レディバグの改変<W>

乱 江梨

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第一章 学園編

番外編 リオのアデルん大改造計画

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 本編より少し前のお話です。

 ********

 その日。近頃頻発している通り魔事件について話し合う為、レディバグの主要メンバーは、アオノクニに一時的に建てられた家に集まっていた。

 話し合いの結果、アデルが一般生徒に偽装し、国立操志者育成学園に潜入することが決まったのだが――。


「よっしアデルん!今から俺が、アデルんを大改造したげるから、大船に乗ったつもりでいてよ!」
「「?」」


 突如、突拍子もなくそんなことを言い放ったリオを前に、アデルたちは首を傾げた。リオはこれ以上ない程表情を輝かせており、期待に満ち満ちたその瞳を前に、ナギカとエルは即座に嫌な予感を察知していた。

 何故ならその時のリオは、何か途轍もなく、心底どうでもいいことに全力を尽くそうとしている時の顔をしていたから。


「まずは名前を決めなきゃよねぇ……アオノクニの名前だから……よし!
 ルル・アリザカにしましょっ」
「ルル・アリザカ?何故なのだ?」


 唐突にぬるりと姿を現したその名前に、アデルは思わず首を傾げた。


「アデルんのに、ワンコお師匠様のと、俺のを取ってみたの。この計六文字のアナグラムね」
「……アナグラム?とは、何なのだ?」
「簡単に説明しますと、文字を並び替えることですね」
「なるほどなのだ」


 ルークの説明を聞いたアデルは、拳をポンと掌に乗せて納得した。

 アデルという名前からアとルを。エルという名前からルを。リオ・カグラザカという名前からリ、ザ、カを拝借し、それを並べ替えた名前こそが、ルル・アリザカなのだ。


「いい?アデルん。アデルんはこれからルル・アリザカとして生活するんだから、ルル・アリザカっていう架空の人間にかんっぺきになりきらなきゃいけないの。分かるわよね?」
「うむ。分かるのだ」


 リオは腕を組むと、どこか教師のような雰囲気を纏ってアデルに説き始めた。いつしかアデルもリオの目の前で正座になっており、一対一の個別指導のようである。そんな二人の姿を、死んだ魚の様な目で傍観していたエルは「まーた変な小芝居が始まった」と、独り言をぼやいた。


「まずは、ルル・アリザカがどういう人間なのかを決めなきゃよねぇ……あ!入学手続きの書類とか小難しいことはルーくんに任せてもいいかしら?」
「リオ様」


 リオを咎めるような声がピシャリと鼓膜を貫通し、リオは思わずナギカの方を振り向く。すると、ジトーっとした目でリオを捉え、冷酷無比な表情を浮かべるナギカとバッチリと目が合い、リオは思わず「あ、やべっ」と情けの無い声を漏らした。

 絶体絶命のリオに、ルークから助け舟が出される。


「よいのですよ。ナギカ様。私はこういった雑務が好きですので」
「ヒュ~!ルーくんったらイッケメン!ありがとうっ、愛してるわっ」
「勿体無いお言葉です」


 嬉々とした相好でリオが軽口を零すが、ルークは眩い程の素敵な笑み一つでサラリと躱して見せた。相変わらずその様子を傍観しているエルは「彼、大分メンタル強いよね」と、ルークに称賛の声を送っている。


「これでルル・アリザカの人物像に専念できるわね。
 アデルん。最初にはっきりさせなきゃならないことがあるのよ」
「ん?」
「いい?アデルん……アデルんは…………嘘がド下手くそよ」
「…………そうなのであるか?」


 ワンテンポ遅れて反応したアデルは、周りにいる仲間たちに意見を求めた。すると満場一致で彼らはうんうんと、頻りに首を縦に振ってみせる。

 若干のショックを受けた様に呆けた面を晒すアデルを慰めるように、リオは再び口を開く。


「まぁアデルんの場合、嘘が下手っていうか、そもそも嘘をつこうとすることがほぼ無いから、慣れてないだけだとは思うけど……。
 とにかく!嘘が下手なアデルんが、別人に成りすますなんて至難の業よっ。みんなそう思うでしょ?」
「異論のしようがないね」

 リオの問いかけに、エルはサラリと断言した。

「だからね。なるべくアデルんと似た人格にしようと思うのよ。その方が無理して演技する必要もないし」
「それは有り難いのだ」
「という訳で!皆からアデルんの性格、人格を聴取したいと思いまーす!」
「あ、これだ。嫌な予感」


 右腕を高く掲げ、快活な声で宣言したリオを前に、エルはどこか遠い目をして言った。嫌な予感を同時に察知していたナギカも、辟易としたようにため息をついている。

 他の面々は急展開に呆けた面を晒しており、リオはそんな彼らに狙いを定める。


「じゃあまずはメイメイっ!」
「えっ……私、ですか?」


 ビシッと名指しされた彼女――レディバグの仲間の一人、メイリーン・ランゼルフは、自分自身を指差しながら、当惑気味に尋ねた。


「そ。メイメイはアデルんのこと、どんな人だと思ってる?」
「えっと……やはり、優しい方かと……」
「まぁそこは外せないわよねぇ……優しいっていうか寧ろお人好しだけど」


 メイリーンの意見をお人好しに変換したリオは、どこからともなく取り出したホワイトボードに〝お人好し〟と箇条書きした。

 その淀みのない動きを呆然と眺めていたエルを次の標的に決めたリオは、不意に振り返る。


「ワンコお師匠様はどう?」
「阿呆、馬鹿」
「ワンコお師匠様は相変わらずね……そんなことばっか言っていると、いつかアデルんに愛想つかされちゃうわよ?」
「うっ……」
(あ、ちょっとダメージ受けた……おもろい)


