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第三章 男神と神子、手にできなかった愛情

世界を救った裏切り者

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新たな神二人の名付けをした後、命は廻とルミカに自分たちの着る衣服を決めさせた。これから世界や神子を創造しなくてはいけないのだが、それ以前に神二人の服装が羽織一枚だと進められることも進められない為、命は以前神々のために用意した大量の衣服を取り出してきたのだ。



 廻は動きやすいかつシンプルな服装にした。



 対照的にルミカはサキュバスらしい露出度の高い服装で、上半身は見せブラ一枚、下半身は短すぎるショートパンツという大胆なものだった。



 命はルミカのその格好では寒くないのだろうか?という平和的な心配をしていたが、ルミカにそんな命の心情を知る術はなく、この姿で周りの男たちはイチコロだと随分自惚れたことを思っていた。





「じゃあ今度は武尽・静由ペアに任せる新しい世界を造るね」



 世界は誕生した時、基本的に他の世界との違いがあまりない。神の場合はそれぞれに人格や容姿、力の違いがはっきりとあるのだが、それが世界には無いのだ。



 生まれた瞬間、世界というものに違いはない。違いが出るのは神々が世界の管理を任された後だ。担当する神々がどんな世界にするか、どんな風に世界を守るか。それで世界の違いというものは出てくる。



 その為世界を造る命は、毎回同じような世界を創造するだけなのでかなり楽なのだ。



「じゃあこれからどんな世界にするかは武尽と静由に任せるけど、炎乱みたいなのはやめてよね」

「分かった」



 命が口を酸っぱくして言うとめずらしく静由が返事をした。静由なりに炎乱の悪い状況にはかなり危機感を持っていたようで、命は酷く安心した。



「で?神子はどうするんだよ?」



 新しい神と世界を創造したので残るは神子だけだった。武尽はその神子を誰にするのかを尋ねた。神子というのは創造主が創造するというよりも、創造主が選ばれた人物に神子という称号を与えるという認識だ。



 神子は、神子になるにふさわしいと命に判断された世界の住人から選ばれ、その人物は神から僅かな力を与えられる代わりに神託を告げるのだ。つまりは神から与えられる力が神子のお給料という感じなのだ。



「炎乱の大大大戦争、人間の国――采国が負けたよね?何でだと思う?」

「あ?……そういえば何でだ?」



 誰を神子にするかという話をしていたのに、何故か急に戦争の話をし始めた命に対して神々は首を傾げた。だが命の突然の問いに神々は頭を捻ったが答えを出すことが出来なかった。



 理由は簡単。あの戦争がどちらが勝っても負けても全くおかしくない均衡状態に陥っていたからだ。



 どちらが負けても勝ってもおかしくなかったというのに、何故采国が負けたのか?なんて聞かれても神々には明確な答えを出すことが出来なかったのだ。



「采国はね、優秀な味方に騙されてんだよ」

「「?」」



 命の言っている意味を理解できる者はその場にはいなかった。命の発言をそのまま解釈すると、采国側に裏切り者がいて、その者に采国は騙されたがそのおかげで助かったということだ。ここまでおかしな話もないので、神々は首を傾げることしかできなかった。



「采国が魔国に送り込んでいた密偵の女の子がいたんだ。もちろん魔国から采国に送られた密偵もいたけどね。采国の密偵の女の子は魔国の現状とかの情報を報告する時、法螺を吹いたんだ」

「法螺?」

「そう。彼女は戦の指揮を執っていた男にこう言ったんだ。〝魔国は特別な回復魔法で戦士たちを回復させ、大量の戦力を所持している〟ってね」



 この戦争で采国側も魔国側も大きなダメージを負っていて、どちらも戦力に余裕なんてものは持ち合わせていなかった。つまりその密偵の報告は真っ赤な嘘も良いところだったのだ。



 もちろん普通に報告したなら、そんな法螺は誰も信じなかっただろう。采国は確かに疲弊していたが、それと同じぐらい魔国側にダメージを負わせているという自覚があったのだから。



 だがそこに〝特別な回復魔法〟という魔法の言葉を添えることで状況は一変する。科学武力の国――采国は魔法というものに詳しくなかった。それは魔国が科学の科の字も知らないのと同様に。



 だから采国はその密偵の言葉を嘘だと言い張る根拠を持ち合わせていなかったのだ。もし密偵の報告が真実で今まで采国が負かしてきた戦士たちが一気に戦力として戻ってきたのなら、采国側の負けは確定的なものになってしまう。



「でもそれでしたら、その密偵の報告が真実か否かを確かめるために別の密偵を送るのでは?」

「そう。そこがその彼女のすごいところなんだ」



 デグネフの意見は尤もだった。密偵の少女の報告が真実か分からない以上、采国は他の密偵を送るという選択を取ったはずだ。その報告の信憑性の是非でこの戦争の決着が大きく揺らぐのだから。



