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第一章 学園編
15.狙撃手の追撃2
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「標的は見つかりましたか?お嬢様」
「……あっ、すみません。まだ探してないです」
あれ程大きく目を見開き、探索するオーラを醸し出していたというのに、ナツメは未だ行動に移してはいなかった。想定外の反応に思わず、従者のルークは硬直してしまう。
「…………お嬢様。私はあなたが生まれた時から仕えておりますが、これ程残念な頭をお持ちだとは……」
「ちょっと!失礼な上に勘違いしています!」
「勘違い?見苦しい言い訳は品位を落としますよ。お嬢様」
「本当に違いますっ……私はただ、勇者の剣捌きに気を取られていただけで……」
「勇者?……なるほど。その名は伊達では無いということですか」
任務を一瞬忘れてしまう程、ナツメが見入ってしまう剣技。その持ち主が勇者であることを聞くと、ルークは思案するような神妙な面持ちになる。
ナツメは目が良い。それは従者であるルークが最もよく分かっている。それ故にルークは、彼女の見たものを疑うような真似は決してしない。それは、ユウタロウの実力も然りである。
「強いのですか?」
「はい…………ねぇルーク。勇者とリオ様なら、どちらが強いのでしょうか?」
「さぁ?私はお嬢様のように、勇者殿の実力を直接見ているわけでは無いので何とも。ただ、お嬢様の見られているものが、その者の全てとは限りません。あなた様の想像以上の実力を持っているのだとすれば、それこそ。答えは神のみぞ知る……ということでしょうね」
「……勇者が、良い方ならよいのですが……」
徐に瞼を閉じると、ナツメは哀愁漂わせて呟いた。
「お嬢様…………」と、ルークは目を見開き、深い声で彼女を呼ぶが――。
「そろそろ本気で操縦者を探した方がよろしいかと」
ルークは至って冷静であり、目の前の現実にしか重きを置いていなかった。
「あっ、そうでしたっ。うっかりです」
「はぁ……」
「やれやれ」という彼の心情が聞こえてきそうな、深みのあるため息が空に舞う。
ナツメは普段から少しおっちょこちょいな所があり、毎度その尻拭いをする羽目になるルークの気苦労は、計り知れないのだ。
「ルーク!主人の前でため息をつくとは何事ですかっ。今絶対〝コイツ駄目だ〟って思ったでしょう!?」
「思いましたがそれが何か」
「なっ……」
ナツメの応対が面倒になってきたのか、ルークは段々と伏し目がちになっていく。その瞳はまるで死んだ魚のようで、ナツメとの温度差が甚だしい。
歯に衣着せぬ物言いをするルークに、ナツメは思わず言葉を失った。
「大正解ですよ、お嬢様。的中なのですからもっと喜んだらどうですか。というかさっさと標的探せ」
「後半雑すぎませんっ!?」
態度は最悪であるが、正論を述べているのはルークの方なので、ナツメに反論の余地など無かった。
このやり取りは二人にとって慣れたもの。故にナツメは、何事も無かったかのように視線を戻し、眼差しを鋭くするのだった。
********
「――そのナツメって奴も、アンタらの仲間か?」
「そうなのっ」
人形三体を同時に倒しながら、ユウタロウは尋ねた。答えるヒメも、身軽な動きで人形を蹴り飛ばしている。
「そいつは序列何位なんだ?」
「………………八位?」
「だから何で疑問形なんだよ。ってか、答えるまでのその間は何だ」
「あのお二人は特殊なのよ。この状況では……説明できないわっ」
ヒメやユウタロウほど余裕の無いディアンは、詰まらせた声で言った。意味深な彼女の補足説明に、ユウタロウは怪訝に首を傾げる。
(二人……?意味が全く分からないが、少なくともソイツの序列は八位。
ディアンとかいう女がそこそこ強い割に62位ってことは、ナツメって奴はそれ以上の……いや。比べ物にならない程の実力者ってわけか。
言われてみれば、さっきから一射も外してねぇし。弾道は分かるが、ここから狙撃地点までの距離が全然分からねぇ……俺が気配を察知できねぇほど離れた場所から、この精度の狙撃を成功させる……。正真正銘の化け物ってわけだ)
