レディバグの改変<L>

乱 江梨

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第二章 仲間探求編

30、少女の決意1

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「災害級野獣?……しかもレベル四ではないか」


 その災害級野獣を鋭い赤い瞳で睨みつけると、アデルはそのレベルにほんの少し驚く。

 体長二メートル弱。身体中を包み込む羽は色鮮やかで、青系統の色が目立った。広げると片翼だけで五メートルはくだらない大きな翼や、鋭い爪の脚、その嘴などから鳥類であることは明らかであるが、人間のように二足歩行している点が、災害級野獣たる所以だろう。

 かつてアデルの故郷を襲ったレベル三とは違い、このレベル四は知能が高い点が厄介であった。ジルを操れることが特徴の災害級野獣だが、その中でもレベル四以上はその使い方が多彩であった。

 A級二人で倒せるのがレベル三だが、それよりも強いレベル四はS級冒険者でないと討伐が厳しい程厄介な野獣なのだ。


「さっ、災害級野獣だ!みんな逃げろっ!」
「どうしてこんな場所にっ!?」
「きゃあああああ!!」


 住民たちの叫び声を聞いたアデルが後ろを振り向くと、そこは当に阿鼻叫喚と化していた。アデルが見つけたレベル四の災害級野獣だけではなく、レベル一からレベル三の数え切れない程の野獣たちが住民たちを襲おうとしていたのだ。

 そして、叫び声の中に紛れていた疑問の声にアデルは共感せざるを得なかった。


「何故こんな場所に災害級野獣が大量に……?山からは大分離れているはずだが……」


 災害級野獣というのは山や森の奥深くから人里に下りてくるので、比較的栄えているこの街に突然この大群が押し寄せてくるのは不自然極まりなかった。

 思わず顔を顰めて考え込むアデルだが、取り敢えずは災害級野獣の殲滅が最優先事項なので戦闘態勢に入る。

 周りにいた災害級野獣たちをぐるっと見渡すと、その全てに指を差していく。そして視界に収まる敵全てを指し終えると、


「中から崩れて死ぬといいのだ」


 その手をぐしゃっと強く握りしめ、そう言い放った。刹那、災害級野獣たちが苦しそうに藻掻き始め、その動きを止める。そしてアデルがパチンっと指を鳴らすと、一瞬にして災害級野獣の身体が内から爆発した様にバラバラに崩れる。

 身体の構造が全て無に帰し、災害級野獣の臓物が辺りに飛び散った。

 ものの数秒で災害級野獣の群れをほとんど殲滅したことで、その場にいた住人たちは茫然自失としながらその光景を眺めることしか出来ていない。


「やはりレベル四はこれでは死なぬか……」


 ふと最初に見つけたレベル四に視線を移したアデルは、まだその敵だけが何とか生き残っていることを確認した。アデルは野獣たちのジルを操作して討伐したのだが、レベル四はジルの操作権がアデルに移っていることに気づいて咄嗟にそれを取り返したから無事だったのだろう。

 レベル四は殺気の籠った視線をアデルに向けると、自身の羽一つ一つに炎や氷を纏わせたものを一気に放った。アデルはその攻撃を結界で防いだだけでなく、それをそのまま敵に向け、物凄い威力を上乗せして送り返した。


「お返しである」


 自身の攻撃をそのまま全身で受け止めてしまった災害級野獣はその衝撃に意識を飛ばしかける。その一瞬の隙をついたアデルは、抜刀術を繰り出してその息の根を止めた。


「ふぅ……怪我人がいれば我が治療するが、大丈夫であるか?」
「「…………」」


 身体を真っ二つにされた災害級野獣とアデルを交互に見つめた住人たちはしばらく呆けていたが、状況を理解し始めると徐々に安堵した様に顔を綻ばせた。


「あ、ありがとうございます!」
「兄ちゃん強いな!」
「S級冒険者か?」


 自分たちがアデルのおかげで助かったことを悟った住人たちは、次々に彼を称賛する言葉を送った。中には泣きながら礼を言う人もおり、アデルはほんの少しだけ微笑んでしまう。

 素直に喜べないのは、彼らがアデルの正体を知らないからだ。悪魔の愛し子であることを知れば、故郷に災害級野獣が現れた時の二の舞になってしまうだろう。


「ゼルド王国の冒険者ギルドでは、一応S級として登録されているのだ」
「やっぱすげぇな!S級ってのは」


 アデルはルルラルカへの復讐を果たした後、生前のエルの助言を採用して冒険者登録をしていたのだ。登録してから一年もしない内にS級に昇格したのは過去最速らしく、アデルが冒険者界隈で謎めいた有名人になっているのは余談である。


