に与えられた力なんかじゃ無かったし」
有力な情報に嬉々としたのも束の間、補足するように伝えられたアマノの推測にアデルは思わず肩を落とした。
もしこの世界でそのような力を行使できる存在を頼りにするのであれば、メイリーンのようなイレギュラーを探すしか無いのだ。
「……お前、生き返らせたい奴でもいるのか?」
「あぁ。我の師匠である」
アデルの返事を聞いたアマノは、突如神妙な面持ちになると、深く考え込むように口を閉ざしてしまう。
その沈黙に耐えられなくなり、アデルが問いかけようとした時。アマノはボソッと口を開く。
「……神様に会えるとしたら、お前……会いたいか?」
「……それはどういう……?」
「華位道国に、神々が住まう天界への入り口が存在するという噂はあるぞ」
「っ!?」
思わぬ方向から収穫を得たので、アデルたちは衝撃で目を見開いた。神に会える訳が無いと最初から決めつけていたからこそ、アデルたちはその力を行使できる存在を探していたので、彼らにとってアマノの情報は嬉しい誤算だったのだ。
華位道国というのは、アデルがこれまで訪れたことのあるどの国からも遠く離れた大国で、海を渡らなければ辿り着くことは出来ない。
年中内乱やら戦争が起きている、死が常に隣り合わせの国だ。
他の国から離れていることや、危険な国柄。そしてこの世界の共通言語では無く、国独自の言語が確立されている点から、他国の人間が近づきたがらない国でもある。
「華位道国に存在するダンジョンを攻略できれば、天界に通ずる道が開くという話だ。都市伝説に近い話ではあるけど……」
「それでも構わぬのだっ。感謝するぞ、アマノ」
「あ、あぁ……」
アデルは嬉しさのあまり、若干興奮気味でアマノの手を握った。知っている情報をやっただけでここまで喜ぶとは思わなかったのか、アマノは当惑気味に目を泳がせた。
「?……あっ、すまぬアマノ。つい触れてしまい……」
アマノの様子がおかしい理由を勘違いしたアデルは、握っていた手をパッと離して気まずそうに陳謝した。触れても問題無いことは分かっているが、それでもアマノにとっては耐え難いことなのかもしれないと、アデルは気を遣ったのだ。
「お、おい!何を勝手に離しているんだ……アマノは一言も、離せなんて……言ってないじゃないか……」
「「……」」
不満気な相好でごにょごにょと言い淀むアマノは頬を染めていて、思わず全員が目を点にしてしまった。
いつの間にか起きていたリオも「誰だコイツ」とでも言いたげな表情で固まっている。
そんな彼らの視線に気づいているのかいないのか、アマノは赤い顔のままアデルの手を自分から握りに行く。
「あ、アマノ?」
「っ……手を握ったのは、アマノに対する感謝の表れなのだろうっ?な、ならもっと感謝しろ!」
「「…………」」
漸くアマノが何を言わんとしているのか理解したアデルは、なんて難儀な性格なのだろうと素直に思った。
要するにアマノは遠回しに、手を握っても問題ないと伝えているのだ。遠回しすぎてコノハにだけは全く伝わっていないが。
「はぁ……ツンデレかよ……しかも面倒臭いタイプの」
「リオ?」
頭を抱えながらため息をついたリオの発言の意味が分からず、アデルはキョトンと首を傾げた。
「……アマノ」
「な、なんだ」
「とてもありがたい情報である故、何か礼がしたいのだ。我に出来ることはあるか?」
「……」
まだ昨日の暴言の件を謝罪していない内に礼などと言い始めたアデルに、リオは内心ため息をつきたかったが、今回だけは見逃してやることにした。
だが当のアマノは何をお願いすればいいのかと真剣に考えこんでしまい、神妙な面持ちになる。
「……アマノは、アマノを殺そうとした神官共が許せない」
「あぁ」
「これから、アイツらが何の罰も受けないまま、新しい神子に同じようなことを繰り返すのかと思うと、腸が煮えくり返る」
「そうであるな」
「だから……」
アマノの飾らない感情を一切否定しなかったアデルのおかげで、彼はその意思を伝える覚悟が出来た。
アマノが俯いていた顔を上げると、アデルたちの目に我が儘小僧の活きの良い表情が映る。
「アマノの復讐につき合え!」
「……承知したのだ」
寧ろ清々しいアマノの要求に、アデルは心得たと言わんばかりの相好で破顔する。そんな二人の姿を目の当たりにしたリオたちは、アマノの思いがけない成長に目を瞠っていた。
自身の価値観が正しいと信じて疑わず、一方的な暴言をアデルに浴びせ、その価値観が根底から崩れ去ると子供のように蹲っていた昨日の彼とは似ても似つかない。
その言葉の奥底からは、言い表せないような力強さを感じられたのだ。だがそれはもちろん、アマノが命令する時の力とは全く違うもの。
アマノはもしかしたら、本来こういった強さを持った人間だったのかもしれない。ただ、育った環境が偏り過ぎていて、彼の強さがかき消されていただけなのかもしれない。
メイリーンたちは朧気にそう思った。
「であれば、神子という制度そのものをぶち壊すための計画を立てねばな」
「それでしたら、私にいい案がありますよ」
アデルが最も苦手とする頭脳労働が顔を出した途端、救いの手を差し伸べたのはルークだ。
全員がルークに期待の籠った眼差しを向けると、彼は何故かメイリーンに視線を送る。
「まぁこの計画には、メイリーン様のお力が必要不可欠になりますが」
「…………私、ですか?」
「はい。メイリーン様です」
何となく嫌な予感を察知したメイリーンは、引き攣った笑みを浮かべながら尋ねた。
晴れやかなルークの満面の笑みは、ナツメが数え切れない程見てきたいじめっ子特有のそれである。そしてそんな笑みを向けられているメイリーンに、ナツメは心底同情するのだった。
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泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
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