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第一章 悪魔討伐編
19、悪魔教団〝始受会〟第一支部主教――ギルドニス・礼音=シュカ2
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ギルドニス越しに自分のことまでも睨み据えたアデルは、剣を鞘に収めると目を閉じて意識を集中させる。
「なにを……っ!」
アデルが両手を不規則的に動かすと、ギルドニスを取り囲む様に氷刃の大群が一瞬の内に生成され、その総数は軽く千は越えていた。
逃げる隙を与える間もなく、アデルがその手をクイっとギルドニスに向けて動かすと、一斉にその氷刃の大群がギルドニスを襲った。
分かりやす過ぎる程の死が迫っている中、ギルドニスはその恐怖に対しニヤリと破顔してみせた。絶え間なく襲ってくる氷刃を右手の剣、左手の拳銃で何とかかわすギルドニスだが、撃ち落とせずに身体を掠める氷刃が徐々にダメージを与えていった。
その上、いくら氷刃を撃ち落としても、アデルは常に同じ量の氷刃を追加してくるので、攻撃が減る様子は一向にない。
武器と武器がぶつかり合う轟音が鳴り響き、地面には氷の破片とギルドニスの血が落ちていった。
「っ……このままでは、キリがっ……無いですね」
苦し気にそう呟いたギルドニスは拳銃を捨て、もう一つの剣を鞘から抜くと、二刀流の構えを見せた。そしてその二本の剣に、集めた空気中のジルで炎を纏わせると、華麗な剣舞で氷刃による攻撃をかわし始めた。
例え全ての氷刃に剣をぶつけることが出来ずとも、二本の剣に纏わせた炎の熱風によって氷は溶けていく。この方法で、ギルドニスは先刻よりも速いペースで氷刃を無力化していった。
そして筒状の氷の壁に囲まれていたギルドニスは、アデルとの壁になっている氷の部分だけを集中的に溶かして、勢いそのままアデルの元へ突っ込んだ。
二本の剣を同じ向きとタイミングで下から抉り上げるように突きつけたギルドニスだったが、その攻撃はアデルが即座に作った結界によって阻まれる。
「っ……!流石はアデル様の結界……かったいですね!!」
そのまま受ければ身体が真っ二つになってもおかしくない攻撃を受けたというのに、傷一つついていないその結界に、ギルドニスは堪え切れない笑みを零す。ギルドニスは興奮状態に陥っているのか、落ち着いていた声量も徐々に大きくなっていた。
結界の強度というのは、ジルの量によって決まる。つまり時間をかけてジルを集めて作った結界はより強固で、逆に短時間で作った結界はジルが少ないせいで軟弱なのだ。
だが今回ギルドニスの攻撃を受け止めるためにアデルが一瞬で作り上げた結界は、とても軟弱とは呼べない代物だった。
とても人の力では壊せそうにない結界に時間をかける程ギルドニスは愚かではなく、早速次の一手に出た。彼は二本の剣を地面に刺したかと思うと、何故か不敵な笑みを浮かべてアデルの疑問を誘う。
「?……っ……がっ……!」
アデルの疑問に対する答えは、背後からの攻撃という形で返ってきた。背中側から肩、心臓、脇腹の三か所を貫かれたアデルは、その正体が分からず当惑する。
咄嗟に振り向いたアデルは、自身に致命傷を与えた存在に思わず目を見開く。アデルの目に映ったのは、蔓が刃の形になったような武器で、地面から生える奇妙な刃にアデルは異質という形で恐怖を感じる。
「蔓……?」
「地面に刺した私の剣と、森に生息している蔓のジルを同化させました。はぁ……アデル様にダメージを与えることが出来、私……光栄でございます」
痛覚に顔を顰めながら、蔓の刃から逃れたアデルはその正体を尋ねた。一方のギルドニスは、アデルにようやく一撃与えることが出来たことに感激しているのか、陶然とした相好を露わにしている。
「ほう……そのような使い方もあるのだな、勉強になるのだ」
「あぁっ…………勿体無いお言葉っ……私如きがアデル様の成長の糧になれたのであれば、これ以上の幸せはありませんっ……」
ギルドニスの変態性にいちいち引くのも疲れたのか、アデルは完全に無視して身体に開いた穴をすぐに塞いで治療してみせた。
