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第二章 過去との対峙編
85.その〝過去〟は、如何にして彼らの運命を変えたのか11
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チサトが勇者一族の屋敷にやって来てから三日後。
屋敷のとある一室では、二人の人間が相対していた。
一人は、勇者一族の現勇者――エイト。百八十センチの高身長に、サラリとした金髪を顎の辺りで切り揃えている。ツキマほどでは無いが、身体から発せられる威圧感は凄まじく、勇者の名は伊達では無いということが肌で感じられる。
そんな彼の青い瞳が見据える先にいるのは、一人の少年。
ユウタロウたちよりも一つ学年が上の彼は、エイトと同じ金髪を無造作に伸ばし、それを後ろできゅっと縛っている。上っ面だけの笑みを浮かべているせいか、目は細まっており、奥底に眠る瞳が何を映しているのか。それを読み解くことは困難を極める。
少年――ライトは、厳めしい勇者エイトを前にしても一切動じておらず、寧ろ落ち着いている様子であった。
開口一番、エイトは本題を切り出す。
「ライト。お前の一つ下の学年に、ユウタロウという少年がいるのを知っているか?」
「さぁ?年下に興味が無いので」
「はっ。私からしてみれば、お前たちのような未熟な童は全て、同列扱いせざるを得ないがな」
目の前にいるライトを嘲笑うように、エイトは軽口を叩いた。勇者選定戦で勝利を収めた彼にとって、未だ修行中の子供の違いなど、団栗の背比べがいいところなのだろう。それはライトも重々承知していた。だが――。
(俺からしてみても、あんたらみたいなじじぃ共、全員汚いクズにしか見えねぇよ)
ニコニコと愛想笑いを浮かべるライトだが、やはり腹の中では何を思っているのか分かったものでは無い。
ライトは勇者が嫌いだった。とりわけ、目の前にいる勇者のことは特に。そもそもライトは、この男のことを勇者と認めていない。三十代後半のエイトのことを、実の息子が腹の中ではじじい呼ばわりしているなど、当の本人は予想だにしていないだろう。
ただ、ライトの目に映る世界の大人は皆等しく、同列に穢れていた。困った時、即座に駆け付けて救ってくれる勇者なんて、この一族には一人もいなかった。
穢れは蓄積されていき、当人の醜さに反映されているようで。汚い大人たちは皆、皺に塗れた老人と大差ないように、ライトの目には映っていた。
「それで。そのユウタロウとかいう奴がどうかしたんですか?父さん」
「その子供、勇者一族始まって以来の問題児と称されていると同時に、勇者一族始まって以来の天才児とも認識されているんだ」
「実力があるのに、問題児なのですか?」
「あぁ。勇者になるだけの才覚を持っているというのに、勇者にとって最も枢要な、悪魔に対する敵愾心――つまり、悪魔討伐の意志を持たない童なんだ」
「へぇ、変わってますね」
そう言いつつ、ライトは内心、ユウタロウの特性に共感していた。
(勇者なんてクソ、なろうとする方がどうかしてるもんな。そいつの気持ちはよく分かる)
「そんな問題児が将来勇者となっては、勇者一族始まって以来の恥となるだろう。だというのに……」
「?」
頭を抱えながら、勿体ぶった言い回しをするエイトを前に、ライトは首を傾げた。
「その童、先日人型精霊と契約を果たし、精霊術師となったらしい」
「っ……!俺より一つ年下なのですよね?」
エイトから告げられた事実に、ライトはこの日初めて嘘偽りない感情を表に出した。純粋な驚きというよりも、ユウタロウの実力に驚嘆し、ライトは目を丸くしている。
人型精霊との契約は、普通の精霊よりも難しいとされている。人型精霊が生み出すジルは普通の精霊よりも強大で、彼らは有能な操志者で無いと契約を結んでくれないからだ。
つまりユウタロウには、幼い身でありながら人型精霊に認められる程の実力が備わっているということ。大人でも困難を極める契約を交わしてのけたのだから、ライトが感心するのも無理はなかった。
「あぁ。ただでさえ抜きんでた実力を持っているというのに、精霊まで味方につけてしまい、最早同年代相手では手をつけられん。そこでだ……」
刹那、ライトは猛烈に嫌な予感を察し、顔を顰めてしまいそうになるが、常時発動している愛想笑いスキルで何とか踏みとどまる。
「お前に白羽の矢が立った」
「……どういうことですか?」
「今度、一年と二年の合同訓練があることを知っているか?」
