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その声が君に届け
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左白くんにつられてしまったのか、残りの授業中で僕はものすごい睡魔に襲われてしまった。それを必死に堪えながら、僕は何とか残り三つの授業を乗り切った。
左白くんが午後の授業を全てサボったので、先生は各々左白くんに対する不満を愚痴っていたが、今朝のこともあったのでクラスの皆は微妙な表情をしていた。
きっと心の中で左白くんを犯人だと決めつけていたことに対する罪悪感で押しつぶされそうになっているのだろう。特にみうさんは先生にいろいろと言いたげだったけど、授業を止めてまで言う勇気は無かったようだ。
でもみんなの心の内を感じ取った僕は、少しでも左白くんに対するみんなの印象が変わり始めている現状に、少なからず嬉しいという感情を抱いた。
これをきっかけに左白くんがクラスの皆と打ち解けられればいいんだけどな。……あれ?転入したばかりなのに、何で僕他人の心配ばかりしてるんだろう?みんなと打ち解けなきゃいけないのは僕の方もなのに。まぁ、僕のことは保留でいいか。
七時間目の授業が終わっても教室に戻ってこない左白くんが心配になった僕は、昼休みのあやふやな記憶を頼りに屋上へと向かった。
幸い屋上までの道を忘れていなかった僕は、また扉のドアノブに手をかけることができた。
西日と共に僕の目に飛び込んだのは、まだまだ熟睡中の左白くんの姿だった。よくあんなに眠れるなぁ……夜、寝れてないのかな?
僕はとりあえず試しに左白くんの身体を揺すって起こそうとした。だけど左白くんは寝返りを打つだけで全く起きてくれる気配がない。
ど、どうしよう……。起きてくれない。こういう時喋るのが苦手じゃない人なら、声をかけて起こすんだろうけど……。
「…………おっ……」
「ん?弓弦?」
(……何でこいつ変な動きしてんだ?)
無謀にも「起きて」と言おうとした僕を嘲笑う様に、左白くんは突然目を覚ました。妙にアタフタしてしまった僕に不思議そうな顔を向けた左白くんは眠そうな目を擦った。
き、聞かれてない、よね?というか、今左白くん僕のこと名前で呼んだ?僕の名前覚えてたんだ。ちょっと嬉しい。
「あれ?もうこんな時間なのか。悪いな、起こしてもらって」
左白くんは腕時計に目をやると、もう下校の時刻になっていることに気づいたようで、僕にお礼を言ってきた。さっきのはずかしい行為を誤魔化すように僕はぶんぶんと首を横に振る。
「一緒に帰るか?」
起き上がって僕を一瞥した左白くんは唐突にそんな提案をしてきた。少し驚いたけど、断る理由など一つもなかったので、僕は頷いてその申し出を受け入れた。
立ち上がりついでに僕の頭を力強く撫でた左白くんは、満足げな相好で僕の手を引いた。
********
一緒に帰るついでに、僕たちは学校の近くを散策することになった。普段は寄らないような場所に、僕はあからさまにキョロキョロとしてしまい、なんだか田舎から出てきたばかりの子供のようになっていた。
でも左白くんはそんな僕を心の中で笑うことは無かった。それはもちろん表側でも。
左白くんみたいに裏表がない人は随分と珍しい。大抵の人は本音と建前というものを持っている。僕はそれを悪いことだとは思っていない。誰にだって秘密はあるし、他人を思っての嘘なら嫌悪感を抱くこともないんだ。
でもたまにいる左白くんみたいに正直な人は、可哀想だけど孤立していることが多い気がする。左白くんの場合、それだけが原因では無いと思うけど。
〝左白くんはどうして金髪なの?〟
足を休めるために適当に入ったカフェで僕は左白くんに尋ねてみた。因みに僕たちが入店したカフェはどこにでもあるチェーン店で、店内には友達同士で談笑している人や、パソコンのキーボードを高速で叩いている人もいた。
僕はほうじ茶ラテという飲み物が気になったのでそれを注文することにした。因みに左白くんはブラックコーヒーだ。大人だ。
左白くんは僕を気遣って、僕が飲みたいメニューを確認すると自分のと一緒に注文してくれた。こういうのを自然にできてしまうところも左白くんの良いところなのだと、僕は再発見することができた。
中の液体の熱が伝わって若干熱くなっているカップを小さなテーブルに乗せると、僕たちは漸くゆっくりと腰掛けることができた。
「(……父親がハーフで、その遺伝)」
〝やっぱり!道理でさらさらふわふわだと思った〟
スマホ画面に記された質問に答えてくれた左白くんは少しはにかんだ。きっと左白くんは自分の金髪が好きなんだな。
左白くんの答えに即座に返事をした僕。そんな僕のフリック入力の速さに左白くんは一瞬目を奪われていたけど、すぐにそれが当たり前のことなのだと理解してくれた。
普段からスマホのメモ機能で会話をすることが多い僕にとって、フリック入力は神の遣わした機能だと勝手に思っている。速度が卓越していくのは必至なのだ。
(道理でって……触ったのか?)
「ぶっ……」
左白くんが心の中であっさりと真相を指摘してきたせいで、僕は口に含んでいたほうじ茶ラテを少し吹いてしまった。ほんとに少しだったので、僕の貧弱な掌の中でも収まってくれたのが不幸中の幸いだ。
そう。僕は左白くんの根っこから毛先まで見惚れるほどの金髪が、とても人工的な色だとは思えなかったんだ。それに屋上で彼の髪をうっかり触ってしまった時の感触も、とても染めた人のものだとは思えなかった。だから左白くんの話を聞いて、僕はようやく納得することができた。
「(お、おい。大丈夫か?むせたのか?)」
〝大丈夫!ごめんね、飛ばなかった?〟
左白くんからすれば何の理由もなく突然僕が飲み物を吹いたように見えただろうから、左白くんはかなり驚いたようで僕は申し訳なくなってしまった。
幸い左白くんに被害はいかなかったようで、僕の問いに左白くんは首肯してくれた。
「……そんなこと聞いてくれたの、お前だけだ」
(全員俺が金髪だから不良だって決めつけて、どうして金髪かなんて疑問にも思ってなかったからな)
