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第二章 仲間探求編
52、その命をあなただけの為に2
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今回はナツメとルークの過去編になります。
********
イリデニックス国、王位継承権第二位。それが、生まれた時からナツメが背負ってきた肩書きである。
そしてイリデニックス国の王女であるナツメの為、同年代の従者として育てられたのがルークである。ナツメが生まれた時から、お前はこのお方の為に生きるのだとルークは教え込まれてきた。
そういうものなのだと当初は自身に言い聞かせていたのだが、ナツメの成長を見守る内に、心の底から彼女を守りたいとルークは思う様になっていた。
一方のナツメはルークと違い、産まれた時から彼のことを知っている。なのでナツメはルークを兄のように慕っていたのだが、その感情が恋慕に変わるのに、そう時間はかからなかった。
だが家族のように過ごしてきたルークにその想いを伝えるきっかけなど無く、ナツメは心の内にその感情を隠しながら、それなりに幸せに生きていた。大好きな家族に囲まれ、守られ、愛されて。
何の前触れも無く、突如その幸せが壊されるとも知らずに。
一年前のイリデニックス国。ナツメが一五歳、ルークが一七歳の頃である。
「……今、何と?」
「陛下の処刑が決定しました」
顔見知りの将軍から冷たく告げられた決定に、ナツメは返す言葉を見つけることが出来なかった。
訳が分からなかった。将軍が質の悪い冗談を言っているのかと思った。それでも、それが冗談では無いことも、十分に理解できた。だからこそ、ただただ、純粋な衝撃でナツメは動くことも儘ならなかった。
「……な、何を言って……一体父上が、何の罪を犯したと……」
「王位継承権第一位、イツキ・イリデニックス様の殺害容疑です」
「……えっ」
イツキ・イリデニックス。それは、ナツメの兄の名前であった。
哀しみや虚しさが襲う暇も無いほどに、意味が分からなかった。将軍が何を言っているのか本当に分からず、ただただナツメは当惑した。
その困惑を共有してくれるであろうルークはその場におらず、ナツメの不安は募るばかりであった。
兄を殺した罪で父が処刑される。そもそも兄のイツキが殺された事実でさえ、今の今まで知らされていなかったナツメにとって、それは到底受け入れられる事実では無かった。
「イツキ兄上が、殺されたのですか……?」
「はい」
「……うそ」
現実を受け入れたくないと言わんばかりに首を振ったナツメは、目元の包帯に涙を滲ませた。その身体は小動物のように震えている。
「嘘ではありません」
「……ち、父上に会わせてください!父上がイツキ兄上を殺したなんて何かの間違いです!そんなこと父上がするはず……」
「……えぇ。会わせて差し上げますよ」
「えっ」
本能的にナツメは感じ取った。将軍について行ってはいけないと。「あの世で会わせてやる」と言われている気がして。
その声が、その笑みが、全て恐ろしいものに思えて仕方が無かったのだ。きっとこのままでは自分は殺されてしまうと。ナツメの本能が全力で危険信号を発していた。
「る、ルークはどこですかっ!?ルークに会わせてください!」
「それは出来ません」
「どうしてですかっ!?ルークはどこにいるんですか!?」
「あれは優秀過ぎる。邪魔されては困るからな」
「っ……」
ナツメの叫びのような疑問に答えたのは、彼女にとって想定外の人物だった。
それはナツメの父親が愛妾との間に作った息子――ナツメの腹違いの兄、ミカド・イリデニックスだった。
ナツメは昔から、ミカドのその冷たい眼光が苦手だった。何を考えているのか、自分のことをどう思っているのか。いや、どうも思っていないのではないか。そんな不安が常に襲ってきて、いつも緊張感が走っていた。突如、そんなミカドが姿を現したことで、ナツメは酷く混乱してしまう。
「ミカド、兄上……何を言って……」
「ナツメ。お前の従者は本当に優秀だな。直前になって勘付いた時は肝を冷やしたぞ」
「……本当に、何を言っているのですか?ルークに何かしたのですかっ!?」
ルークは一体何に勘付いたのか。ミカドの言葉の意味を理解できず、ナツメはどんどん不安を募らせていった。