「はい」
「その際、一年と二年がペアを作り、模擬戦を行う訓練が執り行われる。本来であれば、年長者が下の童に戦い方を教え、同時に、未熟な童に敗戦の味を知らしめる為の訓練なんだが、ユウタロウであればそこらの有象無象など簡単に伸してしまうだろう。そこで、お前がユウタロウの対戦相手になれば良いのではないかという案が出てな」
「つまり……そのユウタロウって奴をボコボコにして、自信を失くさせろと?」
「平たく言えばそうだな」
エイト含めた重鎮らの思惑を理解すると、ライトは心の中で盛大なため息をついた。
(はぁ……最悪。
そもそもソイツ、問題児の癖にこのじじぃ共が実力を認めざるを得ないぐらいの奴なんだろ?そんなの勝てる訳ねぇじゃん……。このクソ勇者……勇者である自分の息子なんだから実力が伴っていて当然とか思ってやがるんだろうなぁ……自分の遺伝子の力過信しすぎだろ。
まぁでも、そのユウタロウって奴の為人は少し気になるかな。何の誇りも信念も無い、人の命の重みも分からねぇような奴が勇者になっちまえば、父親の二の舞だからな。勇者になるに相応しい奴かどうかは見極めねぇと)
父の命令に従うかどうかは、その後に判断しても遅くは無いだろう。
ライトは考えを頭の中でまとめると、嘘偽りに塗れた笑みを浮かべ、口を開いた。
「承知しました」
********
ライトと現勇者の二人が、ユウタロウを貶める為の密会を開いたその翌日。勇者一族の食堂には、目覚めたばかりで頭がボーっとした状態の子供で溢れかえっていた。一族の大人は基本的に、妻が作った朝食を食べるので、この時間帯に食堂を訪れるのは修行中の子供がほとんどだ。
そんな中、同じテーブルを囲んで朝食をとっているのは、ユウタロウ、ハヤテ、双子、チサトの五人。朝だというのにかつ丼を頼んだユウタロウは、徐に茶を流し込むと、困り果てた様に顔を顰めた。
「やべぇよ。一大事だよ」
「今日の訓練か?確かに、二年生との合同訓練は初めてだが……」
「ロクヤが体調崩しちまって、俺らの飯作ってくれる奴がいねぇ」
「…………お前は本当に能天気な奴だな」
訓練のことなど微塵も憂慮していない様子のユウタロウを前に、ハヤテは呆れ返って呟いた。
実は、ロクヤは昨晩から体調を崩しており、自室で寝込んでいる所を今朝ユウタロウが見つけたのだ。ロクヤの場合、母親が看病してやれるので過剰に心配する必要は無いが、それにしたって、彼の体調より自らの食い扶持を心配するユウタロウは非情である。
「食堂で飯食えるんだからいいじゃねぇか」
「それはそうだけどよ、何気にロクヤの作る間食が大事だったりするだろ」
「あー……確かに、朝昼晩は食堂開いてるけど、その間に腹減っちまうと何も食えねぇもんな」
最初はユウタロウの心配を杞憂と一蹴していたセッコウも、ロクヤの作る軽食のありがたみを再確認したのか、焦がれるような表情で空を見つめた。
そんな二人の会話を、チサトは何故かムッと不満げな表情で聞いており、ご機嫌斜めであることは明らかである。
「しょうがねぇ。修行終わったら見舞いに行くか……お前らも行くだろ?」
「っ、ねぇ、ユウちゃん」
「ん?」
ハヤテたちの返答を遮るように声を上げたチサトは、どこか切羽詰まったような表情をしており、ユウタロウはキョトンと首を傾げた。
「あの子、親が看病してるんでしょ?なら、わざわざユウちゃんがお見舞いする必要ないんじゃない?」
「……どうしたチサト?お前、そんなこと言う奴じゃないだろ」
「っ……な、何でもない。忘れて」
ユウタロウの怪訝そうな問いに過剰反応したチサトは、ビクッと肩震わせると、泳ぐ目を誤魔化すように顔を逸らした。
チサトは確かに人間嫌いだが、弱っている相手にまで冷たく接するような女性ではない。ユウタロウは誰よりもそれを理解しているからこそ、チサトの言動を不可解に思っていた。加えて、チサトは昨日からロクヤに対して特に居丈高に接しており、ユウタロウはその理由が皆目見当つかなかった。
全員が怪訝そうな視線をチサトに向けながらも、彼らは朝食を済ませると、合同訓練へと向かうのだった。
********
屋敷内の庭園――学校で言うところの校庭に集められた勇者一族の子供たちは、ユウタロウたち一年とライトを含めた二年の計三十人ほど。一学年四列ずつ、計八列に並んだ彼らの視線の先には、数名の重鎮が佇んでいた。
天候は涼やかな曇りで、眩しい陽射しで視界を遮られないのは幸いであった。
「――えー、では……手始めにお前らには、合同自主練をしてもらう」
((合同自主練?))