僕が慌てながら紙ナプキンで掌を拭いていると、左白くんが唐突にそう呟いた。その時僕は初めて左白くんの弱い部分に触れられた気がした。いや、初めから分かってはいたんだ。分かってはいたけど、本人がそれを打ち明けてくれたことが、僕はただ嬉しく感じてしまったんだ。
〝ねぇ、左白くんのご両親ってどんな人?〟
僕はもっと左白くんの話が聞きたいと思い、当たり障りのない質問をしてみた。すると左白くんは少しはにかんで、楽しそうに話し始めてくれた。
「自分でも言うのも何だが、いい両親だ。父親は能天気なタイプで、逆に母親はしっかりしてるな。そういうところはバランスが取れた夫婦だと思う。でも実は母さんは繊細な人で、逆に父さんはいざという時に強い男らしい人だな。まぁ、普段は母さんの言いなりだけど」
左白くんは本当に嬉しそうにご両親のことを語った。それに嘘が無いことは心の声を聞けば分かる。僕は左白くんのことを心配ばかりしていたけど、こんなにいい家族がいるのなら要らない心配だったのかもしれないと、少し反省した。
「弓弦の親は?」
左白くんに尋ね返されて、僕は一瞬戸惑った。戸惑ったというか、普通に止まった。動きが、思考が、何もかもが僕の中で止まった。そうしないと、いらぬことを考え始めてしまう気がしたから。
〝優しいよ〟
「ふーん……」
(なんか、変だな、コイツ)
簡潔にスマホに打ち込んだその文字は、無機質に僕の返答という情報だけを左白くんに伝えた。僕は嘘なんてついたつもりはないけれど、左白くんはどこか違和感を感じたようで、疑わしそうな目を向けてきた。
僕は左白くんがそんな違和感を抱える理由が分からないのに、どこか分かるような不思議な感情を抱いた。そんな気持ちになる自分が、僕は心底気持ちが悪かった。
過保護な僕の両親は本当に優しい。本当に優しいんだ。優しくて、真面目で、僕のためにいろんな苦労をしてきている。
だから僕は、嘘なんてついていない。
「……そろそろ帰るか」
それ以上左白くんが追及することは無かった。楽しい下校途中の寄り道のはずが、何だか重い雰囲気になってしまったことで、僕は自己嫌悪に襲われた。
それでも、あれしか言えることが無かった。お母さんもお父さんも僕に優しく接してくれる。だから、本当に、あれしか僕に伝えられることは無かったんだ。
********
「悪い、少しトイレに行ってくる」
カフェを出た後、左白くんは尿意を催したようでその場を離れた。僕は左白くんの背中を見届けると、一人ポツンと道の端っこで佇んだ。こういう時、耳が聞こえれば音楽を聴いたりして皆暇をつぶすんだろうな。
なんて、考えても仕方のないことを考える程度に僕には何もすることが無かった。
早く左白くん、帰ってこないかなぁ……。
そんな風に空を見つめていると背中に僅かな衝撃が走った。きっと後ろから来た人がぶつかってきたんだろう。こういう時、音が聞こえれば避けられるのかな?なんていつも思う。って、また仕方のないこと考え始めちゃった。
「おいガキ。人にぶつかっておいて謝ることもできないのか?」
僕が後ろを振り返ると、左白くん以上にヤンキーっぽい人たちが僕のことを睨んでいた。これは人を見た目で判断……うんたらかんたら言っている場合じゃない。この人たちは間違いなくヤバい感じの人だ。
心の中で自分の語彙力がおかしくなっていることに気づけない程に、僕は当惑していた。
ぶつかってきたのは僕ではないのだけれど、そんなことを言ったら余計にこの人たちの怒りを買ってしまうだろうなぁ……。さて僕はどうするのが正解なのだろうか?
とりあえず謝るしかないか。僕はお詫びの言葉をスマホに打ち込もうとした。だけどそれが間違いだったらしい。突然スマホの画面を見つめ始めた僕に、強面の人たちは僕が謝りもせず無視していると勘違いしたらしく、突然スマホを持った僕の右腕を引っ張って路地裏に連れ込んだ。
最初に怒鳴ってきたリーダー格っぽい男の人が僕を壁に打ち付けたせいで、僕の背中に鈍い痛みが走った。でも普段から話さない僕は顔を歪めるだけで、苦悶の声を上げたりしない。
路地裏は酷く暗く、酷くジメジメしていて、どこかの換気扇だけが回っている、静止した世界のようだ。
「おい!ふざけんてんのかてめぇ!最近のガキはぶつかっておいて謝罪の一つもできねぇのかよぉ!」
(これぐらい脅しときゃあ勝手に金出してくるだろう)
「あ……」
そういうことか。難癖つけて僕を脅してカツアゲしたいだけらしい。お金を払って解放してくれるなら喜んで出すところだけど、生憎今日はこの人たちが満足できるだけのお金を所持していない。
僕が懊悩している間にも、リーダー格の男と後ろの二人は僕に睨みを利かせて脅してくる。音が聞こえない僕にとって、声を張り上げるという行為は無意味だ。せいぜい口の開け具合で大声を出しているんだろうな、と推測することしかできない。
「なぁ、コイツが耳につけてるの補聴器じゃねぇか?」
「あ?じゃあもしかして聞こえてないのか?」
あ、やっと気づいた。きっと今の今までイヤホンか何かと勘違いしていたんだろう。僕は一応聴覚障害者らしく補聴器を耳につけている。ただ僕の場合、補聴器をつけたうえで耳元で精一杯の大音量で叫んでもらえれば多少聞こえる程度だ。なのであまり意味はない。
だけど補聴器をつけていれば僕が聴覚障害者であることの印にもなるので、外にいる時はいつも身に着けている。この人たちみたいに気づかない場合もあるけど。
「(ったく、めんどくせーな。じゃあ勝手に俺らで漁るか)」
リーダー格の男はそう呟くと、僕の腕から学生鞄を奪い取って中身を地面にばらまいた。教科書や筆談用のノート、ペンケースが乱雑に出されたのと同時に、僕の財布も転がっていった。
「あんたら、俺の連れに何してんの?」
リーダー格の男が黒の小財布を拾おうとした時、僕の視線の先に現れたのは西日の逆光で暗く見える左白くんだ。
不味い。これは非常に不味い。僕のせいで左白くんに何かあれば僕は……僕は自分を許すことができない。
僕は左白くんに向かって必死に首を振った。こちらに来ないように、ここから即刻立ち去るように。
(何だ?来るなってか?)
