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第二章 過去との対峙編
94.その〝過去〟は、如何にして彼らの運命を変えたのか20
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操志者。ありとあらゆる物質、空気に含まれているジルの存在を察知し、それを操る才を持つ者のこと。世界アンレズナに存在する人間の約四割が、この操志者に該当する。
つまり操志者は、世界全体で考えると少数派ではあるのだが、特段珍しい存在という訳でも無い。
だが、対象が勇者一族のみとなると、話は大分変わってくる。
勇者一族は初代勇者の血が薄まることを極端に嫌う為、一族の人間同士と婚姻を結ぶのが習わし。そして、彼らが尊ぶ初代勇者たちは、やはり操志者ばかりで構成されており、その子孫である彼らも操志者がほとんどだった。
操志者と操志者の間に生まれた子が必ず操志者になるわけでも、ジルを操る術を持たない者同士の間に生まれた子が、絶対に操志者になれないという訳でも無い。だが、勇者一族の人間の中で操志者が占める割合は約八割から九割。
この数字から推察するに、産まれてくる子供が操志者になるのに、先祖の血は少なからず因果関係があるのだろう。
故に、勇者一族に操志者としての才を一切持たない者は珍しい。ロクヤはジルを自らの意思で操ることは出来ないが、作った料理にありとあらゆる効果を付随できるので、操志者の才が無いという訳では無いのだ。
********
「「……」」
「はぁっ、はぁっ……」
大声を出して疲れてしまったのか、クレハは肩で激しく呼吸した。
操志者でない彼が一族の人間からどのような扱いを受けているかなんて、あまりにも想像に容易い。クレハの絶叫が嘘偽りない、心の底からの感情であることは彼らにも理解できた。
クレハもまた、勇者一族という狂った組織の被害者だ。だからと言って甘く接するようなユウタロウでは無いので、彼は舌鋒鋭く口を開いた。
「おいガキ。言いたい放題言って、気は晴れたか?」
「っ」
「おい、ユウタロウ」
先刻までヘラヘラとしていたユウタロウが放った威圧に、クレハは思わず一歩後退った。そんな彼を庇うように、ハヤテはユウタロウを咎めるが、彼はお構いなしに話を続ける。
「勝手に決めつけて好き勝手言いやがって。俺をそこらのクズ共と同列に扱ってんじゃねぇよ。俺は気に入らねぇ奴に構うほど暇じゃねぇし、俺の指導を受けさせるなら優秀な奴がいいに決まってんだろ」
「……優秀な奴なら、他にいくらでも」
「いーや。お前、他の奴らには無い、唯一無二のいいもん持ってるぞ」
「?」
不敵な笑みを浮かべたユウタロウに、クレハはキョトンと首を傾げてみせた。
「てめぇが俺らに向けた殺気……とてもじゃねぇが、八才にも満たないガキのもんじゃねぇよ。この俺様が一瞬飲み込まれそうになったからな」
「あぁ。殺気で相手の精神から砕く……誰にでもできる芸当では無い」
「……」
ハヤテはユウタロウに同調するように、クレハの素質を褒め称えた。ハヤテもユウタロウと同意見なのが信じられず、クレハは目を丸くしてしまう。
「そのくせ、気配を誤魔化すのも上手そうだ。……お前、隠密の才能あるぞ」
「……隠密?」
「秘密裏に任務を遂行したり、敵組織に潜入して情報を入手したりと……目立つ役回りではないが、誰にでもできることでは無いな」
ハヤテの説明に耳を傾けると、クレハは不意に沈思黙考した。
「お前、強くなる意思が無いわけじゃないんだろう?」
「……当たり前だ」
「なら、お前にとってもいい話だと思うんだけどな。俺、結構強いし」
「アンタが?」