イツキが殺され、父の処刑が近づく中、ルークにまで何かあれば、ナツメは真面な精神を保てる自信など無かった。
「お嬢様に会わせろと五月蠅いのでな、今は牢にぶち込んでいる」
「そんなっ……」
何故ルークに会わせてもらえないのか。どうしてルークを牢に入れる必要があるのか。様々な疑問と、ミカドから告げられた事実に対するショックで、ナツメは言葉を失った。
「あぁ、そうだ。つい先刻陛下の処刑が執行された。その報告に来てやったというのに、目的を忘れるところだった」
「…………」
何でも無い様な声音で告げられた途端、ナツメの瞳から光が消える。だがそんな彼女の絶望も、包帯によって覆い隠されているせいで誰一人として気づくことが無い。
何が起きているのか分からないことに対する怒り。冷静にどんどん追い詰めてくるミカドに対する怒り。ルークと引き離されたことに対する怒り。
怒りが徐々に徐々に、それでも確実に。ナツメの心を支配していき、彼女はようやく口を開く。
「……どうして、私に何も知らせず事を済ませたのですか?……何故ミカド兄上はそんなにも冷静なのですか?どうしてルークを閉じ込める必要があるのですか?……まさか、ミカド兄上が……イツキ兄上と父上を殺したのですか?」
「……」
俯きながら、ナツメは壊れてしまいそうな声で疑問を投げかけた。そんなナツメを見下ろすミカドの瞳から、感情を読み解くことは出来ない。
喜怒哀楽のどれにも当て嵌まらない、まるでナツメのことなどどうでも良さそうな視線だった。
「私のことも、殺すのですか?」
「……任せるぞ」
「かしこまりました」
ミカドがナツメの問いに答えることは無く、彼は将軍にそう告げるとその場を後にした。
何を任せるのか。そんな愚問を投げかけられる程、今のナツメに余裕など無かった。
ジリジリと、将軍率いるミカドの従者たちがナツメから自由を奪おうと迫ってくる。ナツメは足を震わせながらゆっくりと後退するが、後ろに出口など無いので彼女は逃げ場を失うばかりである。
何もできない悔しさと、純粋な恐怖で唇を噛みしめたナツメは、
(ルークっ……)
頭で何度も思い起こした彼の名前を。今一番傍にいて欲しい彼の名前を、心の中で叫んだ。
すると――。
「お嬢様っ!」
「「っ!?」」
部屋の壁を破る凄まじい音が鳴り響くのと同時に、待ち侘びたルークの声がナツメの耳に届いた。
投獄されているはずのルークが突如現れたことで全員が目を奪われる中、ナツメは安堵のあまり力が抜けて膝から崩れ落ちてしまう。
ルークが助けに来てくれたことに加え、彼の無事を確認でき安心したのだ。
「貴様、どうやってあの檻から……」
「あの程度の檻も壊せないと思われていたのですか。私も随分と見縊られたものです」
どうやらルークは自力で檻を壊し、監視たちの妨害も撥ね退けてここまで来たようだ。常識が通用しないルークの力に、将軍たちは思わず歯噛みしてしまう。
そんな彼らの姿を、ルークの鋭い眼光が掴んで離さない。
「そんなことよりも……お前たち、覚悟はできているんだろうな?」
「なに?」
低く、ナツメでさえも聞いたことの無い、ルークの唸る様な声に将軍たちは一瞬怯んだ。敬語ではなく、普段聞くことの無い粗暴ともとれる話し方も、彼らが鳥肌を立たせた理由である。
「イリデニックス国王位継承権第二位……いや、イツキ様が亡くなられた今は第一位であるナツメ・イリデニックス様に刃を向けるというのがどういうことか。このお方を敵に回すというのが、一体どういうことなのか。その覚悟はできているんだろうな?」
帯刀した剣を抜き、その剣先を将軍たちに鋭く向けたルークを前に、全員が一歩後退ってしまう。それだけの迫力があった。
ルークの実力を知らない戦士など、この国には一人たりともいない。この国でルークと真面にやり合える人間など、見つける方が難しいのだ。
ナツメを敵に回すということは、そんなルークと剣を交えるということ。それを脅威と捉えない人間はこの場にはいなかった。
「……お前はナツメ様にこの国を支えるだけの度量があると思っているのか?」
「なに?」
「この国の長に相応しいのは!死んだ陛下でも、ましてやナツメ様でもない。……ミカド様だ」
「そうだろうな」
「っ、ルーク?」
思いがけずルークが肯定したことで、将軍は虚を突かれたように目を丸くした。一方のナツメは、不安で声を震わせている。
