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第二章 魔王と勇者、世界消失の謎

創造主のオーラの脅威

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「命も魔人の国に連れて行って」



 突然の命の申し出にアランはしばらく言葉を返すことが出来なかった。



「あ、因みに拒否権は無いよ。拒否権が無いというか、拒否しても無駄。お兄さんが拒んでも、命勝手に一人で来ちゃうから」



 アランが言いよどんでいると、命は拍車をかけるように話した。確かにアランが拒否したところで、命一人で簡単にザグナシア王国には辿り着けるため、命の質問にはあまり意味がなかった。



 アランにはどうやって命が勝手に魔人の国を訪れるのか分からなかったが、なんとなく命にならそれが出来てしまいそうな、そんなおかしな予感があって、それについて言及することは無かった。



「どうして、ザグナシア王国に行きたいんだ?」

「だってこのままだと、君の望みは叶わないよ?」

「!どうしてだ……?」



 アランの目的。それは言うまでもなく魔人の差別撤廃だ。それを叶えるためには、アランがザグナシア王国に赴き、魔王の承諾を得ることが必要だ。



 望みが叶わないということは即ち、その魔王の承諾が得られないということと同義である。何故命がそんな風に考えるのか見当がつかなかったアランは、焦った様子で尋ねた。



「まぁ、詳しくは今は言えないんだけど。お兄さん一人だと叶わないそれが、命が行くことで叶うんだよ。命はお兄さんの役に立ちたいからね。だから魔人の国に行きたいんだ」



 命は答えをはぐらかしたが、自分が行くことで確実に魔王の承諾が取れると確信しているのだ。普通なら、こんな子供の言うことを簡単に信じることはできない。何故身一つで行けば叶わない事案が、ただ一人の少年がついていくだけで叶うのか?命は一体何を隠しているのか?そんな疑問がアランの頭の中で駆け巡った。



 そして命は何故そこまでして自分のために尽くそうとしているのか?どうして自分との友人という関係にこだわっているのか?命に関して、アランには分からないことだらけだった。



 だが、命を魔人の国に連れて行くことでデメリットが生じるかどうか考えた時、答えは否だった。



 魔人は人間と違って盲目的に人間を嫌ったりしていない。だからこそ、最初は反対していたアランの養育も途中から認めてくれたのだ。魔人はこの世界の人間と違い、話せば分かってくれる相手がほとんどだということをアランは知っていた。例え交渉の場に命がいたとしても、それによって魔人側から何かされることもないだろうと考えたのだ。



「…………分かった。一緒に行こう」

「ありがとう、お兄さん」



 詳しい詳細は頑として何も話そうとしない命に根負けしたアランは、渋々といった感じで命のザグナシア王国同行を許可した。





 そんな二人の会話を盗み聞いている者がいたことは、もちろん命にしか知り得ないことだった。



















「じゃあ早速、この転移魔道具で魔人の国――ザグナシア王国に向かうよ。準備は良い?」

「うん、いつでもいいよ」



 翌日、アランと命はアランが寝泊まりをしている宿で合流し、早速ザグナシア王国に向かうことにした。アランが寝泊まりしている宿は少々値段の張る店だったが、Sランク冒険者のアランにとっては痛くもかゆくもない出費なのだ。





 命の返事を聞いたアランは、早速転移魔道具を発動した。すると命たちの視界に映る光景は宿のベッドから、ザグナシア王国の王城へと変化した。



 王城は深い森の中に聳え立っていて、その城が超強力な結界魔法によって守られていることに、気づけない程二人はぬけてはいなかった。そしてその結界が魔王によって張られていることも。



 命がこの城の主である魔王の実力を目の当たりにしていると、城の中から魔人の女性が出てきて、二人を出迎えた。



 アランは通信魔法で事前に訪問を伝えていたので、その対応にも頷けた。



「久しぶりですね、アラン」

「お久しぶりです、キーシュさん。相変わらずお綺麗ですね」



 どうやら二人は顔見知りだったらしく、アランは久しぶりの再会に顔を綻ばせた。キーシュと呼ばれた魔人の女性は、アランの言う様に美人で清楚な雰囲気の女性だったが、魔人であるせいでその年齢を見た目だけで判断することはできない。