 毒舌と減らず口のせいで、アデルと出会うまでボッチ人生を送っていたので、それなりに自覚をしていたのか、エルは反論できぬまま顔を顰めた。一方のリオは、そんなエルの反応を面白がっている。

 あまりにもエルを哀れに思ったのか、ただ正直な気持ちを伝えたかったのか。アデルは「大丈夫なのだ。師匠。我は師匠を嫌ったりなどせぬ」と言って、エルを励ましてやった。


「んじゃあ取り敢えず、ワンコお師匠様の意見は〝お頭が弱い〟ね」
「「……」」


 そう言うと、リオは再びその意見を箇条書きにした。先刻から、実はリオが一番失礼なのでは無いかと思えるリオ式の変換に、ほぼ全員が物言いたげな視線を向ける。

 それから。リオは仲間たちから様々な意見を聞き、それを書き出し続けた。

・鈍感だけど、ふとした瞬間に鋭さを見せる。
・尊敬する人や、好ましく思っている人に対してキラキラとした眼差しを向ける。
・滅多に怒らないが、敵対する相手に怒る時は全身が粟立つ様なオーラを放つ。
・可愛い(リオの独自意見)

 等々……様々な意見が出た。


「じゃあアデルん。この性格を元に、変装する時の外見を決めていきましょ。アオノクニだから、髪は白髪がいいかもね」
「では、髪は白髪にしよう。……コノハとお揃いであるな」
「うんっ」


 アデルの微笑みを一身に受けた彼――レディバグの仲間の一人、コノハは、心底嬉しそうな跳ねた声で返した。


「瞳の色は、穏やかな緑がよいのだが……」
「いいんじゃない?……何でその色がいいの?」
「師匠が亜人だった頃の瞳の色なのだ。一度我の赤い目を誤魔化す際、同じ色にしたことがあるので、やりやすいのだ」
「なるほどねぇ。
 じゃあアデルん、一回変装してみてよ。いかにも人畜無害で純粋無垢そうな子をお願いね!」
「分かったのだ」


 正直アデルは、リオの言う人畜無害そうな顔というものに一切心当たりがなかったが、取り敢えず優しい雰囲気の顔にしようと、ジル術を行使し始める。

 アデルはジルを操ることで、髪と瞳の色素、顔の造形、身長、体格さえも変化させた。

 そうして、ルル・アリザカの身体は創り出され、リオたちはその変貌っぷりに目を見開いた。


「かっ、かかかかかかかかか……可愛い!完っ璧よアデルん!絶妙にイジリ倒したくなる外見してるわ!」
「……褒められているのであるか?」


 目を血走らせながら、興奮気味に言ったリオを前に、アデルは当惑気味に疑問を呈した。それに対してルークは「恐らく」と肯定を返してやる。


「アデルん!……いや、ルル・アリザカくん!」
「っ?」
「ルルルルは普段の言葉遣いから変えた方がいいと思うの」


 何かのスイッチが入ったかのように、突如アデルをルル扱いし始めたリオに、アデルは困惑の表情を浮かべた。それを横目に捉えつつナギカは「また妙なあだ名を……」と、呆れ混じりの声を漏らしている。


「言葉遣い、であるか?」
「そうそれ!……アデルんの話し方好きだけど、ちょっと特殊過ぎるのよね。妙に目立っちゃうから、変えた方がいいと思うのよ。
 ……というわけで!アデルんにはこれから、敬語を覚えてもらいまーす!」
「敬語……であるか」
「はいぶっぶー!」


 普段通りの話し方をしたアデルを咎めるように、リオは両腕で大きな×マークを作った。リオは唇をタコのように尖らせながら、中々威勢の良い声を上げたので、アデルたちはビクッと肩を震わせてしまう。


「いい?ルルルル。これからしばらくはその話し方禁止!なるべく敬語で話してもらうから。もし敬語を使えなかったら、ワンコお師匠様の命が塵と化すと思いなさい」
「っ!師匠っ……死んでしまうのかっ!?」
「いやだから例え話で……」

 今にも泣きそうな真っ青な相好で取り乱すアデルを落ち着かせようと、エルは口を開くが、即座にリオによって声を遮られてしまう。

「はいダメー。これで一回ワンコお師匠様は死にましたー」
「っ……師匠っ!死なないで欲しいのだっ」
「馬鹿にも程があるだろ」


 エルの肩をグッと掴み、必死の懇願をしてきたアデルを目の当たりにしたエルは、軽蔑とも取れる眼差しでアデルを見上げた。


「ねぇ。なんか昔よりアデルの馬鹿に拍車がかかってる気がするんだけど、なんで?君のせい?君が甘やかしたせい?」


 思いきり顔を引き攣らせると、エルは下からリオに詰め寄った。下から見上げられているとは言え、琥珀色の鋭い瞳で睨まれれば、リオとて少しは竦み上がるので「あはは……何のことやら……」と、泳ぎまくる目を逸らしている。

 その攻防を一分程続けていたが、最後にはエルが折れてやり、その長い長い睫毛をふっと下ろした。


「――まぁだから、それぐらいの心づもりでいろってことよ。これからはちゃんと敬語を使うこと。分かった?」
「分かっ……り、ました?」
「そうそう!」


 同じ過ちを繰り返すところだったが、アデルは既のところで踏みとどまり、たどたどしい敬語を使った。だが、これまでのアデルからしてみると大分成長したと言えるので、リオは満面の笑みで褒め称えた。


「そんじゃまぁ、これからは俺がみっちり演技指導したげるから、完璧なルルルルになれるよう頑張りましょ!」


 そう言って気合いを入れすぎたリオによる演技指導は、それから五時間ほど続いたのだった。


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