重鎮の指示を耳にした子供ら全員が、頭の中で疑問符を浮かべた。重鎮らの瞳に映る彼らは、さぞ素っ頓狂な表情をしていたことだろう。
自主練を合同で行ってしまえば、それはもう自主練ではないのでは?
誰もが思った疑問である。そんな彼らの疑問に答えるように、その重鎮は再び口を開いた。
「普段行っている自主練をしつつ、他学年の者との交流を深めなさい。二年生は一年生に自主練における助言をしてやるといい。この自主練の間に、最後に行われる模擬戦の相手を決めるんだな」
「「はい」」
かくして、ユウタロウたちは自主練をしつつ、模擬戦における対戦相手――ペアを組む二年生を探すこととなったのだが……。
「今日はどうする?」
「そうだな……剣の突きと、逆に突きを仕掛けられた時の回避の練習をしたい」
「おぉ。それでいいぜ」
ハヤテの要望をユウタロウはサラリと了承した。
因みに、セッコウとササノの二人は離れた場所で自主練をしており、チサトは子供たちの邪魔にならない木陰で見学をしている。
すると、自主練の算段をつける二人の世界に、唐突な異端者がぬるりと侵入してきた。
「へぇ。大分具体的な自主練だね。毎日自己鍛錬を欠かしていない証拠だ。偉い偉い」
「「…………だれ?」」
突如現れた見知らぬ少年を前に、二人は異口同音に首を傾げた。
キラキラと輝く金髪に、人当たりの良さそうな表情。女子に好かれそうな容姿の少年は、生憎ユウタロウたちの知らない顔だった。
ユウタロウたちは、思わず怪訝そうに彼を見上げるが、当の本人はにこやかな表情を崩すことなく右手を差し伸べてきた。
「俺はライト。君たちの一個先輩だよ。よろしくね」
「はぁ……どうも。……っ?何だユウタロウ。腕を引っ張るな」
ハヤテがその手を握り返そうとした刹那、ユウタロウは彼の腕を引っ張ってどこかに連れて行こうとした。そのまま身を委ねて流されるようなハヤテではない為、当然彼はその場に踏みとどまったが、ユウタロウの意思も固い。
「逃げるぞ」
「はぁ?何だよ逃げるって」
「こいつクソうさんくせぇぞ。目が笑ってねぇもん。関わらない方がいいぜ」
当人を前に堂々と言い放ったユウタロウに、ライトはこれ以上無いほどの危機感を覚えた。
(うーわー初っ端からバレてるぅぅ……このユウタロウとかいうガキ、あのじじい共が認めるだけあって勘が鋭いな)
出会った瞬間からこちらの不純な動機を見透かされてしまい、ライトは全身に冷や汗を流しながら、引き攣った様な笑みを浮かべてしまう。
どう誤魔化したものかと懊悩する中、助け舟を出してくれたのはハヤテだ。
「コラ。人を見た目で判断するものじゃない。初対面の方に対して失礼だろう。
……すみません。ライトさん。改めまして、俺はハヤテと言います。コッチはユウタロウです。ユウタロウは口は悪いですが、根は良い奴なので嫌わないでやってください」
ユウタロウに苦言を呈すると、ハヤテはライトに向かって深々と頭を下げて陳謝した。ユウタロウの擁護も完璧にこなしたハヤテを前に、ライトは一歩たじろいでしまう。
さぶ
(うわぁ……この子、言動の節々から真面目さといい子ちゃんオーラが出まくってるな。俺とは正反対のタイプだ……うっ、眩しくて直視できねぇ。さぶいぼたちそ)
正直、ライトはこの手のタイプの人間が苦手だった。嫌いな訳でも、生理的に受け付けない訳でも無いのだが、純粋に苦手だったのだ。あまりにも自分とかけ離れた価値観と心情を持つ人間を前にすると、自らの矮小さを浮き彫りにされるようで、劣等感を抱いてしまうからだ。
