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第五章 偽りの魔王と兄妹の絆、過去との対峙

奴隷市場

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「今のところ強い奴あんまいないな」

「そうね。まだ進んで五分ですし、こんなものでしょ」



 奴隷市場は地下にほとんどの拠点を置いている。拠点には多くの檻があり、そこに奴隷たちを捕えているのだ。その檻を守る様に配置されている人間は奴隷商人ではなく、安い賃金で雇われた傭兵である。



 そういった傭兵は大抵が大した戦闘経験もない素人で、ミーディグリアは手応えの無さに思わずボヤいた。



 現在フックと魔人たちは数組に分かれて侵攻を始めており、フックはミーディグリアとサランとの組み合わせで進んでいるのだ。



「奴隷商人ってどこにいるんだ?」

「恐らく奴隷商人一人一人の部屋があるはずよ。この騒ぎを聞きつければそのうち出てくるわ」



 未だに出てこない奴隷商人の居場所を疑問に思うフック。サランが答えると、突然奥の壁が破壊され、視界が真っ白になるほどの砂埃と破片がフックたちを襲った。



「ゴホッゴホッ……なんだ!?」

「早速お出ましのようね」



 フックが砂埃のせいで咳き込んでいると、サランたちの目の前に奴隷商人と思われる一人の男が現れた。魔人たちは魔力の大小を見極めることができるので、その男の魔力量を即座に確認する。



 男は魔力量こそ平均的だったが、その巨体から魔法と自身の身体能力を武器に闘うタイプなのだろうと予測がつけられた。



「侵入者……魔人二人に人間か。ちょいと厳しいか?」

「いい判断だわ。脳筋ではないようね」



 まともな戦況判断をした奴隷商人に、サランは素直に称賛をした。冷静な判断は自分の命を守るうえで重要なので、戦闘狂より余程マシな人間だとサランは評価したのだ。



「本当なら降参したいところだが、仕事なんでな」



 奴隷商人は大ぶりの剣を背中から抜くと戦闘態勢に入る。それに合わせてフックたちも各々が剣を抜いた。



 奴隷商人は素早く踏み出すとサランの胸元に剣を向ける。だがサランは剣先に手を向けると魔法を発動し、いとも簡単に奴隷商人の武器をボロボロに砕いた。



「おいおい、マジかよ。これだから魔人相手は嫌なんだよなぁ」



 一瞬で己の武器を破壊した魔人特有の魔法に奴隷商人は顔を引きつらせる。その隙をついたミーディグリアは炎属性の魔法を奴隷商人に放った。



 だが奴隷商人は即座に結界を張ってそれを防いだ。だがそれを防いだことで奴隷商人に僅かに油断が生まれる。それを見逃さなかったフックは魔力を纏わせた剣――魔法剣で奴隷商人に一撃を食らわせる。



「がっ……」



 魔法剣は奴隷商人の脇腹に刺さり、傷口から炎が噴き出した。あまりの激痛に顔を歪めた奴隷商人の首元に、サランは矢継ぎ早に力強い手刀を入れる。



 その攻撃で気を失った奴隷商人は地面に倒れ込み、物言わぬ肉塊となった。



「なかなか良いタイミングだったわ」

「いや……なんか普段より魔法が発動しやすかったっていうか……これが前世の記憶の効果なのか?」



 三人の見事な連携で勝利を掴めたことに、サランは満足げな相好を見せた。一方のフックは自身の戦闘能力の変化に驚き、剣を持った右手を震わせつつ凝視する。



「さ、どんどん進むわよ」



 目を見開くフックを目の当たりにし、サランは破顔一笑すると二人を促した。













 それから何人かの奴隷商人と遭遇し、気の抜けない戦闘を繰り広げたフックたちだったが、フックは冴えた頭で戦況を整理しつつ、同時に檻の中に囚われている奴隷たちを目を皿のようにして観察していた。



 もちろん妹のナノを探すためだが、観察していくうちにフックは奴隷たち全員に共通するある違和感に気づいた。



「なぁ……この子たち、おかしくないか?」

「あぁ……魂抜けてるみたいだな」



 フックの怪訝そうな声に、ミーディグリアも同調しながら意見を述べた。サランも二人の意見に賛成のようで、顔を顰めながら奴隷の子供たちを眺めた。



 三人がそのような反応をしたのには理由がある。檻に囚われた奴隷たちは怯えるわけでも、警戒するわけでも、疲れ果てて生気を失っているわけでもなく、まるで人形のように大人しく座り込んでいるのだ。