「お?そのターコイズ色の髪……もしかして、S級冒険者のエルか?」
「っ……」


 髪をエルと同じ色に変えていたことでそんな勘違いをした男性の問いのおかげで、アデルの中に嬉しさが込み上げてくる。この国でもエルが名の知れた冒険者であったことを知り、同時にエルが死んでも覚えてくれる人はいるのだという事実に、アデルは思わず破顔一笑する。


「その弟子なのだ」


 誇らしげな表情で言うと、アデルは怪我人の治療に取り掛かり始めた。

 その間、今回の騒動の原因を頭の隅で考えていたアデルは一つの可能性に辿り着いてしまう。


(それにしてもこれは……どこか人為的なものを感じるのだ)


 嫌な予感というのはよく当たるもので、アデルが感じたその予感は、これから起こる事態の序章に過ぎなかったのだ。

 ********

 翌日の未明。外の様子を何一つ知らないメイリーンは暗く静かな檻の中、ぐっすりと規則正しい寝息を立てていた。だがそんな彼女の睡眠を妨害する存在が現れ、メイリーンは煩わしそうに目を覚ます。


『メイリーン。起きるのだ』
「ん……?」


 その正体はアデルで、彼は小声でメイリーンに話しかけながらその身体を優しく揺すっている。眠い目を擦りながら、呂律が回っていない状態で目を覚ましたメイリーンは数秒後、目の前にいるのがアデルだと気づき飛び起きた。


「っ!アデル様っ……」
『しぃー……声を静めるのだ』
『は、はい……申し訳ありません』


 声の大きさを咎められ、メイリーンは咄嗟に口元を両手で覆って陳謝した。


『早速だが時間が無いのだ。逃げるぞ、メイリーン』
『え?』


 唐突に告げられたことに当惑したメイリーンは、思わず呆けたような疑問の声を上げてしまう。


『どういうことですか?逃げるって?』
『今話している時間は無いのだ。このままここにいれば、殺されてしまうぞ』
『えっ……!?』


 口を塞いでいなければ大声を出していたことは必至である程、メイリーンは驚きと困惑で顔を真っ青にした。アデルの発言の意味を理解できぬまま彼に腕を掴まれたかと思うと、メイリーンは檻からあっという間に転移してしまうのだった。

 ********

「……外」


 それはメイリーンにとって、約一年ぶりの外の世界であった。

 外の澄み渡るような空気も、風の感触も、土を踏みしめる感覚も、見渡しても壁の無い世界も、輝く星空も。全てが久しぶりのことで、メイリーンは茫然自失としてしまう。

 焦がれて、それでも踏み出すことの出来なかった世界に突然、そしてこんなにもあっさりと訪れることになり、メイリーンは一筋の涙でしかその感情を表現できなかった。


「ここは……」
「我の家の近くだ」
「家の……って、え。ここ、バランドールじゃないんですか!?」
「あぁ。ゼルド王国である」
「……」


 シレっとした様子で言ってのけたアデルに対し、メイリーンは開いた口が塞がらない。転移術が国をまたぐことも可能であるとは思ってもいなかったので、一瞬の内に国境を越えた事実に眩暈がしそうになったのだ。


「え、えっと……うぅん?」
「取り敢えず、我の家で落ち着くとしよう」


 突然の出来事に一向に思考が纏まる様子の無いメイリーンを気遣い、アデルは彼女の手を引いて自宅へと向かった。

 暗い夜道の中、知らない土地でメイリーンが頼れるのはアデルただ一人である。

 ********

 かつてエルとアデルが二人で住んでいた家の、小さな机を挟んで向かい合うと、メイリーンは慣れないようにキョロキョロと家中を見回してしまう。メイリーンがいつも過ごす部屋よりは小さいものの、どこか温かみを感じるその家は彼女が求めてきたものを集めているようで、ほんの少し泣きそうになってしまう。