そんな苦手意識を表面には出さずに、ライトは繕った笑みを浮かべると、とある一手を打ち出した。
「いやいや、気にしなくていいよ。忌み色くん」
「っ……」
思わず、ハヤテの表情が一瞬だけ強張った。これまでのハヤテであれば、落胆したような、諦めの境地に至ったような表情で俯く程度だっただろうが、温もりを知ってしまったハヤテにとって、その牙はあまりにも冷たかった。
そして、ライトが棘のある呼び方をしたのには、明確な理由があった。ライトが今回彼らに接触したのは、父であるエイトに命じられたことも理由の一つではあったが、何より彼自身が、ユウタロウという人間を見極めたいと思っていたのだ。
そこで手始めに、ユウタロウの友人を揶揄した場合、彼がどんな反応を返すのか観察することにした。ハヤテのことを忌み色と呼ぶ者は一族の中に多くいる。それは子供だけに限った話では無く、彼らが逆らうことの出来ない重鎮も含まれる。
周りに流されて、揶揄され傷ついた友人を放っておくのか。それとも、ライト含めた重鎮たちの言動を批難して、友人を庇うのか。
答えは、すぐに出た。
屋敷のとある一室では、二人の人間が相対していた。
一人は、勇者一族の現勇者――エイト。百八十センチの高身長に、サラリとした金髪を顎の辺りで切り揃えている。ツキマほどでは無いが、身体から発せられる威圧感は凄まじく、勇者の名は伊達では無いということが肌で感じられる。
そんな彼の青い瞳が見据える先にいるのは、一人の少年。
ユウタロウたちよりも一つ学年が上の彼は、エイトと同じ金髪を無造作に伸ばし、それを後ろできゅっと縛っている。上っ面だけの笑みを浮かべているせいか、目は細まっており、奥底に眠る瞳が何を映しているのか。それを読み解くことは困難を極める。
少年――ライトは、厳めしい勇者エイトを前にしても一切動じておらず、寧ろ落ち着いている様子であった。
開口一番、エイトは本題を切り出す。
「ライト。お前の一つ下の学年に、ユウタロウという少年がいるのを知っているか?」
「さぁ?年下に興味が無いので」
「はっ。私からしてみれば、お前たちのような未熟な童は全て、同列扱いせざるを得ないがな」
目の前にいるライトを嘲笑うように、エイトは軽口を叩いた。勇者選定戦で勝利を収めた彼にとって、未だ修行中の子供の違いなど、団栗の背比べがいいところなのだろう。それはライトも重々承知していた。だが――。
(俺からしてみても、あんたらみたいなじじぃ共、全員汚いクズにしか見えねぇよ)
ニコニコと愛想笑いを浮かべるライトだが、やはり腹の中では何を思っているのか分かったものでは無い。
ライトは勇者が嫌いだった。とりわけ、目の前にいる勇者のことは特に。そもそもライトは、この男のことを勇者と認めていない。三十代後半のエイトのことを、実の息子が腹の中ではじじい呼ばわりしているなど、当の本人は予想だにしていないだろう。
ただ、ライトの目に映る世界の大人は皆等しく、同列に穢れていた。困った時、即座に駆け付けて救ってくれる勇者なんて、この一族には一人もいなかった。
穢れは蓄積されていき、当人の醜さに反映されているようで。汚い大人たちは皆、皺に塗れた老人と大差ないように、ライトの目には映っていた。
「それで。そのユウタロウとかいう奴がどうかしたんですか?父さん」