「……分かっているのであればどうだ?今ここでナツメ様を引き渡し、ミカド様側につくと言うのであれば、お前のことは見逃す様に俺が進言してやろう。あのお方はお前のことを高く評価していた。お前にその気があるなら快く承諾してくれるだろう」
「る……」
ミカドという男は、実力者を好む傾向があった。例え性格に難があっても、どんなに醜い容姿だろうと、平民であろうとも。力さえあれば気に入ってしまう。
だからこそ将軍の言葉に嘘偽りは無かった。
ナツメは思わずルークを呼び止めようとするが、ふと我に返って言葉を詰まらせた。もしここでルークがミカド側につけば、ルークだけでも助けることが出来るのでは無いかと考えてしまったから。
逆にルークがナツメを庇ってしまえば、いつか自分のせいで殺されてしまうのではないか。そう考え始めてしまえば、呼び止めることなどナツメにはできなかった。
それでも、ミカドの方に行けと言える程の精神力は、もうナツメには残っていなかった。自分の弱さに嫌気が差し、ナツメは血が滲むほど唇を噛みしめてしまう。
「……るな」
「あ?」
地面にしゃがみ込み、ずっと小さく震えているナツメを見下ろすと、ルークは握りしめた拳をわなわなと震わせて、ボソッと呟いた。
「ふざけるなっ!」
誰もが振り向かずにはいられないような、心の底からの怒りの声に、全員が呑まれて硬直してしまった。
心からの叫びを発した途端、ルークは将軍に斬りかかった。将軍もすんでのところで抜刀したので、二人の剣がぶつかって鬩ぎ合っている。
「俺はお嬢様にお使いする為に生きているんだ!俺の力も、俺の命も!お嬢様の為だけにあるのだ!お嬢様を守ることが出来なければ、俺に価値などありはしない!今までお嬢様のために生きてきた人生を、お嬢様の為に捧げてきた時間全てを……この想いをっ!お前如きが否定するな!」
「……ルークっ……」
カタカタと、剣が擦れ合う音が響く中、ナツメはルークの感情に中てられて嗚咽を漏らした。
互いの力が鬩ぎあい、その勢いで二人が距離を取ると、ルークは先手必勝で勝負に出る。
集めたジルを剣に乗せ、その衝撃波を将軍たちに向ける。剣を勢い良く振ったことでその衝撃波を受けた将軍たちは飛ばされ、遠くの地面に倒れこんでしまった。
「お嬢様、失礼いたしますっ」
「きゃ……」
その一瞬の隙をついたルークは、急いでナツメの身体を抱えると、部屋の窓から一目散に脱出した。
突然のことで目を回すナツメは、力強くルークにしがみつくことしか出来ない。
そこから先のことは、ナツメはあまり覚えていない。珍しくルークが我武者羅に全力疾走していたので、景色がとんでもなく速く流れて行ったことも記憶が曖昧な理由の一つだが、一番の理由は怒涛の出来事に思考がついていけなかったことだろう。
覚えているのはルークの腕の中で感じた規則的な振動と、徐々に小さくなっていく城の姿。もう二度とあの城に戻ることは無いのかもしれないと、ナツメはまとまらない頭で朧気に思っていた。
********
「逃げた?」
「申し訳ありません!」
ルークたちが城の敷地から離れた頃、将軍から報告を受けたミカドは怪訝そうに尋ねた。
その失態を責められると身構えた将軍は、冷や汗を流しながら頭を下げている。
だがミカドはどこか興味深そうに破顔しており、まるで目の前の将軍のことなど見えていないようである。
ルークたった一人に後れを取った時点で、ミカドの将軍たちに対する興味は失せているのだ。
「流石だな、ルークは。あんな視力しか取り柄の無い女には勿体ない逸材だ。ルークを取られたのは惜しかったな」
「あ、あの……ナツメ様のことは……」
ナツメが逃げたことでは無く、ルークが自身の手元から離れてしまったことを惜しんでいるように見えるミカドに、将軍は恐る恐る尋ねた。
ナツメを殺し損ねたという事態こそ、今最も憂慮すべきことだというのに、ミカドのその態度は将軍にとって不可解極まりなかった。
「まぁ、取り敢えず探しておけ。生かすか殺すかで言えば、殺しておいた方が安心だからな」
「畏まりました」
ミカドのその指示はまるで、「ナツメが死のうが生きようがどうでも良い」と言っているようで、将軍は喉に何かが痞えた様に釈然としなかった。
それでも彼らに出来ることは限られている。今はナツメを探し出すことが最優先だと、将軍がその違和感を追求することは無かった。
