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第二章 過去との対峙編
89.その〝過去〟は、如何にして彼らの運命を変えたのか15
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銭湯で鉢合わせたことをきっかけに、ユウタロウたちとライトはその後、屋敷内で顔を合わせると世間話をする程度に仲を深めていった。
一方、共用風呂に出向いたことをきっかけに仲を深めたのは、ライトだけではない。出会った当初はロクヤに一方的な敵意を向けていたチサトが、あの日以降、ロクヤと親しげに接するようになったのだ。
チサトが一方的に勘違いをしていただけで、ロクヤの元々持っている性質は、チサトと相性が良かったらしい。修行の関係でユウタロウの傍にいられない時などは、決まってロクヤの元を訪れるようになり、チサトは彼との仲を深めていったのだ。
段々と昼間の陽射しが強烈になり、外での訓練が更に険しいものへと変貌していく頃。その日、屋敷の縁側を通っていたライトは、どこか険しい表情で俯いていた。
「……」
ライトが物憂げな表情を浮かべているのは、先刻鉢合わせた人物が起因していた。
********
――数分前。
朝食を済ませ、一度部屋に戻ってから訓練の準備をしようと、屋敷内を進んでいると、ライトの視線の先に見知った顔が現れた。
「……父さん」
「ライトか。丁度いいところに」
「?……なにか、俺に用でも?」
鉢合わせた父――エイトの言動に、ライトは首を傾げて尋ねた。
「二年の訓練だが、今日の所は中止ということになった」
「っ?何故ですか?何かあったんですか?」
勇者一族の訓練は過酷を極め、修行中の子供たちに休める日などほぼ無い。ましてや、予定されていた修行が中止になるなど、ライトが修行を開始してから初めてのことだった。
故に、ライトは怪訝そうに尋ねてしまう。
「さぁな。これはお前らの指導を担当している者の決定だ。私は人伝にこの話を聞いただけで、詳しいことは知らん。……まぁ、大体の察しはつくがな」
「?」
嘲笑うような小声で漏らしたエイトはどこか意味深で、ライトは不安げに首を傾げた。その表情は言いようの無い焦燥感を芽生えさせ、ライトは問い詰めようと口を開くが、それを遮るようにエイトが声を上げる。
「訓練が中止になったからと言って、自主鍛錬を欠かすことの無いように。以前の合同訓練では、あの問題児相手に敗北を喫したようじゃないか」
「もちろん自主鍛錬を欠かすつもりはありませんが……ユウタロウは、かなりの実力者でしたので」
「お前が負けたぐらいだ。奴の実力は確かなのだろうな。……まぁ、たかだか一回の敗戦を引き摺る必要は無い。お前は勇者である私の息子なのだからな」
傍から見れば、それは実の息子を鼓舞する父親の姿なのだろう。だが、ライトの見上げる先にいるのは、そんな殊勝な人間では無かった。
(いい加減、息子にそこまでの素質が無いっていう現実を受け入れろよ……)
エイトは、勇者の息子であるライトに対して、当然のように次代勇者になることを嘱望している。本人の意思など関係なしに。
勇者である自らの息子なのだから。尊い勇者の血を引いているのだから――。
勇者になれるだけの素質を持っているはずだと信じて疑わない。否、現実から目を逸らし続けている父の姿は、ライトが勇者の存在を信じられない思いに拍車をかけていた。
********
(それにしても、どうして今日の訓練中止になったんだ?)