「彼女はそこまで読んで、次に密偵として送り込まれると予想した人物をかなり前に買収してたんだよ」

「!それは……随分と優秀な女ですね」

「でしょ?」



 命の発言に大層驚いたデグネフは珍しく人間であるその密偵を褒めた。デグネフは創造主である命への忠誠心が強く、逆に世界の住人への態度が悪い。そのデグネフが人間を褒めるというのは、その密偵の少女がそれ程までに優れているということを代弁していた。



「えっと……どういうことなんですか?」



 クランには難しい話だったのか、彼女は険しい表情で両蟀谷を指で押さえて考え込んでいた。



「つまりね。彼女はこの戦争は一刻も早く終わらせたかったんだよ。例え自分の国が負けるという形になっても」

「え、負けても……ですか?」

「そう。それ程までに炎乱は危機的状況にあった。早く戦争を終わらせないとこの世界が滅びかねない。密偵の彼女はそう考えた。だから計画を練りに練った。自分のあとに送られる密偵を買収までしてね。その密偵の報告で、彼女の報告が嘘ではないと采国側が判断すれば、後はもう降伏するしかない。そうして戦争は終幕を迎える。つまり今の炎乱の状況は彼女の思惑通りってわけなんだ。まぁ、どうやって密偵を買収したのかまでは、まだ調べてないから不明だけどね」



 命の説明で漸く理解したクランは感心したような表情をした。それもそのはず。この戦争がいつまでも終幕を迎えなければこの世界が終わっていたかもしれないのだ。もちろんそうなる前に命が対策を講じようとしていたのだが、それをする前に彼女が戦争を終わらせた。



 すなわち彼女はその策略で炎乱という世界一つを救ったのだ。ただの世界の住人にすぎない彼女が。クランが感心するのも当然のことだった。



 そして同時に先刻の武尽の質問の答えを神々は理解した。命はその密偵の少女を神子にしようと考えているのだと。



「なるほどでありんす。命様はその少女を神子にするつもりなのでありんすね」

「確かにそれ程の人物なら神子になるのにふさわしいかもしれませんね」



 ルミカと廻は命の考えをすぐに理解し、それに賛成の意を示した。世界を救ってしまう程の知略を持っている彼女なら、その魂の色もかなり綺麗なはずなので神子になるのにふさわしいと判断したのだ。



「その子の名前は楓佳ふうか。廻とルミカはこの楓佳ちゃんと対面する機会が何度かあると思うから、その時はよろしくね」

「かしこまりました」

「了解でありんす」



 神子に関しては命が出来ることはあまりない。命は彼女――楓佳に神子という称号を渡すだけでその他はあまり義務的な接点がないのだ。



 神子との関わりが深いのは炎乱をこれから担当する廻とルミカなので、命はその旨を二人に頼んだ。



「で?炎乱の連中に神子と神々の存在をどうやって知らせるんだ?」

「そりゃあ、この疲弊しまくりの炎乱相手だからねぇ……派手にやらなきゃ損でしょ?」



 武尽が質問したのはどうやって炎乱の住人たちに、神の存在と神子の誕生を知らせるのかという問題だった。生きることで精一杯の炎乱の住人たちはどんな存在からでも助けを求めている。だがそれでも全員が神という存在を信じている訳ではない。それを信じさせる演出が必要だったのだ。



 命は武尽の問いに満面の笑みを浮かべると、これから開催される神と神子のお披露目式の計画に思いを馳せた。









 一方、武尽・静由ペアが新しく担当することになった世界は〝英静えいせい〟と名付けられた。英静は人間が存在しない代わりに様々な他種族が生活する魔法の世界になった。



 武尽にしては割と平和的な世界設定だったので、静由が今回は意見を出したのだろうと命は頭の隅っこで思った。



 種族の違いというのは差別を生むが、種族の違いが多すぎると逆にそれは生まれない可能性が高い。自分と違う種族を見つける方が簡単なほど様々な種族が存在すれば、そこに種族による差別など起きない。この英静において種族が違うというのは当たり前だからだ。



 そしてこの世界の武力は魔法だけで、皆が平等にその力を持って生まれてくる。まさに炎乱を反面教師にしたような世界に英静はなったのだ。







 新たな神――廻とルミカが誕生した翌日。神々の存在と神子の誕生を知らせるための派手な演出について、命は廻とルミカに説明した。



 後はそれを理解した二人に任せるだけなので命はお役御免になる。



 その派手な演出のために一度下界に降りる廻とルミカを満面の笑みで送り出した命は、一瞬でその表情を無に変えた。



「はぁ……もしこれで同じことが起きたら、お笑い草だよな」



 そんな命の発言を拾った神は何人かいたが、その意味を理解できる者は当然一人もいなかった。





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