そう!その通りです!僕が普通に話せる人間だったら思わずそう口にしていただろう。僕が首を全力で横に振っている最中、チンピラたちは僕に向けていた鋭い相好を左白くんに向け変えていた。一方の左白くんは一対三の状況でも怯むことなく睨み返している。
やめてほしい。僕のために何かを頑張ったり、苦労したりしないで欲しい。僕は、僕は自分のせいで誰かが傷つくのが、一番怖いんだ。
――あの子なんて、いなくなればいいのに。
ふと、何故か唐突に僕はかつて聞いた心の声を思い出していた。僕のせいで、傷ついてしまった、疲れてしまった一番大切な人の心の声。一番聞きたくて、聞きたくなかった本音。
どうして今、これを思い出してしまったんだろう?鍵をかけていたはずなのに。
僕は恐れているのだろうか?左白くんが僕のせいで傷ついたら、また拒絶されてしまうかもしれない未来を。
「(コイツのお友達か?)」
「そうだけど。何してんの?いじめてんの?ダッセ」
「あぁ!?もういっぺん言ってみろ!」
チンピラたちが左白くんの方を向いているせいで、実際何を言っているのかは分からない。でも心の声と、左白くんの口の動きで大体の内容は予想できた。
僕はこんな状況でも、左白くんが僕のことを友達だと言ってくれたことが、心の底から嬉しくなってしまった。僕って馬鹿だなぁ……それに案外単純らしい。
僕が勝手に嬉しくなっている間に、左白くんはわざとらしくチンピラたちを挑発していて、僕はヒヤヒヤしながら様子を窺うことしかできなかった。
左白くんの口元ばかりに注目していたせいで、僕はリーダー格以外の二人に後ろから動きを封じられてしまう。右腕と左腕に一人ずつ密着しているせいで、僕は自分の身体を思うように動かすことができない。
「うっ……」
「おい!弓弦に手ぇだすな!」
腕を無理に捕まれたせいで無意識に苦悶の声を出してしまったようだ。それに反応した左白くんはみるみるうちに怒気を孕んだ相好になると、リーダー格の男の顔を思いっきり殴った。
「ぐぁっ!」
「なっ!」
リーダー格の男が殴られた反動で壁に叩きつけられる。あれ?もしかして左白くんって強いのか?僕はあまりにもな急展開に腕の痛みも忘れて目をパチクリとしてしまう。
だけどリーダー格の男に手を出されたことで、怒りの沸点に達してしまった二人のうちの一人が、左白くんとの喧嘩に乱入し始めてしまった。因みに乱入したのは僕の左腕を掴んでいた人で、もう一人が僕の動きを封じる形になった。
それから僕は左白くんと二人の攻防を目で追うのが精一杯になっていた。それぐらい速くて、多分左白くんは相当強いのだろう。ただ二人を相手にするのは流石の左白くんもきついようで、戦いは五分五分といった感じだ。
(痛ってぇ)
僕は左白くんが殴られたり蹴られたりする度。そして左白くんの苦痛の声を聞く度に唇を噛みしめた。耐えられそうになかった。一番今辛いのは左白くんなのに、僕は滲んでくる涙を堪えることができない。どうして僕はこんなにも弱いんだろうか。どうして僕は他人に守られてばかりなんだろう……。
だから嫌なんだ。だから僕は誰かが僕のためにいろんなものを費やすことが嫌なんだ。だから僕は、僕のことが嫌いなんだ。どうしても好きなれない。僕の大好きな人たちを傷つけることしかできない僕なんて、好きになれるわけがない。
「ぐっ……はぁ、はぁ……」
僕が勝手に自己嫌悪していると、左白くんが片膝をついて息を荒くしていた。そこから先、僕の世界は何故だかスローモーションになっていて、気持ちの悪い感覚が僕の中で渦巻いた。
膝をついている左白くんに、二人が近づこうとしている。また殴るつもりだろう。そろそろ左白くんは限界かもしれない。
でも僕に後ろの男を振り解けるほどの力はない。でもこのままじゃ僕のせいで左白くんが大けがを負ってしまう。
しっかりしろ、僕。
僕が弱いのなんて、最初から分かってることじゃないか。僕が他人に迷惑をかけてしまうのも、他人を傷つけてしまうのも、一人で勝手に傷つくのも、最初から嫌というほど分かってる。
だったらその上で、僕にできることを考えろ。僕が左白くんのために今できることを考え続けて行動しろ。そうじゃなければ、僕は僕のことを嫌いなままだ。左白くんだって傷つけてしまう。
(自分を奮い立たせろ……勇気を出せ、弱虫!)
「がっ……がん、ば……がんばえぇぇぇ!ぎゃんばれぇぇぇぇぇ!」
「っ……弓弦?」
多分今、僕は人生で一番の大声を出している。それでもきっと下手くそだろう。聞くに堪えないだろう。自分の耳で確かめることができないから、本当に嫌になる。
でも、声を出し続けるんだ。叫び続けるんだ。上手いか下手かなんてどうでもいい。
僕はただ、左白くんにこの声が、この醜くて拙い声が、届いてほしいだけなんだから。
この時の僕は、叫ぶのに必死で周りの反応も、皆の心の声にもまったく気づけていなかった。だから左白くんがどんな表情で、何を思ったか。それさえも頭に入ってきていなかったんだ。
**side左白**
「がんばえぇぇぇ!がっばれぇぇぇぇぇ!」
「何だコイツ?マジウケるんだけど」
ガツンとした衝撃に襲われた気分だった。それは目の前のムカつくチンピラたちから食らったたくさんの打撃よりも遥かに圧倒的で、鮮明で、俺の胸にガツンと食らいついてきた。
思えば最初から変わった奴だった。
第一印象は、小動物みたいな奴。少し小柄な身体にくりくりとした黒目。綺麗な黒髪は黒い柴犬のようだった。
金髪とピアスのせいで不良と勘違いされ、本物の不良からも喧嘩を吹っ掛けられることが多かった俺に、何の含みも恐れも滲ませないで接してきた。
あろうことか、今日は財布泥棒だと疑われていた俺のことを庇って、怒りの感情を露わにしてくれた。
そいつが今、俺のために声を張り上げている。顔を真っ赤にしながら、震えながら、苦手なはずなのに。
あぁ、やっぱり綺麗な声だ。
必死に頑張っている弓弦に対して胸糞悪いセリフを吐いた目の前の男を、俺はいつの間にか気を失うまで殴っていた。
弓弦の声援のおかげで力が出たのか。それとも男に対する怒りで力が込み上げたのか。多分両方だろう。
勢いそのままに暴れていたら、いつの間にか俺は二人を倒していた。闘っている間、相手が何か喚いていた気がするが、俺は弓弦の綺麗な声援に集中していたから、全く耳には入っていなかった。
二人を倒すと、弓弦を捕えていた男は怖気づいたのか意識を失っている仲間を置き去りにして逃げていった。
卑怯で情けない奴だ。とことんクズだな。そう思っていると逃げる際に男はコケていた。ふん、いい気味だ。
「弓弦……?」
「がっ……がんばえぇぇぇ!」
とりあえずチンピラは片づけたので弓弦の方を向くと、まだ声援を送り続けていて俺は思わず固まった。
よく見ると真っ赤な顔で、目も掌もぎゅっと閉じたままずっと叫んでいたようだ。
(あぁ、ヤバイ)
弓弦は喧嘩なんてしたことも、目撃したこともないだろう。それなのにあんな奴らに目をつけられて、俺が殴られて怖かっただろうに。
それでも必死こいて、俺のために声を張り上げた弓弦を見ていたら、これ以上目の当りにしたら、もう後には戻れない。そんな確信に近い予感が俺の頭をよぎった。
(なんか、可愛い)
あぁ、これか。
こう思ってしまったら、もう俺の負けなんだ。
俺は本能的に感じた脅威の存在を見つけることに成功した。だけどそれは俺の負けを同時に知らせてきた。
俺が人生における衝撃的な発見をしている最中も、ずっと声を枯らしている弓弦に、もうそんなことをする必要は無いことを気付かせるかどうか、俺は少し迷った。
こんなに健気に叫び続けている弓弦をずっと見ていたいという、悪戯心の混じった欲求が俺の中に芽生えていたからだ。
だが俺もそこまで極悪非道ではない。俺は顔を真っ赤にしている弓弦の肩をポンポンと叩く。すると弓弦は相当驚いてしまったのかビクッと身体を震わせると、涙で滲んだその瞳をこちらに向けてきた。
うーわ、反則だろ。可愛すぎだろ、殺す気なのかお前?