「そちらが連れの方ですか?…………アランの連れにしては、随分と魔力量が少ないようですが」

「ん?そうなの?でも安心して。実力は確かだから」



 命へと視線を移したキーシュは怪訝そうな表情でそんなことを言った。



 この世界で魔力量を一目で判断することが出来るのは魔人だけである。魔力量を判断すると言っても、その者の魔力が多いか少ないか、といった感じの曖昧な部分しか分からず、はっきりとした魔力量を読み取るのは魔王レベルでないと不可能だ。



 それでも魔力の量を一目で見抜くことは魔人にしかできない為、人間であるアランはキーシュの言葉に首を傾げた。だがそれはパーティーメンバーのモニアスも予測していたことなので、アランはそれについて気にすることは無かった。



「そうですか。それでは参りましょう。魔王様がお待ちです」



 アランの説明に命への興味を失くしたようなキーシュは、すぐに命たちを魔王の元へと案内することにした。

















「魔王様、お二人を連れて参りました」



 魔王城の応接間の扉の前まで来ると、キーシュは中にいるであろう魔王に呼び掛けその扉を開いた。とんでもなく大きく、重そうなその扉を難なくキーシュが開けると、そこには大きな応接間のような空間が広がっていた。



 応接間の一番奥の椅子に座っていたのが魔王だろうと命にもすぐに分かった。周りには魔王の配下の者と思われる魔人たちがざっと二〇人ほどいて、緊張感が走っていた。



 応接間を進んでいくと、以前この地で育ったアランを懐かしむような視線と、キーシュと同じように魔力をあまり感じられない命に怪訝そうな視線を向ける者がいた。



「お久しぶりです。ザグナン様…………どうかなされましたか?」



 アランは魔王――ザグナンに再会の挨拶をした。ザグナンは身長約一八〇センチでとても容姿端麗な男だった。純黒の髪と血のように真っ赤な瞳は、さながら吸血鬼のようだ。今まで命が出会ってきた、世界に住まう者の誰よりも浮世離れした容姿で、まるでそれは命の愛する神々のようだった。



 仏頂面が張り付いているザグナンはアランとの再会に若干顔を綻ばせた。顔には出さなくても、それが久しぶりにあった息子のような存在に対しての表情であることは誰にでも分かった。



 だがザグナンはアランの隣にいた命に視線を移すと、何故か口を少し開けたまま固まってしまった。それに気づいたアランの声に返事をすることもなく、ザグナンはただひたすらに命を凝視した。





「貴殿……何者だ?…………なぜ生きている?」

「さぁ?何でだと思う?」



 二人の会話を理解できている者はその場にはいなかった。ザグナンのやっとのことで振り絞った言葉は、アランには理解できるものではなかったのだ。何者かどうかという問いならそうおかしくはないが、〝なぜ生きている?〟なんて問いは、普通なら命が死んでいないとおかしいという前提が無いと成り立たない。



 一方の命はまるでザグナンの問いを予測していたような飄々とした態度で、その笑みがアランには異質なものに見えた。



 因みに、ザグナンが命のことを〝貴殿〟と呼んだことで、それまで命のことを女だと勘違いしていた魔人たちが目をひん剥いていた。命は世界の住人で初めて命を初見で男だと気づけたザグナンに、期待にも似た眼差しを向けた。



「貴殿にはおおよそ魔力と呼べるものが一切ない。少ないのではなく。それではこの世界で生き抜くことなどできない。この世界の者は、自分の中の魔力でこの世界に蔓延する死の瘴気を打ち消しているのだから」

「……なんだ、それ?」



 ザグナンの言葉にアランは理解が追い付かなかった。この事実は魔人にしか知り得ない情報だったのだろう。



 この世界の住人には少なくとも必ず魔力が存在している。例えイレギュラーで魔力の無い者が生まれたとしても、その者は生まれた途端死んでしまうのだ。



 この世界――ヒューズドには魔力を持たない者にとっては有害となる瘴気が流れていて、魔力を持つ者はそれを魔力で自然と無効化しているのだ。



 アランはこの世界の真実を、魔人以外の種族が全く知らなかったことに、この世界の差別によってここまでの障害が起こっていたのだと思い知らされた。魔人への差別など無ければ、この情報を全ての者が当たり前のように知っていたはずだからだ。