「その子供、勇者一族始まって以来の問題児と称されていると同時に、勇者一族始まって以来の天才児とも認識されているんだ」
「実力があるのに、問題児なのですか?」
「あぁ。勇者になるだけの才覚を持っているというのに、勇者にとって最も枢要な、悪魔に対する敵愾心――つまり、悪魔討伐の意志を持たない童なんだ」
「へぇ、変わってますね」
そう言いつつ、ライトは内心、ユウタロウの特性に共感していた。
(勇者なんてクソ、なろうとする方がどうかしてるもんな。そいつの気持ちはよく分かる)
「そんな問題児が将来勇者となっては、勇者一族始まって以来の恥となるだろう。だというのに……」
「?」
頭を抱えながら、勿体ぶった言い回しをするエイトを前に、ライトは首を傾げた。
「その童、先日人型精霊と契約を果たし、精霊術師となったらしい」
「っ……!俺より一つ年下なのですよね?」
エイトから告げられた事実に、ライトはこの日初めて嘘偽りない感情を表に出した。純粋な驚きというよりも、ユウタロウの実力に驚嘆し、ライトは目を丸くしている。
人型精霊との契約は、普通の精霊よりも難しいとされている。人型精霊が生み出すジルは普通の精霊よりも強大で、彼らは有能な操志者で無いと契約を結んでくれないからだ。
つまりユウタロウには、幼い身でありながら人型精霊に認められる程の実力が備わっているということ。大人でも困難を極める契約を交わしてのけたのだから、ライトが感心するのも無理はなかった。
「あぁ。ただでさえ抜きんでた実力を持っているというのに、精霊まで味方につけてしまい、最早同年代相手では手をつけられん。そこでだ……」
刹那、ライトは猛烈に嫌な予感を察し、顔を顰めてしまいそうになるが、常時発動している愛想笑いスキルで何とか踏みとどまる。
「お前に白羽の矢が立った」
「……どういうことですか?」
「今度、一年と二年の合同訓練があることを知っているか?」
「はい」
「その際、一年と二年がペアを作り、模擬戦を行う訓練が執り行われる。本来であれば、年長者が下の童に戦い方を教え、同時に、未熟な童に敗戦の味を知らしめる為の訓練なんだが、ユウタロウであればそこらの有象無象など簡単に伸してしまうだろう。そこで、お前がユウタロウの対戦相手になれば良いのではないかという案が出てな」
「つまり……そのユウタロウって奴をボコボコにして、自信を失くさせろと?」
「平たく言えばそうだな」
エイト含めた重鎮らの思惑を理解すると、ライトは心の中で盛大なため息をついた。
(はぁ……最悪。
そもそもソイツ、問題児の癖にこのじじぃ共が実力を認めざるを得ないぐらいの奴なんだろ?そんなの勝てる訳ねぇじゃん……。このクソ勇者……勇者である自分の息子なんだから実力が伴っていて当然とか思ってやがるんだろうなぁ……自分の遺伝子の力過信しすぎだろ。
まぁでも、そのユウタロウって奴の為人は少し気になるかな。何の誇りも信念も無い、人の命の重みも分からねぇような奴が勇者になっちまえば、父親の二の舞だからな。勇者になるに相応しい奴かどうかは見極めねぇと)
父の命令に従うかどうかは、その後に判断しても遅くは無いだろう。
ライトは考えを頭の中でまとめると、嘘偽りに塗れた笑みを浮かべ、口を開いた。
「承知しました」
