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第一章 世界の終わり、世界の始まり

世界の終わり

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 ――その日、世界が終わった。



  何の前触れもなく、誰もが気づく間もなく…………たった一人を除いて。







 世界の終わり、そんな抽象的な言い回しでこの状況を説明していいものか一人少年は悩んだ。だがそうとしか言えない。表現ができない。この状態を説明する言語が存在しない。それに、説明する他人などもう、その少年の周りにはいないかった。



 ――何せ世界は終わったのだから。



 現在……時間という概念もないこの状況で現在というのもおかしな話だが、今世界は存在していない。人も動物も植物も他種族も、何もかも消えてなくなっているのだ。



 それはもちろんその少年の身体も同様に。



 だが、少年は意識というものを手放してはいなかった。確かに自分という魂が存在しているという事実を、己できちんと認識しているのだ。





 その少年が世界が終わってもなお自分の存在を認識しているのには理由がある。その少年は世界が終わる可能性を常に考えていたからだ。この世界が壊れかけていることに少年は気づいていた。突拍子もない話だが、その能力が少年にはあったのだ。



 故に世界が滅んだとしても自分が存在し続けるために準備をしたのだ。



 準備といっても何か特別なことをしたわけではない。ただ少年はその身体が滅んだとしても己の自我、魂だけは失いたくはなかった。だから願ったのだ。誰に対してでもなく。いや、少年の願いを理解できる誰かに対して、ただただ祈ったのだ。





 世界が終わる以前、その少年は常に孤独に生きていた。己の身一つで孤独に孤独に呼吸をするだけの存在だった。そんなつまらない少年の唯一の願い、それが存在の維持だったのだ。



 どこの誰がその願いを聞き届けたのか、少年の存在は消失しなかった。だがその少年にとって予定外のことが起こった。少年にとっての世界の終わりとは、全人類の消失を意味していた。一人一人全ての身体が吹き飛んでしまうような世界の終わり、少年はにしか考えていなかったのだ。



 だが実際は違った。少年にとってそれは一瞬の出来事だった。あまりにも瞬間的すぎた為、実は世界が終わったのはほんのついさっきだったりする。人が、大地が、空が、海が、宇宙が、空間が、音もなく全て一瞬で消えたのだ。



 世界の終わりとは、全人類、少年が存在していた世界そのもの、その世界を管理していたであろう神、そして少年が知る術もない異世界とそれぞれの世界の神々……。





 そして何より、その全ての始まりの人物であろう――創造主の消失だったのだ。













 その全てが消滅した今、少年の意識ただ一つだけが消えていなかった。世界も少年の体も空間さえもないこの状態で、その少年の存在だけが全てだったのだ。



 誰が少年の願いを聞き届けたのか、少年に知る術など無い。世界が終わる以前の神か創造主か、今となってはいない存在に問いかけることも少年にはできない。



 ただ祈った。それだけで世界が終わった今でも存在できているなんて、非現実的な話だがこれ以外の理由が少年には思いつかなかった。そもそもこの状況が非現実的なので、それぐらいのことも起こりそうなものだと少年は思い直した。



 だからこそ、その少年が持ち合わせていたのは己の存在と確信のみ。全ての世界が終わり、何もかもが消失した今、己が新たな創造主となり、全ての始まりの存在となるのだという確信だけなのだ。





 新たな創造主という存在になったことで、少年には様々なことが可能になっていた。今の少年になら神だろうが世界だろうが容易く創造することができる。そういう確信が少年にはあったのだ。それが創造主になった故の能力だということも、少年には何故か理解ができた。それが当たり前であるかのように。



 少年には分かっていた。創造主とは神よりも尊く、何であろうと創造することのできる、異形な存在であると。





 少年は最初にその力で何を創造するべきか思案した。己の存在しかないこの状態でまず何を存在させるべきかを。



 世界か?神か?己の身体か?



(まずは……これからの拠点だな)



 拠点というのは少年がこれから生活するための空間であって、世界ではない。ただの空間と言っても少年が今まで通り生存するために必要な、重力、気体の含まれた空気、適切な気温、適切な光などが備わった空間だ。



 最初に創造すべきは己の肉体だと少年は考えたのだが、空間自体がないこの状態で肉体を作っても存在し続けられるのかが微妙だったので、少年は先に拠点――空間を作ることにしたのだ。



 少年は己に与えられた創造主としての力でそこそこの広さのある拠点を作った。何も無いただ白いだけの長方形型の空間。今のところはその程度でいいだろうと少年は考えたのだ。



(次は僕の肉体だな)



 そう、今の少年は魂だけの、意識を持っただけの状態。肉体がなくとも様々な存在の創造が可能だが、人の子から生まれた人間としては、肉体は無くてはならないものだ。



 そもそも肉体が無ければ、これから創造するであろう神々に視認されないので、どっちにしろ肉体の創造は必須なのだ。



 少年は身体を失う前の元のままの自分をイメージして肉体を作り出した。体格、身長、顔、肌の色、髪の色と長さ、流石に臓器まで元のままというのは無理があるので、できるだけ丈夫なものを少年はイメージした。