 そして、命に魔力が無いと確信したザグナンには、それ程の魔力を読み取る力があった。他の魔人ならばキーシュのように、魔力が少ないと思う程度だった。だがザグナンには命の身体におおよそ魔力と呼べるものが全くないことが分かってしまったのだ。



 そんな魔王の実力を知らない者はこの場にはいない。だからこそ理解が出来た。



 目の前にいる少年が、魔力が無いにも拘らず、この世界で生き延びている異形の存在であることを。



「ミコトくん……どういうことだい?」

「……いいよ。どうせ魔王くんと勇者くんには命のことは話すつもりだったし。話さないと命の目的は達成できないからね」



 アランが強張った顔で命に真偽を確かめようとすると、命は案外あっさりとザグナンとアランの質問に答えることにした。



 そもそも前創造主の魂を持つアランには記憶を取り戻させる際に、命の創造主という正体を話さなくてはならない。



 そしてザグナンには、クランに話した一石三鳥の内の一羽の鳥のためにも、命の立場を理解してもらう必要があったのだ。





 命は自分がどんな存在なのか理解してもらうために、創造主としてのオーラを解放した。



 オーラを解放すると、命の創造主としての証でもある紋章が、その左頬に浮かび上がった。



 するとその瞬間、その場にいた魔人の半分ほどが呻き声を上げることもなく、その場に倒れ込んだかと思うと、吐血しているのが見てとれた。



 アランはそんな魔人たちの様子を気にかける程の余裕を持ち合わせてはいなかった。アランは片膝をつくと、苦しげに自分の胸を掴み、命から発せられるオーラへの恐怖で震え始めていた。



 ザグナンは命のオーラに顔を強張らせ、鳥肌を立たせてはいたが他の者ほど重傷ではなかった。



「ぐっ、は……」

「あ、ごっめーん!うっかりしてたよ!命のオーラで半分ぐらい死んじゃったねぇ……あ、でも心配しないで!あとで命がちゃあんと生き返らせてあげるから」



 アランの呻き声を聞いた命は、まるで反省しているようには聞こえないドジっ子のようなトーンで、ザグナンに謝罪した。アランは震えながらも、信じられない者を見るかのような目で命を凝視した。



 そしてザグナンは、その正体を明かすだけで、己の仲間を簡単に殺すことが出来てしまう異形の存在に、睨みを利かせることしかできなかった。



「……本当だろうな?」

「命そんなに非道じゃないから安心してよ。それにしても流石は魔王くんだね!僕のオーラを受けても一応無傷なんて……流石は神に匹敵するほどの魂だよねぇ」



 命は初めて自分のオーラを見せた時の、神々のような反応しか見せなかったザグナンに、思わず称賛の声を送った。



 その人物の魂がいかに純真であるかどうかを判断する材料として、創造主のオーラは有効である。その者の魂が神に匹敵するものならば、創造主のオーラを受けても無傷でいられるのだ。



 魂は前世の行いや、今世でどれ程善い行いをしているかでその色を変える。つまりザグナンはこの中で最も神に匹敵する、善良な行いをしてきた魔人だということだ。



 もちろんザグナンの次に被害が少なかったアランも、相当な魂の持ち主なのだがザグナンには劣ってしまうのだ。



「貴殿は……一体何者だ?ただの人間ではあるまい…………神か?それとも……」



 この世界に住む者には到底理解できない話をする命を。この世界の者とは到底思えない底知れぬ力を持つ命を、ザグナンは神以上の存在ではないかと予測をつけたのだ。



「命はね……この世界の、いや、森羅万象の元になる全てを造った存在…………創造主だよ」



 ザグナンの質問に、命は驚くほど綺麗な笑顔で自分の正体を明かした。





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