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第二章 過去との対峙編
78.その〝過去〟は、如何にして彼らの運命を変えたのか4
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「俺の母親に関する悪い噂、知ってんだろ?」
「あぁ……。一族の男以外――つまり、お前の父親以外との子供を作ってしまって、一族を追い出されたと聞いている」
当惑しつつも、ハヤテはその問いに答えた。
勇者一族の人間は、基本的に勇者一族の人間以外との婚姻を許されていない。勇者一族の血を引かぬ者と交われば、産まれてくる子供に受け継がれる初代勇者たちの血が薄れるからだ。
もし仮に、勇者一族に貢献できる程の強者が、一族以外の人間と結ばれれば、特例として婚姻を認めてもらえるだろう。だが、戦闘能力のないユウタロウの母親が、一族以外の人間と関係を結んだとあれば、一族にとってそれは到底許されるものではない。
一族の人間は初代勇者の血が薄まるのを極端に嫌い、弱者や裏切り者は徹底的に排除する傾向にある。噂が本当なら、一族を裏切ったユウタロウの母親と、彼女のお腹の子供が不要と判断されたのも、何ら不思議な話では無かった。
「それ……全部嘘なんだ」
「っ……そうか」
ハヤテは目を見開いたが、驚いてはいなかった。何となく、そうじゃないかと思っていたのかもしれない。
ユウタロウはだらしない所もあるが、芯の通った優しい人間だ。そんな彼を育てた母親が、息子や旦那を裏切るような真似をするだろうか?と、ハヤテは疑問に思っていたのだ。
「子供が出来たどころか、母ちゃん、子供を作れなくなったんだよ」
「っ!……そういうことか」
それだけで全てを察すると、ハヤテは納得の声を上げた。
恐らく、子供を産めない身体になってしまったユウタロウの母を疎ましく思った一族は、早々に彼女を見限ることを決めたのだろう。そして、全てを彼女の過失だと思わせるよう、虚偽の噂を流した。
ハヤテでも容易にそんな推測を立てられる程、一族の弱者に対する迫害は目に余るものがあるのだ。
「母ちゃん、昔から俺に良く言い聞かせてくれたんだ。一族の教えに囚われて、判断を見誤っちゃいけないって。皆が口を揃えて語る歴史を、丸ごと信じちゃいけないって。
悪魔や悪魔の愛し子の中にも、心優しい人がいるかもしれない。逆に、勇者一族の中にも、人の心を持たない悪人がいるかもしれない。……もしかしたら、五千年前の悪魔は……世界を滅ぼすつもりなんて無かったかもしれない」
「それは……」
「あくまで仮定な。だって、誰も五千年前を生きたこと無いだろう?まるっきり嘘ってことは無くても、何か食い違って、間違って伝わっている歴史があるかもしれない。
そもそも初代勇者は、悪魔や愛し子が穢れた存在だなんて思っていたのか?純血こそが正義だなんて、初代勇者は本当に言っていたのか?真相は誰も分からないのに、皆決めつけて視野を狭めてる。母ちゃんの口癖だった。
……そのせいかな。母ちゃん、じじぃ共に目ぇつけられてたんだよ」
「それで、あんなデマを?」
神妙に尋ねるハヤテだが、ユウタロウの話を聞いて更に合点がいっていた。
ユウタロウの母親は、この短時間で理解できてしまう程、一族の重鎮が目の敵にしそうな人柄だ。少しでも隙を見せたら最後、反論する余地も無いほど叩きのめされるのは必至だったのだろう。
同時に、ハヤテの忌み色を見ても態度を変えず、誰に対しても偏見を持たないユウタロウの原点を垣間見たような。ハヤテはそんな感覚になった。