火照った顔、潤んだ瞳、僅かに震える体。そんなもん見せられたら男なんて簡単に落ちてしまう。
俺が片手で目を覆って空を見つめていると、弓弦が俺の袖口をちょいちょいと引っ張ってくる。
「?」
俺の様子がおかしかったので、弓弦は可愛らしく小首を傾げている。同時に俺の顔や体に広がる傷を痛々しそうに見つめると、スマホに文字を打ち込み始めた。
〝ごめんね、左白くん。助けてくれて、ありがとう。怪我、大丈夫?早く手当てしよう?〟
コイツ、書面だと結構おしゃべりだよな。一気にいろんなことを確認してきた弓弦に、俺は思わずふはっと吹き出す。
弓弦は俺が笑うとは思わなかったのか、呆けた面でこちらを見上げている。
「大丈夫だよ。だからそんな顔するな。お前のおかげで、踏ん張れたんだ」
弓弦は俺の口の動きを読むと、途端に瞼に収まりきらなくなった涙を溢れさせた。子供のように止めどなく泣き続ける弓弦は、時たま嗚咽を漏らしていて、俺は綺麗な弓弦の声をその耳に記憶させた。
一向に泣き止まない弓弦を宥める様に頭を撫で続けていると、弓弦はだんだんと落ち着いていった。きっと自分のせいで俺が怪我したとでも思っているんだろう。馬鹿な奴だ。まぁ、俺が弓弦の立場だったら同じことを考えるだろうから人のことは言えないが。
泣き止んだ弓弦は、鼻を一回かむと、すぐに俺の手を引いてコンビニへと入った。何を買うのだろうかと考えていると、弓弦はテキパキと消毒液と飲み物を買ってすぐにコンビニを後にした。
そのまま俺の手を引いて歩き続けた弓弦は、近くのありふれた公園に入ると俺をベンチに座らせる。公園には何人かの小学生がいて、傷だらけの俺を不思議そうな顔を並べて眺めている。
あぁ、俺の手当てか。
弓弦はハンカチを水道で濡らすと俺の傷口に当ててきた。
「おい、汚れるぞ」
「だ……いじょぶ」
ヤバイ、やっぱ可愛い。俺は傷口を清潔にするために伴う痛覚など忘れるほどに弓弦の反応に夢中になっていた。
そこでいきなり話すとか反則だろう。何で俺には声聞かせてくれるんだよ、可愛すぎか。
弓弦は俺の手当てをしている際、何故かビクッとしたり、顔を赤く染めたりと表情筋を忙しくしていた。どうしたんだ?
「よく絆創膏なんて持ってたな」
〝いつも持ち歩いてるから〟
今度は簡潔な言葉じゃなかったので、弓弦はスマホに打ち込んだ文字を向けてきた。全く準備の良い奴だ。
俺が感心していると弓弦は何故か嬉しそうに微笑んだ。コイツの変わっているところはこういう部分もそうだ。一人で何か一喜一憂することが多い。多分、耳が聞こえない分、他人の感情に敏感なのかもしれない。
〝これ、さっきのお礼。今日はありがとう〟
そう伝えて、弓弦はさっきコンビニで買っていたブラックコーヒーを差し出してきた。律儀な奴だな。弓弦の厚意を無下にするつもりもないので、俺は「サンキュ」と言うとそのコーヒーをありがたく受け取った。
「…………」
果てして俺は、弓弦がくれたこのコーヒーを飲むことができるのだろうか?勿体なくて飲める気がしない。
〝あと、友達って言ってくれて、嬉しかった〟
「……あり、あと」
ズキューン――。もし俺の後ろで効果音が流れているのならこんな音だろう。あとやかましい花火がたくさん鳴り響いている……気がする。
恥ずかしそうにはにかんで「ありがとう」と呟いた弓弦を目の前にして、俺はいったい今どんな顔をしているんだろうか?にやけていないか?弓弦に変な奴だと思われていないだろうか?
〝左白くんは良い人だよ!変な顔してないよ!〟
え?何コイツ、エスパー?俺が呆気に取られていると、弓弦はあからさまにしまったという顔で、スマホの画面を後ろに隠した。
やっぱりコイツ、なんかいろいろ隠してるよな。親のこととか、自分のこととか。まぁ、弓弦が言い出さない限り、無理に聞いたりはするつもりないけど。
弓弦はアタフタしながら俺の手当てを続行して誤魔化した。全然誤魔化せてないけど。あっ、絆創膏落とした。慌て過ぎだろう。
おっちょこちょいな弓弦のつむじが俺の眼前に可愛らしく配置されている。……これで撫でない男はいないだろう。いやいるかもしれないが俺の認識では考えられない。
つむじを中心に俺が弓弦の頭を撫でると、弓弦は一瞬ビクッと身体を震わせたが、すぐに何事も無いように手当を続けた。
弓弦のふわふわとした髪の感触を右手に感じながら、俺は再確認した。
――俺は弓弦が好きだ。
********
左白くんと公園で分かれた後、僕は無の境地で家への帰路に就いた。そしてそのまま自分の部屋へ直行しベッドにダイブする。
多分今物凄く間抜けな顔をしている僕は、同時進行で二つのことを考えている。
一つは今日一日の濃度について。今日ほど濃すぎる一日は僕の人生において経験したことの無いものだ。朝クラスで財布紛失事件が起き、その犯人が左白くんであると疑われ、左白くんの身の潔白を証明し、左白くんと友達関係になり、放課後ヤンキーに絡まれて左白くんがあっという間にのしてしまう。
おぉ……文章にすると本当にすごい一日だ。それにしても左白くんがまさかあんなに強いとは思わなかったなぁ。僕が必死こいて叫び続けていたら、いつの間にか既に片付いていて、正直拍子抜けしてしまった。
そしてもう一つは――。
(可愛い)
(好きだ)
…………どうしてそうなった?
いや、本当に、何がどうなったらそうなるんだ、左白くん!
公園で左白くんの傷の手当てをしていたら唐突に聞こえてきた心の声。僕は一瞬聞き間違えかとも思ったが、流石にそれはなかった。
いつもより心の声がおしゃべりになったかと思えば、考えていることの九〇パーセントが僕のことって、ホント左白くんに何があったんだ?
どう考えても僕が叫んだ時だよな。心境の転換期。あの時の僕は夢中で、左白くんの心の声聞いてなかったし。
でもなんで?って、いくら考えても仕方ないよな。理由をいくら考えたところで僕は左白くんではないし、心の内を知ることはできても、一〇〇パーセント理解することはできない。
それより今僕が考えないといけないのは、明日から左白くんとどう接すればいいのだろうか?ということだ。
まず僕は左白くんの気持ちを知った以上、今まで通り普通に接する自信が無い。いや、ホントに。
顔に出まくり、過剰な反応をする自信しかない。慌て過ぎて公園での失態みたいなことをやりかねない。それにしてもあの時は焦った。心を読んだのがバレたかと思ってしまった。
そして僕は明日から、左白くんの心の声による好き好き攻撃に耐えることができるのだろうか?いや、そもそも左白くんはそんなにたくさん考えたりする人ではないんだ。会うたび会うたび、こっぱずかしいことを考えることもないだろう。
それにもしかしたらあんなにおしゃべりなのは今日だけかもしれない。今日は僕のことを好きになったばかりで、たまたまあんな自覚無しの好き好き攻撃をかましたのかもしれないし、うんうん。
やはり僕は左白くんとの関係について考えた方がいいのだろうか?でも僕は告白されたわけではない。ただ左白くんの気持ちを不用意に知ってしまっただけだ。
それなのに振るわけにもいかないし、もちろんお付き合いするわけにもいかない。
でも知っておきながら知らんぷりするのは罪悪感あるし……やっぱり僕のことを話さないと事は進まないだろうな。
かと言って左白くんが信じてくれるかどうかも未知数だ。何だか左白くんなら信じてくれる気がしないでもない。でも信じてくれない可能性の方が高い。
だって――。
僕はまたいらんことを思い出してしまい、ゆっくりと目を閉じた。今いくら考えたって仕方がない。明日学校に行ってみて、左白くんの反応を見てからどうするか決めよう。
明日のことは明日の僕に任せておこう。
左白くんが午後の授業を全てサボったので、先生は各々左白くんに対する不満を愚痴っていたが、今朝のこともあったのでクラスの皆は微妙な表情をしていた。
きっと心の中で左白くんを犯人だと決めつけていたことに対する罪悪感で押しつぶされそうになっているのだろう。特にみうさんは先生にいろいろと言いたげだったけど、授業を止めてまで言う勇気は無かったようだ。
でもみんなの心の内を感じ取った僕は、少しでも左白くんに対するみんなの印象が変わり始めている現状に、少なからず嬉しいという感情を抱いた。
これをきっかけに左白くんがクラスの皆と打ち解けられればいいんだけどな。……あれ?転入したばかりなのに、何で僕他人の心配ばかりしてるんだろう?みんなと打ち解けなきゃいけないのは僕の方もなのに。まぁ、僕のことは保留でいいか。
七時間目の授業が終わっても教室に戻ってこない左白くんが心配になった僕は、昼休みのあやふやな記憶を頼りに屋上へと向かった。
幸い屋上までの道を忘れていなかった僕は、また扉のドアノブに手をかけることができた。
西日と共に僕の目に飛び込んだのは、まだまだ熟睡中の左白くんの姿だった。よくあんなに眠れるなぁ……夜、寝れてないのかな?