「っ……!流石はアデル様……致命傷をいとも簡単に治癒してしまうなんて……敵を絶望に突き落とすその無慈悲で壮大な力……最っ高です……」
初めてアデルの治癒力を目の当たりにしたギルドニスは、更に興奮を昂らせて再び戦闘態勢に入った。
アデルの素早くキレのある剣撃を二刀流でかわし始めたギルドニスは、攻撃を受け流しながら少しずつ後方に下がっていく。
先刻よりもギルベルトがあまり力を入れていないように感じたアデルは眉を顰めつつも、もう一つの攻撃の隙を窺っていた。
唐突に左手で構えていた剣を地面に向けたギルドニスは、アデルにその目的を悟られる前に行動に移す。剣先で地面に転がっていた先の拳銃を拾ったギルドニスはそれを宙に放り出すと、左手の剣と交換して即座に発砲した。
アデルの頭を狙った発砲だが、彼がクイっと顔を傾けたことで銃弾が脳天をぶち抜くことは無かった。だが、咄嗟の判断による動きだったので、アデルは右耳の半分を欠損してしまう。
「っ……」
咄嗟に回し蹴りをし、ギルドニスとの距離をとったアデルは剣先にジルの衝撃波を乗せて放った。それを何とか避けたギルドニスは、それが本命を決めるための隙作りであることに気づけなかった。
「少々パクらせてもらうのだ」
「っ!」
アデルがそう呟いた途端、ギルドニスは自身に迫る脅威に身震いしてしまう。まるでこの森全てが、自身の敵になったような。そんな感覚をギルドニスは肌で感じた。
森の木々が、植物が、蔓が、根が、ギルドニスをギロリと睨んでいるような殺気を放っていて、それらは全て鋭い剣先のような形状になっていた。
一斉にそれらの武器が一直線にギルドニスへ向かったことで、彼はそれを防ごうとしてしまった。
だがギルドニスは大きな勘違いをしていた。アデルが操っている森の植物たちは、ギルドニスを殺そうとしているわけでは無く、彼を捕らえようとしていたのだ。
放たれる殺気や、その形状を作り出したアデルによって、ギルドニスは勘違いさせられていただけなのだ。
その武器が自身の命を刈り取ろうとしていると勘違いしたギルドニスは、咄嗟にそれらを斬り落とそうとした。だが一直線にギルドニスに向かってくると思われた植物たちは、彼にとって予想外の動きを見せる。
「なにっ?」
一直線ではなく、何故か不規則なくねくねとした動きを見せた植物たちは、ギルドニスの命を刈り取ろうとはせずその身体に絡みついてきたのだ。
予想外の動きに反応が遅れたギルドニスは植物に拘束されてしまい、身動きを取ることが出来ない。
この時漸く、ギルドニスは「少々パクらせてもらう」というアデルの言葉の意味を理解した。アデルは確かに、ギルドニスの攻撃を見て今回の利用方法を思いついたが、この二つは同一の攻撃では無かったのだ。
先のギルドニスの場合は剣と蔓のジルを同化させることで、強度と伸縮性を持ったオリジナルの武器を作り出していた。だがアデルの場合、剣のジルとの同化を行っていないので、結局は植物にすぎないのだ。
なのでアデルは草木の形しか変えておらず、あれらに攻撃力は皆無であった。だがそれで良かったのだ。その見かけだけで、ギルドニスに勘違いさせることが出来れば。
「ぐっ……」
「燃やしても良いが、その草木が無くなったところで、もう最早お前は動けぬぞ」
「……どういう意味でしょうか?」
「お前を閉じ込める結界を今張ったのだ。解くのは難しいと思うぞ」
アデルの言葉の真偽を確かめる為、ギルドニスは身体に絡みつく草木の中のジルを操ることで、一瞬にして全て枯らした。
手足を動かすことが出来るようになったギルドニスだったが、手を伸ばそうとすると見えない壁に阻まれて、目一杯伸ばすことが出来なかった。
自身を取り囲む結界があることを確認したギルドニスはその結界を剣で壊そうと試みるが、またしても傷一つ付けることが出来ない。
「感嘆です……一体どれほどのジルを込めれば、これ程までの結界を作り上げることが出来るのでしょうか……?」
結界に閉じ込められているというのに何故か嬉しそうなギルドニスは、アデルの作り出した結界の構造を興味深そうに探っている。
「……聞いても無駄だとは思うが、悪魔の居場所はどこであるか?」
「申し訳ありません。その質問に答えることは出来ません」
「答えなければ殺すと言っても?」