「あぁ。母ちゃんが子供産めねぇ身体になったって知った途端、アイツらこれみよがしに母ちゃんのこと追い出したんだ。嫌がらせのつもりか、下らねぇ嘘までつきやがって」
「……お前の母親を悪者にした方が、都合が良かったのかもしれないな」
「父ちゃんも追いかけたかったみてぇだけど、そうすると俺を一族の中に一人置いてくることになるだろ?だからそれは駄目だって、母ちゃんに言われたみたいでさぁ。母ちゃんそんなに強くもねぇし、一族から出たことねぇから、真面な職に就ける見込みもねぇしで、多分今大変な思いしてると思うんだ」
「だから、一族のことが嫌いなんだな」
――そんなもの、嫌って当然だ。
そんな共感を込めて、ハヤテは尋ねた。
別に、母親と離れ離れのユウタロウに寄り添いたかったとか、そんなつもりは微塵も無かった。
ただ、自らの母を語るユウタロウはいつもより柔和な表情で。いつもより少し嬉々とした、跳ねた声を上げていたから。きっと、その母のことが大好きなのだろうと、本人に会ったことの無いハヤテでも分かる程。
まだ七才の子供のユウタロウが、そんな母親と理不尽に引き離されたのだ。怒るなという方が無理な話だろう。
――もし、自分がユウタロウと同じような目に遭ったら。
想像したハヤテは、胸が締め付けられる程の苦衷に、唇を噛みしめた。
「おう。だから、母ちゃんを追い出した奴ら全員ぶっ飛ばして、勇者一族に大改革起こしてやりてぇんだよ」
「具体的に策はあるのか?」
「ねぇ。……強くなって、偉い奴らを、物理的にぶっ飛ばす……?」
「はぁ……お前の意志は尊重するが、一人で突っ走るなよ?何かする時は俺に相談を……」
「……反対しないのか?」
呆れた様子で忠告するだけのハヤテを目の当たりにしたユウタロウは、思わず呆けた面で尋ねた。勇者一族を変えるなど、荒唐無稽な夢だと一蹴されても仕方の無い目標である。それぐらい、ユウタロウも自覚していた。
ハヤテは誰よりも理性的に物事を捉え、計画的に行動することが出来る。だからこそユウタロウは、ハヤテには真っ向から反対されると思っていたのだ。
「……あぁ、そういえば、そうだな」
「なんだそれ」
いつものハヤテなら「ユウタロウの為」と心を鬼にして苦言を呈したのだろう。自覚がある分、ハヤテ自身も己の不可解な言動に首を傾げた。
「いや……なんだろうな。……ユウタロウなら、そんな夢物語も実現させられるんじゃないかって、根拠のない期待をしているのかもしれない」
「ハヤテ……」
目を伏せて微笑んだハヤテは、ユウタロウの瞳に鮮烈に映った。目を奪われてから数秒後、ユウタロウはとある決断をする。
「なぁ」
「うん?」
「やっぱお前、俺のもんになれよ」
「……は?」
あまりにも唐突な提案だというのに、ユウタロウは清々しい程の精悍な笑みを浮かべており、ハヤテは思わず呆けた声を漏らした。
「お前のこと好きだわっ。……俺の仲間になれよ」
「っ!……仲間?」
ユウタロウの晴れやかな笑顔に、嘘は見えなかった。ユウタロウは心の底から、忌み色の持ちのハヤテを好きだと告白したのだ。その事実が、ハヤテには信じられなかった。
ハヤテとユウタロウは、勇者一族に生まれた者同士――同じ試練を乗り越える家族だ。だからこそハヤテには、今の関係と仲間にどんな違いがあるのか上手く理解できなかった。
「御伽噺にあるだろ?血の契約」
「っ!」
首を傾げるハヤテの為に、ユウタロウはその単語を口にした。刹那、ハヤテの目が見開かれる。
ユウタロウの言う御伽噺とは、勇者一族の子供であれば一度は読んだことのある、初代勇者を題材にした絵本のことだ。
五千年前の出来事を小さな子供でも分かりやすく学ぶために作られたものなので、絵本には空想も織り交ぜられている。