僕はとりあえず試しに左白くんの身体を揺すって起こそうとした。だけど左白くんは寝返りを打つだけで全く起きてくれる気配がない。
ど、どうしよう……。起きてくれない。こういう時喋るのが苦手じゃない人なら、声をかけて起こすんだろうけど……。
「…………おっ……」
「ん?弓弦?」
(……何でこいつ変な動きしてんだ?)
無謀にも「起きて」と言おうとした僕を嘲笑う様に、左白くんは突然目を覚ました。妙にアタフタしてしまった僕に不思議そうな顔を向けた左白くんは眠そうな目を擦った。
き、聞かれてない、よね?というか、今左白くん僕のこと名前で呼んだ?僕の名前覚えてたんだ。ちょっと嬉しい。
「あれ?もうこんな時間なのか。悪いな、起こしてもらって」
左白くんは腕時計に目をやると、もう下校の時刻になっていることに気づいたようで、僕にお礼を言ってきた。さっきのはずかしい行為を誤魔化すように僕はぶんぶんと首を横に振る。
「一緒に帰るか?」
起き上がって僕を一瞥した左白くんは唐突にそんな提案をしてきた。少し驚いたけど、断る理由など一つもなかったので、僕は頷いてその申し出を受け入れた。
立ち上がりついでに僕の頭を力強く撫でた左白くんは、満足げな相好で僕の手を引いた。
********
一緒に帰るついでに、僕たちは学校の近くを散策することになった。普段は寄らないような場所に、僕はあからさまにキョロキョロとしてしまい、なんだか田舎から出てきたばかりの子供のようになっていた。
でも左白くんはそんな僕を心の中で笑うことは無かった。それはもちろん表側でも。
左白くんみたいに裏表がない人は随分と珍しい。大抵の人は本音と建前というものを持っている。僕はそれを悪いことだとは思っていない。誰にだって秘密はあるし、他人を思っての嘘なら嫌悪感を抱くこともないんだ。
でもたまにいる左白くんみたいに正直な人は、可哀想だけど孤立していることが多い気がする。左白くんの場合、それだけが原因では無いと思うけど。
〝左白くんはどうして金髪なの?〟
足を休めるために適当に入ったカフェで僕は左白くんに尋ねてみた。因みに僕たちが入店したカフェはどこにでもあるチェーン店で、店内には友達同士で談笑している人や、パソコンのキーボードを高速で叩いている人もいた。
僕はほうじ茶ラテという飲み物が気になったのでそれを注文することにした。因みに左白くんはブラックコーヒーだ。大人だ。
左白くんは僕を気遣って、僕が飲みたいメニューを確認すると自分のと一緒に注文してくれた。こういうのを自然にできてしまうところも左白くんの良いところなのだと、僕は再発見することができた。
中の液体の熱が伝わって若干熱くなっているカップを小さなテーブルに乗せると、僕たちは漸くゆっくりと腰掛けることができた。
「(……父親がハーフで、その遺伝)」
〝やっぱり!道理でさらさらふわふわだと思った〟
スマホ画面に記された質問に答えてくれた左白くんは少しはにかんだ。きっと左白くんは自分の金髪が好きなんだな。
左白くんの答えに即座に返事をした僕。そんな僕のフリック入力の速さに左白くんは一瞬目を奪われていたけど、すぐにそれが当たり前のことなのだと理解してくれた。
普段からスマホのメモ機能で会話をすることが多い僕にとって、フリック入力は神の遣わした機能だと勝手に思っている。速度が卓越していくのは必至なのだ。
(道理でって……触ったのか?)
