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第三章 男神と神子、手にできなかった愛情

不可解な命

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「待ってください」



 采国の人々は歓喜に打ち震え、一方魔国の住人は恐怖で震えていた。采国の人々にとっては探し続けていた楓佳。そして魔国の住人にとっては殺したはずの存在。両者でここまでの違いがあるというのもおかしな話だ。



「神子様!やっぱり生きていたんですね!」



 様々な感情が入り混じった喧騒を破ったのはまたもやあの少女だった。魔国の元首に怯まず食らいついたその少女は嬉々とした声を上げると、可愛らしい満面の笑みを浮かべた。



「えぇ。皆さん、心配をおかけして申し訳ありません。お嬢さん、私のこと信じてくれてありがとうね」

「だって神子様は私のお母さんの怪我治してくれたでしょ?」



 楓佳はゆっくりと少女に歩み寄ると、屈んで少女の頭を撫でた。何の疑いもなく、はっきりと楓佳を立派な神子だと信じてくれたその小さな勇気に、楓佳は死ぬほど心を震わされたのだ。



 頬を染めつつ破顔する少女から魔国の元首に視線を移すと、楓佳は口を開いた。



「その方がどなたかは存じませんが、これだけははっきりと言えます。彼女は神子ではありません」

「ぐっ……今更出てきて何を……」

「神子とは森羅万象において最も尊い創造主様が選び、そして神様によって力を与えられる存在。彼女が神子だというのなら、その力を見せて証明してください」



 楓佳の断言に元首は苦々しい表情を見せ、無駄な抵抗を始めた。神子である楓佳、そして神々がいるこの状況で何を言っても無意味だということに気づいていないのか、恐怖で抵抗せざるを得なくなっているのか、元首は正常な判断をできなくなっていたのだ。



 一方、偽りの神子はこの状況を本気で理解できていないようで、慌てたように周囲を見回し続けている。恐らく楓佳が死に、自分が新たな神子になるのだと聞かされていただけだったのが原因なのだが、彼女には疑念を孕んだ冷たい視線が突き刺さっていた。



 もちろん廻とルミカは彼女に神子の力など与えていないので、楓佳の要求に応えることなどできなかった。



「それは……」

「こんな風に」



 元首が頭で必死に言い訳を考えていると、楓佳は両手を組みながらそっと両眼を閉じた。



 そして祈る……自分のことを信じてくれた采国の人々のために精一杯のことがしたいと。



「これは……」



 目の前で起きた現象に、類は思わず声を漏らした。他の人々も一様にポカンとしており、神子の力の尊さに目を奪われていたのだ。



 楓佳が祈ると、草花が信じられない勢いでその背を伸ばし、人々の傷や病気が見る見るうちに回復していった。その勢いは今までの楓佳とは比べ物にならない程で人々は目を瞠った。



 今までの楓佳は神子としての力を使い過ぎないようにセーブしていたのだ。もし使い過ぎて倒れてしまったら、長い間この炎乱のために力を尽くすことが出来なくなるからだ。



 だが今回、この場面においては本気を出すのが最良だと命が考え、楓佳がそれを実行した。



 楓佳の神子としての本気はすさまじく、炎乱はこれまでの装いとはまるで別人のようになっていた。空気が、草花が、空が、何もかもが違っていたのだ。



「一週間もの間、行方を晦ましていたことは謝罪します。心配をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。実は先日、何者かに命を狙われたことを理由に、天界にて匿ってもらっていたのです」

「なんだって!?」



 采国の人々に深く謝罪した楓佳は自分が殺されかけたことを公表した。その事実を知った采国の人々は驚きと、そんなことを仕出かした犯人への嫌悪感で顔を歪めた。最初に驚きの声を上げたどこかの男性を皮切りに、人々はまたもや困惑で騒ぎ始めた。



「今、楓佳が話したことは全て事実だ。愚かにも神子である楓佳を殺めようとし、偽りの神子をでっちあげた者たちの処罰は神である我々が行う。他の住人は安心して帰路につくといい」



 その喧騒を打ち破ったのは冷たい表情が張り付いた廻だった。廻の言葉に人々は困惑を示したが、次の瞬間、魔国の住人たちと神々、楓佳と命がその場から消え去ったことで、廻の言葉を理解することが出来た。



 采国の人々はもうこれ以上ここにいたところでできることが無いのだ。だから廻は帰路につけと、采国の人々に提案したのだ。



 不自然に空いた空間に驚愕しつつも、采国の人々は一人、また一人と静かに帰路に就いたのだった。



























「な、なんだここは?」

「なんだって、君たちのマイホームでしょ?」



 突然采国から魔国の邸宅へと移動させられた魔国の元首は目を回した。元首がしりもちをついて狼狽えていると、命はしゃがみながら両手に顎を乗せて元首の顔を覗き込んだ。



 命に言われて米粒ほど冷静になった元首は自分が今置かれている状況を把握した。今いるのは元首の邸宅で、周りには命、神々、楓佳、そして今回の計画に関わった魔国の住人が十数名いた。