思わず、クレハは疑わしそうな視線でユウタロウを見上げてしまう。思えばユウタロウは自己紹介もしていないので、クレハは彼らが何年の誰で、どの程度の実力者なのかを全く知らないのだ。
「俺は四年のユウタロウ。問題児扱いされてるから、名前ぐらい聞いたことあるだろ?」
「あぁ……問題児で、精霊術師の奴か……。はっ、俺とは比べ物にならないぐらい、才能に恵まれてる奴じゃねぇか」
「クレハ」
嘲笑うように言ったクレハの名前を呼んだのは、凛とした面持ちのハヤテだ。決して大きくは無いというのに、その名を呼んだハヤテの声はあまりにも鮮烈で、彼らは一瞬にして目を奪われる。
「確かにユウタロウは、操志者として優れた才を持っている。それは俺も認めるし、偶に羨ましくもある。だが、ユウタロウはそれ以上に、その才能に見合うだけの研鑽を積んでいる。努力をしている。才能だけで、この一族を生き抜くことができないのは、クレハも分かるだろう?」
「ははっ、才能だけじゃなくて、仲間にも恵まれてるってか。最高だな」
「クレハ……」
ユウタロウを擁護したハヤテを前に、クレハは増々捻くれた考えで意固地になってしまった。困ったように眉を落としたハヤテにそっと近づくと、ユウタロウは彼の耳元で内輪話を囁く。
『おい……コイツ、かなり捻くれてんぞ。どうすんだ』
『知るか。お前がクレハを選んだろう?お前が何とかしろ』
コソコソと内輪話をする二人を怪訝そうに見つめるクレハは、コテンと首を傾けてハヤテに尋ねた。
「そこの美人の方……名前は?」
「ユウタロウの名前は聞いたはずだろ?何故もう一度尋ねるんだ?」
「馬鹿ハヤテ。おめぇの名前聞いてんだよ」
「?だがクレハは美人の方と……」
「だからその美人がお前だっつってんだよ」
「…………。……?」
ポカーン……と。まさにそんな効果音が彼らの耳に木霊しているようだった。
ハヤテは彼らが何を言っているのか全く理解できず、茫然自失とした表情で固まってしまう。
ハヤテは忌み色持ちとして容姿を揶揄される方が圧倒的に多く、容姿を称賛されたことがほぼ無い。ユウタロウと初めて会った頃、イケメンと言われたことはあったが、それは単にユウタロウの感性がおかしいだけだと思っていたのだ。
例え、クレハが嘘偽りなくハヤテを美人と捉えていることを理解できたとしても、ハヤテは「奇怪な感覚の奴の周りには、似た感性を持つ人間が集まるのか?」などと、大分的外れな結論に至ってしまうだろう。
「お前どうしてくれんだよ。ハヤテが使いもんにならなくなっちまったじゃねぇか」
「知るか」
「……よく分からないが、自己紹介はしておくべきだな。俺はハヤテ。ユウタロウと同じ四年だ。ユウタロウほどでは無いが、そこそこ腕に自信はある。クレハが不快でなければ、俺たちに指導させてもらえないだろうか?」
「……俺なんかを指導したところで、時間の無駄だぞ」
しゃがみ込み、優しげな上目遣いで手を差し伸べてきたハヤテに、クレハはどう返せばいいのか当惑し、ふいっと視線を逸らしてしまう。他人からの悪意に対しては即座に敵意で返せるが、クレハは他人からの厚意に対する処世術を知らなかった。
結局、口から出たのは虚勢だけだったが、それに対してユウタロウは即座に反論を入れる。
「んなこたぁねぇよ。……操志者としての才能が無いことは、強くなるのを諦める理由にはならねぇぞ」
「っ!……お前みたいな、才能に恵まれている人間に何が分かるって言うんだっ。俺がどれだけっ……」
「分かんねぇよ。お前がどんな気持ちかなんて。けどよ、お前だって操志者のこと、何にも分かってねぇだろうが」
「っ……!」
刹那、クレハの中の何かが、プッツン……と、音を立てて切れた。悪態をついてばかりの自分に対して、優しく接してくれたハヤテに対する感謝の念も、一瞬で霧散してしまう程の憤りに、クレハの頭は冷え切っていく。