********
イリデニックス国、王位継承権第二位。それが、生まれた時からナツメが背負ってきた肩書きである。
そしてイリデニックス国の王女であるナツメの為、同年代の従者として育てられたのがルークである。ナツメが生まれた時から、お前はこのお方の為に生きるのだとルークは教え込まれてきた。
そういうものなのだと当初は自身に言い聞かせていたのだが、ナツメの成長を見守る内に、心の底から彼女を守りたいとルークは思う様になっていた。
一方のナツメはルークと違い、産まれた時から彼のことを知っている。なのでナツメはルークを兄のように慕っていたのだが、その感情が恋慕に変わるのに、そう時間はかからなかった。
だが家族のように過ごしてきたルークにその想いを伝えるきっかけなど無く、ナツメは心の内にその感情を隠しながら、それなりに幸せに生きていた。大好きな家族に囲まれ、守られ、愛されて。
何の前触れも無く、突如その幸せが壊されるとも知らずに。
一年前のイリデニックス国。ナツメが一五歳、ルークが一七歳の頃である。
「……今、何と?」
「陛下の処刑が決定しました」
顔見知りの将軍から冷たく告げられた決定に、ナツメは返す言葉を見つけることが出来なかった。
訳が分からなかった。将軍が質の悪い冗談を言っているのかと思った。それでも、それが冗談では無いことも、十分に理解できた。だからこそ、ただただ、純粋な衝撃でナツメは動くことも儘ならなかった。
「……な、何を言って……一体父上が、何の罪を犯したと……」
「王位継承権第一位、イツキ・イリデニックス様の殺害容疑です」
「……えっ」
イツキ・イリデニックス。それは、ナツメの兄の名前であった。
哀しみや虚しさが襲う暇も無いほどに、意味が分からなかった。将軍が何を言っているのか本当に分からず、ただただナツメは当惑した。
その困惑を共有してくれるであろうルークはその場におらず、ナツメの不安は募るばかりであった。
兄を殺した罪で父が処刑される。そもそも兄のイツキが殺された事実でさえ、今の今まで知らされていなかったナツメにとって、それは到底受け入れられる事実では無かった。
「イツキ兄上が、殺されたのですか……?」
「はい」
「……うそ」
現実を受け入れたくないと言わんばかりに首を振ったナツメは、目元の包帯に涙を滲ませた。その身体は小動物のように震えている。
「嘘ではありません」
「……ち、父上に会わせてください!父上がイツキ兄上を殺したなんて何かの間違いです!そんなこと父上がするはず……」
「……えぇ。会わせて差し上げますよ」
「えっ」
本能的にナツメは感じ取った。将軍について行ってはいけないと。「あの世で会わせてやる」と言われている気がして。
その声が、その笑みが、全て恐ろしいものに思えて仕方が無かったのだ。きっとこのままでは自分は殺されてしまうと。ナツメの本能が全力で危険信号を発していた。
「る、ルークはどこですかっ!?ルークに会わせてください!」
「それは出来ません」
「どうしてですかっ!?ルークはどこにいるんですか!?」
「あれは優秀過ぎる。邪魔されては困るからな」
「っ……」
ナツメの叫びのような疑問に答えたのは、彼女にとって想定外の人物だった。
それはナツメの父親が愛妾との間に作った息子――ナツメの腹違いの兄、ミカド・イリデニックスだった。
ナツメは昔から、ミカドのその冷たい眼光が苦手だった。何を考えているのか、自分のことをどう思っているのか。いや、どうも思っていないのではないか。そんな不安が常に襲ってきて、いつも緊張感が走っていた。突如、そんなミカドが姿を現したことで、ナツメは酷く混乱してしまう。
「ミカド、兄上……何を言って……」
「ナツメ。お前の従者は本当に優秀だな。直前になって勘付いた時は肝を冷やしたぞ」
「……本当に、何を言っているのですか?ルークに何かしたのですかっ!?」
ルークは一体何に勘付いたのか。ミカドの言葉の意味を理解できず、ナツメはどんどん不安を募らせていった。
イツキが殺され、父の処刑が近づく中、ルークにまで何かあれば、ナツメは真面な精神を保てる自信など無かった。
「お嬢様に会わせろと五月蠅いのでな、今は牢にぶち込んでいる」
「そんなっ……」
何故ルークに会わせてもらえないのか。どうしてルークを牢に入れる必要があるのか。様々な疑問と、ミカドから告げられた事実に対するショックで、ナツメは言葉を失った。