ライトが思慮を巡らせていたのは、エイトに告げられた訓練中止という決定について。エイトは何か心当たりがあるような態度だったが、ライトには見当がついていなかった。
顎を片手でつまみながら、難しい表情で歩いていると、曲がり角に差し掛かった所で、ライトは向こう側からやって来た人とぶつかってしまう。
「っ、悪い……って、お前か」
「あ、ライト」
ライトが曲がり角で出くわしたのは同学年の少年で、先刻から張りつめていた緊張感がぷっつりと切れた。そしてこれ幸いと、ライトは訓練が中止になった件について、その少年に尋ねることにした。
「なぁ、今日の訓練が中止になったって話、聞いたか?」
「あぁ。まぁ中止っていうより、内容に変更があっただけっぽいけど」
「……どういうことだ?」
「なんか今朝早くに、重鎮の人たちが何人かの奴らを連れて外出するところを見たんだよ。その何人か、この前の合同訓練で一年に負けた奴とか、普段から修行で成果をあげられてない奴ばっかりだったから、多分、特別な訓練を組んだんじゃないのかな?」
「っ……!それって、まさか……」
その瞬間、ライトは猛烈に嫌な予感を覚えた。
脳裏に浮かぶのは、先刻のエイトのおかしな態度。何か心当たりがあるようなエイトは、格下の者を嘲笑うような態度で、それがライトの不安を煽っていた。
ライトたちには正式な報告がされなかった、秘密裏に行われる修行。
一年との合同訓練が行われた日から、約一週間後という頃合い。
二年生の中で、比較的弱い子供たちの為の、特別な修行。
「大体察しがつく」と言った、エイトの意味深な態度。
「っ……」
全身が粟立つような胸騒ぎに、ライトは真っ青にした顔に冷や汗を流した。居ても立っても居られなくなり、急いで踵を返すと、制止する同級生の声も聞かずに、ライトはその場から立ち去った。
杞憂に終わってくれ。そんな心からの願いを抱えながら、ライトは何の躊躇いも無く、屋敷の外へ飛び出すのだった。
********
「はぁっ……はぁっ……」
屋敷を出たはいいものの、探し人たちがどこにいるのか皆目見当もつかず、ライトは途方に暮れてしまう。ライトは息を切らしながら辺りを見回すと、五十メートル程先からこちらに向かってくる重鎮らを見つけ、咄嗟に住宅の影に身を隠した。
重鎮たちの傍に、ライトの探し人――同級生の子供たちの姿は無く、彼は増々不安を募らせた。重鎮たちが通り過ぎていくのを確認すると、ライトは彼らがやって来た方向を食い入るように見つめる。
ライトの視線の向こうに広がるのは、市場などが盛んな街ではあったが、その更に向こうには、災害級野獣が生息している森林が聳えている。その森一帯には、勇者一族が常時張っている結界があるので、災害級野獣が街に下りてくることは無い。
だが、この状況下において、それは人々を守る為の結界などでは無く、逃げ場を塞ぐ障壁でしか無かった。仮に、結界で囲われた森の中に、結界を解く術を持たない者が閉じ込められたと仮定しよう。そうなったら最後、閉じ込められた人間は災害級野獣の餌食となってしまうのだから。
「クソっ、そういうことかよっ……」
考え得る中で最悪な可能性が的中してしまい、ライトは苛立ちのあまり舌打ちを堪えることが出来ない。嫌な予感が杞憂などでは無いことを理解すると、ライトは早速行動に移した。
ライトは空気中のジルを集めると、それを両脚に込めて身体強化術を行使した。身体強化術によって格段に上げた脚力で駆け出すと、ライトは一目散に件の森へと向かい始める。
街の中を猛スピードで駆ける最中、ライトは自らの推測を頭の中で整理した。
(多分、じじぃ共にとってこの間の合同訓練の結果は、無視できるようなレベルじゃなかったんだ。俺らが年下に負けるなんて、今までの修行を否定しているようなものだからな。
焦ったじじぃ共は、特に戦闘が不得手な奴らを強制的に強くしようとした。その方法は多分、災害級野獣の巣窟にアイツらを放り込んで無理矢理戦わせること。危機的状況に追い込めば、アイツらは死に物狂いで戦わざるを得なくなる。訓練じゃない、本当の命を懸けた戦いでアイツらが成長すればそれでよし。……もし死ぬようなことがあれば、弱者を早めに始末できるとでも思ったんだろうなっ。……っ、あぁっくそっ!)