「っ……あぁっ、分かれるもんなら分かりたいさっ。けどしょうがないだろ!俺は操志者としての才能が無いんだからっ!」
キッと鋭く睨み据えるクレハの瞳孔には、隠し切れない怒りの炎が燃え盛っていた。涙が滲むほど感情を露わにしたクレハを目の当たりにすると、ユウタロウはどこか気まずそうに後頭部を掻く。
「あー……だから、俺が言いたいのはだな。
……操志者としての技術を極めるのにも、それ相応の努力が必要ってことだよ」
「っ?」
二人の間で何らかの齟齬が生じているのを理解したクレハは、当惑気味に首を傾げた。ユウタロウは自身の言葉が間違った意図として伝わっているのを察し、改めて説明しようとするが、不躾な侵入者にそれを遮られてしまう。
「おいお前たち。いつまでそんな場所でくっちゃべっているつもりだ。さっさと訓練を開始しなさい」
「申し訳ありません。すぐに」
「ふんっ」
重鎮に睨まれ、即座に対応したハヤテだったが、逆にそれが気に食わなかったのか、相手はすぐに踵を返していった。
気まずそうにハヤテが振り返ると、ユウタロウは仕方ないとでも言わんばかりにため息をつく。
「取り敢えずさっさと始めようぜ。話はその後だ」
「……分かった」
ブスッと不貞腐れた表情からは、渋々了承したクレハの心情がありありと伝わってきて、二人は思わず苦笑を零した。
********
ある程度空きのある場所まで移動すると、ユウタロウは開口一番とある提案をした。
「じゃあ取り敢えず一回、俺と対戦してみっか」
「……」
「安心しろ。手加減はしない。お前の実力を見た上で、どう指導するか判断する」
「……分かった」
ぶっきら棒に返事をすると、クレハはスッと抜刀した。その静謐さに、思わずハヤテは息を呑む。対するユウタロウも抜刀すると、その空間に全身が粟立つような緊張感が走った。
因みに、今回の訓練にチサトは参加していないので、ユウタロウは精霊術師としての力は使えない。
対戦の幕を切って落としてのは、ユウタロウの先制攻撃。ユウタロウは力強くその場から駆け出すと、一瞬でクレハとの距離を詰めた。そのままクレハの上体目掛けて剣を振り上げるが、クレハは即座にバク宙し、その攻撃をいとも簡単に躱してみせた。その俊敏さに、監督役のハヤテは目を見張ってしまう。
クレハが着地した瞬間、ユウタロウは第二撃を仕掛けるが、クレハも同時に剣を振り上げていた。キンっ!と、刃と刃がぶつかり合い、鍔迫り合いに突入すると、両者の力は拮抗した。その間、ユウタロウは足技をかけようとしたが、クレハはそれらも器用に躱してみせた。
仕方なくユウタロウは、空気中から集めたジルを腕に込め、身体強化術を施すと、クレハを押しのけて距離を取った。後方に倒れかけ、体勢を崩したクレハの隙をつき、ユウタロウは剣に炎を纏わせて振るう。
だがクレハは即座に反応して体勢を低くし、そのままユウタロウの足下に飛び込むと、タックルでユウタロウの身体をふらつかせた。倒れないよう、何とか踏みとどまったユウタロウは、数歩後退った後にクレハを引きはがそうとするが、彼はそれよりも先にユウタロウの背に回り込んで首を絞めつけた。
ユウタロウは剣に纏わせた炎をただのジルに変換し、それを更に衝撃波に変換してクレハにぶつける。
「っ!」
クレハが堪え切れずに後方に吹き飛ばされると、ユウタロウはすかさず剣を投げつける。クレハがそれを既の所で避けると、刃がシュッと鋭い動きで彼の右頬を掠めて行く。ユウタロウはクレハの側頭部を狙って回し蹴りを仕掛け、対するクレハは剣を振るうことで対抗しようとする。