その御伽噺の中で、初代勇者たちが交わす誓いのことを〝血の契約〟と呼んでいるのだ。
世界を滅ぼそうとした悪魔を討伐する為に名乗りを上げた初代勇者たちは、仲間の証として互いの血を酒に見立て、盃を交わした。その瞬間、初代勇者たちは仲間でありながら、血の繋がりを持った家族になった――これこそが血の契約である。
そして。物語を締める最後の一文には、こう記されている。
〝勇者一族の子供たちよ。今この御伽噺を読んでいる君たちが、いつか勇者と認める存在に出会った暁には、勇者一族の血に誓って、その者に永遠の忠誠を誓うといい。その誓いは血の契約に順ずるものであり、裏切ることは決して許されない。誇り高き勇者一族の血に誓うのであれば、それ相応の信念と覚悟を持って、血の契約に挑むといい――。〟
御伽噺自体は幼い子供でも分かるような文章で進んで行くのだが、この締めの言葉だけは堅苦しい文言で、意味を理解できていない子供も多くいた。
「……つまり。お前を勇者と認め、永遠の忠誠を誓えと?」
ユウタロウが、御伽噺に記された〝血の契約〟を指していることは、ハヤテにも理解できたので、彼は直球で尋ねた。
「そんな堅苦しいもんじゃねぇって。ただ、何があっても裏切らない、相手がピンチの時は必ず助け合う、そういう仲間の約束だ」
「仲間の約束……」
それは、自分の持ち合わせていない、これから手に入れることも無いだろうと、最初から諦めていた代物だった。
一族は家族だと、誰もがそう断言するというのに、ハヤテはその家族たちに忌み嫌われ続けた。きっと、自分はその家族として認められなかったのだろう。認められないような自分が悪いと、求めたくても、ハヤテは誰かからの愛を求めてこなかった。
ここで頷けば、ずっと焦がれてきた情を手に入れることが出来る?
甘い誘惑に流されて、ハヤテはその手を取ってしまいそうになる。
だが――。
『あなたは絶対に勇者になるの』
母の言葉が、ハヤテの耳から離れることは無い。
今ここで、ユウタロウと血の契約を交わしてしまえば、ユウタロウを勇者だと認めてしまうことにならないか?
そんな心持ちで、自分は本当に勇者になれるのか?
ハヤテはまだ、答えを出せなかった。
「少し……考えさせてくれ」
「おう。……あ、そうだ。ロクヤも誘うか」
この世の終わりのような厳しい顔つきのハヤテに対し、ユウタロウはケロッとした様子で答えた。
それから。ロクヤの弁当で身体を回復させた二人は、再び登山に勤しむのだった。
********
眩しいくらいに森の木々を照らす太陽が、もう少しで彼らの真上に昇る頃。ユウタロウたちは四往復目の折り返し地点に来ていた。
四度目の下山を開始した二人は、脚への負担を考えて徒歩で進んでいた。十分程止まることなく下っていたのだが、何かを察知したユウタロウが、唐突にその足を止めた。
「?……ユウタロウ、どうし……っ」
尋ねようとした刹那、ハヤテは全身を粟立たせ、息を呑んだ。ユウタロウが睨みつけてから目を逸らそうとしない存在に、ハヤテも気づいたから。
彼らの視界に映ったのは、一匹の大きな熊。体長二メートルは優に超えている、凶暴そうな熊である。今は目を凝らさなければ見えない程離れた場所にいるが、どんどん熊はハヤテたちの方へと歩み寄っていた。
勇者一族の子供たちは基本的に、屋敷の外に出ることがあまり許されていない。子供が外で遊び回ることを覚えてしまったり、外出したついでに逃げ出す可能性を潰すためだ。故に彼らは基本的に屋敷内で訓練しており、その内容も訓練を前提とした対人戦ばかり。