勇者一族の重鎮たちにとって、子供たちの命など木の葉のように軽いのだと思い知らされたライトは、険しくなっていく表情を抑えることが出来ない。彼らにとって勇者一族の人間は、悪魔討伐の為の道具でしかなく、道具としての役目を果たせない人間など、ガラクタ以外の何者でもないのだろう。
唐突に、ライトは共用風呂で聞いたハヤテの話を思い出した。
勇者一族の現当主であるツキマが、何の躊躇いも無くハヤテの母の首を刎ねた。その事実に衝撃を受けながら、ライトはどこかその話を他人事のように捉えてしまっていた。明日は我が身かもしれないというのに、それを無視していたのだ。
ハヤテの母親も、一族の子供たちも。当主や重鎮らにとってそう大差はない。一族の繁栄に貢献できない者は、皆等しく家畜同然なのだから。
その残酷な真実に気づいてしまった瞬間、ライトはやめてしまった。勇者一族の汚い大人たちを信用し、微かな期待を抱くことを。
********
災害級野獣が生息する森一帯に張られた結界は、外から森に侵入する分には簡単にすり抜けることが出来る構造になっている。一族の大人や冒険者が受ける依頼の中には、災害級野獣の討伐や、その森にしか自生していない貴重な植物の採取などがあるからだ。仕事の度に結界を破って森に侵入し、一度結界を塞いでから事を済ませ、帰る時は再び結界を破って最後にそこを塞いでいては、手間がかかり過ぎてしまう為、このような構造になっているのだ。
その代わりに、結界の外には鍵付きの柵が設けられており、一般人が誤って森に入らないよう対策が講じられている。つまりこの森に侵入することが許されているのは、結界を破り、それを修復し、災害級野獣と渡り合える程の実力を持っていると同時に、柵の鍵の所持を許されている者だけということだ。
「はぁっ、はぁっ……」
柵の入り口まで到達すると、ライトは息を切らしながら、視界に映る光景に危機感を露わにした。本来であれば鍵がかかっているはずの柵が、その時にはもう柵としての役目を果たしていなかったから。
恐らく、先の重鎮らが開錠し、子供たちを森に置き去りにした後、鍵をかけずに立ち去ったのだろう。重鎮らの詰めの甘さに辟易としつつも、ライトは迷うことなく柵を通り過ぎ、災害級野獣が住まう森の結界をすり抜けた。
たった一歩。されど一歩。その一歩で森の地面を踏みしめた瞬間、ライトは背筋が凍るような圧迫感に襲われ、一瞬その足を止めてしまう。何せ、ライトは災害級野獣との戦闘経験がない。当然、この森に入ったことも無く、気を抜けば一瞬で殺されてしまうような空間で、どのように身動きを取ればいいのかも分からない。
それでも、一度足を踏み入れてしまった以上。同級生を救い出すと決めた以上、引き返すことなど出来ない。
意を決してもう一歩を踏み出すと、ライトは警戒を最大限に強めながら同級生たちを探索し始めた。
出来るだけ災害級野獣と鉢合わせないよう、全神経を集中させ、感覚を研ぎ澄ましながら小走りで森の中を駆けていると、ライトの耳に聞き馴染みのある声が届く。
『うわあああああああっ!!誰かっ、誰か助けてっ……』
「っ!」
その悲鳴はあまりにも小さく、神経を尖らせていなければ聞き逃していただろう。ライトは瞬時に声の聞こえてきた方向を向くと、一目散に駆け出して行った。走れば走る程、その悲鳴の音量は増していき、単体の悲鳴では無くなっていった。
微かな音が喧騒に変わってきた頃、ライトは視線の先に探し求めていた同級生の姿を見つけ、目を見開くと同時に走る速度を上げた。
(いたっ……!)