********
ライトと現勇者の二人が、ユウタロウを貶める為の密会を開いたその翌日。勇者一族の食堂には、目覚めたばかりで頭がボーっとした状態の子供で溢れかえっていた。一族の大人は基本的に、妻が作った朝食を食べるので、この時間帯に食堂を訪れるのは修行中の子供がほとんどだ。
そんな中、同じテーブルを囲んで朝食をとっているのは、ユウタロウ、ハヤテ、双子、チサトの五人。朝だというのにかつ丼を頼んだユウタロウは、徐に茶を流し込むと、困り果てた様に顔を顰めた。
「やべぇよ。一大事だよ」
「今日の訓練か?確かに、二年生との合同訓練は初めてだが……」
「ロクヤが体調崩しちまって、俺らの飯作ってくれる奴がいねぇ」
「…………お前は本当に能天気な奴だな」
訓練のことなど微塵も憂慮していない様子のユウタロウを前に、ハヤテは呆れ返って呟いた。
実は、ロクヤは昨晩から体調を崩しており、自室で寝込んでいる所を今朝ユウタロウが見つけたのだ。ロクヤの場合、母親が看病してやれるので過剰に心配する必要は無いが、それにしたって、彼の体調より自らの食い扶持を心配するユウタロウは非情である。
「食堂で飯食えるんだからいいじゃねぇか」
「それはそうだけどよ、何気にロクヤの作る間食が大事だったりするだろ」
「あー……確かに、朝昼晩は食堂開いてるけど、その間に腹減っちまうと何も食えねぇもんな」
最初はユウタロウの心配を杞憂と一蹴していたセッコウも、ロクヤの作る軽食のありがたみを再確認したのか、焦がれるような表情で空を見つめた。
そんな二人の会話を、チサトは何故かムッと不満げな表情で聞いており、ご機嫌斜めであることは明らかである。
「しょうがねぇ。修行終わったら見舞いに行くか……お前らも行くだろ?」
「っ、ねぇ、ユウちゃん」
「ん?」
ハヤテたちの返答を遮るように声を上げたチサトは、どこか切羽詰まったような表情をしており、ユウタロウはキョトンと首を傾げた。
「あの子、親が看病してるんでしょ?なら、わざわざユウちゃんがお見舞いする必要ないんじゃない?」
「……どうしたチサト?お前、そんなこと言う奴じゃないだろ」
「っ……な、何でもない。忘れて」
ユウタロウの怪訝そうな問いに過剰反応したチサトは、ビクッと肩震わせると、泳ぐ目を誤魔化すように顔を逸らした。
チサトは確かに人間嫌いだが、弱っている相手にまで冷たく接するような女性ではない。ユウタロウは誰よりもそれを理解しているからこそ、チサトの言動を不可解に思っていた。加えて、チサトは昨日からロクヤに対して特に居丈高に接しており、ユウタロウはその理由が皆目見当つかなかった。
全員が怪訝そうな視線をチサトに向けながらも、彼らは朝食を済ませると、合同訓練へと向かうのだった。
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屋敷内の庭園――学校で言うところの校庭に集められた勇者一族の子供たちは、ユウタロウたち一年とライトを含めた二年の計三十人ほど。一学年四列ずつ、計八列に並んだ彼らの視線の先には、数名の重鎮が佇んでいた。
天候は涼やかな曇りで、眩しい陽射しで視界を遮られないのは幸いであった。
「――えー、では……手始めにお前らには、合同自主練をしてもらう」
((合同自主練?))
重鎮の指示を耳にした子供ら全員が、頭の中で疑問符を浮かべた。重鎮らの瞳に映る彼らは、さぞ素っ頓狂な表情をしていたことだろう。
自主練を合同で行ってしまえば、それはもう自主練ではないのでは?