未知の実力者の存在に、ユウタロウは緩む頬を抑えることが出来ない。好奇心で不敵に笑って見せると、不意にディアンの言動が頭を過ぎる。
この状況。そう、多くの人形たちと交戦しているこの状況。今はレディバグの秘密より、この人形を看破することが先決である。
何とかやってみるか。と、心の内で決意し、漸くやる気を出し始めたユウタロウ。
彼は頭を捻りながら人形を対処し続けると、一つ妙案を思いつく。そして、目を見開いた。
「……どうしたの?」
ユウタロウの様子がおかしいことに気づき、ヒメは心配そうに尋ねた。
「コイツらが紛らわしい姿してっから、ついうっかりしてたぜ。コイツら、人形だったわ」
「?何を今更……」
怪訝そうに首を傾げるヒメ。至極当たり前のことを言ってのけたユウタロウの真意が、一切分からなかったからだ。
「生き物じゃねぇんなら、コイツらがどうなろうと俺の知ったことじゃねぇしな。
加えて、この世に存在するもの全てには、必ずジルが含まれている」
ヒメの疑問を遮るように、ユウタロウは絶えず言葉を紡ぎ続ける。その言葉一つ一つに、有無を言わさぬ自信のようなものが感じられ、彼女らは呆然と見つめることしか出来ない。
ユウタロウは視界に全ての人形を捉えると、大きく腕を広げ、両の五指を不規則に動かす。彼の屈強な手の骨張りが最大限まで引き出され、どこか洗練された動きにも感じられる。
「そして俺ら操志者は、ジルを自由自在に操ることが出来る」
彼の精悍な笑みが、発した言葉と同時に舞い踊っているようだった。破天荒にも見えるそれは、刹那の内に場を呑み込み、全てが彼の手中にあるのでは?と、錯覚しそうになる程――。
「「っ!?」」
突如現れたその変化に、彼女らは衝撃を受ける。
ユウタロウがグッと、両の手を力強く握り締めた刹那。今の今まで鬱陶しいほど視界を占領していた人形たちが、一欠けらも残らず消え去ったのだ。
ヒメたちは状況を理解するまでに、多少の時間を要した。その間一歩も動けず、見開いた瞼ばかりがピクピクと痙攣する。
息を呑む彼女らを置き去りに、ユウタロウは更なる行動に移す。
まるで、ぎゅっと握りしめた拳の中に閉じ込めた何かを解き放つように、ユウタロウは腕を広げた。
すると、人形によって消滅していた結界が、再び姿を現す。上方から彼らを覆うように結界は広がっていき、最終的には元と遜色ない状態に戻った。
「……まさか、操縦者から操作権を奪って、あの人形全てのジルを操った……の?」
段々と平静を取り戻してきたヒメは、一つの可能性に辿り着き、恐る恐る尋ねた。声が震えているのは、それが到底信じられない可能性だからだ。
だが現実とは、残酷であり鮮烈である。
「あぁ。一番手っ取り早い方法だろ?」
「「っ……!」」
何でも無い様に言ってのけたユウタロウは、彼女らにとって異質――端厳すべからざる存在と言って差し支えなかった。
「信じられない……相手はあれだけの人形を同時に操ることの出来る実力者よ?そんな相手からジルの操作権を奪って、同じように人形のジルを操るなんて……」
「そんなにおかしいことか?ただ単に、敵より俺の方が操志者として優れていたってだけだろうが」
「そうだけどっ……」
ジルの操作権を奪う。それは、格上の人間が格下の相手にだけ使える裏技のようなものである。元々別の人物によって操られていたジルを、無理矢理奪う形で操るのだ。当然その人物以上の、ジルを掌握する技術が求められる。
口で言うのは簡単だが、それは想像を絶する程の集中力、精密さ、空間把握能力などが必要で、並大抵の操志者には不可能な芸当である。
操志者は、ジルを自由自在に操ることが出来る。ユウタロウはそう言ったが、操志者の世界は当に玉石混淆。彼ほどの実力者を十把一絡げにするのは適切ではない。
「アンタさぁ――」
ふと、咎めるような鋭い声がディアンの耳を貫く。ユウタロウの荒業を未だ受け入れられないディアンに、ほんの少し苛立っているようであった。
「俺を誰だと思ってやがる。……勇者を舐めるな」
「っ……」
全身が粟立つような感覚を覚え、ディアンは顔を真っ青にする。一切揺るぐこと無い絶対零度の瞳孔も、身震いしてしまう程の気迫も。全てディアンだけに向けられたものであれば、それは最早殺気に匹敵してしまう。