だが突如、クレハの剣が彼の手の中でカタカタと暴れ出したかと思うと、遂には彼の手から飛び出してしまい、クレハは衝撃で目を見開く。ユウタロウは剣に含まれているジルを操って、剣が独りでに動き出すよう操ったのだ。
武器を失ったことを自覚した刹那、クレハの側頭部に衝撃が走る。ユウタロウの容赦ない回し蹴りが決まり、彼の踵がガンっ……と、強烈な痛みを引き連れた。
抵抗する余地もないまま倒れ込んだクレハをユウタロウが押さえ込み、模擬戦はユウタロウの勝利で幕を下ろした。
「はぁっ、はぁっ……」
「これで分かっただろ?」
「はぁっ、何がっ?」
息切れしているクレハに手を差し伸べながら、ユウタロウは尋ねた。ユウタロウの手を掴み、引っ張り上げてもらったクレハは、若干苛立った様子で尋ね返す。
「俺が操志者の力で攻撃しても、お前躱せてただろ?それに、純粋な身体能力の高さで言えば、俺とお前は同等レベル……はっ、俺の方が二年も長く修行してるっていうのによぉ」
「……」
「何でか分かるか?」
「……分からない」
「お前と俺で、一つの修行にかけられる時間が違うからだ」
「……?」
ユウタロウの発言の意味を即座に理解できず、クレハはキョトンと首を傾げた。
「操志者はジルを操る才能を持ってはいるが、何の鍛錬も無しにその力を戦闘に活かせるわけじゃねぇ。当たり前だろ?誰だって蹴りを入れることは出来ても、その威力や俊敏さは鍛えねぇと育たないからな。それと同じだ。
だから、ジルを自由自在に操るには、それだけ訓練が必要になるんだ。これが何を意味するか、分かるか?」
「……っ!……体術や剣術に費やす時間が、減る」
ハッと目を丸くすると、クレハは己で導いたその答えをボソッと呟いた。それは、視野の狭まっていた彼にとって当に盲点で、クレハは茫然自失としてしまうのだった。
つまり操志者は、世界全体で考えると少数派ではあるのだが、特段珍しい存在という訳でも無い。
だが、対象が勇者一族のみとなると、話は大分変わってくる。
勇者一族は初代勇者の血が薄まることを極端に嫌う為、一族の人間同士と婚姻を結ぶのが習わし。そして、彼らが尊ぶ初代勇者たちは、やはり操志者ばかりで構成されており、その子孫である彼らも操志者がほとんどだった。
操志者と操志者の間に生まれた子が必ず操志者になるわけでも、ジルを操る術を持たない者同士の間に生まれた子が、絶対に操志者になれないという訳でも無い。だが、勇者一族の人間の中で操志者が占める割合は約八割から九割。
この数字から推察するに、産まれてくる子供が操志者になるのに、先祖の血は少なからず因果関係があるのだろう。
故に、勇者一族に操志者としての才を一切持たない者は珍しい。ロクヤはジルを自らの意思で操ることは出来ないが、作った料理にありとあらゆる効果を付随できるので、操志者の才が無いという訳では無いのだ。
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「「……」」
「はぁっ、はぁっ……」
大声を出して疲れてしまったのか、クレハは肩で激しく呼吸した。
操志者でない彼が一族の人間からどのような扱いを受けているかなんて、あまりにも想像に容易い。クレハの絶叫が嘘偽りない、心の底からの感情であることは彼らにも理解できた。
クレハもまた、勇者一族という狂った組織の被害者だ。だからと言って甘く接するようなユウタロウでは無いので、彼は舌鋒鋭く口を開いた。
「おいガキ。言いたい放題言って、気は晴れたか?」
「っ」
「おい、ユウタロウ」
先刻までヘラヘラとしていたユウタロウが放った威圧に、クレハは思わず一歩後退った。そんな彼を庇うように、ハヤテはユウタロウを咎めるが、彼はお構いなしに話を続ける。