故にハヤテやユウタロウにとっては、これが初めてだろう。得体の知れない野獣に、強烈な殺気を痛いぐらい浴びせられたのは。
「……どうする?逃げるか?」
「この訓練。こういう時に戦うことも前提になってるんじゃねぇか?強くなりたいなら、実戦は積んでおいた方がいいと思うぞ」
「っ!……確かに。なら戦うか」
ユウタロウの見解は正しかった。今回の訓練は、単なる体力向上の為のものでは無い。体力向上を目指すと同時に、山で起こる様々なアクシデントに対し、冷静に的確に対処する力を身につける為の訓練なのだから。
自身と相手の力量を測り、不毛な戦いだと判断すれば逃げるのもよし。勝てる見込みがあるのなら、経験の為に応戦するもよし。その状況ごとの最適解を見つけることこそが大事なのだ。
「でもどうするよ?身体強化術に加えて、武器にジルを込めねぇとあれは倒せなさそうだぞ」
「そうだな……ジルを集めるのに多少時間がかかってしまうから、それまでどちらかが敵を引きつける必要が……」
「おい」
「「っ!」」
唐突に、どこか不機嫌そうな声音で呼びかけられた二人は、ビクッと肩を震わせながら振り返った。熊に気を取られるあまり、近くにいた人の気配を察知できなかったのだろう。
振り向いた先にいた人物に、ハヤテたちは呆けた様子で目を丸くした。
「随分と面白そうなことに首突っ込んでんじゃねぇか。俺たちも混ぜろよ。ズルいぞ」
「やめよぉ……もうやめよぉ……おねがいおねがいおねがいおねがいぃ、一生のお願いだから聞いてよぉ。僕危ないの嫌だよぉ……僕すごく弱いんだから役に立たないよぉ……やめようよぉ……セッコウ兄ぃ……」
「「…………」」
挑発的な表情で言い放った少年と。
その少年と全く同じ顔ではあるものの、彼の腕に縋りついて咽び泣いてばかりの少年。
同じ顔だというのに、あまりにも対照的な二人を前に、ユウタロウたちは目を点にしてしまうのだった。
「あぁ……。一族の男以外――つまり、お前の父親以外との子供を作ってしまって、一族を追い出されたと聞いている」
当惑しつつも、ハヤテはその問いに答えた。
勇者一族の人間は、基本的に勇者一族の人間以外との婚姻を許されていない。勇者一族の血を引かぬ者と交われば、産まれてくる子供に受け継がれる初代勇者たちの血が薄れるからだ。
もし仮に、勇者一族に貢献できる程の強者が、一族以外の人間と結ばれれば、特例として婚姻を認めてもらえるだろう。だが、戦闘能力のないユウタロウの母親が、一族以外の人間と関係を結んだとあれば、一族にとってそれは到底許されるものではない。
一族の人間は初代勇者の血が薄まるのを極端に嫌い、弱者や裏切り者は徹底的に排除する傾向にある。噂が本当なら、一族を裏切ったユウタロウの母親と、彼女のお腹の子供が不要と判断されたのも、何ら不思議な話では無かった。
「それ……全部嘘なんだ」
「っ……そうか」
ハヤテは目を見開いたが、驚いてはいなかった。何となく、そうじゃないかと思っていたのかもしれない。
ユウタロウはだらしない所もあるが、芯の通った優しい人間だ。そんな彼を育てた母親が、息子や旦那を裏切るような真似をするだろうか?と、ハヤテは疑問に思っていたのだ。
「子供が出来たどころか、母ちゃん、子供を作れなくなったんだよ」
「っ!……そういうことか」
それだけで全てを察すると、ハヤテは納得の声を上げた。
恐らく、子供を産めない身体になってしまったユウタロウの母を疎ましく思った一族は、早々に彼女を見限ることを決めたのだろう。そして、全てを彼女の過失だと思わせるよう、虚偽の噂を流した。
ハヤテでも容易にそんな推測を立てられる程、一族の弱者に対する迫害は目に余るものがあるのだ。
