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第五章 偽りの魔王と兄妹の絆、過去との対峙

統括

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 未乃とソヨが神の一員となってから数日。



 天界では長らく行っていなかった神議会しんぎかい(命も参加)を開幕することになっていた。神議会は過去二回開かれていたが、それらは全て命抜きで行われていた。理由は命が一〇〇〇〇年間眠り続けていた際に命のことを議題にして、神々による話し合いが執り行われたからだ。



 つまり今回の神議会は厳密に言ってしまえば神議会ではない。神議会に神ではない命が介入すればそれはもう別の議会になってしまうのだ。

 なので今回の議会は言うなれば〝天界議会(仮)〟である。



 そして今回の議題はまだ神々には知らされておらず、命が独断でこの議会をセッティングしたのだ。なので広間に集められた神々はこれから何を話し合うのか探りつつ、当惑した表情で会議用テーブルに各々が鎮座している。



「さぁ、これから第三回神議会改め、第一回天界議会を開幕しまーす!」



 命は白くふわふわとした付け髭と黒の法服に身を纏うと、何故か裁判官が持つガベルで会議用テーブルを二回叩いた。裁判と議会を履き違えてる感が否めないが、神々はそれをツッコむことなくスルーした。



「命、今日は一体何を話し合うのじゃ?」

「ソヨ、いい加減命様に対する言葉遣いを慎みなさい…………そこで呑気にしている武尽と静由もですよ!」



 最初に切り出したのは新米女神であるソヨだった。まぁソヨは前世でも女神で、その記憶を既に所持しているので新米ではないのかもしれないが。



 ソヨの命に対する言葉遣いと年寄り言葉は相変わらずで、真面目なデグネフは目敏くそれを注意した。そしてそんなデグネフの苦言を一万ウン千年も無視し続けている武尽と静由は慣れたものでどこ吹く風である。



「いいよいいよ。皆の好きなように話せば」

「ですが……」

「そうだそうだ。命が良いって言ってんだからそんなガミガミすんなよ。禿げるぞ」

「武尽が言うとなんか違うよねぇ。説得力が無いよねぇ」



 命はいつものようにデグネフを宥めたが、それに乗っかってきた武尽にはやんわり目の釘を刺しておく。庇われている方が調子づくという光景はいつの時代も〝なんか違う〟のである。



「……デグネフたちは命を敬う役。俺たちは、命と立場とかそういうの気にせずに、友達みたいに接する役…………俺はそう、思ってる」

「おぉ!しずしず良いこと言う!」

「おいてめぇ俺とコイツじゃ対応違うじゃねぇか」



 静由が特有のゆったりとした語りでそれっぽいことを言うと、命は感激した様に静由を褒め称えた。確かに命のようなタイプ相手なら、全員が全員デグネフのようなきっちり対応では、命も気が休まらないので静由の意見は一理ある。一理しかないが。

 だが武尽からすれば、先刻の自分の発言と何が違うのか理解できなかったので、静由と自分に対する対応の温度差に不満を零した。



「其方たち話がどんどんズレているじゃろうが。初めにわらわが命に尋ねていたのじゃが」

「あぁ、ごめんごめん、ソヨちゃん。今日はね、神々の中から〝統括〟って役職を造ろうと思ったんだよ」

「「統括?」」



 ソヨは拗ねた様にプクっと頬を膨らませると話を本筋に戻そうと試みた。命はそんなソヨの膨れた頬を人差し指でチョンチョンと突くと、今回の議題を発表した。

 神々が声を揃えて首を傾げたので、命は早速説明を始める。



「うん。今神様は全部で一三人でしょう?二人ペアで世界を管理してるから、一人余るっていうかソヨちゃんが余っちゃうよね」

「うむ。わらわまだ何の仕事もしていないのじゃ。さながらニートなのじゃ」



 現在神はデグネフ、クラン、ハクヲ、千歳、祈世、リンファン、武尽、静由、カルマ、カルナ、ルミカ、未乃、ソヨの一三人。そして成立しているペアが六組でソヨは一人余ってしまっているのだ。



「ならもう一人神造って、世界も増やせばいいじゃねぇか」



 武尽は当たり前で尤も過ぎる意見を口にした。この件の解決案として誰もが思いつくのは武尽が提案したそれで、神々は同意するように頷いた。



「まぁそれでもいいんだけど、命前々から考えてたことがあるんだ」

「それが統括ということですか?」



 ハクヲの問いに命は首肯した。すると突然深刻そうな表情を見せ、神々は何だか嫌な予感を察知する。こういう時の命の深刻顔は九九パーセントどうでもいいことが原因だからである。



「命ね、デグネフの胃が心配なんだよ」

「「は??」」



 神々は心の中で「やっぱり……」と呟く。まさに神々の嫌な予感が当たったのだから。とは言っても、命の言っている意味を理解できている者はもちろんおらず、特にデグネフは最も当惑している。



「なぁ、エルフの身体って胃なんてあるのかよ」

「はぁ?そんなもの知りませんよ。そもそも私はエルフの特徴を持つ女神というだけで、実際に命様が創造された肉体にそのような臓器が存在しているかどうかなんて……」

「んんっ!」



 神々が命の発言の意味を思案している間、武尽は隣にいたデグネフに耳打ちで尋ねた。だがデグネフの方も命が創造した際、肉体に胃という臓器を造ったのかなんて知る由も無いので首を傾げた。