「勝手に決めつけて好き勝手言いやがって。俺をそこらのクズ共と同列に扱ってんじゃねぇよ。俺は気に入らねぇ奴に構うほど暇じゃねぇし、俺の指導を受けさせるなら優秀な奴がいいに決まってんだろ」
「……優秀な奴なら、他にいくらでも」
「いーや。お前、他の奴らには無い、唯一無二のいいもん持ってるぞ」
「?」
不敵な笑みを浮かべたユウタロウに、クレハはキョトンと首を傾げてみせた。
「てめぇが俺らに向けた殺気……とてもじゃねぇが、八才にも満たないガキのもんじゃねぇよ。この俺様が一瞬飲み込まれそうになったからな」
「あぁ。殺気で相手の精神から砕く……誰にでもできる芸当では無い」
「……」
ハヤテはユウタロウに同調するように、クレハの素質を褒め称えた。ハヤテもユウタロウと同意見なのが信じられず、クレハは目を丸くしてしまう。
「そのくせ、気配を誤魔化すのも上手そうだ。……お前、隠密の才能あるぞ」
「……隠密?」
「秘密裏に任務を遂行したり、敵組織に潜入して情報を入手したりと……目立つ役回りではないが、誰にでもできることでは無いな」
ハヤテの説明に耳を傾けると、クレハは不意に沈思黙考した。
「お前、強くなる意思が無いわけじゃないんだろう?」
「……当たり前だ」
「なら、お前にとってもいい話だと思うんだけどな。俺、結構強いし」
「アンタが?」
思わず、クレハは疑わしそうな視線でユウタロウを見上げてしまう。思えばユウタロウは自己紹介もしていないので、クレハは彼らが何年の誰で、どの程度の実力者なのかを全く知らないのだ。
「俺は四年のユウタロウ。問題児扱いされてるから、名前ぐらい聞いたことあるだろ?」
「あぁ……問題児で、精霊術師の奴か……。はっ、俺とは比べ物にならないぐらい、才能に恵まれてる奴じゃねぇか」
「クレハ」
嘲笑うように言ったクレハの名前を呼んだのは、凛とした面持ちのハヤテだ。決して大きくは無いというのに、その名を呼んだハヤテの声はあまりにも鮮烈で、彼らは一瞬にして目を奪われる。
「確かにユウタロウは、操志者として優れた才を持っている。それは俺も認めるし、偶に羨ましくもある。だが、ユウタロウはそれ以上に、その才能に見合うだけの研鑽を積んでいる。努力をしている。才能だけで、この一族を生き抜くことができないのは、クレハも分かるだろう?」
「ははっ、才能だけじゃなくて、仲間にも恵まれてるってか。最高だな」
「クレハ……」
ユウタロウを擁護したハヤテを前に、クレハは増々捻くれた考えで意固地になってしまった。困ったように眉を落としたハヤテにそっと近づくと、ユウタロウは彼の耳元で内輪話を囁く。
『おい……コイツ、かなり捻くれてんぞ。どうすんだ』
『知るか。お前がクレハを選んだろう?お前が何とかしろ』
コソコソと内輪話をする二人を怪訝そうに見つめるクレハは、コテンと首を傾けてハヤテに尋ねた。
「そこの美人の方……名前は?」
「ユウタロウの名前は聞いたはずだろ?何故もう一度尋ねるんだ?」
「馬鹿ハヤテ。おめぇの名前聞いてんだよ」
「?だがクレハは美人の方と……」
「だからその美人がお前だっつってんだよ」
「…………。……?」
ポカーン……と。まさにそんな効果音が彼らの耳に木霊しているようだった。
ハヤテは彼らが何を言っているのか全く理解できず、茫然自失とした表情で固まってしまう。
ハヤテは忌み色持ちとして容姿を揶揄される方が圧倒的に多く、容姿を称賛されたことがほぼ無い。ユウタロウと初めて会った頃、イケメンと言われたことはあったが、それは単にユウタロウの感性がおかしいだけだと思っていたのだ。
例え、クレハが嘘偽りなくハヤテを美人と捉えていることを理解できたとしても、ハヤテは「奇怪な感覚の奴の周りには、似た感性を持つ人間が集まるのか?」などと、大分的外れな結論に至ってしまうだろう。
