レディバグの改変<W>

乱 江梨

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第二章 過去との対峙編

108.彼が陽の光を浴びる時-戦闘編-2

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 ハヤテからの知らせで、スザクが人質に取られた事実を知ったユウタロウは、誰よりも早く勇者一族の屋敷に到着していた。

 ユウタロウはチサトとクレハを連れ、転移術によってここまでやって来ていたが、彼らの傍にクレハの姿はない。ユウタロウはチサト一人を連れ、屋敷に侵入すると、スザクの気配を追って駆け出した。

 照り付ける陽射しに顔を顰めつつ、ユウタロウは壁の影からスザクの捕らえられている庭園を覗き込む。
 拘束されたスザクは気を失っており、ユウタロウは軽く舌打ちしてしまう。


『ユウちゃん……どうするの?』
『……チサト。俺から離れんじゃねぇぞ』
『?……うん』


 チサトが小声で尋ねると、ユウタロウは少し間を置き、真剣な声音でそう呟いた。この状況で何故スザクではなく、チサトの心配をするのか不思議に思い、彼女は首を傾げたが、問いただすことも出来ず首肯した。

 ユウタロウはスザクのすぐ傍に佇むツキマを睨み据えると、そのまま彼らの前に姿を現した。


「来たか。ユウタロウ」
「そりゃ、仲間を人質に取られた以上、来るしかねぇだろう」
にそんな価値があるようには思えないが……まぁ、俺としてはお前をおびき寄せられればどうでもいいのだが」


 気絶するスザクを見下ろすと、ツキマは理解できないといった表情で呟いた。すぐに興味を失ったように顔を上げると、ツキマは抜刀した刃をスザクの首元に突きつける。


「俺はまどろっこしいことは嫌いだ。ユウタロウ、ロクヤの居場所を吐けば、スザクの命は助けてやるぞ」
「はぁ……ロクヤとスザクどっちか選べってか」
「あぁ。スザクを選んだ方が得策だとは思うがな。何せ、今ロクヤを庇ったところで、俺はロクヤの捜索をあきらめるつもりなど毛頭ないのだから」
「いや。ガチでロクヤとスザクのどっちかしか選べねぇなら、俺は百パーロクヤを選ぶが」


 ユウタロウが真顔でサラリと、スザク見殺し宣言をすると、意識を失っているスザクが「うぅ……ん」と悪夢にうなされている様な声を上げた。

 そんなスザクの苦悶お構いなしに、ユウタロウは真っすぐツキマを見据える。


「だけどな、ロクヤもスザクも、大事な俺の家族だ。俺は俺のもんを簡単に諦めるほど、物分かりのいい人間じゃねぇからな。ロクヤもスザクも……お前なんかの好きにさせるかよ」


 ユウタロウが精悍に言い放った刹那、ツキマはハッと目を見開くと、すぐさまスザクへと視線を移す。すると、まるでツキマの視線の流れを読んでいたかのような閃光が走り、ツキマは思わず目を細めた。
 それでもツキマには見えていた。目を細める直前、視界の端でスザクの拘束を解くクレハの存在があったことに。

 閃光が止み、そっと目を開いた時には既に、人質であるスザクの姿はなく、ツキマ以外の重鎮らは周章狼狽した。

 一方のツキマは、スザクを攫った張本人であるクレハを探す。すると、クレハはスザクを肩に抱えた状態でユウタロウの背後に控えており、ツキマは思わず辟易としたため息をつく。


「はぁ……クレハ…………木の上に潜んでいたのか。流石というべきか……気配が感じられなかったな」
「そりゃあんた、コイツがどれだけ普段木の上から俺のことストーキングしてると思って」
「主君。某の隠密能力が優れているということでよいと思うのだが」


 素直に自身の実力を肯定してくれないユウタロウに、クレハは少々不満げな表情を覗かせる。

 クレハは勇者一族の屋敷に到着した後、ユウタロウとは別行動を開始していた。その目的は、ユウタロウがツキマの気を引き付けている間に、囚われのスザクを回収すること。
 クレハはユウタロウの後を追いつつ、スザクを回収するタイミングを見計らっていたのだ。


「クレハ。お前はスザクそれ連れてさっさと下がれ」
「っ!しかし主君っ……」


 遠回しに逃げろと命じられたクレハは、納得いかない様子で反論の弁を述べようとした。だが、それを許さないユウタロウの冷たい眼差しがクレハを捉える。


「スザクを抱えた状態のお前がいても足手纏いだ。それよりも、スザクを安全な場所まで連れて行ってから加勢に来い。……言っておくが、これは勇者としての命令だ」
「っ!…………承知いたした」