「母ちゃん、昔から俺に良く言い聞かせてくれたんだ。一族の教えに囚われて、判断を見誤っちゃいけないって。皆が口を揃えて語る歴史を、丸ごと信じちゃいけないって。
悪魔や悪魔の愛し子の中にも、心優しい人がいるかもしれない。逆に、勇者一族の中にも、人の心を持たない悪人がいるかもしれない。……もしかしたら、五千年前の悪魔は……世界を滅ぼすつもりなんて無かったかもしれない」
「それは……」
「あくまで仮定な。だって、誰も五千年前を生きたこと無いだろう?まるっきり嘘ってことは無くても、何か食い違って、間違って伝わっている歴史があるかもしれない。
そもそも初代勇者は、悪魔や愛し子が穢れた存在だなんて思っていたのか?純血こそが正義だなんて、初代勇者は本当に言っていたのか?真相は誰も分からないのに、皆決めつけて視野を狭めてる。母ちゃんの口癖だった。
……そのせいかな。母ちゃん、じじぃ共に目ぇつけられてたんだよ」
「それで、あんなデマを?」
神妙に尋ねるハヤテだが、ユウタロウの話を聞いて更に合点がいっていた。
ユウタロウの母親は、この短時間で理解できてしまう程、一族の重鎮が目の敵にしそうな人柄だ。少しでも隙を見せたら最後、反論する余地も無いほど叩きのめされるのは必至だったのだろう。
同時に、ハヤテの忌み色を見ても態度を変えず、誰に対しても偏見を持たないユウタロウの原点を垣間見たような。ハヤテはそんな感覚になった。
「あぁ。母ちゃんが子供産めねぇ身体になったって知った途端、アイツらこれみよがしに母ちゃんのこと追い出したんだ。嫌がらせのつもりか、下らねぇ嘘までつきやがって」
「……お前の母親を悪者にした方が、都合が良かったのかもしれないな」
「父ちゃんも追いかけたかったみてぇだけど、そうすると俺を一族の中に一人置いてくることになるだろ?だからそれは駄目だって、母ちゃんに言われたみたいでさぁ。母ちゃんそんなに強くもねぇし、一族から出たことねぇから、真面な職に就ける見込みもねぇしで、多分今大変な思いしてると思うんだ」
「だから、一族のことが嫌いなんだな」
――そんなもの、嫌って当然だ。
そんな共感を込めて、ハヤテは尋ねた。
別に、母親と離れ離れのユウタロウに寄り添いたかったとか、そんなつもりは微塵も無かった。
ただ、自らの母を語るユウタロウはいつもより柔和な表情で。いつもより少し嬉々とした、跳ねた声を上げていたから。きっと、その母のことが大好きなのだろうと、本人に会ったことの無いハヤテでも分かる程。
まだ七才の子供のユウタロウが、そんな母親と理不尽に引き離されたのだ。怒るなという方が無理な話だろう。
――もし、自分がユウタロウと同じような目に遭ったら。
想像したハヤテは、胸が締め付けられる程の苦衷に、唇を噛みしめた。
「おう。だから、母ちゃんを追い出した奴ら全員ぶっ飛ばして、勇者一族に大改革起こしてやりてぇんだよ」
「具体的に策はあるのか?」
「ねぇ。……強くなって、偉い奴らを、物理的にぶっ飛ばす……?」
「はぁ……お前の意志は尊重するが、一人で突っ走るなよ?何かする時は俺に相談を……」
「……反対しないのか?」
呆れた様子で忠告するだけのハヤテを目の当たりにしたユウタロウは、思わず呆けた面で尋ねた。勇者一族を変えるなど、荒唐無稽な夢だと一蹴されても仕方の無い目標である。それぐらい、ユウタロウも自覚していた。
ハヤテは誰よりも理性的に物事を捉え、計画的に行動することが出来る。だからこそユウタロウは、ハヤテには真っ向から反対されると思っていたのだ。
「……あぁ、そういえば、そうだな」
「なんだそれ」
いつものハヤテなら「ユウタロウの為」と心を鬼にして苦言を呈したのだろう。自覚がある分、ハヤテ自身も己の不可解な言動に首を傾げた。