「お前どうしてくれんだよ。ハヤテが使いもんにならなくなっちまったじゃねぇか」
「知るか」
「……よく分からないが、自己紹介はしておくべきだな。俺はハヤテ。ユウタロウと同じ四年だ。ユウタロウほどでは無いが、そこそこ腕に自信はある。クレハが不快でなければ、俺たちに指導させてもらえないだろうか?」
「……俺なんかを指導したところで、時間の無駄だぞ」
しゃがみ込み、優しげな上目遣いで手を差し伸べてきたハヤテに、クレハはどう返せばいいのか当惑し、ふいっと視線を逸らしてしまう。他人からの悪意に対しては即座に敵意で返せるが、クレハは他人からの厚意に対する処世術を知らなかった。
結局、口から出たのは虚勢だけだったが、それに対してユウタロウは即座に反論を入れる。
「んなこたぁねぇよ。……操志者としての才能が無いことは、強くなるのを諦める理由にはならねぇぞ」
「っ!……お前みたいな、才能に恵まれている人間に何が分かるって言うんだっ。俺がどれだけっ……」
「分かんねぇよ。お前がどんな気持ちかなんて。けどよ、お前だって操志者のこと、何にも分かってねぇだろうが」
「っ……!」
刹那、クレハの中の何かが、プッツン……と、音を立てて切れた。悪態をついてばかりの自分に対して、優しく接してくれたハヤテに対する感謝の念も、一瞬で霧散してしまう程の憤りに、クレハの頭は冷え切っていく。
「っ……あぁっ、分かれるもんなら分かりたいさっ。けどしょうがないだろ!俺は操志者としての才能が無いんだからっ!」
キッと鋭く睨み据えるクレハの瞳孔には、隠し切れない怒りの炎が燃え盛っていた。涙が滲むほど感情を露わにしたクレハを目の当たりにすると、ユウタロウはどこか気まずそうに後頭部を掻く。
「あー……だから、俺が言いたいのはだな。
……操志者としての技術を極めるのにも、それ相応の努力が必要ってことだよ」
「っ?」
二人の間で何らかの齟齬が生じているのを理解したクレハは、当惑気味に首を傾げた。ユウタロウは自身の言葉が間違った意図として伝わっているのを察し、改めて説明しようとするが、不躾な侵入者にそれを遮られてしまう。
「おいお前たち。いつまでそんな場所でくっちゃべっているつもりだ。さっさと訓練を開始しなさい」
「申し訳ありません。すぐに」
「ふんっ」
重鎮に睨まれ、即座に対応したハヤテだったが、逆にそれが気に食わなかったのか、相手はすぐに踵を返していった。
気まずそうにハヤテが振り返ると、ユウタロウは仕方ないとでも言わんばかりにため息をつく。
「取り敢えずさっさと始めようぜ。話はその後だ」
「……分かった」
ブスッと不貞腐れた表情からは、渋々了承したクレハの心情がありありと伝わってきて、二人は思わず苦笑を零した。
********
ある程度空きのある場所まで移動すると、ユウタロウは開口一番とある提案をした。
「じゃあ取り敢えず一回、俺と対戦してみっか」
「……」
「安心しろ。手加減はしない。お前の実力を見た上で、どう指導するか判断する」
「……分かった」
ぶっきら棒に返事をすると、クレハはスッと抜刀した。その静謐さに、思わずハヤテは息を呑む。対するユウタロウも抜刀すると、その空間に全身が粟立つような緊張感が走った。
因みに、今回の訓練にチサトは参加していないので、ユウタロウは精霊術師としての力は使えない。
対戦の幕を切って落としてのは、ユウタロウの先制攻撃。ユウタロウは力強くその場から駆け出すと、一瞬でクレハとの距離を詰めた。そのままクレハの上体目掛けて剣を振り上げるが、クレハは即座にバク宙し、その攻撃をいとも簡単に躱してみせた。その俊敏さに、監督役のハヤテは目を見張ってしまう。