森の中にいたのは七人で、全員戦闘を苦手としている子供たちであった。彼らがまだ生きている事実にホッと安堵したのも束の間、彼らが怯えきった表情で見つめている存在に気づき、ライトはひゅっと息を呑む。
腰を抜かした彼らの見上げる先にいたのは、三体の災害級野獣。ライトはその災害級野獣に見覚えがあった。授業の際に使う教科書の、災害級野獣について学ぶ欄に載っていたのだ。教科書に載るぐらいなので、比較的有名な災害級野獣なのだろう。
体長約二メートル。苔のような濁った色の肌に、楕円形の醜い顔。武器は持っていないが、鋭い爪と牙で襲われれば一溜まりも無いだろう。そして、彼らが吐く唾液には毒が含まれている。その唾液を身体のどこかに浴びてしまえば致命傷は免れない。レベル一だからと言って、油断できる敵では無かった。
「おいお前らっ!」
「「っ!ライトっ?」」
「俺がコイツらを引きつけてる間に逃げろ!」
ライトは集めていたジルを炎に変換して三体の災害級野獣に放つと、血相を変えて彼らに呼び掛けた。炎に怯む災害級野獣だが、炎のジルが尽きると、敵と認識したライトに襲い掛かる。その攻撃を必死に躱すライトを前に、彼らはどう動けばいいのか分からず当惑してしまう。
七人の内の一人――眼鏡をかけた少年は尻餅をつきながらも、震える口を開いてその懸念を吐露した。
「で、でも結界がっ……」
「お前ら全員で同じ場所を狙って剣を振るえば、その内ひびが入るはずだ!ジルで威力をあげられる奴はっ……結界に辿り着くまでにっ、ジルを集めておけ!諦めなければ絶対に結界は破れるっ!……早くしろっ!!」
「「うんっ……!」」
鬼気迫るライトに背中を押され、彼らは震える脚に鞭を打って何とか立ち上がった。彼らに助言を与える間にも、災害級野獣からの攻撃を躱すので精一杯のライトを一人置いていくことに、彼らは若干の罪悪感を抱く。だが、ここで足踏みしていても、ライトの行為を無駄にしてしまうどころか、戦闘の足手纏いにしかならないことを、彼らは十分に理解していた。
唇を噛みしめながら背を向けると、彼らは一斉に駆け出す。段々と小さくなっていく彼らの背中を見届けると、ライトは満足気に破顔するのだった。
一方、共用風呂に出向いたことをきっかけに仲を深めたのは、ライトだけではない。出会った当初はロクヤに一方的な敵意を向けていたチサトが、あの日以降、ロクヤと親しげに接するようになったのだ。
チサトが一方的に勘違いをしていただけで、ロクヤの元々持っている性質は、チサトと相性が良かったらしい。修行の関係でユウタロウの傍にいられない時などは、決まってロクヤの元を訪れるようになり、チサトは彼との仲を深めていったのだ。
段々と昼間の陽射しが強烈になり、外での訓練が更に険しいものへと変貌していく頃。その日、屋敷の縁側を通っていたライトは、どこか険しい表情で俯いていた。
「……」
ライトが物憂げな表情を浮かべているのは、先刻鉢合わせた人物が起因していた。
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――数分前。
朝食を済ませ、一度部屋に戻ってから訓練の準備をしようと、屋敷内を進んでいると、ライトの視線の先に見知った顔が現れた。
「……父さん」
「ライトか。丁度いいところに」
「?……なにか、俺に用でも?」
鉢合わせた父――エイトの言動に、ライトは首を傾げて尋ねた。
「二年の訓練だが、今日の所は中止ということになった」
「っ?何故ですか?何かあったんですか?」
勇者一族の訓練は過酷を極め、修行中の子供たちに休める日などほぼ無い。ましてや、予定されていた修行が中止になるなど、ライトが修行を開始してから初めてのことだった。
故に、ライトは怪訝そうに尋ねてしまう。
「さぁな。これはお前らの指導を担当している者の決定だ。私は人伝にこの話を聞いただけで、詳しいことは知らん。……まぁ、大体の察しはつくがな」
「?」