ユウタロウの心意など彼女らに分かるはずも無いが、彼の憤りが本物であることだけは理解できた。
助け舟を出す為、ヒメは話題を逸らすように口を開く。
「この結界、人形のジルで張ったの?」
「……あぁ。人形をただのジルに変換したは良いが、それを空気中に放つのは勿体ないからな。副生徒会長が気づく前に、アイツらが壊した結界を元に戻しておこうと思ったんだ。
とは言ってもこれ、厳密に言うと結界では無いんだが」
「「……えっ?」」
呆けたような二人の声が重なった。
「その証拠に…………チサト!戻ってこい!」
「はぁーい」
当初、結界が壊されたおかげで、離れた場所に隠れられたチサトとティンベルだが、現在はユウタロウの張った結界擬きに阻まれている。
ユウタロウに言われるがまま、チサトはティンベルの手を引きつつ、彼らの元へ歩み寄り始めた。
チサトたちはスルリと結界擬きをすり抜けてしまい、何事も無いまま、ユウタロウの目の前まで辿り着いた。
「……な?」
「……あれだけのジルを使っておいて、偽物の結界なの……?勿体無いの……」
「しょうがねぇだろ?尾行対象が戻ってくれば、十中八九自らが張った結界を解こうとする。だが俺の結界だとそれが出来ない。
だから俺は、この結界擬きにちょっとした仕掛けを施してみた。誰がどう術を解こうが、当人には結界に組み込まれた術を解いた感覚がもたらされる、そのプロセスをな。ぶっちゃけ普通の結界張るより難しいんだからな?」
「次元が違い過ぎて、何を言っているのか全然理解できないんだけど……」
「ヒメには分かるの。ディアンはまだまだなの」
ユウタロウが成した技を理解できていないのは、この場においてディアンのみ。ティンベルは言わずもがなだが、チサトはそもそもユウタロウの解説を理解しようとしていない。
チサトの感覚では「またユウタロウが複雑怪奇なことを始めたなぁ……」という感じなのだ。
「んなことより、早く操縦者を見つけて尋問しねぇと、逃げられるぞ」
「それは大丈夫なの。ナツメ様が、そう易々と敵を逃がすはずが無いの。ナツメ様の視界に捉えられたら最後……姿を晦ますことの出来る人間なんて、そうそういないの」
ヒメがどこか誇らしげに言った刹那、空気を切り裂くような苦悶の声が。遠くから聞こえる酸鼻な悲鳴は女性のもので、タイミングを考えるに敵の断末魔だと思われる。
彼らは示し合わせるようにアイコンタクトを取ると、叫び声の主の元へと足を速めるのだった。
********
「みんな……どこに、行ったの?」
少し前。それはユウタロウが、敵である人形を結界擬きに変換した時のこと。
彼らから少し離れた場所に身を潜めていた彼女は、衝撃と激しい動揺に太刀打ちできず、小刻みに震える身体を抑え込んでいた。
百五十センチ程の背丈に、全身真っ黒な装い。数え切れない程のフリルによって装飾されたドレスは、まるで魔女の衣服のようである。彼女は黒のベールをかけており、怪しげな雰囲気は増すばかり。
桜色の髪はショートカットで、灰色の瞳はどこか空虚。
そして彼女の肌はまるで、穢れることを一切許されていないかのように、真っ白であった。
「……どうして、この手に、みんなの感触が残っていない、の……?まさか……消えたっ……?」
ユウタロウによって人形を奪われた現実を段々と自覚し始め、彼女の震えは悪化していくばかり。カチカチと歯は鳴り、人形を操っていたはずの五指は、最早自らの意思で制御できない程軟弱である。
絶望に染まりきった瞳に窺える感情は、燃え盛る憤怒。そして動揺。
「ああああぁっ……よくもっ、よくも私の大事な子たちを……許さないっ、許さないっ……絶対に殺すっ……。
で、でもどうしようっ……あ、あの子たちがいないと私っ……」
震える両手で顔を覆うと、ブツブツの怨念の籠った恨み言を呟くが、ハッと顔を上げると、現実というどうしようもない不安に襲われた。
救いを求めるように彼女が手を伸ばした先――。その場所にポツンと、静寂と共に存在していたそれ。彼女は、それ縋る様に言った。
「ジャニファス様っ……ジャニファス様、ジャニファス様……。どうしてっ、どうしてこの世はこんなにも不条理で、私の愛する者を傷つけるのでしょう?