「っ……!あ、あ、アデル様の手でこの命を刈り取っていただけるというのは、寧ろご褒美でしかありません!」
「…………」
キラキラとした瞳を向けてくるギルドニスはどうやら本気らしく、アデルはこれ程脅しの効かない人間に初めて会ったので当惑してしまう。
「はぁ……もうよい。悪魔は勝手に探させてもらうのだ。……あぁ、その結界は半日もすれば壊れると……思うのだ。では我は……」
「あの…………殺さないのですか?」
アデルの捨て台詞を遮ったギルドニスは、どこか呆けたような相好で尋ねた。ちなみに、半日で結界は壊れると言ったアデルだったが、そんな保証は実際何処にも無かった。長時間結界を張った経験の無いアデルは適当を言っただけである。
「殺す理由が無いのだ」
「……?私を敵だと……」
「我は悪魔を殺したい。お前たち悪魔教団は悪魔を守りたい。どう足掻いても我らは敵同士。だがそれだけなのだ。我は、お前自身に殺す程の理由は見い出せないのだ」
「……想定外です」
「?」
アデルはただ、ギルドニスによる足止めを振り払いたかっただけで、別に殺意を抱いていたわけでは無いのだ。
だがそんなアデルの主張を聞いたギルドニスは、茫然自失としたままポツリと呟いた。
「私、今回のこの任務。どう転んでもメリットしかないと思っていたのです」
「??」
「アデル様を戦闘不能に追いやって拘束すれば任務を全うでき、負けて死に絶えたとしても私にとっては役得でしかない……死ぬなら悪魔ルルラルカ様、あるいは愛し子であるアデル様に殺されて死にたかったので……。ですがアデル様が私を殺そうともしていなかったとは想定外です。少々困惑しております」
「……ふざけるのも大概にしてくれぬか?」
淡々と自身にとって想定外だった理由を語ったギルドニスを目の当たりにし、アデルは徐々に募らせていた怒りをぶつけ始める。
鋭い視線で睨み据えながら、どんどんギルドニスに近づいたアデルは、彼が囚われている結界の壁を力強い拳で叩いた。
ガンっ!という鈍い音が鳴り、ギルドニスは思わず目を見開いた。
「先程から聞いていれば、まるで我を崇拝しているような物言いをしおって……我に対する信仰心など欠片も無いというのに」
「っ!?何を言うのですか!?私はあなた様にこれ以上ない忠義を……」
自身の信仰心を疑われたことで、ギルドニスは初めてアデルに対してほぼ怒りに等しい感情を覚えた。自分はこんなにも悪魔の愛し子を崇拝しているというのに、それを信じてもらえないことによる悔しさが湧いてきたのだ。
「違う。お前たちが信仰しているのは悪魔であって我ではないのだ。お前たちはどう足掻いても悪魔の命を最優先にする。もし悪魔が我を殺せと命じれば、お前たちは殺すのではないのか?」
「っ……それは……」
ギルドニスはアデルの問いを即座に否定できなかった自身に腹が立った。悪魔教団にとっての最重要優先事項は悪魔であり、それは絶対に揺るがない。そんな悪魔に命令されれば、例え愛し子殺しだってやってのけてしまう信者が大多数であることが、ギルドニスには容易に想像出来たのだ。
「所詮その程度なのだ。お前たちの信仰心というのは。だから我にとって一番大事な師匠の命を脅かすことも簡単に出来たのであろう?」
「ですがそれはあの亜人がっ……」
「愛し子を殺したのだろう?だが今生きている愛し子は我なのだ。お前たちが本気で我に心酔しているのなら、死んでしまった愛し子より、今生きている我の気持ちを優先するべきであった。我の家族に手を出そうとするべきでは無かったのだ。それもこれも全て悪魔の命だったからと言い訳したいのであれば、もう二度と我を崇拝しているなどという虚言を吐くな。反吐が出るのだ」
思いきり顔を苛立ちと憎しみで歪ませたアデルは、言いたいことを告げると背嚢を背負ってその場から立ち去ろうとする。
もし本当に、悪魔教団の信者たちが悪魔と愛し子の両方に平等な信仰を捧げているというのであれば、彼らは悪魔の命に異を唱えるべきだった。他に方法は無いのかと模索するべきだった。だが彼らはそれをしなかった。悪魔のすることなすこと全てが是であると信じて疑わず、アデルにとっての家族に殺意を向けていた。
