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最終章 さよなら摂理、ようこそ命の世界

神々にかかる僅かな負担

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「リンファンさん、見つけられましたか?」
「……はい。ここから北東、三〇〇キロ先ですね」

 インフェスタを訪れた祈世は、耳を澄まし集中しているリンファンに小声で尋ねた。

 

 インフェスタ。それは全ての世界で最も特徴がはっきりしていると言っていい世界だ。剣と魔法を極めることで生きる術を身に着けるという点ではヒューズドに似ているが、インフェスタはあからさまな差別が存在しないという長所がある。
 ヒューズドも今は以前のような魔法至上主義思想は消えつつあるが、やはり差別を完全に消すことは難しい。

 そして、インフェスタはソヨが人間として産まれた世界でもある。ソヨがインフェスタの住人だった頃起きた一騒動をきっかけにソヨは神になった訳だが、現在インフェスタではそんなソヨを必死に捜索しようとしている人間が多くいる。

 理由は簡単。命の指示により、インフェスタの異分子たちに事の真相に関する記憶を植え付けたことで、インフェスタの人々が自身の愚かしい誤りに気づいてしまったから。

 何の罪もなかったソヨを悪者にしたレールスの策略にまんまと嵌ってしまい、彼女を深く傷つけた。その真実に気づいた人々は、一向に姿を見せないソヨのことを何としてでも見つけ、謝罪する機会を得たいと思っているのだ。

 だがソヨがインフェスタに現れないのは神になったことで天界に住まい始めたからだ。そんなソヨがインフェスタに降り、人々の謝罪を受け入れるなどありえない。

 ソヨはもうインフェスタに未練など少しも無いのだから。



 そんなこんなで色々と複雑な事情を抱えているインフェスタを襲っているのは地震と津波だ。だがラインとは違い、主な被害は津波が原因で起こっている。

 いくつかの地震が同時多発的に起こってしまったのだが、震源のほとんどが海という更に最悪な事態に陥っているのである。

 とりあえず津波の原因となる地震の方を何とか対処しなければならないので、祈世たちはハクヲのしたように震源を探すことにした。

 震源の捜索方法は極めてシンプル。リンファンの優れた聴覚を使って探るという方法だ。リンファンは神として産まれた頃の何倍も神力を使いこなしていて、自身の聞きたい音と不要な音を完全に区別して聞くことも出来るのだ。

 なので今リンファンの耳に入っているのは祈世の声と地震の揺れの音のみ。インフェスタに存在するありとあらゆる微細な音を全てシャットダウンしている状態なのだ。

 震源地を特定することに成功したリンファンたちは、すぐに問題の地に転移することにした。




 リンファンが特定した震源地はインフェスタ一の大きさを誇る大洋だった。インフェスタを襲う津波の大元も当然ここで、その波は空まで届きそうな程高く打ちあがっている。

「私は地震の方をどうにかします。祈世には津波の方を頼みます。あぁ、あと私は手加減が出来ないもので、カバーをよろしくお願いします」
「分かりました」

 リンファンはこう見えて、戦闘に関しては武尽・クランタイプだ。魔法が使えないわけではないが、己の身体能力だけで敵を瞬殺する方を得意としている。要するに〝ぶちのめすなら己の拳で〟みたいなタイプなのだ。

 なので地震を男気溢れる方法で止めた場合、津波の方がさらに悪化してしまう可能性があるので、リンファンはその尻拭いを祈世に頼んだのだ。


 祈世の了承を得たリンファンは早速空から海へ真っ逆さまに落ちると、水中へと姿を消した。今の大洋はまともに泳げる状態ではないが、リンファンには全く関係ないようで彼は一直線に震源地へと進む。

 震源地――海底まで泳いだリンファンは何の前触れもなく拳を振り上げると、揺れの根幹目がけてそれを振り下ろした。

 ドガーン!という海底からの爆音は地上にいる祈世にも聞こえる程だ。もちろん耳の良いリンファンはその音でダウンしないように聴覚を制御済みである。

 海の中でただでさえ力が半減してしまっているというのに、リンファンの打撃は揺れを起こしている震源そのものを崩してしまうような威力を誇っていた。

 リンファンの攻撃で揺れは収まったが、その反動で海の中に激流が起こる。だがこれは予想通りなのでリンファンが慌てることは無い。これから先は祈世の仕事なのだ。



「天界は馬鹿力さんが多いですよねぇ」

 神という生き物は命から先天的に与えられた身体能力が既に化け物レベルなので怪力が多い。特にそれが顕著に表れているのが武尽やクラン、意外だが静由などだ。
 それはリンファンも例外ではなく、地震を拳一つで収めてしまった彼に祈世は感嘆の声を漏らした。