私はこんな世界でどのように生きていけば……」
四つん這いになりながら必死に、それに手を伸ばそうとする彼女。
彼女は知らなかった。
遥か遠く離れた場所から、異次元の瞳で、彼女をじっくりと観察している人物がいることを。
そしてその人物が、精一杯伸ばしている自らの腕に、狙いを定めているということを。
「……あっ、すみません。まだ探してないです」
あれ程大きく目を見開き、探索するオーラを醸し出していたというのに、ナツメは未だ行動に移してはいなかった。想定外の反応に思わず、従者のルークは硬直してしまう。
「…………お嬢様。私はあなたが生まれた時から仕えておりますが、これ程残念な頭をお持ちだとは……」
「ちょっと!失礼な上に勘違いしています!」
「勘違い?見苦しい言い訳は品位を落としますよ。お嬢様」
「本当に違いますっ……私はただ、勇者の剣捌きに気を取られていただけで……」
「勇者?……なるほど。その名は伊達では無いということですか」
任務を一瞬忘れてしまう程、ナツメが見入ってしまう剣技。その持ち主が勇者であることを聞くと、ルークは思案するような神妙な面持ちになる。
ナツメは目が良い。それは従者であるルークが最もよく分かっている。それ故にルークは、彼女の見たものを疑うような真似は決してしない。それは、ユウタロウの実力も然りである。
「強いのですか?」
「はい…………ねぇルーク。勇者とリオ様なら、どちらが強いのでしょうか?」
「さぁ?私はお嬢様のように、勇者殿の実力を直接見ているわけでは無いので何とも。ただ、お嬢様の見られているものが、その者の全てとは限りません。あなた様の想像以上の実力を持っているのだとすれば、それこそ。答えは神のみぞ知る……ということでしょうね」
「……勇者が、良い方ならよいのですが……」
徐に瞼を閉じると、ナツメは哀愁漂わせて呟いた。
「お嬢様…………」と、ルークは目を見開き、深い声で彼女を呼ぶが――。
「そろそろ本気で操縦者を探した方がよろしいかと」
ルークは至って冷静であり、目の前の現実にしか重きを置いていなかった。
「あっ、そうでしたっ。うっかりです」
「はぁ……」
「やれやれ」という彼の心情が聞こえてきそうな、深みのあるため息が空に舞う。
ナツメは普段から少しおっちょこちょいな所があり、毎度その尻拭いをする羽目になるルークの気苦労は、計り知れないのだ。
「ルーク!主人の前でため息をつくとは何事ですかっ。今絶対〝コイツ駄目だ〟って思ったでしょう!?」
「思いましたがそれが何か」
「なっ……」
ナツメの応対が面倒になってきたのか、ルークは段々と伏し目がちになっていく。その瞳はまるで死んだ魚のようで、ナツメとの温度差が甚だしい。
歯に衣着せぬ物言いをするルークに、ナツメは思わず言葉を失った。
「大正解ですよ、お嬢様。的中なのですからもっと喜んだらどうですか。というかさっさと標的探せ」
「後半雑すぎませんっ!?」
態度は最悪であるが、正論を述べているのはルークの方なので、ナツメに反論の余地など無かった。
このやり取りは二人にとって慣れたもの。故にナツメは、何事も無かったかのように視線を戻し、眼差しを鋭くするのだった。
********
「――そのナツメって奴も、アンタらの仲間か?」
「そうなのっ」
人形三体を同時に倒しながら、ユウタロウは尋ねた。答えるヒメも、身軽な動きで人形を蹴り飛ばしている。
「そいつは序列何位なんだ?」
「………………八位?」
「だから何で疑問形なんだよ。ってか、答えるまでのその間は何だ」