嘲笑うような小声で漏らしたエイトはどこか意味深で、ライトは不安げに首を傾げた。その表情は言いようの無い焦燥感を芽生えさせ、ライトは問い詰めようと口を開くが、それを遮るようにエイトが声を上げる。
「訓練が中止になったからと言って、自主鍛錬を欠かすことの無いように。以前の合同訓練では、あの問題児相手に敗北を喫したようじゃないか」
「もちろん自主鍛錬を欠かすつもりはありませんが……ユウタロウは、かなりの実力者でしたので」
「お前が負けたぐらいだ。奴の実力は確かなのだろうな。……まぁ、たかだか一回の敗戦を引き摺る必要は無い。お前は勇者である私の息子なのだからな」
傍から見れば、それは実の息子を鼓舞する父親の姿なのだろう。だが、ライトの見上げる先にいるのは、そんな殊勝な人間では無かった。
(いい加減、息子にそこまでの素質が無いっていう現実を受け入れろよ……)
エイトは、勇者の息子であるライトに対して、当然のように次代勇者になることを嘱望している。本人の意思など関係なしに。
勇者である自らの息子なのだから。尊い勇者の血を引いているのだから――。
勇者になれるだけの素質を持っているはずだと信じて疑わない。否、現実から目を逸らし続けている父の姿は、ライトが勇者の存在を信じられない思いに拍車をかけていた。
********
(それにしても、どうして今日の訓練中止になったんだ?)
ライトが思慮を巡らせていたのは、エイトに告げられた訓練中止という決定について。エイトは何か心当たりがあるような態度だったが、ライトには見当がついていなかった。
顎を片手でつまみながら、難しい表情で歩いていると、曲がり角に差し掛かった所で、ライトは向こう側からやって来た人とぶつかってしまう。
「っ、悪い……って、お前か」
「あ、ライト」
ライトが曲がり角で出くわしたのは同学年の少年で、先刻から張りつめていた緊張感がぷっつりと切れた。そしてこれ幸いと、ライトは訓練が中止になった件について、その少年に尋ねることにした。
「なぁ、今日の訓練が中止になったって話、聞いたか?」
「あぁ。まぁ中止っていうより、内容に変更があっただけっぽいけど」
「……どういうことだ?」
「なんか今朝早くに、重鎮の人たちが何人かの奴らを連れて外出するところを見たんだよ。その何人か、この前の合同訓練で一年に負けた奴とか、普段から修行で成果をあげられてない奴ばっかりだったから、多分、特別な訓練を組んだんじゃないのかな?」
「っ……!それって、まさか……」
その瞬間、ライトは猛烈に嫌な予感を覚えた。
脳裏に浮かぶのは、先刻のエイトのおかしな態度。何か心当たりがあるようなエイトは、格下の者を嘲笑うような態度で、それがライトの不安を煽っていた。
ライトたちには正式な報告がされなかった、秘密裏に行われる修行。
一年との合同訓練が行われた日から、約一週間後という頃合い。
二年生の中で、比較的弱い子供たちの為の、特別な修行。
「大体察しがつく」と言った、エイトの意味深な態度。
「っ……」
全身が粟立つような胸騒ぎに、ライトは真っ青にした顔に冷や汗を流した。居ても立っても居られなくなり、急いで踵を返すと、制止する同級生の声も聞かずに、ライトはその場から立ち去った。
杞憂に終わってくれ。そんな心からの願いを抱えながら、ライトは何の躊躇いも無く、屋敷の外へ飛び出すのだった。
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「はぁっ……はぁっ……」
屋敷を出たはいいものの、探し人たちがどこにいるのか皆目見当もつかず、ライトは途方に暮れてしまう。ライトは息を切らしながら辺りを見回すと、五十メートル程先からこちらに向かってくる重鎮らを見つけ、咄嗟に住宅の影に身を隠した。
重鎮たちの傍に、ライトの探し人――同級生の子供たちの姿は無く、彼は増々不安を募らせた。重鎮たちが通り過ぎていくのを確認すると、ライトは彼らがやって来た方向を食い入るように見つめる。