 まぁ少年は創造主なので自分の意思以外で死ぬことなどありえないのだが、丈夫な身体でデメリットなど無いので少年はそうしたのだ。



 少年がイメージした途端、何もないその白い空間の中に中身が空っぽの器が誕生した。だが現在の少年に視覚は存在しない為、少年にはその存在を感じることしかできなかった。



 出来上がった身体に少年は己自身を乗せ、少年は重力と五感の機能の正常性を感じた。世界が終わってからの浮遊感とは違う、何も感じない感覚ではなくしっかりとした人としての感覚を取り戻したのだ。



 少年の目には一面真っ白な部屋が広がり、鼻には自分の体臭が香り、口には唾液を感じ、手には拳を作った感覚がしっかりとあった。



 少年は二つ、いや三つの事象を確かめるために行動に移った。



「あーーー……声帯は問題なし、聴覚も問題ないな」



 少年は声を出せるか、世界が終わる以前のままの声帯か、聴覚が機能しているかの三点を確認した。少年はまだ声変わりをしていなかった自分の高い声を耳にして安堵した。



 少年は世界が終わる以前一四歳だった為、声変わりが遅くても大して気にはしていなかったが、その声と容姿のせいでよくいじめられていた。いじめを受けていたことも少年が孤独だった原因の一端だったのだ。



「次は……鏡だな」



 視覚を取り戻したというのに、自分の姿がどうなっているか確認できないというのもお粗末な話だと考えた少年は、鏡を創作することにした。



 少年が創作した姿見は、縦約二メートル、横約五〇センチで大柄な大人でもすっぽり収まるほどの大きさで淵は黒色だった。因みにどんな攻撃を加えても割れない、くすまないというオプション付きである。そんなチート鏡に映った自分の姿を見た少年は――



「うん、相変わらずの美少年」



 これは自意識過剰な発言ではない。自分で認めてしまう程、少年の容姿は整っていた。最初に目を惹くのはその髪。襟足をうなじの辺りで切り揃えている、混じりっ気のない黒髪の中に映えるのは一房の白髪。少年は生まれた時から何故か左側の一房の髪だけが白かったのだ。他の髪が真っ黒すぎる故に余計にその白色は映えた。



 その髪が容姿によるいじめの大まかな原因でもあった。少年のその異質な髪は、すぐさま心が不安定な思春期の子供たちの標的となってしまったのだ。



 そしてその髪に加え、少年のパーツは様々な形で浮世離れしていた。少年は右目は黒、白髪のある左の目は薄い茶色でそこまで目立ちはしないものの、意識すると目が離せなくなるオッドアイの持ち主だった。その特異な色に加え少年の目は大きく、睫毛も長かった。



 身長一六〇センチに体重は四三キロという、男にしても身長を考えても少年は細身で肌の色も白く、凝視しないと少女に間違われることさえあった。



 だがその容姿全てのせいで少年はどこでも孤独を味わう羽目になったのだ。それ故に少年は自分の容姿をあまり好いてはいなかった。



(ま、変えたいと思うほど嫌ってもいなかったけど)



 整った容姿を異質ととるか、長所ととるかは人それぞれな為、少年に対する他人の態度は良いものと悪いものとで大きな差があった。だからこそ、少年にとって自分の容姿とは、他人の器を量る道具程度のものだったのだ。



 少年は鏡に映った自分の体の左肩に目を向けた。その左肩には美しい白い肌には似つかわしくない、醜く爛れた火傷の跡があった。少年は元の身体そのままをイメージして作った為、火傷の跡も残ったままだったのだ。



 その火傷もいじめが原因でできたものだった。少年はその醜い形跡を愛おしそうに右手で撫でた。少年は鏡を見るたびに左半身だけが異質な身体に首を傾げていたが、今回はその火傷の跡しか目に入らなかった。



「もし僕が幸せになれたら、この火傷の跡を見るたびに思い知るだろうな。その幸せがどれほど尊いものか……やっぱりこの醜いものは残して正解だったな」



 それは少年にとって第二の人生こそは幸せを手にするという決意の表れでもあった。少年は左肩から右手を放し鏡で自分の身体を見つめ直した。



「でもこの紋章は…………あぁ、創造主の証みたいなものか」



 少年の身体の中で唯一少年が見覚えのないものがあった。それはやはり左側の顔にくっきりと白金の光を灯していた紋章だった。



 少年のおでこから頬にかけて光り輝くそれは、創造主の印だったのだ。この紋章がある間は少年が創造主としてのオーラを全く隠していない、ありのままの少年であるという証でもあるのだ。