 だが祈世に感心している暇など無く、早速津波の対処を行うことにした。

 祈世は分身体を何十体も作り出すと、インフェスタのあらゆる地点に配置した。現在インフェスタはどこもかしこも海のような状態で水浸しになっているので、それらを吸収する必要がある。そうなってくると分身体を作っていろんな場所から吸収した方が効率がいいのだ。

 祈世の神力の一つである分身は、その数によって祈世の力が分配される。例えば十体の分身体を作れば、一体につき祈世の神力の十分の一が分け与えられるということだ。
 だが祈世本人の力が減ることは一切ないので総合的な力は二倍になるのだ。

 祈世自身はリンファンの攻撃の反動で発生した大波を、分身体は各地の津波を魔法で一気に吸い込んだ。大波に向けた祈世の片手には物凄い勢いで海水を吸収し、数分後にはインフェスタ中が浸かっていた水も消え去った。

 津波を起こしていた大洋はそのほとんどの海水が荒れ狂っていた。なので祈世が吸収したことで海があったはずの場所に不自然なほどぽっかりとした大穴が空いてしまった。

 その大穴だけではなく地上には、津波で移動してしまった魚などの海の生物が取り残されている。

 祈世はとりあえず吸収した海水を元の場所に少しずつ戻すことにした。リンファンが地震を止めてから数分経っても新たな地震が発生する気配がなかったので、戻しても問題ないと判断したのだ。

 勢いがつかないよう、慎重に慎重に分身体の分も含めて吸収した海水を大穴へと送った祈世。最後の一滴に至る頃には、元の平穏な大洋が姿を現した。

 祈世はそれを確認すると、次に地上に移動してしまった海の生き物たちを元の場所に転移させてやった。

「流石ですね。祈世」
「いえ……」

 随分前に地上に上がり、祈世の対処を眺めていたリンファンは軽く拍手をしつつ称賛した。そんなリンファンに破顔して返した祈世だったが、ラインにいるはずの未乃からの念話に気づき表情を引き締めた。

 未乃と祈世が前世で恋人同士だったというのは、今では天界周知の事実だ。未乃の場合一つ前の前世は魔王ザグナンなので、正しくは前世の前世だが。

 今の未乃と祈世は互いにそういった感情を持ってはいないが、前世の記憶もあるのでなんとなく構えて接してしまうのだ。

「未乃さん?どうしましたか?」
『祈世殿、そちらも地震の対応をしているのだろう?』
「はい」
『ラインも地震だったが、止めても止めてもまた湧いてくる。恐らくそちらもそうなるだろうから気をつけた方がいい』
「……分かりました。わざわざありがとうございます」

 未乃はラインとほぼ同じ自然崩壊に襲われているインフェスタのことを心配して祈世に助言をした。ラインの場合は未乃の力を獣に譲渡したことで解決したが、インフェスタはまだ最初の山場を越えただけなのだ。

 祈世が未乃との念話を切ると、早速リンファンが反応を見せた。祈世にはまだ感じることができないが、リンファンには地震の序章とも呼べる僅かの揺れの音を感じることが出来たのだ。
 面白いぐらいにタイムリーな自然現象にリンファンはため息をついてしまう。

「またあの海ですね。もういっそのこと私がずっと抑え込んでおきましょうか?」

 リンファンが地震を感じ取ったのはまたしてもあの大洋で、彼は呆れたように呟いた。自然現象、天災は世界が起こす唯一の反抗。癇癪の様なものだ。今回に限って言えば否定できるが、神々にとっては前者の認識が強い。
 なのでリンファンには、インフェスタという世界が何が何でもこの大洋を震源とした津波を起こしたいという我が儘を目の当たりにしている気がしたのだ。

「流石にそれはリンファンさんの負担が大きいですよ。私の分身体も一緒に向かわせます」
「ありがとうございます」

 先刻のようにリンファンの馬鹿力で地震を収めては、またしてもとんでもない津波が起きて二度手間になってしまうので、リンファンは地震を無理に消そうとするのではなく、揺れのみを弱体化することにした。
 
 だがリンファンだけに負担をかけるのは忍びないと感じた祈世は、自身の分身体にも手伝わせることを提案した。まぁ、負担といってもリンファンが被る被害は〝腕が少し疲れたな〟と感じる程度なのだが。

 祈世の厚意に礼を言ったリンファンは大洋に向かって落ちていく。それに続いて祈世の分身体たちも海へと飛び込んだ。

 それから起こる地震はリンファンたちが自重しつつ揺れを抑えたことで、震度一程度の地震が続くだけで多くの被害は出なかった。

「命様……どうか……」

 空に向かって拝むように目を閉じた祈世。

 〝どうか〟その一言に全ての思いが込められていた。命の身の安全、現在起こっている各世界の自然崩壊の沈静化、原因の究明と解決。その全てを祈世は祈ったのだ。

 
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