ライトの視線の向こうに広がるのは、市場などが盛んな街ではあったが、その更に向こうには、災害級野獣が生息している森林が聳えている。その森一帯には、勇者一族が常時張っている結界があるので、災害級野獣が街に下りてくることは無い。
だが、この状況下において、それは人々を守る為の結界などでは無く、逃げ場を塞ぐ障壁でしか無かった。仮に、結界で囲われた森の中に、結界を解く術を持たない者が閉じ込められたと仮定しよう。そうなったら最後、閉じ込められた人間は災害級野獣の餌食となってしまうのだから。
「クソっ、そういうことかよっ……」
考え得る中で最悪な可能性が的中してしまい、ライトは苛立ちのあまり舌打ちを堪えることが出来ない。嫌な予感が杞憂などでは無いことを理解すると、ライトは早速行動に移した。
ライトは空気中のジルを集めると、それを両脚に込めて身体強化術を行使した。身体強化術によって格段に上げた脚力で駆け出すと、ライトは一目散に件の森へと向かい始める。
街の中を猛スピードで駆ける最中、ライトは自らの推測を頭の中で整理した。
(多分、じじぃ共にとってこの間の合同訓練の結果は、無視できるようなレベルじゃなかったんだ。俺らが年下に負けるなんて、今までの修行を否定しているようなものだからな。
焦ったじじぃ共は、特に戦闘が不得手な奴らを強制的に強くしようとした。その方法は多分、災害級野獣の巣窟にアイツらを放り込んで無理矢理戦わせること。危機的状況に追い込めば、アイツらは死に物狂いで戦わざるを得なくなる。訓練じゃない、本当の命を懸けた戦いでアイツらが成長すればそれでよし。……もし死ぬようなことがあれば、弱者を早めに始末できるとでも思ったんだろうなっ。……っ、あぁっくそっ!)
勇者一族の重鎮たちにとって、子供たちの命など木の葉のように軽いのだと思い知らされたライトは、険しくなっていく表情を抑えることが出来ない。彼らにとって勇者一族の人間は、悪魔討伐の為の道具でしかなく、道具としての役目を果たせない人間など、ガラクタ以外の何者でもないのだろう。
唐突に、ライトは共用風呂で聞いたハヤテの話を思い出した。
勇者一族の現当主であるツキマが、何の躊躇いも無くハヤテの母の首を刎ねた。その事実に衝撃を受けながら、ライトはどこかその話を他人事のように捉えてしまっていた。明日は我が身かもしれないというのに、それを無視していたのだ。
ハヤテの母親も、一族の子供たちも。当主や重鎮らにとってそう大差はない。一族の繁栄に貢献できない者は、皆等しく家畜同然なのだから。
その残酷な真実に気づいてしまった瞬間、ライトはやめてしまった。勇者一族の汚い大人たちを信用し、微かな期待を抱くことを。
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災害級野獣が生息する森一帯に張られた結界は、外から森に侵入する分には簡単にすり抜けることが出来る構造になっている。一族の大人や冒険者が受ける依頼の中には、災害級野獣の討伐や、その森にしか自生していない貴重な植物の採取などがあるからだ。仕事の度に結界を破って森に侵入し、一度結界を塞いでから事を済ませ、帰る時は再び結界を破って最後にそこを塞いでいては、手間がかかり過ぎてしまう為、このような構造になっているのだ。
その代わりに、結界の外には鍵付きの柵が設けられており、一般人が誤って森に入らないよう対策が講じられている。つまりこの森に侵入することが許されているのは、結界を破り、それを修復し、災害級野獣と渡り合える程の実力を持っていると同時に、柵の鍵の所持を許されている者だけということだ。
「はぁっ、はぁっ……」
柵の入り口まで到達すると、ライトは息を切らしながら、視界に映る光景に危機感を露わにした。本来であれば鍵がかかっているはずの柵が、その時にはもう柵としての役目を果たしていなかったから。