「あぁ、そうだ。つい先刻陛下の処刑が執行された。その報告に来てやったというのに、目的を忘れるところだった」
「…………」
何でも無い様な声音で告げられた途端、ナツメの瞳から光が消える。だがそんな彼女の絶望も、包帯によって覆い隠されているせいで誰一人として気づくことが無い。
何が起きているのか分からないことに対する怒り。冷静にどんどん追い詰めてくるミカドに対する怒り。ルークと引き離されたことに対する怒り。
怒りが徐々に徐々に、それでも確実に。ナツメの心を支配していき、彼女はようやく口を開く。
「……どうして、私に何も知らせず事を済ませたのですか?……何故ミカド兄上はそんなにも冷静なのですか?どうしてルークを閉じ込める必要があるのですか?……まさか、ミカド兄上が……イツキ兄上と父上を殺したのですか?」
「……」
俯きながら、ナツメは壊れてしまいそうな声で疑問を投げかけた。そんなナツメを見下ろすミカドの瞳から、感情を読み解くことは出来ない。
喜怒哀楽のどれにも当て嵌まらない、まるでナツメのことなどどうでも良さそうな視線だった。
「私のことも、殺すのですか?」
「……任せるぞ」
「かしこまりました」
ミカドがナツメの問いに答えることは無く、彼は将軍にそう告げるとその場を後にした。
何を任せるのか。そんな愚問を投げかけられる程、今のナツメに余裕など無かった。
ジリジリと、将軍率いるミカドの従者たちがナツメから自由を奪おうと迫ってくる。ナツメは足を震わせながらゆっくりと後退するが、後ろに出口など無いので彼女は逃げ場を失うばかりである。
何もできない悔しさと、純粋な恐怖で唇を噛みしめたナツメは、
(ルークっ……)
頭で何度も思い起こした彼の名前を。今一番傍にいて欲しい彼の名前を、心の中で叫んだ。
すると――。
「お嬢様っ!」
「「っ!?」」
部屋の壁を破る凄まじい音が鳴り響くのと同時に、待ち侘びたルークの声がナツメの耳に届いた。
投獄されているはずのルークが突如現れたことで全員が目を奪われる中、ナツメは安堵のあまり力が抜けて膝から崩れ落ちてしまう。
ルークが助けに来てくれたことに加え、彼の無事を確認でき安心したのだ。
「貴様、どうやってあの檻から……」
「あの程度の檻も壊せないと思われていたのですか。私も随分と見縊られたものです」
どうやらルークは自力で檻を壊し、監視たちの妨害も撥ね退けてここまで来たようだ。常識が通用しないルークの力に、将軍たちは思わず歯噛みしてしまう。
そんな彼らの姿を、ルークの鋭い眼光が掴んで離さない。
「そんなことよりも……お前たち、覚悟はできているんだろうな?」
「なに?」
低く、ナツメでさえも聞いたことの無い、ルークの唸る様な声に将軍たちは一瞬怯んだ。敬語ではなく、普段聞くことの無い粗暴ともとれる話し方も、彼らが鳥肌を立たせた理由である。
「イリデニックス国王位継承権第二位……いや、イツキ様が亡くなられた今は第一位であるナツメ・イリデニックス様に刃を向けるというのがどういうことか。このお方を敵に回すというのが、一体どういうことなのか。その覚悟はできているんだろうな?」
帯刀した剣を抜き、その剣先を将軍たちに鋭く向けたルークを前に、全員が一歩後退ってしまう。それだけの迫力があった。
ルークの実力を知らない戦士など、この国には一人たりともいない。この国でルークと真面にやり合える人間など、見つける方が難しいのだ。
ナツメを敵に回すということは、そんなルークと剣を交えるということ。それを脅威と捉えない人間はこの場にはいなかった。
「……お前はナツメ様にこの国を支えるだけの度量があると思っているのか?」
「なに?」
「この国の長に相応しいのは!死んだ陛下でも、ましてやナツメ様でもない。……ミカド様だ」
「そうだろうな」
「っ、ルーク?」
思いがけずルークが肯定したことで、将軍は虚を突かれたように目を丸くした。一方のナツメは、不安で声を震わせている。
「……分かっているのであればどうだ?今ここでナツメ様を引き渡し、ミカド様側につくと言うのであれば、お前のことは見逃す様に俺が進言してやろう。あのお方はお前のことを高く評価していた。お前にその気があるなら快く承諾してくれるだろう」
「る……」
ミカドという男は、実力者を好む傾向があった。例え性格に難があっても、どんなに醜い容姿だろうと、平民であろうとも。力さえあれば気に入ってしまう。