 そんな二人の内輪話?を遮ったのは命の咳払いだ。



「もう、命はそんな話をしてるんじゃないの。みんなド直球に受け取り過ぎ。命が言ってるのはストレスだよ。ス、ト、レ、ス!」

「「あぁ……」」



 命の解説にデグネフ以外の神々は納得したように声を漏らした。一方の当人はまだ訳の分からぬまま当惑しているが。



 神々の中で最も心労を抱えている神は誰か?そんな質問を投げかけたとしたら、デグネフ以外の全員がデグネフの名を上げるだろう。



 デグネフは神々の中で最も真面目で、創造主である命に対する敬意も深い。それに加え、武尽を筆頭とした自由神じゆうじんたちに毎度目敏く注意を施し、フォロー役に回ることだって多い。

 本人は当然のことをしているつもりなのだが、他の神々からすればデグネフほど神経を尖らせて生活している女神はいないのだ。



「デグネフは真面目で責任感も強くて、武尽みたいなのをいつも注意してくれる風紀委員のような存在じゃん?」

「は、はぁ……」



 「じゃん?」と聞かれても命の例えは神であるデグネフにはイマイチピンと来なかったので、デグネフは歯切れの悪い声で呟いた。風紀委員という存在を知識として知ってはいても、それを実際に目にしたことの無い神々からすれば当然の反応なのだが。



 一方、自分を問題児の代表格として提示された武尽は不本意という感情をそのまま顔に張り付けている。



「だからデグネフがストレスでどうかなっちゃうんじゃないかって、命いっつも冷や冷やなんだよ」



 デグネフの心労の原因の一つに確実に含まれている命が言うと説得力がまるでないのだが、命の意見が一理あることも間違いではなかった。



「というわけで、命、デグネフに統括になって欲しいんだよ」

「だからどういうわけだよ」



 説明が少なすぎる命に武尽は苛ついた様子で尋ねた。その態度はデグネフにとっては不敬極まりないものだったが、抱いている疑問は同じなので今回は言及しなかった。



「統括はまぁ、デグネフが普段当たり前のようにしていることを仕事にした役職かな?簡単に言ってしまえば。デグネフにはその仕事だけに専念してもらって、世界の管理からは外れてもらうんだよ。そうすればデグネフ少しは楽できるし。統括って言っても責任重大とか、そういうのではないから安心して」

「な、なるほど」



 命の説明にデグネフは理解はしたものの、どこか納得できないような微妙な相好を見せた。だがそんなデグネフの心の内など命は重々承知である。



「自分だけ楽できない、とか思ってるでしょう?」

「いえっ…………はい……」



 命に図星を突かれたデグネフは一度は否定したものの、嘘をつくのは命に対する不敬なので素直に首肯した。

 真面目なデグネフは神々の義務である世界の管理を怠るなど、自分がしても良いのだろうかと罪悪感にも似た迷いを抱えたのだ。



「デグネフは普段から頑張ってるから大丈夫だよ。たまにみんなを手伝ってあげて?」

「了解しました。謹んで、統括の名をお受けいたします」



 命なりの考慮を感じたデグネフは一礼すると、命の提案を受け入れた。デグネフが統括になったことで、クランはソヨとペアを組むことになり、ソヨはヒューズドの管理という仕事を手に入れた。ニート卒業である。



 クランとソヨはどちらも自由神でデグネフは頭を抱えたが、武尽・静由ペアが長い間成立しているのだから大丈夫だろうという結論に至った。





















 その頃。下界の世界の一つ――ヒューズドでは、多少の混乱が起こっていた。もう一度言おう。である。

 よく考えてみれば問題にもならないような事件なのに、その事件に関わりのある存在が大御所過ぎて混乱が起きているという感じだ。



 例えるのなら、会社の社長が大事にしていた花瓶が何者かによって割られていた。犯人探しを始めるが、よく見てみると花瓶の中に入っていた水で足を濡らした野良猫が部屋中をうろついていた……そんな感じの状況だ。



 そんな多少の混乱の火種はまたしてもザグナシア王国。こうも問題に巻き込まれるのはやはり神になった未乃の作った国だからなのだろう。



 そう、そして今回の混乱はその未乃も深く関係している。例えから引用するのなら、未乃が例えの中での社長なのである。



「なぁ、サラン。どう思うよ?」

「どうもこうもないわ。一〇〇パーセント嘘よ」

「だよなぁ」



 ザグナシア王国の応接間。元魔王の直属の部下の一人だったサランに、同じく直属の部下であった男の魔人――ミーディグリアが耳打ちで尋ねた。



 サランは真面目で気の強い優秀な魔人だが、ミーディグリアはサボり癖があり少々チャラい一面のある魔人だ。だが優秀であるのは間違いなく、ザグナンが生きていた頃は容認されていたので今更苦言を呈する者もいないのだ。



 そんな二人を含めた魔人たちが視線をやるのは一人の青年で、混乱を持ってきたである。魔人への差別が無くなった今、ザグナシア王国に人間が訪れるのは珍しいことではない。

 ザグナシア王国に住んでいる人間もいるし、逆に他の五つの国にも魔人が少なからず暮らしている。



 だが、今でもザグナシア王国に聳え立つこの王城には、人間が出入りすることはあまりなく、やはりサランたちの目に映る光景は少なからず異様なのだ。



「俺は魔王ザグナンの生まれ変わり――新たな魔王となる男だ!」



 ザグナシア王国に舞い込んだ混乱――人間の青年は出合い頭、声高らかにそう宣言したのだった。





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