クレハが着地した瞬間、ユウタロウは第二撃を仕掛けるが、クレハも同時に剣を振り上げていた。キンっ!と、刃と刃がぶつかり合い、鍔迫り合いに突入すると、両者の力は拮抗した。その間、ユウタロウは足技をかけようとしたが、クレハはそれらも器用に躱してみせた。
仕方なくユウタロウは、空気中から集めたジルを腕に込め、身体強化術を施すと、クレハを押しのけて距離を取った。後方に倒れかけ、体勢を崩したクレハの隙をつき、ユウタロウは剣に炎を纏わせて振るう。
だがクレハは即座に反応して体勢を低くし、そのままユウタロウの足下に飛び込むと、タックルでユウタロウの身体をふらつかせた。倒れないよう、何とか踏みとどまったユウタロウは、数歩後退った後にクレハを引きはがそうとするが、彼はそれよりも先にユウタロウの背に回り込んで首を絞めつけた。
ユウタロウは剣に纏わせた炎をただのジルに変換し、それを更に衝撃波に変換してクレハにぶつける。
「っ!」
クレハが堪え切れずに後方に吹き飛ばされると、ユウタロウはすかさず剣を投げつける。クレハがそれを既の所で避けると、刃がシュッと鋭い動きで彼の右頬を掠めて行く。ユウタロウはクレハの側頭部を狙って回し蹴りを仕掛け、対するクレハは剣を振るうことで対抗しようとする。
だが突如、クレハの剣が彼の手の中でカタカタと暴れ出したかと思うと、遂には彼の手から飛び出してしまい、クレハは衝撃で目を見開く。ユウタロウは剣に含まれているジルを操って、剣が独りでに動き出すよう操ったのだ。
武器を失ったことを自覚した刹那、クレハの側頭部に衝撃が走る。ユウタロウの容赦ない回し蹴りが決まり、彼の踵がガンっ……と、強烈な痛みを引き連れた。
抵抗する余地もないまま倒れ込んだクレハをユウタロウが押さえ込み、模擬戦はユウタロウの勝利で幕を下ろした。
「はぁっ、はぁっ……」
「これで分かっただろ?」
「はぁっ、何がっ?」
息切れしているクレハに手を差し伸べながら、ユウタロウは尋ねた。ユウタロウの手を掴み、引っ張り上げてもらったクレハは、若干苛立った様子で尋ね返す。
「俺が操志者の力で攻撃しても、お前躱せてただろ?それに、純粋な身体能力の高さで言えば、俺とお前は同等レベル……はっ、俺の方が二年も長く修行してるっていうのによぉ」
「……」
「何でか分かるか?」
「……分からない」
「お前と俺で、一つの修行にかけられる時間が違うからだ」
「……?」
ユウタロウの発言の意味を即座に理解できず、クレハはキョトンと首を傾げた。
「操志者はジルを操る才能を持ってはいるが、何の鍛錬も無しにその力を戦闘に活かせるわけじゃねぇ。当たり前だろ?誰だって蹴りを入れることは出来ても、その威力や俊敏さは鍛えねぇと育たないからな。それと同じだ。
だから、ジルを自由自在に操るには、それだけ訓練が必要になるんだ。これが何を意味するか、分かるか?」
「……っ!……体術や剣術に費やす時間が、減る」
ハッと目を丸くすると、クレハは己で導いたその答えをボソッと呟いた。それは、視野の狭まっていた彼にとって当に盲点で、クレハは茫然自失としてしまうのだった。
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【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
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魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
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