「いや……なんだろうな。……ユウタロウなら、そんな夢物語も実現させられるんじゃないかって、根拠のない期待をしているのかもしれない」
「ハヤテ……」
目を伏せて微笑んだハヤテは、ユウタロウの瞳に鮮烈に映った。目を奪われてから数秒後、ユウタロウはとある決断をする。
「なぁ」
「うん?」
「やっぱお前、俺のもんになれよ」
「……は?」
あまりにも唐突な提案だというのに、ユウタロウは清々しい程の精悍な笑みを浮かべており、ハヤテは思わず呆けた声を漏らした。
「お前のこと好きだわっ。……俺の仲間になれよ」
「っ!……仲間?」
ユウタロウの晴れやかな笑顔に、嘘は見えなかった。ユウタロウは心の底から、忌み色の持ちのハヤテを好きだと告白したのだ。その事実が、ハヤテには信じられなかった。
ハヤテとユウタロウは、勇者一族に生まれた者同士――同じ試練を乗り越える家族だ。だからこそハヤテには、今の関係と仲間にどんな違いがあるのか上手く理解できなかった。
「御伽噺にあるだろ?血の契約」
「っ!」
首を傾げるハヤテの為に、ユウタロウはその単語を口にした。刹那、ハヤテの目が見開かれる。
ユウタロウの言う御伽噺とは、勇者一族の子供であれば一度は読んだことのある、初代勇者を題材にした絵本のことだ。
五千年前の出来事を小さな子供でも分かりやすく学ぶために作られたものなので、絵本には空想も織り交ぜられている。
その御伽噺の中で、初代勇者たちが交わす誓いのことを〝血の契約〟と呼んでいるのだ。
世界を滅ぼそうとした悪魔を討伐する為に名乗りを上げた初代勇者たちは、仲間の証として互いの血を酒に見立て、盃を交わした。その瞬間、初代勇者たちは仲間でありながら、血の繋がりを持った家族になった――これこそが血の契約である。
そして。物語を締める最後の一文には、こう記されている。
〝勇者一族の子供たちよ。今この御伽噺を読んでいる君たちが、いつか勇者と認める存在に出会った暁には、勇者一族の血に誓って、その者に永遠の忠誠を誓うといい。その誓いは血の契約に順ずるものであり、裏切ることは決して許されない。誇り高き勇者一族の血に誓うのであれば、それ相応の信念と覚悟を持って、血の契約に挑むといい――。〟
御伽噺自体は幼い子供でも分かるような文章で進んで行くのだが、この締めの言葉だけは堅苦しい文言で、意味を理解できていない子供も多くいた。
「……つまり。お前を勇者と認め、永遠の忠誠を誓えと?」
ユウタロウが、御伽噺に記された〝血の契約〟を指していることは、ハヤテにも理解できたので、彼は直球で尋ねた。
「そんな堅苦しいもんじゃねぇって。ただ、何があっても裏切らない、相手がピンチの時は必ず助け合う、そういう仲間の約束だ」
「仲間の約束……」
それは、自分の持ち合わせていない、これから手に入れることも無いだろうと、最初から諦めていた代物だった。
一族は家族だと、誰もがそう断言するというのに、ハヤテはその家族たちに忌み嫌われ続けた。きっと、自分はその家族として認められなかったのだろう。認められないような自分が悪いと、求めたくても、ハヤテは誰かからの愛を求めてこなかった。
ここで頷けば、ずっと焦がれてきた情を手に入れることが出来る?
甘い誘惑に流されて、ハヤテはその手を取ってしまいそうになる。
だが――。
『あなたは絶対に勇者になるの』
母の言葉が、ハヤテの耳から離れることは無い。
今ここで、ユウタロウと血の契約を交わしてしまえば、ユウタロウを勇者だと認めてしまうことにならないか?
そんな心持ちで、自分は本当に勇者になれるのか?