だからアデルはギルドニスを見た瞬間から思っていたのだ。教団が自身に対して抱く信仰は、紙のように薄っぺらいものだと。
「……あぁ……言い忘れていたのだ」
「……?」
立ち去ろうとする足を止め、ギルドニスの方を振り向いたアデルは伝え忘れていたことを思い出す。
「お前たちは悪魔を偉大な存在だと祭り上げて信仰しているようだが。そんなもの我には結局、悪魔を自分たちの都合のいい位置に置いて自己満足に浸っているようにしか見えぬ」
「……縋るのが信仰です。それが間違っていると?」
「違う。お前たちはもっと根本的なところを疑うべきなのだ。あれは悪魔と呼ばれているだけで、神でも何でもない……ただの一人の人間で、ただの一人の女なのだぞ?」
「っ……!」
アデルの言葉は、悪魔教団のギルドニスにとって目から鱗が落ちる様な破壊力があった。ギルドニスたちが縋っているのは全知全能の神などでは無く、世界で唯一の力を授かっただけの人間なのだ。そんな当たり前のことを忘れてしまう程、悪魔という存在はこの世界に根付いてしまっていた。
ギルドニスは、自分が何か大事なことを見落としていたのではないかという疑念に襲われ、立ち去るアデルの背中を呆然としながら眺めることしか出来なかった。
「なにを……っ!」
アデルが両手を不規則的に動かすと、ギルドニスを取り囲む様に氷刃の大群が一瞬の内に生成され、その総数は軽く千は越えていた。
逃げる隙を与える間もなく、アデルがその手をクイっとギルドニスに向けて動かすと、一斉にその氷刃の大群がギルドニスを襲った。
分かりやす過ぎる程の死が迫っている中、ギルドニスはその恐怖に対しニヤリと破顔してみせた。絶え間なく襲ってくる氷刃を右手の剣、左手の拳銃で何とかかわすギルドニスだが、撃ち落とせずに身体を掠める氷刃が徐々にダメージを与えていった。
その上、いくら氷刃を撃ち落としても、アデルは常に同じ量の氷刃を追加してくるので、攻撃が減る様子は一向にない。
武器と武器がぶつかり合う轟音が鳴り響き、地面には氷の破片とギルドニスの血が落ちていった。
「っ……このままでは、キリがっ……無いですね」
苦し気にそう呟いたギルドニスは拳銃を捨て、もう一つの剣を鞘から抜くと、二刀流の構えを見せた。そしてその二本の剣に、集めた空気中のジルで炎を纏わせると、華麗な剣舞で氷刃による攻撃をかわし始めた。
例え全ての氷刃に剣をぶつけることが出来ずとも、二本の剣に纏わせた炎の熱風によって氷は溶けていく。この方法で、ギルドニスは先刻よりも速いペースで氷刃を無力化していった。
そして筒状の氷の壁に囲まれていたギルドニスは、アデルとの壁になっている氷の部分だけを集中的に溶かして、勢いそのままアデルの元へ突っ込んだ。
二本の剣を同じ向きとタイミングで下から抉り上げるように突きつけたギルドニスだったが、その攻撃はアデルが即座に作った結界によって阻まれる。
「っ……!流石はアデル様の結界……かったいですね!!」
そのまま受ければ身体が真っ二つになってもおかしくない攻撃を受けたというのに、傷一つついていないその結界に、ギルドニスは堪え切れない笑みを零す。ギルドニスは興奮状態に陥っているのか、落ち着いていた声量も徐々に大きくなっていた。
結界の強度というのは、ジルの量によって決まる。つまり時間をかけてジルを集めて作った結界はより強固で、逆に短時間で作った結界はジルが少ないせいで軟弱なのだ。
だが今回ギルドニスの攻撃を受け止めるためにアデルが一瞬で作り上げた結界は、とても軟弱とは呼べない代物だった。
とても人の力では壊せそうにない結界に時間をかける程ギルドニスは愚かではなく、早速次の一手に出た。彼は二本の剣を地面に刺したかと思うと、何故か不敵な笑みを浮かべてアデルの疑問を誘う。
「?……っ……がっ……!」
アデルの疑問に対する答えは、背後からの攻撃という形で返ってきた。背中側から肩、心臓、脇腹の三か所を貫かれたアデルは、その正体が分からず当惑する。
咄嗟に振り向いたアデルは、自身に致命傷を与えた存在に思わず目を見開く。アデルの目に映ったのは、蔓が刃の形になったような武器で、地面から生える奇妙な刃にアデルは異質という形で恐怖を感じる。
「蔓……?」