だからこそ将軍の言葉に嘘偽りは無かった。
ナツメは思わずルークを呼び止めようとするが、ふと我に返って言葉を詰まらせた。もしここでルークがミカド側につけば、ルークだけでも助けることが出来るのでは無いかと考えてしまったから。
逆にルークがナツメを庇ってしまえば、いつか自分のせいで殺されてしまうのではないか。そう考え始めてしまえば、呼び止めることなどナツメにはできなかった。
それでも、ミカドの方に行けと言える程の精神力は、もうナツメには残っていなかった。自分の弱さに嫌気が差し、ナツメは血が滲むほど唇を噛みしめてしまう。
「……るな」
「あ?」
地面にしゃがみ込み、ずっと小さく震えているナツメを見下ろすと、ルークは握りしめた拳をわなわなと震わせて、ボソッと呟いた。
「ふざけるなっ!」
誰もが振り向かずにはいられないような、心の底からの怒りの声に、全員が呑まれて硬直してしまった。
心からの叫びを発した途端、ルークは将軍に斬りかかった。将軍もすんでのところで抜刀したので、二人の剣がぶつかって鬩ぎ合っている。
「俺はお嬢様にお使いする為に生きているんだ!俺の力も、俺の命も!お嬢様の為だけにあるのだ!お嬢様を守ることが出来なければ、俺に価値などありはしない!今までお嬢様のために生きてきた人生を、お嬢様の為に捧げてきた時間全てを……この想いをっ!お前如きが否定するな!」
「……ルークっ……」
カタカタと、剣が擦れ合う音が響く中、ナツメはルークの感情に中てられて嗚咽を漏らした。
互いの力が鬩ぎあい、その勢いで二人が距離を取ると、ルークは先手必勝で勝負に出る。
集めたジルを剣に乗せ、その衝撃波を将軍たちに向ける。剣を勢い良く振ったことでその衝撃波を受けた将軍たちは飛ばされ、遠くの地面に倒れこんでしまった。
「お嬢様、失礼いたしますっ」
「きゃ……」
その一瞬の隙をついたルークは、急いでナツメの身体を抱えると、部屋の窓から一目散に脱出した。
突然のことで目を回すナツメは、力強くルークにしがみつくことしか出来ない。
そこから先のことは、ナツメはあまり覚えていない。珍しくルークが我武者羅に全力疾走していたので、景色がとんでもなく速く流れて行ったことも記憶が曖昧な理由の一つだが、一番の理由は怒涛の出来事に思考がついていけなかったことだろう。
覚えているのはルークの腕の中で感じた規則的な振動と、徐々に小さくなっていく城の姿。もう二度とあの城に戻ることは無いのかもしれないと、ナツメはまとまらない頭で朧気に思っていた。
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「逃げた?」
「申し訳ありません!」
ルークたちが城の敷地から離れた頃、将軍から報告を受けたミカドは怪訝そうに尋ねた。
その失態を責められると身構えた将軍は、冷や汗を流しながら頭を下げている。
だがミカドはどこか興味深そうに破顔しており、まるで目の前の将軍のことなど見えていないようである。
ルークたった一人に後れを取った時点で、ミカドの将軍たちに対する興味は失せているのだ。
「流石だな、ルークは。あんな視力しか取り柄の無い女には勿体ない逸材だ。ルークを取られたのは惜しかったな」
「あ、あの……ナツメ様のことは……」
ナツメが逃げたことでは無く、ルークが自身の手元から離れてしまったことを惜しんでいるように見えるミカドに、将軍は恐る恐る尋ねた。
ナツメを殺し損ねたという事態こそ、今最も憂慮すべきことだというのに、ミカドのその態度は将軍にとって不可解極まりなかった。
「まぁ、取り敢えず探しておけ。生かすか殺すかで言えば、殺しておいた方が安心だからな」
「畏まりました」
ミカドのその指示はまるで、「ナツメが死のうが生きようがどうでも良い」と言っているようで、将軍は喉に何かが痞えた様に釈然としなかった。
それでも彼らに出来ることは限られている。今はナツメを探し出すことが最優先だと、将軍がその違和感を追求することは無かった。
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それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
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