 クレハはぐっと歯噛みすると、俯きがちに呟いた。ユウタロウの言い分は正論で、反論の余地はなかった。加えて、クレハは勇者であるユウタロウと血の契約を交わした配下。そんな彼がユウタロウに、勇者の名の下に命令されれば、否と答える術はない。

 普段は勇者として命令することなど全くないユウタロウを知っているからこそ、クレハは彼の意思を尊重した。

 クレハはスザクを抱えたまま高く跳躍すると、周辺の木々を渡りつつ、その場を後にした。


「っ!おい待てっ!……おい。早くクレハを捕らえに……」
「やめておけ」


 重鎮の一人が狼狽えた様子で消えたクレハを追跡しようとするが、ツキマの冷たい呼びかけによって妨害される。
 だが、その重鎮は何故ツキマが制止するのか理解できず、食い下がるように彼に進言した。


「なぜお止めになるのですかっ!?あの者らを捕縛しロクヤの居所をっ……」
「お前ら如きがクレハに敵うと本気で思っているのか?だとしたら非常に不愉快だな」
「なっ……」


 直球で貶された事実に絶句しつつ、その重鎮は怒りで拳をわなわなと震わせてしまう。クレハはその重鎮にとって、自身の子供よりも年下の若造でしかなく、加えて操志者としての才もない、平たく言えば侮蔑の対象でしかなかった。
 そんなクレハよりも劣っているとツキマに明言され、眉を顰めるのを堪えられるほど、その重鎮はできた人間ではない。


「勝ち目のない勝負に挑むよりも、お前たちは侵入者の対応の応援に行け。既にネズミが何匹か潜り込んでいるようだからな」
「ですが……」
「同じことを何度も言わせるな。ユウタロウ相手に、お前たちは足手纏いにしかならないと、どうすれば理解してくれるんだ?……あまり、俺を苛つかせないでくれ」


 ここまで言われて否と唱えられる者はおらず、ツキマの傍に仕えていた重鎮らはその場から立ち去った。

 その間、ユウタロウは重鎮らを叱責したツキマを異質な物を見るような目で捉え、警戒心をあらわにしていた。


「アンタ……俺らのこと好きなのか嫌いなのかよくわからねぇな」
「強者は好ましい。弱者は存在自体が腹立たしい。そして、勇者という存在の価値を理解していない人間には虫唾が走る」
「あっそ」


 相変わらずの勇者至上主義と、遠回しにユウタロウの存在に虫唾が走ると伝えられ、彼は死んだ魚のような目になってしまう。


「さて。邪魔者も消えたことだし、お前を半殺しにしてロクヤの居所を聞き出すとするか」
「俺がそう簡単にやられるとは、思ってねぇんだろ?」
「当然だ。お前はこの勇者一族で唯一、俺よりも強い戦士なのだからな」
「……あんた、矛盾って言葉知ってるか?」


 ツキマはユウタロウを戦闘不能に陥らせることで、ロクヤの居所を探ろうとしているようだったが、先の言い分を聞く限り、ツキマがユウタロウに勝つことは不可能だ。

 ツキマがユウタロウとの戦力差を理解しているのであれば、単独で挑んできたことに疑問が生じる。ユウタロウが怪訝そうに尋ねてしまうのも当然である。


「俺がお前のような強者相手に、何の対抗策もなしに挑むとでも?」
「っ!」


 ツキマは不敵に微笑むと、懐から笛のようなものを取り出した。その笛を一瞥すると、それが見覚えのある代物であることに気付き、ユウタロウは目を見開く。

 その笛は、以前チサトを攫った仮面の組織の構成員が所持していたもので、高レベルの災害級野獣を呼び出すことのできるものだ。


(あの笛……仮面の野郎共が持ってたやつじゃねぇか……やっぱ。生徒会長が初っ端から予想していた通り、一族が仮面の組織と関わっているのは間違いねぇってことか)


 笛の出現により、ユウタロウは警戒心を露わにする。ツキマは手にした笛を口元に運ぶと、ビィーっとその音を鳴らした。耳を劈く様な騒音に、思わずチサトは耳を塞ぐ。

 ユウタロウは災害級野獣の襲来の備えるように剣を抜くと、周囲に警戒の網を張る。

 すると、ユウタロウの待ち構えていた存在は、空から姿を現した。

 全長約五メートル、大きな翼は白く雄々しく、広げると庭園を埋め尽くしてしまうほど。その趾は鋭く、触れただけで切り裂かれてしまいそうだ。きりっと鋭い眼光はユウタロウを獲物として捉えており、身体中から殺気が漏れ出ている。