「地面に刺した私の剣と、森に生息している蔓のジルを同化させました。はぁ……アデル様にダメージを与えることが出来、私……光栄でございます」
痛覚に顔を顰めながら、蔓の刃から逃れたアデルはその正体を尋ねた。一方のギルドニスは、アデルにようやく一撃与えることが出来たことに感激しているのか、陶然とした相好を露わにしている。
「ほう……そのような使い方もあるのだな、勉強になるのだ」
「あぁっ…………勿体無いお言葉っ……私如きがアデル様の成長の糧になれたのであれば、これ以上の幸せはありませんっ……」
ギルドニスの変態性にいちいち引くのも疲れたのか、アデルは完全に無視して身体に開いた穴をすぐに塞いで治療してみせた。
「っ……!流石はアデル様……致命傷をいとも簡単に治癒してしまうなんて……敵を絶望に突き落とすその無慈悲で壮大な力……最っ高です……」
初めてアデルの治癒力を目の当たりにしたギルドニスは、更に興奮を昂らせて再び戦闘態勢に入った。
アデルの素早くキレのある剣撃を二刀流でかわし始めたギルドニスは、攻撃を受け流しながら少しずつ後方に下がっていく。
先刻よりもギルベルトがあまり力を入れていないように感じたアデルは眉を顰めつつも、もう一つの攻撃の隙を窺っていた。
唐突に左手で構えていた剣を地面に向けたギルドニスは、アデルにその目的を悟られる前に行動に移す。剣先で地面に転がっていた先の拳銃を拾ったギルドニスはそれを宙に放り出すと、左手の剣と交換して即座に発砲した。
アデルの頭を狙った発砲だが、彼がクイっと顔を傾けたことで銃弾が脳天をぶち抜くことは無かった。だが、咄嗟の判断による動きだったので、アデルは右耳の半分を欠損してしまう。
「っ……」
咄嗟に回し蹴りをし、ギルドニスとの距離をとったアデルは剣先にジルの衝撃波を乗せて放った。それを何とか避けたギルドニスは、それが本命を決めるための隙作りであることに気づけなかった。
「少々パクらせてもらうのだ」
「っ!」
アデルがそう呟いた途端、ギルドニスは自身に迫る脅威に身震いしてしまう。まるでこの森全てが、自身の敵になったような。そんな感覚をギルドニスは肌で感じた。
森の木々が、植物が、蔓が、根が、ギルドニスをギロリと睨んでいるような殺気を放っていて、それらは全て鋭い剣先のような形状になっていた。
一斉にそれらの武器が一直線にギルドニスへ向かったことで、彼はそれを防ごうとしてしまった。
だがギルドニスは大きな勘違いをしていた。アデルが操っている森の植物たちは、ギルドニスを殺そうとしているわけでは無く、彼を捕らえようとしていたのだ。
放たれる殺気や、その形状を作り出したアデルによって、ギルドニスは勘違いさせられていただけなのだ。
その武器が自身の命を刈り取ろうとしていると勘違いしたギルドニスは、咄嗟にそれらを斬り落とそうとした。だが一直線にギルドニスに向かってくると思われた植物たちは、彼にとって予想外の動きを見せる。
「なにっ?」
一直線ではなく、何故か不規則なくねくねとした動きを見せた植物たちは、ギルドニスの命を刈り取ろうとはせずその身体に絡みついてきたのだ。
予想外の動きに反応が遅れたギルドニスは植物に拘束されてしまい、身動きを取ることが出来ない。
この時漸く、ギルドニスは「少々パクらせてもらう」というアデルの言葉の意味を理解した。アデルは確かに、ギルドニスの攻撃を見て今回の利用方法を思いついたが、この二つは同一の攻撃では無かったのだ。
先のギルドニスの場合は剣と蔓のジルを同化させることで、強度と伸縮性を持ったオリジナルの武器を作り出していた。だがアデルの場合、剣のジルとの同化を行っていないので、結局は植物にすぎないのだ。
なのでアデルは草木の形しか変えておらず、あれらに攻撃力は皆無であった。だがそれで良かったのだ。その見かけだけで、ギルドニスに勘違いさせることが出来れば。
「ぐっ……」
「燃やしても良いが、その草木が無くなったところで、もう最早お前は動けぬぞ」
「……どういう意味でしょうか?」
「お前を閉じ込める結界を今張ったのだ。解くのは難しいと思うぞ」
アデルの言葉の真偽を確かめる為、ギルドニスは身体に絡みつく草木の中のジルを操ることで、一瞬にして全て枯らした。