「ぶっ……」
左白くんが心の中であっさりと真相を指摘してきたせいで、僕は口に含んでいたほうじ茶ラテを少し吹いてしまった。ほんとに少しだったので、僕の貧弱な掌の中でも収まってくれたのが不幸中の幸いだ。
そう。僕は左白くんの根っこから毛先まで見惚れるほどの金髪が、とても人工的な色だとは思えなかったんだ。それに屋上で彼の髪をうっかり触ってしまった時の感触も、とても染めた人のものだとは思えなかった。だから左白くんの話を聞いて、僕はようやく納得することができた。
「(お、おい。大丈夫か?むせたのか?)」
〝大丈夫!ごめんね、飛ばなかった?〟
左白くんからすれば何の理由もなく突然僕が飲み物を吹いたように見えただろうから、左白くんはかなり驚いたようで僕は申し訳なくなってしまった。
幸い左白くんに被害はいかなかったようで、僕の問いに左白くんは首肯してくれた。
「……そんなこと聞いてくれたの、お前だけだ」
(全員俺が金髪だから不良だって決めつけて、どうして金髪かなんて疑問にも思ってなかったからな)
僕が慌てながら紙ナプキンで掌を拭いていると、左白くんが唐突にそう呟いた。その時僕は初めて左白くんの弱い部分に触れられた気がした。いや、初めから分かってはいたんだ。分かってはいたけど、本人がそれを打ち明けてくれたことが、僕はただ嬉しく感じてしまったんだ。
〝ねぇ、左白くんのご両親ってどんな人?〟
僕はもっと左白くんの話が聞きたいと思い、当たり障りのない質問をしてみた。すると左白くんは少しはにかんで、楽しそうに話し始めてくれた。
「自分でも言うのも何だが、いい両親だ。父親は能天気なタイプで、逆に母親はしっかりしてるな。そういうところはバランスが取れた夫婦だと思う。でも実は母さんは繊細な人で、逆に父さんはいざという時に強い男らしい人だな。まぁ、普段は母さんの言いなりだけど」
左白くんは本当に嬉しそうにご両親のことを語った。それに嘘が無いことは心の声を聞けば分かる。僕は左白くんのことを心配ばかりしていたけど、こんなにいい家族がいるのなら要らない心配だったのかもしれないと、少し反省した。
「弓弦の親は?」
左白くんに尋ね返されて、僕は一瞬戸惑った。戸惑ったというか、普通に止まった。動きが、思考が、何もかもが僕の中で止まった。そうしないと、いらぬことを考え始めてしまう気がしたから。
〝優しいよ〟
「ふーん……」
(なんか、変だな、コイツ)
簡潔にスマホに打ち込んだその文字は、無機質に僕の返答という情報だけを左白くんに伝えた。僕は嘘なんてついたつもりはないけれど、左白くんはどこか違和感を感じたようで、疑わしそうな目を向けてきた。
僕は左白くんがそんな違和感を抱える理由が分からないのに、どこか分かるような不思議な感情を抱いた。そんな気持ちになる自分が、僕は心底気持ちが悪かった。
過保護な僕の両親は本当に優しい。本当に優しいんだ。優しくて、真面目で、僕のためにいろんな苦労をしてきている。
だから僕は、嘘なんてついていない。
「……そろそろ帰るか」
それ以上左白くんが追及することは無かった。楽しい下校途中の寄り道のはずが、何だか重い雰囲気になってしまったことで、僕は自己嫌悪に襲われた。
それでも、あれしか言えることが無かった。お母さんもお父さんも僕に優しく接してくれる。だから、本当に、あれしか僕に伝えられることは無かったんだ。
********
「悪い、少しトイレに行ってくる」
カフェを出た後、左白くんは尿意を催したようでその場を離れた。僕は左白くんの背中を見届けると、一人ポツンと道の端っこで佇んだ。こういう時、耳が聞こえれば音楽を聴いたりして皆暇をつぶすんだろうな。
なんて、考えても仕方のないことを考える程度に僕には何もすることが無かった。
早く左白くん、帰ってこないかなぁ……。
そんな風に空を見つめていると背中に僅かな衝撃が走った。きっと後ろから来た人がぶつかってきたんだろう。こういう時、音が聞こえれば避けられるのかな?なんていつも思う。って、また仕方のないこと考え始めちゃった。
「おいガキ。人にぶつかっておいて謝ることもできないのか?」
僕が後ろを振り返ると、左白くん以上にヤンキーっぽい人たちが僕のことを睨んでいた。これは人を見た目で判断……うんたらかんたら言っている場合じゃない。この人たちは間違いなくヤバい感じの人だ。
心の中で自分の語彙力がおかしくなっていることに気づけない程に、僕は当惑していた。
ぶつかってきたのは僕ではないのだけれど、そんなことを言ったら余計にこの人たちの怒りを買ってしまうだろうなぁ……。さて僕はどうするのが正解なのだろうか?
とりあえず謝るしかないか。僕はお詫びの言葉をスマホに打ち込もうとした。だけどそれが間違いだったらしい。突然スマホの画面を見つめ始めた僕に、強面の人たちは僕が謝りもせず無視していると勘違いしたらしく、突然スマホを持った僕の右腕を引っ張って路地裏に連れ込んだ。
最初に怒鳴ってきたリーダー格っぽい男の人が僕を壁に打ち付けたせいで、僕の背中に鈍い痛みが走った。でも普段から話さない僕は顔を歪めるだけで、苦悶の声を上げたりしない。
路地裏は酷く暗く、酷くジメジメしていて、どこかの換気扇だけが回っている、静止した世界のようだ。
「おい!ふざけんてんのかてめぇ!最近のガキはぶつかっておいて謝罪の一つもできねぇのかよぉ!」
(これぐらい脅しときゃあ勝手に金出してくるだろう)
「あ……」
そういうことか。難癖つけて僕を脅してカツアゲしたいだけらしい。お金を払って解放してくれるなら喜んで出すところだけど、生憎今日はこの人たちが満足できるだけのお金を所持していない。
僕が懊悩している間にも、リーダー格の男と後ろの二人は僕に睨みを利かせて脅してくる。音が聞こえない僕にとって、声を張り上げるという行為は無意味だ。せいぜい口の開け具合で大声を出しているんだろうな、と推測することしかできない。
「なぁ、コイツが耳につけてるの補聴器じゃねぇか?」
「あ?じゃあもしかして聞こえてないのか?」
あ、やっと気づいた。きっと今の今までイヤホンか何かと勘違いしていたんだろう。僕は一応聴覚障害者らしく補聴器を耳につけている。ただ僕の場合、補聴器をつけたうえで耳元で精一杯の大音量で叫んでもらえれば多少聞こえる程度だ。なのであまり意味はない。
だけど補聴器をつけていれば僕が聴覚障害者であることの印にもなるので、外にいる時はいつも身に着けている。この人たちみたいに気づかない場合もあるけど。
「(ったく、めんどくせーな。じゃあ勝手に俺らで漁るか)」
リーダー格の男はそう呟くと、僕の腕から学生鞄を奪い取って中身を地面にばらまいた。教科書や筆談用のノート、ペンケースが乱雑に出されたのと同時に、僕の財布も転がっていった。
「あんたら、俺の連れに何してんの?」
リーダー格の男が黒の小財布を拾おうとした時、僕の視線の先に現れたのは西日の逆光で暗く見える左白くんだ。
不味い。これは非常に不味い。僕のせいで左白くんに何かあれば僕は……僕は自分を許すことができない。
僕は左白くんに向かって必死に首を振った。こちらに来ないように、ここから即刻立ち去るように。
(何だ?来るなってか?)