 鳥類の災害級野獣であることは一見してすぐに理解できたが、それがどれ程のレベルなのかは判断できなかった。


「ぐぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!」
「っ……」


 災害級野獣は劈く様な咆哮をあげると、何の躊躇いもなくユウタロウに襲い掛かる。ユウタロウは「チサトっ!!」と、彼女のジルを求めると、剣にジルを纏わせて対抗した。

 災害級野獣は殺傷力を持った自らの羽を数え切れぬ程飛ばし、ユウタロウは炎を纏った剣でそれらを燃やした。すると、間髪入れずに身体強化術によって瞬発力を上げたツキマが、鋭い回し蹴りを入れてくる。

 咄嗟にその蹴りを腕で庇ったユウタロウは、数メートルほど側方に飛ばされるが、体勢を崩すことはなかった。
 だが、今度は災害級野獣による鋭い攻撃が待っていた。災害級野獣はその鋭い趾を振り下ろすが、ユウタロウはそれを剣で受け止める。

 両者の力が拮抗する中、ツキマは氷を纏わせたその刃でユウタロウの首元を容赦なく狙う。その冷たい刃がユウタロウの頸動脈を掻き切ろうとする直前、咄嗟に彼は結界を張ってその攻撃を防いだ。


「ほう。よく反応したな」
「そりゃどうもっ!!」


 ユウタロウは趾の力の向きを読み、受け止めていた剣を滑らせ攻撃を流すと、災害級野獣に回り蹴りをかまし、ツキマの元へ飛ばした。

 猛スピードで迫ってくる災害級野獣を軽々と受け止めると、ツキマは何やら思案するように動きを止めた。


「ふむ……やはりこの程度の災害級野獣では不足だったか……仕方ない」
「?」


 ユウタロウが怪訝そうな視線を向けると、ツキマは即座に行動に移した。受け止めた災害級野獣の首を片手で掴むと、その身体に異変が生じ始める。

 災害級野獣の身体全体が淡い光を纏ったかと思うと、刹那の内にその全てが光の粒と化し、ツキマの身体へと吸収されていったのだ。


「なっ……!」


 信じられない光景を前に、ユウタロウは言葉を失う。一方、災害級野獣をその身の内に取り込んだツキマは涼しい相好だったが、対照的に彼の身体には顕著な変化が訪れていた。

 爪は鋭く趾のように伸び、腕を中心に身体には羽がびっしりと生え、その姿は亜人その者であった。


「なんだよその技……」
「亜人は人間と動物の特性を持ち、自らが生み出したジルの操作を可能にしている。これは災害級野獣の特徴に酷似している。つまり、亜人と災害級野獣は生物学的にとても近しい存在で、親和性が高いんだ。だからこそ、操志者として優れた技術を持つ亜人であれば、こういった技も可能になる。普通の人間であれば、拒絶反応で死に至ることもあり得るだろうがな」


 普通の人間はジルを生み出すことさえできないが理性があり、動物は理性すらないものの、ジルを生み出すことが出来る。両者の利点を兼ね備えた存在を求めた結果、誕生したのが亜人という種族だ。
 そんな亜人と、動物でありながらそのジルを操ることのできる災害級野獣は、確かにその特徴が酷似している。

 ツキマは一変した自身の身体を見つめると、思い切り顔を歪ませてため息をつく。


「それにしても……醜いな。せっかくあの醜い耳を斬り落としたというのに……お前を片付けたら、早々に災害級野獣これを追い出さなくては」


 苛立った声音で呟くと、ツキマは徐に右手を挙げた。

 刹那、ユウタロウの周囲を取り囲むように大量の羽が出現し、思わずチサトは「ユウちゃん!!」と声を荒げた。抜け出る隙間も与えてくれない大量の羽は、一斉にユウタロウの元へ突撃していく。

 ユウタロウは剣にチサトのジルを最大限込め、それを炎に変換し、襲い掛かる羽の刃を燃やし切ろうと試みた。


(くそっ……ジルが足りないかっ)


 だが、大量の羽を自らの身体に到達する前にすべて燃やし切るには、ジルの威力が足りなかったのか、いくつかの羽はユウタロウの身体を掠めていき、その内の一枚が肩に突き刺さってしまう。


「っ……」
「ユウちゃん!!」
「どうした人型精霊。その程度のジルでは、お前の愛しい勇者が死んでしまうぞ?」
「っ……」


 その挑発はまるで、チサトが本気を出していないことを前提にしているような口ぶりだった。思わずチサトはキッとツキマを睨みつけるが、当の本人は痛くも痒くもないといった様子である。

 チサトは揺れていた。だが、すぐに自らの中で決断を下す。ぎゅっと固く握りしめた拳を震わせると、チサトは自らを奮い立たせるのだった。
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