 だが今はそんな感傷よりも事態の把握に重きを置くべきなので、メイリーンは気を引き締めて口を開く。


「アデル様。バランドールで、一体何が起きているのですか?」
「大量の災害級野獣が国の至る所に出没し、大混乱に陥っているのだ」
「そんなっ……今の状況は?」


 事態の深刻さを知ったメイリーンは思わず立ち上がり、顔を真っ青にしながら尋ねた。


「幸い、我のようなS級冒険者や騎士団らしき組織の活躍で沈静化に向かっているが、未だ殲滅には至っていないのだ」
「そう、ですか……あ。……バランドールの民を救ってくださり、ありがとうございます。アデル様」
「よいのだ。我は自分に降りかかる火の粉を払うついでに掃除しただけである」


 にこやかな表情でアデルが冗談を零したことで、メイリーンの相好がほんの少し綻び、余裕が生まれ始める。
 一方のアデルは、こんな時でも相手への感謝の言葉を忘れないメイリーンに感心していた。


「あ、それで……私が殺されるというのは?」
「それが……非常に面倒なことになってしまったのだ」
「?」
「我にも詳しいことは分からぬのだが、その災害級野獣の襲撃が、何故か大精霊ミルのせいになっていてだな」
「……はっ?」


 あまりにも想定外且つ、荒唐無稽な話に思わず、メイリーンは困惑と呆れの入り混じった声を漏らしてしまう。

 そもそもミルはサリドの手によって殺され、既にこの世に存在していない精霊だ。そんなミルが災害級野獣を操るすべも理由もあるわけが無く、全て知っているメイリーンにとってこれ程馬鹿馬鹿しい話は無かった。


「ミルというのはメイリーンが契約していた精霊であろう?それ故、この騒動を起こした張本人はメイリーンだというデマが広まって、見つけ次第処刑すると……バランドールの元首が国民に通達していたのだ」
「……」


 あまりにも理不尽で馬鹿馬鹿しい事態にメイリーンは言葉を失ってしまう。

 そして、サリドの虚言に誰も異を唱えなかったという事実が彼女にとって何よりも辛い現実だった。

 国民たちはメイリーンが一年間も檻に囚われ続けている事実も、ミルが既に死んでいることも知らない。彼女の声が奪われたことも、未だに歌が歌えないことも、彼女の苦しみも、何もかも知らない。だから国民がサリドの虚言を否定できないのも無理は無かった。


「あの男……最初から私を殺す気で……」
「サリド・エスカジュークというのは、想像以上の外道らしいな」
「……でもどうしてミルを……」


 メイリーンにとって最も不可解だったのは、あのサリドがミルをこの騒動に中心に置いたことだった。ミルは既に死んでいるので、ミルがどこにも存在していないことが国民に知られれば、彼が作り上げた虚像は崩れ落ちてしまう。そんなリスクを冒してまで、サリドがミルを災害級野獣襲来の原因にする理由がメイリーンには分からなかった。


「メイリーン、気分を害さずに聞いてほしいのだが……その、ミルというのは、本当に殺されたのだな?」
「っ……そう、ですが……」


 メイリーンにとって忘れられるはずもない、真っ黒な絶望の日のことを疑われたように感じ、彼女は思わず顔を顰めてしまう。


「実際に災害級野獣と共にいるミルを見たという国民が何人かいるらしいのだ……皆がサリドの虚言を信じてしまった要因の一つは、この目撃証言にあると思うのだが……」
「ミルが……?」


 とても信じられない話だった。だがそれでも、可能性が僅かしか無くとも、メイリーンにとってそれはどうしても信じたい希望でもあった。

 ミルが生きているかもしれない。救えなかった友を、もう一度救うチャンスがすぐ近くにあるかもしれない。一度でもそう思ってしまえば、もう駄目だった。


「で、でもっ確かに……剣で、核を……」
「その後、ミルはどうしたのだ?」
「それは、サリドが連れて行って…………っあ」
「死体がどうなったかは、分からないのだな?」
「……はい」


 メイリーンは、確実にミルの死を確かめたわけでは無い。ミルの死体が遺棄される場面を見たわけでもない。だからその後のミルがどうなったかはメイリーンも知らないのだ。

 一つの可能性に行きついてしまったメイリーンはしばらく黙り込むと、決心した様に顔を上げてアデルを見据えた。


「アデル様、お願いがあります」
「……その表情だけで、我に拒否権など無いことが分かるのだ……どうした?言ってみるのだ」


 決して揺るがない信念に満ちた彼女の表情を見ると、アデルは気圧されたように苦笑いを零した。そしてメイリーンはスッと口を開く。


「私を、バランドール民主国へ戻してください」


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