そう!その通りです!僕が普通に話せる人間だったら思わずそう口にしていただろう。僕が首を全力で横に振っている最中、チンピラたちは僕に向けていた鋭い相好を左白くんに向け変えていた。一方の左白くんは一対三の状況でも怯むことなく睨み返している。
やめてほしい。僕のために何かを頑張ったり、苦労したりしないで欲しい。僕は、僕は自分のせいで誰かが傷つくのが、一番怖いんだ。
――あの子なんて、いなくなればいいのに。
ふと、何故か唐突に僕はかつて聞いた心の声を思い出していた。僕のせいで、傷ついてしまった、疲れてしまった一番大切な人の心の声。一番聞きたくて、聞きたくなかった本音。
どうして今、これを思い出してしまったんだろう?鍵をかけていたはずなのに。
僕は恐れているのだろうか?左白くんが僕のせいで傷ついたら、また拒絶されてしまうかもしれない未来を。
「(コイツのお友達か?)」
「そうだけど。何してんの?いじめてんの?ダッセ」
「あぁ!?もういっぺん言ってみろ!」
チンピラたちが左白くんの方を向いているせいで、実際何を言っているのかは分からない。でも心の声と、左白くんの口の動きで大体の内容は予想できた。
僕はこんな状況でも、左白くんが僕のことを友達だと言ってくれたことが、心の底から嬉しくなってしまった。僕って馬鹿だなぁ……それに案外単純らしい。
僕が勝手に嬉しくなっている間に、左白くんはわざとらしくチンピラたちを挑発していて、僕はヒヤヒヤしながら様子を窺うことしかできなかった。
左白くんの口元ばかりに注目していたせいで、僕はリーダー格以外の二人に後ろから動きを封じられてしまう。右腕と左腕に一人ずつ密着しているせいで、僕は自分の身体を思うように動かすことができない。
「うっ……」
「おい!弓弦に手ぇだすな!」
腕を無理に捕まれたせいで無意識に苦悶の声を出してしまったようだ。それに反応した左白くんはみるみるうちに怒気を孕んだ相好になると、リーダー格の男の顔を思いっきり殴った。
「ぐぁっ!」
「なっ!」
リーダー格の男が殴られた反動で壁に叩きつけられる。あれ?もしかして左白くんって強いのか?僕はあまりにもな急展開に腕の痛みも忘れて目をパチクリとしてしまう。
だけどリーダー格の男に手を出されたことで、怒りの沸点に達してしまった二人のうちの一人が、左白くんとの喧嘩に乱入し始めてしまった。因みに乱入したのは僕の左腕を掴んでいた人で、もう一人が僕の動きを封じる形になった。
それから僕は左白くんと二人の攻防を目で追うのが精一杯になっていた。それぐらい速くて、多分左白くんは相当強いのだろう。ただ二人を相手にするのは流石の左白くんもきついようで、戦いは五分五分といった感じだ。
(痛ってぇ)
僕は左白くんが殴られたり蹴られたりする度。そして左白くんの苦痛の声を聞く度に唇を噛みしめた。耐えられそうになかった。一番今辛いのは左白くんなのに、僕は滲んでくる涙を堪えることができない。どうして僕はこんなにも弱いんだろうか。どうして僕は他人に守られてばかりなんだろう……。
だから嫌なんだ。だから僕は誰かが僕のためにいろんなものを費やすことが嫌なんだ。だから僕は、僕のことが嫌いなんだ。どうしても好きなれない。僕の大好きな人たちを傷つけることしかできない僕なんて、好きになれるわけがない。
「ぐっ……はぁ、はぁ……」
僕が勝手に自己嫌悪していると、左白くんが片膝をついて息を荒くしていた。そこから先、僕の世界は何故だかスローモーションになっていて、気持ちの悪い感覚が僕の中で渦巻いた。
膝をついている左白くんに、二人が近づこうとしている。また殴るつもりだろう。そろそろ左白くんは限界かもしれない。
でも僕に後ろの男を振り解けるほどの力はない。でもこのままじゃ僕のせいで左白くんが大けがを負ってしまう。
しっかりしろ、僕。
僕が弱いのなんて、最初から分かってることじゃないか。僕が他人に迷惑をかけてしまうのも、他人を傷つけてしまうのも、一人で勝手に傷つくのも、最初から嫌というほど分かってる。
だったらその上で、僕にできることを考えろ。僕が左白くんのために今できることを考え続けて行動しろ。そうじゃなければ、僕は僕のことを嫌いなままだ。左白くんだって傷つけてしまう。
(自分を奮い立たせろ……勇気を出せ、弱虫!)
「がっ……がん、ば……がんばえぇぇぇ!ぎゃんばれぇぇぇぇぇ!」
「っ……弓弦?」
多分今、僕は人生で一番の大声を出している。それでもきっと下手くそだろう。聞くに堪えないだろう。自分の耳で確かめることができないから、本当に嫌になる。
でも、声を出し続けるんだ。叫び続けるんだ。上手いか下手かなんてどうでもいい。
僕はただ、左白くんにこの声が、この醜くて拙い声が、届いてほしいだけなんだから。
この時の僕は、叫ぶのに必死で周りの反応も、皆の心の声にもまったく気づけていなかった。だから左白くんがどんな表情で、何を思ったか。それさえも頭に入ってきていなかったんだ。
**side左白**
「がんばえぇぇぇ!がっばれぇぇぇぇぇ!」
「何だコイツ?マジウケるんだけど」
ガツンとした衝撃に襲われた気分だった。それは目の前のムカつくチンピラたちから食らったたくさんの打撃よりも遥かに圧倒的で、鮮明で、俺の胸にガツンと食らいついてきた。
思えば最初から変わった奴だった。
第一印象は、小動物みたいな奴。少し小柄な身体にくりくりとした黒目。綺麗な黒髪は黒い柴犬のようだった。
金髪とピアスのせいで不良と勘違いされ、本物の不良からも喧嘩を吹っ掛けられることが多かった俺に、何の含みも恐れも滲ませないで接してきた。
あろうことか、今日は財布泥棒だと疑われていた俺のことを庇って、怒りの感情を露わにしてくれた。
そいつが今、俺のために声を張り上げている。顔を真っ赤にしながら、震えながら、苦手なはずなのに。
あぁ、やっぱり綺麗な声だ。
必死に頑張っている弓弦に対して胸糞悪いセリフを吐いた目の前の男を、俺はいつの間にか気を失うまで殴っていた。
弓弦の声援のおかげで力が出たのか。それとも男に対する怒りで力が込み上げたのか。多分両方だろう。
勢いそのままに暴れていたら、いつの間にか俺は二人を倒していた。闘っている間、相手が何か喚いていた気がするが、俺は弓弦の綺麗な声援に集中していたから、全く耳には入っていなかった。
二人を倒すと、弓弦を捕えていた男は怖気づいたのか意識を失っている仲間を置き去りにして逃げていった。
卑怯で情けない奴だ。とことんクズだな。そう思っていると逃げる際に男はコケていた。ふん、いい気味だ。
「弓弦……?」
「がっ……がんばえぇぇぇ!」
とりあえずチンピラは片づけたので弓弦の方を向くと、まだ声援を送り続けていて俺は思わず固まった。
よく見ると真っ赤な顔で、目も掌もぎゅっと閉じたままずっと叫んでいたようだ。
(あぁ、ヤバイ)
弓弦は喧嘩なんてしたことも、目撃したこともないだろう。それなのにあんな奴らに目をつけられて、俺が殴られて怖かっただろうに。
それでも必死こいて、俺のために声を張り上げた弓弦を見ていたら、これ以上目の当りにしたら、もう後には戻れない。そんな確信に近い予感が俺の頭をよぎった。
(なんか、可愛い)
あぁ、これか。
こう思ってしまったら、もう俺の負けなんだ。
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だが俺もそこまで極悪非道ではない。俺は顔を真っ赤にしている弓弦の肩をポンポンと叩く。すると弓弦は相当驚いてしまったのかビクッと身体を震わせると、涙で滲んだその瞳をこちらに向けてきた。
うーわ、反則だろ。可愛すぎだろ、殺す気なのかお前?