 これから何が起きるのか最早欠片の予想もできない元首たちは、恐怖で震えながら命たちを見つめていた。



「き、貴様は誰だ?」

「貴様、命様にそのような口を利くなど万死に値する!」

「ひっ……」

「まぁまぁ、廻。落ち着いて」



 命を貴様呼ばわりしたせいで廻の怒りが沸点に達してしまい、元首は廻の神としてのオーラでズボンにシミを作ってしまった。命には劣るが、神々のオーラというのも相当なものなので、元首は恐怖で漏らしてしまったのだ。



 一方命は穏やかな表情で廻を宥めると再び元首に視線を向けた。



「命が誰かなんて、君たちが知る必要のないことだよ。ただ命は、そこにいる神様より偉いから、口の利き方には気をつけようか?」

「なん、だと……?」



 命が恐怖を感じる程の満面の笑みで紛れもない事実を伝えると、元首は信じられない気持ちと理解しきれない気持ちで呆けた表情を見せた。



 創造主という存在を理解しきれていない上に、命は今創造主としてのオーラを抑えているので元首が信じられないのは当然のことだった。



「まぁ今は命のことなんかどうでもいいんだよ。君たちは命の大事な大事な神子ちゃんに手を出した。それが問題なんだからさ」



 命は突然無表情になると元首の元を離れ、何故か二人の魔人に近づいた。その二人は楓佳を連れ去り、〝神子ちゃんダミー〟を殺した魔人で、命はそんな二人の顔を一瞥するとまたもや破顔した。



「君たちだよね?命が丹精込めて造った〝神子ちゃんダミー〟を殺してくれた魔人は」

「「っ……」」



 命にズバリと指摘されてしまった二人は最早何も言えず、口をパクパクとさせて怯えるばかりだった。命は思うだけで簡単に〝神子ちゃんダミー〟を創造したので丹精込めたかは微妙だが、命の声には少なからず怒気が含まれていたので誰も何のツッコみも入れなかった。



「本当ならこの計画に関わった全員を今すぐに殺してやりたいところなんだけど、今回は無しだよ。寿命が延びて良かったね!」

「命様?」



 命の発言に魔国の住人だけではなく廻たちもポカンとした表情を浮かべた。廻たちはてっきり魔国の住人の罪は死を持って償わせるのだと勝手に解釈していたので、その予想が大外れだったことに虚を突かれてしまったのだ。



「この者たちに罰を与えないのですか?」

「ん?与えるよ。炎乱の住人たちが、炎乱の法に基づいて。それが普通でしょ?」

「…………」



 命の言うことは正論だった。だが廻には腑に落ちない点が多く存在していた。



 天界の暗黙の了解では、神々や命が世界のことに深く干渉することはよろしくないとされている。もちろん緊急の事態の場合はそんなこと言ってられないのだが、基本的にはそうだ。



 だから今回の楓佳に対する愚行も命ではなく、炎乱の住人が適切に裁くという命の考えは正論だった。



 だが廻は知っていた。命が以前、デグネフとクランを使って面倒な組織を壊滅させたということを。その際デグネフたちは組織の大玉たちを確実に殺した。



 以前は暗黙の了解を無視していたというのに、何故今回はそこを異様に気にするのかが廻には理解できなかった。特に今回の件では、命は楓佳に手を出されそうになったことを非常に憤っていた。



 世界に悪影響を及ぼしただけの前回の組織より、命の怒りの琴線に触れた今回の方がより厳しい罰を与えるのではないか?と、廻は考えていたのだ。



 それに加え、命は裁きを下す際同行することを廻に約束してくれた。それはつまり、廻自身に魔国の住人たちを断罪させてくれるということと同義だ。命が神との約束を簡単に破るだなんて廻には信じられなかったのだ。





 その予想をあっさりと裏切った命の行動は廻たちにとっては不可解なものでしかなく、不安げな表情を浮かべることしかできなかった。



「さ、帰ろっか。この愚か者たちは采国の皆に任せて、神子ちゃんはお家にお帰り。送ってあげるから」

「は、はい」



 訳の分からぬまま帰宅を勧めてくる命に楓佳は困惑の表情を向けたが、詳しいことを何も知らない楓佳に聞けることなど何もなかった。



「命様!何故ですか?」



 廻はその簡潔な疑問で全てを問いかけた。どうして何もしないのか?どうして約束を果たしてくれないのか?



 その表情は苦しげで、悔しげで。普段無表情な廻からは縁遠いものだった。



「なんでって、廻があんなこと言うからじゃん」

「……あんな、こと?」



 廻には命の言う〝あんなこと〟が一体何を指しているのか分からなかった。命はその答えを言うことなく破顔するばかりだった。その表情はまるで「しょうがないなぁ」とでも言いたげなもので、廻はますます混乱してしまった。







 それから命は無事に楓佳を帰宅させ、楓佳を殺そうと企んだ者たちの対処は采国の人々に任せ、本当に天界へと戻ったのだった。





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