手足を動かすことが出来るようになったギルドニスだったが、手を伸ばそうとすると見えない壁に阻まれて、目一杯伸ばすことが出来なかった。
自身を取り囲む結界があることを確認したギルドニスはその結界を剣で壊そうと試みるが、またしても傷一つ付けることが出来ない。
「感嘆です……一体どれほどのジルを込めれば、これ程までの結界を作り上げることが出来るのでしょうか……?」
結界に閉じ込められているというのに何故か嬉しそうなギルドニスは、アデルの作り出した結界の構造を興味深そうに探っている。
「……聞いても無駄だとは思うが、悪魔の居場所はどこであるか?」
「申し訳ありません。その質問に答えることは出来ません」
「答えなければ殺すと言っても?」
「っ……!あ、あ、アデル様の手でこの命を刈り取っていただけるというのは、寧ろご褒美でしかありません!」
「…………」
キラキラとした瞳を向けてくるギルドニスはどうやら本気らしく、アデルはこれ程脅しの効かない人間に初めて会ったので当惑してしまう。
「はぁ……もうよい。悪魔は勝手に探させてもらうのだ。……あぁ、その結界は半日もすれば壊れると……思うのだ。では我は……」
「あの…………殺さないのですか?」
アデルの捨て台詞を遮ったギルドニスは、どこか呆けたような相好で尋ねた。ちなみに、半日で結界は壊れると言ったアデルだったが、そんな保証は実際何処にも無かった。長時間結界を張った経験の無いアデルは適当を言っただけである。
「殺す理由が無いのだ」
「……?私を敵だと……」
「我は悪魔を殺したい。お前たち悪魔教団は悪魔を守りたい。どう足掻いても我らは敵同士。だがそれだけなのだ。我は、お前自身に殺す程の理由は見い出せないのだ」
「……想定外です」
「?」
アデルはただ、ギルドニスによる足止めを振り払いたかっただけで、別に殺意を抱いていたわけでは無いのだ。
だがそんなアデルの主張を聞いたギルドニスは、茫然自失としたままポツリと呟いた。
「私、今回のこの任務。どう転んでもメリットしかないと思っていたのです」
「??」
「アデル様を戦闘不能に追いやって拘束すれば任務を全うでき、負けて死に絶えたとしても私にとっては役得でしかない……死ぬなら悪魔ルルラルカ様、あるいは愛し子であるアデル様に殺されて死にたかったので……。ですがアデル様が私を殺そうともしていなかったとは想定外です。少々困惑しております」
「……ふざけるのも大概にしてくれぬか?」
淡々と自身にとって想定外だった理由を語ったギルドニスを目の当たりにし、アデルは徐々に募らせていた怒りをぶつけ始める。
鋭い視線で睨み据えながら、どんどんギルドニスに近づいたアデルは、彼が囚われている結界の壁を力強い拳で叩いた。
ガンっ!という鈍い音が鳴り、ギルドニスは思わず目を見開いた。
「先程から聞いていれば、まるで我を崇拝しているような物言いをしおって……我に対する信仰心など欠片も無いというのに」
「っ!?何を言うのですか!?私はあなた様にこれ以上ない忠義を……」
自身の信仰心を疑われたことで、ギルドニスは初めてアデルに対してほぼ怒りに等しい感情を覚えた。自分はこんなにも悪魔の愛し子を崇拝しているというのに、それを信じてもらえないことによる悔しさが湧いてきたのだ。
「違う。お前たちが信仰しているのは悪魔であって我ではないのだ。お前たちはどう足掻いても悪魔の命を最優先にする。もし悪魔が我を殺せと命じれば、お前たちは殺すのではないのか?」
「っ……それは……」
ギルドニスはアデルの問いを即座に否定できなかった自身に腹が立った。悪魔教団にとっての最重要優先事項は悪魔であり、それは絶対に揺るがない。そんな悪魔に命令されれば、例え愛し子殺しだってやってのけてしまう信者が大多数であることが、ギルドニスには容易に想像出来たのだ。
「所詮その程度なのだ。お前たちの信仰心というのは。だから我にとって一番大事な師匠の命を脅かすことも簡単に出来たのであろう?」
「ですがそれはあの亜人がっ……」
「愛し子を殺したのだろう?だが今生きている愛し子は我なのだ。お前たちが本気で我に心酔しているのなら、死んでしまった愛し子より、今生きている我の気持ちを優先するべきであった。我の家族に手を出そうとするべきでは無かったのだ。それもこれも全て悪魔の命だったからと言い訳したいのであれば、もう二度と我を崇拝しているなどという虚言を吐くな。反吐が出るのだ」