誰もが思った疑問である。そんな彼らの疑問に答えるように、その重鎮は再び口を開いた。
「普段行っている自主練をしつつ、他学年の者との交流を深めなさい。二年生は一年生に自主練における助言をしてやるといい。この自主練の間に、最後に行われる模擬戦の相手を決めるんだな」
「「はい」」
かくして、ユウタロウたちは自主練をしつつ、模擬戦における対戦相手――ペアを組む二年生を探すこととなったのだが……。
「今日はどうする?」
「そうだな……剣の突きと、逆に突きを仕掛けられた時の回避の練習をしたい」
「おぉ。それでいいぜ」
ハヤテの要望をユウタロウはサラリと了承した。
因みに、セッコウとササノの二人は離れた場所で自主練をしており、チサトは子供たちの邪魔にならない木陰で見学をしている。
すると、自主練の算段をつける二人の世界に、唐突な異端者がぬるりと侵入してきた。
「へぇ。大分具体的な自主練だね。毎日自己鍛錬を欠かしていない証拠だ。偉い偉い」
「「…………だれ?」」
突如現れた見知らぬ少年を前に、二人は異口同音に首を傾げた。
キラキラと輝く金髪に、人当たりの良さそうな表情。女子に好かれそうな容姿の少年は、生憎ユウタロウたちの知らない顔だった。
ユウタロウたちは、思わず怪訝そうに彼を見上げるが、当の本人はにこやかな表情を崩すことなく右手を差し伸べてきた。
「俺はライト。君たちの一個先輩だよ。よろしくね」
「はぁ……どうも。……っ?何だユウタロウ。腕を引っ張るな」
ハヤテがその手を握り返そうとした刹那、ユウタロウは彼の腕を引っ張ってどこかに連れて行こうとした。そのまま身を委ねて流されるようなハヤテではない為、当然彼はその場に踏みとどまったが、ユウタロウの意思も固い。
「逃げるぞ」
「はぁ?何だよ逃げるって」
「こいつクソうさんくせぇぞ。目が笑ってねぇもん。関わらない方がいいぜ」
当人を前に堂々と言い放ったユウタロウに、ライトはこれ以上無いほどの危機感を覚えた。
(うーわー初っ端からバレてるぅぅ……このユウタロウとかいうガキ、あのじじい共が認めるだけあって勘が鋭いな)
出会った瞬間からこちらの不純な動機を見透かされてしまい、ライトは全身に冷や汗を流しながら、引き攣った様な笑みを浮かべてしまう。
どう誤魔化したものかと懊悩する中、助け舟を出してくれたのはハヤテだ。
「コラ。人を見た目で判断するものじゃない。初対面の方に対して失礼だろう。
……すみません。ライトさん。改めまして、俺はハヤテと言います。コッチはユウタロウです。ユウタロウは口は悪いですが、根は良い奴なので嫌わないでやってください」
ユウタロウに苦言を呈すると、ハヤテはライトに向かって深々と頭を下げて陳謝した。ユウタロウの擁護も完璧にこなしたハヤテを前に、ライトは一歩たじろいでしまう。
さぶ
(うわぁ……この子、言動の節々から真面目さといい子ちゃんオーラが出まくってるな。俺とは正反対のタイプだ……うっ、眩しくて直視できねぇ。さぶいぼたちそ)
正直、ライトはこの手のタイプの人間が苦手だった。嫌いな訳でも、生理的に受け付けない訳でも無いのだが、純粋に苦手だったのだ。あまりにも自分とかけ離れた価値観と心情を持つ人間を前にすると、自らの矮小さを浮き彫りにされるようで、劣等感を抱いてしまうからだ。
そんな苦手意識を表面には出さずに、ライトは繕った笑みを浮かべると、とある一手を打ち出した。
「いやいや、気にしなくていいよ。忌み色くん」
「っ……」
思わず、ハヤテの表情が一瞬だけ強張った。これまでのハヤテであれば、落胆したような、諦めの境地に至ったような表情で俯く程度だっただろうが、温もりを知ってしまったハヤテにとって、その牙はあまりにも冷たかった。
そして、ライトが棘のある呼び方をしたのには、明確な理由があった。ライトが今回彼らに接触したのは、父であるエイトに命じられたことも理由の一つではあったが、何より彼自身が、ユウタロウという人間を見極めたいと思っていたのだ。
そこで手始めに、ユウタロウの友人を揶揄した場合、彼がどんな反応を返すのか観察することにした。ハヤテのことを忌み色と呼ぶ者は一族の中に多くいる。それは子供だけに限った話では無く、彼らが逆らうことの出来ない重鎮も含まれる。
周りに流されて、揶揄され傷ついた友人を放っておくのか。それとも、ライト含めた重鎮たちの言動を批難して、友人を庇うのか。
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作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
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