 身体の左側にある異質な点がまた一つ増えてしまったことに、少年は苦笑いを零した。



「あ、僕今全裸じゃん」



 自分の下半身にある男性の象徴に目を移した少年はその事実に気づいた。そもそもまだ空間、肉体、鏡しか創造していない少年が服を着ていないのは当然だったのだが。



 そんな当たり前のことにも気づけなかった少年は、あからさまにポカンとしてしまった。少年が創り出した空間にたった一人でいるので問題はないはずだが、少年は思わず辺りをキョロキョロと見回してしまった。



 少年は早速着替えるために白の下穿きと、身体をすっぽりと覆う大きめのシャツを創造すると、それらを身に纏った。柔らかな生地が肌を擦る擽ったい感触に、少年は思わず微笑みを零した。



 少年は大きな姿見の前で左右に身体を揺らしながら、服を着た自分の姿を目に焼き付けた。真っ白なシャツは少年が動くたびに空気を孕んで、ふわふわと揺れていた。



「これからどうしたもんかなぁ……」



 自分の拠点、身体、鏡、服の創造を終えた少年は、次に何をするべきか考えあぐねていた。創造主となった自分の使命のようなものを少年はきちんと理解していたのだ。



 それは数々の世界と神々の創造、そしてそれらの管理。少年は創造主として、以前の創造主と同じように世界と神を創り出す必要があるのだ。



 少年は創造主となった瞬間、それが自分の使命なのだと直感的に理解したのだ。それは少年にとって強迫観念のようなもので、創造主特有のものでもあった。



 そんな少年が悩んでいたのは、世界か神、どちらを先に創造するかということだった。創造主にとって神とは、己が創造した世界の管理を任せる存在である。



 それ以外は特にすることは無い。世界に住まう者たちは神こそが全知全能であると思っていたがそんなことは全くない。全知全能なのは創造主であり、神は創造主に力を授けて貰えなければ他の生き物と何ら変わりがないのだ。



 だが少年はこれから創造するであろう神を、ただ世界の管理を任せる相手とは思っていなかった。もちろん創ったからには世界の管理を任せることになるだろうが、少年にとって神とは初めての家族のようなものなのだ。



 世界が終わる前、少年を産んだ人物は少年に愛情というものを与えてはくれなかった。両親は毎日仕事にばかりかまけ、少年との時間を作ろうとはしなかった。その上母親も父親もそれぞれ不倫していて、少年の住む家には愛情なんてものは皆無だったのだ。



 そんな環境で育った少年は学校ではいじめられ、家でも傷ついた心を癒すこともできず、孤独な人生を送り続けていたのだ。



 その為少年は、自分に本当の家族や友人は存在しないと思い続けていた。だからこそこれから創造する神とは家族と言ってもおかしくないような関係を築きたいと夢見ていたのだ。



「やっぱり、先に家族を作りたいよね」



 少年は自分の家族となる神を先に創り出すことにした。世界が終わる以前、少年が手にすることのできなかった唯一を、少年は一刻も早く創造したかったのだ。



「よーし、早速創るか……ん?あ、そうだ。神を創造するなら、僕みたいに全裸で産まれてくるんだよな。それは可哀想だし、いろいろ用意しておかないと」



 少年はこれから現れる神――少年にとっての初めての家族のために、日常生活を送るにあたって不便が無いように、様々なものを創造主の力で用意することにした。





 少年が最初に用意したのは衣服だった。一先ず少年は神を一〇人ほど創造しようと考えていたので、男女両方の衣服を数えきれないほど用意した。



 動きやすいもの、デザイン重視なもの、和装、洋装、露出の高いもの、防護に優れているもの、etc……。創造した神々の好みが分からない為、少年は様々な種類の衣服を用意したのだ。





 それから少年はこれから創造する神々のために、ありとあらゆるものを創造した。神々の部屋と自分用の部屋、男女別の温泉、厠、台所、共同で使える大きな部屋、etc……それぞれの部屋には疲れを十分に癒せるベッドをつけておいた。



「こんなもんで大丈夫かな?」



 一通りの用意を終えた少年は、心配そうにあたりを見渡した。だが足りないものがあっても後から創造すればいいだけの話なので、少年は一息ついた。





 神々のための用意を終えた少年は早速神々のイメージを固めることにした。少年は神々を創造するにあたる絶対条件を決めておくことにしたのだ。



 まずは健康で丈夫な身体を持っていること。二つ目は創造主や神々、世界についてのある程度の知識を持っていること。



 それ以外のことは全てランダムで良かったのだ。性別も姿形も性格も、創造主に対する忠誠心なんてものも少年にはどうでもいいことだった。



 生まれてくる神々の思うままに生きて欲しかったからだ。



 空間、己の肉体、鏡、衣服、生活に必要なもの、に続く神々の創造が始まろうとしていた。







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