恐らく、先の重鎮らが開錠し、子供たちを森に置き去りにした後、鍵をかけずに立ち去ったのだろう。重鎮らの詰めの甘さに辟易としつつも、ライトは迷うことなく柵を通り過ぎ、災害級野獣が住まう森の結界をすり抜けた。
たった一歩。されど一歩。その一歩で森の地面を踏みしめた瞬間、ライトは背筋が凍るような圧迫感に襲われ、一瞬その足を止めてしまう。何せ、ライトは災害級野獣との戦闘経験がない。当然、この森に入ったことも無く、気を抜けば一瞬で殺されてしまうような空間で、どのように身動きを取ればいいのかも分からない。
それでも、一度足を踏み入れてしまった以上。同級生を救い出すと決めた以上、引き返すことなど出来ない。
意を決してもう一歩を踏み出すと、ライトは警戒を最大限に強めながら同級生たちを探索し始めた。
出来るだけ災害級野獣と鉢合わせないよう、全神経を集中させ、感覚を研ぎ澄ましながら小走りで森の中を駆けていると、ライトの耳に聞き馴染みのある声が届く。
『うわあああああああっ!!誰かっ、誰か助けてっ……』
「っ!」
その悲鳴はあまりにも小さく、神経を尖らせていなければ聞き逃していただろう。ライトは瞬時に声の聞こえてきた方向を向くと、一目散に駆け出して行った。走れば走る程、その悲鳴の音量は増していき、単体の悲鳴では無くなっていった。
微かな音が喧騒に変わってきた頃、ライトは視線の先に探し求めていた同級生の姿を見つけ、目を見開くと同時に走る速度を上げた。
(いたっ……!)
森の中にいたのは七人で、全員戦闘を苦手としている子供たちであった。彼らがまだ生きている事実にホッと安堵したのも束の間、彼らが怯えきった表情で見つめている存在に気づき、ライトはひゅっと息を呑む。
腰を抜かした彼らの見上げる先にいたのは、三体の災害級野獣。ライトはその災害級野獣に見覚えがあった。授業の際に使う教科書の、災害級野獣について学ぶ欄に載っていたのだ。教科書に載るぐらいなので、比較的有名な災害級野獣なのだろう。
体長約二メートル。苔のような濁った色の肌に、楕円形の醜い顔。武器は持っていないが、鋭い爪と牙で襲われれば一溜まりも無いだろう。そして、彼らが吐く唾液には毒が含まれている。その唾液を身体のどこかに浴びてしまえば致命傷は免れない。レベル一だからと言って、油断できる敵では無かった。
「おいお前らっ!」
「「っ!ライトっ?」」
「俺がコイツらを引きつけてる間に逃げろ!」
ライトは集めていたジルを炎に変換して三体の災害級野獣に放つと、血相を変えて彼らに呼び掛けた。炎に怯む災害級野獣だが、炎のジルが尽きると、敵と認識したライトに襲い掛かる。その攻撃を必死に躱すライトを前に、彼らはどう動けばいいのか分からず当惑してしまう。
七人の内の一人――眼鏡をかけた少年は尻餅をつきながらも、震える口を開いてその懸念を吐露した。
「で、でも結界がっ……」
「お前ら全員で同じ場所を狙って剣を振るえば、その内ひびが入るはずだ!ジルで威力をあげられる奴はっ……結界に辿り着くまでにっ、ジルを集めておけ!諦めなければ絶対に結界は破れるっ!……早くしろっ!!」
「「うんっ……!」」
鬼気迫るライトに背中を押され、彼らは震える脚に鞭を打って何とか立ち上がった。彼らに助言を与える間にも、災害級野獣からの攻撃を躱すので精一杯のライトを一人置いていくことに、彼らは若干の罪悪感を抱く。だが、ここで足踏みしていても、ライトの行為を無駄にしてしまうどころか、戦闘の足手纏いにしかならないことを、彼らは十分に理解していた。
唇を噛みしめながら背を向けると、彼らは一斉に駆け出す。段々と小さくなっていく彼らの背中を見届けると、ライトは満足気に破顔するのだった。
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武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
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