思いきり顔を苛立ちと憎しみで歪ませたアデルは、言いたいことを告げると背嚢を背負ってその場から立ち去ろうとする。
もし本当に、悪魔教団の信者たちが悪魔と愛し子の両方に平等な信仰を捧げているというのであれば、彼らは悪魔の命に異を唱えるべきだった。他に方法は無いのかと模索するべきだった。だが彼らはそれをしなかった。悪魔のすることなすこと全てが是であると信じて疑わず、アデルにとっての家族に殺意を向けていた。
だからアデルはギルドニスを見た瞬間から思っていたのだ。教団が自身に対して抱く信仰は、紙のように薄っぺらいものだと。
「……あぁ……言い忘れていたのだ」
「……?」
立ち去ろうとする足を止め、ギルドニスの方を振り向いたアデルは伝え忘れていたことを思い出す。
「お前たちは悪魔を偉大な存在だと祭り上げて信仰しているようだが。そんなもの我には結局、悪魔を自分たちの都合のいい位置に置いて自己満足に浸っているようにしか見えぬ」
「……縋るのが信仰です。それが間違っていると?」
「違う。お前たちはもっと根本的なところを疑うべきなのだ。あれは悪魔と呼ばれているだけで、神でも何でもない……ただの一人の人間で、ただの一人の女なのだぞ?」
「っ……!」
アデルの言葉は、悪魔教団のギルドニスにとって目から鱗が落ちる様な破壊力があった。ギルドニスたちが縋っているのは全知全能の神などでは無く、世界で唯一の力を授かっただけの人間なのだ。そんな当たり前のことを忘れてしまう程、悪魔という存在はこの世界に根付いてしまっていた。
ギルドニスは、自分が何か大事なことを見落としていたのではないかという疑念に襲われ、立ち去るアデルの背中を呆然としながら眺めることしか出来なかった。
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そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます
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転生したら奴隷の赤ん坊だった
お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。
全力でお母さんと幸せを手に入れます
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カムイイムカです
今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします
少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^
最後まで行かないシリーズですのでご了承ください
23話でおしまいになります
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
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ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
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R15は念のため。
異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。
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引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。
そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。
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