ハヤテはまだ、答えを出せなかった。
「少し……考えさせてくれ」
「おう。……あ、そうだ。ロクヤも誘うか」
この世の終わりのような厳しい顔つきのハヤテに対し、ユウタロウはケロッとした様子で答えた。
それから。ロクヤの弁当で身体を回復させた二人は、再び登山に勤しむのだった。
********
眩しいくらいに森の木々を照らす太陽が、もう少しで彼らの真上に昇る頃。ユウタロウたちは四往復目の折り返し地点に来ていた。
四度目の下山を開始した二人は、脚への負担を考えて徒歩で進んでいた。十分程止まることなく下っていたのだが、何かを察知したユウタロウが、唐突にその足を止めた。
「?……ユウタロウ、どうし……っ」
尋ねようとした刹那、ハヤテは全身を粟立たせ、息を呑んだ。ユウタロウが睨みつけてから目を逸らそうとしない存在に、ハヤテも気づいたから。
彼らの視界に映ったのは、一匹の大きな熊。体長二メートルは優に超えている、凶暴そうな熊である。今は目を凝らさなければ見えない程離れた場所にいるが、どんどん熊はハヤテたちの方へと歩み寄っていた。
勇者一族の子供たちは基本的に、屋敷の外に出ることがあまり許されていない。子供が外で遊び回ることを覚えてしまったり、外出したついでに逃げ出す可能性を潰すためだ。故に彼らは基本的に屋敷内で訓練しており、その内容も訓練を前提とした対人戦ばかり。
故にハヤテやユウタロウにとっては、これが初めてだろう。得体の知れない野獣に、強烈な殺気を痛いぐらい浴びせられたのは。
「……どうする?逃げるか?」
「この訓練。こういう時に戦うことも前提になってるんじゃねぇか?強くなりたいなら、実戦は積んでおいた方がいいと思うぞ」
「っ!……確かに。なら戦うか」
ユウタロウの見解は正しかった。今回の訓練は、単なる体力向上の為のものでは無い。体力向上を目指すと同時に、山で起こる様々なアクシデントに対し、冷静に的確に対処する力を身につける為の訓練なのだから。
自身と相手の力量を測り、不毛な戦いだと判断すれば逃げるのもよし。勝てる見込みがあるのなら、経験の為に応戦するもよし。その状況ごとの最適解を見つけることこそが大事なのだ。
「でもどうするよ?身体強化術に加えて、武器にジルを込めねぇとあれは倒せなさそうだぞ」
「そうだな……ジルを集めるのに多少時間がかかってしまうから、それまでどちらかが敵を引きつける必要が……」
「おい」
「「っ!」」
唐突に、どこか不機嫌そうな声音で呼びかけられた二人は、ビクッと肩を震わせながら振り返った。熊に気を取られるあまり、近くにいた人の気配を察知できなかったのだろう。
振り向いた先にいた人物に、ハヤテたちは呆けた様子で目を丸くした。
「随分と面白そうなことに首突っ込んでんじゃねぇか。俺たちも混ぜろよ。ズルいぞ」
「やめよぉ……もうやめよぉ……おねがいおねがいおねがいおねがいぃ、一生のお願いだから聞いてよぉ。僕危ないの嫌だよぉ……僕すごく弱いんだから役に立たないよぉ……やめようよぉ……セッコウ兄ぃ……」
「「…………」」
挑発的な表情で言い放った少年と。
その少年と全く同じ顔ではあるものの、彼の腕に縋りついて咽び泣いてばかりの少年。
同じ顔だというのに、あまりにも対照的な二人を前に、ユウタロウたちは目を点にしてしまうのだった。
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※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位
※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品
※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24)
※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品
※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品
※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品
異世界漫遊記 〜異世界に来たので仲間と楽しく、美味しく世界を旅します〜
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主人公の沖 紫惠琉(おき しえる)は会社からの帰り道、不思議な店を訪れる。
その店でいくつかの品を持たされ、自宅への帰り道、異世界への穴に落ちる。
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神々に育てられた人の子は最強です
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突如現れた赤ん坊は多くの神様に育てられた。
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初めてですので余り期待しないでください。
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断罪された商才令嬢は隣国を満喫中
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伯爵令嬢で王国一の商会の長でもあるルシアナ・アストライアはある日のパーティーで王太子の婚約者──聖女候補を虐めたという冤罪で国外追放を言い渡されてしまう。
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「いいえ、感謝していますわ。国外追放に処してくださってありがとうございます!」
悔しがる王太子達とは違って、ルシアナは隣国での商人生活に期待を膨らませていて、隣国を拠点に人々の役に立つ魔道具を作って広めることを決意する。
その一方で、彼女が去った後の王国は破滅へと向かっていて……。
断罪された令嬢が皆から愛され、幸せになるお話。
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