 一人だけならまだしも、今までフックたちが見つけた奴隷全てがおかしいとなると、流石に違和感も覚えたくなる。



 ミーディグリアの形容した様に、奴隷たちはまるで魂の無い肉塊に成り果てていたのだ。



「何者かに精神支配のような何かを施された可能性があるわね」

「もしかしてナノも……?早く見つけねぇと」



 未だに見つけることのできないナノの状態を危惧したフック。そもそもこの奴隷市場にまだナノが残っているかも不明なので、フックの不安は募るばかりだ。













「ナノ……」



 奴隷市場を進んで約二時間。フックの探し人は思いのほかあっさりと見つけることができた。だが見つかった場所はフックたちにとっては最悪のステージだった。



 ナノを見つけたのは、ほとんどが地下で構成されている奴隷市場において唯一の地上。奴隷を競りにかける市場そのものだった。



 ナノは今まさに奴隷として競りにかけられていて、美しい容姿を持つ彼女の値はどんどん跳ね上がっている。



 その相好はフックが嫌という程目の当たりにした奴隷たちと全く同じで、とても生きている人間のものとは思えなかった。



「このままだとまずいわね……ミーディグリア、お願いできるかしら?」

「あぁ……」



 ナノを奪還するには競りに参加している多くの人間が邪魔になってしまう。なのでサランはまずその人間たちを無力化してから、ナノの救出を実行することにした。

 この計画を実行する上で必要なのは、ミーディグリアが得意とする魔法だ。



 ミーディグリアは広範囲の人間を一時的に眠らせる魔法を行使した。ヒューズドの魔人は無詠唱での魔法行使を当たり前としているので、姿を潜めていれば周りに気づかれることもない。

 因みにフックは先日まで詠唱無しでの魔法行使ができずにいたが、前世の記憶を取り戻したことで無詠唱での魔法行使を可能にしている。



 ミーディグリアが魔法を行使すると、彼の近くにいる人間から次々と意識を失っていき、最終的にはミーディグリア、サラン、フック、ナノ以外の全員が深い眠りに落ちていった。



「ナノ!」



 フックは急いでナノの元に駆けだした。ナノはフックに名前を呼ばれても反応せず、虚ろな目に息を切らしたフックの姿を映した。



「それにしてもここには奴隷商人がいなかったのかしら?あの魔法は広範囲で威力が弱いから、奴隷商人には通じないはずなんだけど……」



 自分たちとナノ以外の全員が気を失ったことに僅かな違和感を覚えたサラン。確かにミーディグリアは自分たちとナノ以外の全員に魔法をかけたが、あれは広範囲な代わりに威力が弱い為、奴隷商人のような強い相手には効かないはずなのだ。





「他の奴隷商人は、君たちの仲間を足止めするために向かってもらったんです。ここには一人だ」



 後方――先刻フックたちが通った方から聞き覚えの無い男の声がした。即座にフックたちが振り返ると、そこには一人の青年が佇んでいてどこか掴みどころのない容姿をしていた。



 醜い訳でも、地味な訳でも、美丈夫な訳でもない。言うなれば無色透明の、そんな不思議な容姿をした、年齢は二〇代前半程度の青年だった。



「あなたは?」

か?はここでいっちばん偉い奴って言えば分かるかぁ?」

「何だコイツ?」



 ここで三人ともこの青年の異質さに気づいたようで、険しい表情と共に警戒態勢に入る。先刻から一人称と話し方が一致しておらず、まるで多数の人格が彼の中に生きているような話し方だ。



?私私私私私……私って何だっけ?……あ!お兄ちゃあん!お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん……ってはぁ。疲れた」

「とりあえずヤバい奴っていうのは分かるな」



 青年は散々騒ぐと別人のように無表情になって空を見つめ始めた。一方フックは、青年が自分に向かって〝お兄ちゃん〟と呼んだような気持ちの悪い錯覚に陥り、顔を顰めた。それが錯覚などではないと気づかずに。



 ミーディグリアは冷や汗を流すと青年の異常性を再確認する。



「一番偉いということは、あなたがこの奴隷市場の責任者なのかしら?」

「そーだよー。お前らは何なんですか?敵?奴隷?人形?味方?まぁ、奴隷じゃないなら何でもいいや。殺せば済む」



 サランの質問に一応答えた青年は、背中に帯刀している二本の剣を取り出して構える。その立ち姿だけで彼がこの奴隷市場における一番の戦士であることは明らかだった。

 殺気の中に混じる魔力は濃く、且つ荒々しい。それに当てられるだけでフックたちは鳥肌を立たせた。



「じゃあコイツ倒せば実質勝ちってことだよな?」

「えぇ……ただ私たち三人で勝てるかどうか……この男の底が分からないわ」



 フックの問いに首肯したサランだったが、目の前の異質な存在の実力がどれ程のものか計ることができずにいた。



 フック、サラン、ミーディグリアが各々戦闘態勢に入ると、青年は狂気的な笑みを浮かべて舌なめずりをする。



「それじゃあいっきまーす」



 青年の声を皮切りに、フックたちの戦いが幕を開けたのだった。





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