火照った顔、潤んだ瞳、僅かに震える体。そんなもん見せられたら男なんて簡単に落ちてしまう。
俺が片手で目を覆って空を見つめていると、弓弦が俺の袖口をちょいちょいと引っ張ってくる。
「?」
俺の様子がおかしかったので、弓弦は可愛らしく小首を傾げている。同時に俺の顔や体に広がる傷を痛々しそうに見つめると、スマホに文字を打ち込み始めた。
〝ごめんね、左白くん。助けてくれて、ありがとう。怪我、大丈夫?早く手当てしよう?〟
コイツ、書面だと結構おしゃべりだよな。一気にいろんなことを確認してきた弓弦に、俺は思わずふはっと吹き出す。
弓弦は俺が笑うとは思わなかったのか、呆けた面でこちらを見上げている。
「大丈夫だよ。だからそんな顔するな。お前のおかげで、踏ん張れたんだ」
弓弦は俺の口の動きを読むと、途端に瞼に収まりきらなくなった涙を溢れさせた。子供のように止めどなく泣き続ける弓弦は、時たま嗚咽を漏らしていて、俺は綺麗な弓弦の声をその耳に記憶させた。
一向に泣き止まない弓弦を宥める様に頭を撫で続けていると、弓弦はだんだんと落ち着いていった。きっと自分のせいで俺が怪我したとでも思っているんだろう。馬鹿な奴だ。まぁ、俺が弓弦の立場だったら同じことを考えるだろうから人のことは言えないが。
泣き止んだ弓弦は、鼻を一回かむと、すぐに俺の手を引いてコンビニへと入った。何を買うのだろうかと考えていると、弓弦はテキパキと消毒液と飲み物を買ってすぐにコンビニを後にした。
そのまま俺の手を引いて歩き続けた弓弦は、近くのありふれた公園に入ると俺をベンチに座らせる。公園には何人かの小学生がいて、傷だらけの俺を不思議そうな顔を並べて眺めている。
あぁ、俺の手当てか。
弓弦はハンカチを水道で濡らすと俺の傷口に当ててきた。
「おい、汚れるぞ」
「だ……いじょぶ」
ヤバイ、やっぱ可愛い。俺は傷口を清潔にするために伴う痛覚など忘れるほどに弓弦の反応に夢中になっていた。
そこでいきなり話すとか反則だろう。何で俺には声聞かせてくれるんだよ、可愛すぎか。
弓弦は俺の手当てをしている際、何故かビクッとしたり、顔を赤く染めたりと表情筋を忙しくしていた。どうしたんだ?
「よく絆創膏なんて持ってたな」
〝いつも持ち歩いてるから〟
今度は簡潔な言葉じゃなかったので、弓弦はスマホに打ち込んだ文字を向けてきた。全く準備の良い奴だ。
俺が感心していると弓弦は何故か嬉しそうに微笑んだ。コイツの変わっているところはこういう部分もそうだ。一人で何か一喜一憂することが多い。多分、耳が聞こえない分、他人の感情に敏感なのかもしれない。
〝これ、さっきのお礼。今日はありがとう〟
そう伝えて、弓弦はさっきコンビニで買っていたブラックコーヒーを差し出してきた。律儀な奴だな。弓弦の厚意を無下にするつもりもないので、俺は「サンキュ」と言うとそのコーヒーをありがたく受け取った。
「…………」
果てして俺は、弓弦がくれたこのコーヒーを飲むことができるのだろうか?勿体なくて飲める気がしない。
〝あと、友達って言ってくれて、嬉しかった〟
「……あり、あと」
ズキューン――。もし俺の後ろで効果音が流れているのならこんな音だろう。あとやかましい花火がたくさん鳴り響いている……気がする。
恥ずかしそうにはにかんで「ありがとう」と呟いた弓弦を目の前にして、俺はいったい今どんな顔をしているんだろうか?にやけていないか?弓弦に変な奴だと思われていないだろうか?
〝左白くんは良い人だよ!変な顔してないよ!〟
え?何コイツ、エスパー?俺が呆気に取られていると、弓弦はあからさまにしまったという顔で、スマホの画面を後ろに隠した。
やっぱりコイツ、なんかいろいろ隠してるよな。親のこととか、自分のこととか。まぁ、弓弦が言い出さない限り、無理に聞いたりはするつもりないけど。
弓弦はアタフタしながら俺の手当てを続行して誤魔化した。全然誤魔化せてないけど。あっ、絆創膏落とした。慌て過ぎだろう。
おっちょこちょいな弓弦のつむじが俺の眼前に可愛らしく配置されている。……これで撫でない男はいないだろう。いやいるかもしれないが俺の認識では考えられない。
つむじを中心に俺が弓弦の頭を撫でると、弓弦は一瞬ビクッと身体を震わせたが、すぐに何事も無いように手当を続けた。
弓弦のふわふわとした髪の感触を右手に感じながら、俺は再確認した。
――俺は弓弦が好きだ。
********
左白くんと公園で分かれた後、僕は無の境地で家への帰路に就いた。そしてそのまま自分の部屋へ直行しベッドにダイブする。
多分今物凄く間抜けな顔をしている僕は、同時進行で二つのことを考えている。
一つは今日一日の濃度について。今日ほど濃すぎる一日は僕の人生において経験したことの無いものだ。朝クラスで財布紛失事件が起き、その犯人が左白くんであると疑われ、左白くんの身の潔白を証明し、左白くんと友達関係になり、放課後ヤンキーに絡まれて左白くんがあっという間にのしてしまう。
おぉ……文章にすると本当にすごい一日だ。それにしても左白くんがまさかあんなに強いとは思わなかったなぁ。僕が必死こいて叫び続けていたら、いつの間にか既に片付いていて、正直拍子抜けしてしまった。
そしてもう一つは――。
(可愛い)
(好きだ)
…………どうしてそうなった?
いや、本当に、何がどうなったらそうなるんだ、左白くん!
公園で左白くんの傷の手当てをしていたら唐突に聞こえてきた心の声。僕は一瞬聞き間違えかとも思ったが、流石にそれはなかった。
いつもより心の声がおしゃべりになったかと思えば、考えていることの九〇パーセントが僕のことって、ホント左白くんに何があったんだ?
どう考えても僕が叫んだ時だよな。心境の転換期。あの時の僕は夢中で、左白くんの心の声聞いてなかったし。
でもなんで?って、いくら考えても仕方ないよな。理由をいくら考えたところで僕は左白くんではないし、心の内を知ることはできても、一〇〇パーセント理解することはできない。
それより今僕が考えないといけないのは、明日から左白くんとどう接すればいいのだろうか?ということだ。
まず僕は左白くんの気持ちを知った以上、今まで通り普通に接する自信が無い。いや、ホントに。
顔に出まくり、過剰な反応をする自信しかない。慌て過ぎて公園での失態みたいなことをやりかねない。それにしてもあの時は焦った。心を読んだのがバレたかと思ってしまった。
そして僕は明日から、左白くんの心の声による好き好き攻撃に耐えることができるのだろうか?いや、そもそも左白くんはそんなにたくさん考えたりする人ではないんだ。会うたび会うたび、こっぱずかしいことを考えることもないだろう。
それにもしかしたらあんなにおしゃべりなのは今日だけかもしれない。今日は僕のことを好きになったばかりで、たまたまあんな自覚無しの好き好き攻撃をかましたのかもしれないし、うんうん。
やはり僕は左白くんとの関係について考えた方がいいのだろうか?でも僕は告白されたわけではない。ただ左白くんの気持ちを不用意に知ってしまっただけだ。
それなのに振るわけにもいかないし、もちろんお付き合いするわけにもいかない。
でも知っておきながら知らんぷりするのは罪悪感あるし……やっぱり僕のことを話さないと事は進まないだろうな。
かと言って左白くんが信じてくれるかどうかも未知数だ。何だか左白くんなら信じてくれる気がしないでもない。でも信じてくれない可能性の方が高い。
だって――。
僕はまたいらんことを思い出してしまい、ゆっくりと目を閉じた。今いくら考えたって仕方がない。明日学校に行ってみて、左白くんの反応を見てからどうするか決めよう。
明日のことは明日の僕に任せておこう。
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