「あのお二人は特殊なのよ。この状況では……説明できないわっ」
ヒメやユウタロウほど余裕の無いディアンは、詰まらせた声で言った。意味深な彼女の補足説明に、ユウタロウは怪訝に首を傾げる。
(二人……?意味が全く分からないが、少なくともソイツの序列は八位。
ディアンとかいう女がそこそこ強い割に62位ってことは、ナツメって奴はそれ以上の……いや。比べ物にならない程の実力者ってわけか。
言われてみれば、さっきから一射も外してねぇし。弾道は分かるが、ここから狙撃地点までの距離が全然分からねぇ……俺が気配を察知できねぇほど離れた場所から、この精度の狙撃を成功させる……。正真正銘の化け物ってわけだ)
未知の実力者の存在に、ユウタロウは緩む頬を抑えることが出来ない。好奇心で不敵に笑って見せると、不意にディアンの言動が頭を過ぎる。
この状況。そう、多くの人形たちと交戦しているこの状況。今はレディバグの秘密より、この人形を看破することが先決である。
何とかやってみるか。と、心の内で決意し、漸くやる気を出し始めたユウタロウ。
彼は頭を捻りながら人形を対処し続けると、一つ妙案を思いつく。そして、目を見開いた。
「……どうしたの?」
ユウタロウの様子がおかしいことに気づき、ヒメは心配そうに尋ねた。
「コイツらが紛らわしい姿してっから、ついうっかりしてたぜ。コイツら、人形だったわ」
「?何を今更……」
怪訝そうに首を傾げるヒメ。至極当たり前のことを言ってのけたユウタロウの真意が、一切分からなかったからだ。
「生き物じゃねぇんなら、コイツらがどうなろうと俺の知ったことじゃねぇしな。
加えて、この世に存在するもの全てには、必ずジルが含まれている」
ヒメの疑問を遮るように、ユウタロウは絶えず言葉を紡ぎ続ける。その言葉一つ一つに、有無を言わさぬ自信のようなものが感じられ、彼女らは呆然と見つめることしか出来ない。
ユウタロウは視界に全ての人形を捉えると、大きく腕を広げ、両の五指を不規則に動かす。彼の屈強な手の骨張りが最大限まで引き出され、どこか洗練された動きにも感じられる。
「そして俺ら操志者は、ジルを自由自在に操ることが出来る」
彼の精悍な笑みが、発した言葉と同時に舞い踊っているようだった。破天荒にも見えるそれは、刹那の内に場を呑み込み、全てが彼の手中にあるのでは?と、錯覚しそうになる程――。
「「っ!?」」
突如現れたその変化に、彼女らは衝撃を受ける。
ユウタロウがグッと、両の手を力強く握り締めた刹那。今の今まで鬱陶しいほど視界を占領していた人形たちが、一欠けらも残らず消え去ったのだ。
ヒメたちは状況を理解するまでに、多少の時間を要した。その間一歩も動けず、見開いた瞼ばかりがピクピクと痙攣する。
息を呑む彼女らを置き去りに、ユウタロウは更なる行動に移す。
まるで、ぎゅっと握りしめた拳の中に閉じ込めた何かを解き放つように、ユウタロウは腕を広げた。
すると、人形によって消滅していた結界が、再び姿を現す。上方から彼らを覆うように結界は広がっていき、最終的には元と遜色ない状態に戻った。
「……まさか、操縦者から操作権を奪って、あの人形全てのジルを操った……の?」
段々と平静を取り戻してきたヒメは、一つの可能性に辿り着き、恐る恐る尋ねた。声が震えているのは、それが到底信じられない可能性だからだ。
だが現実とは、残酷であり鮮烈である。
「あぁ。一番手っ取り早い方法だろ?」
「「っ……!」」
何でも無い様に言ってのけたユウタロウは、彼女らにとって異質――端厳すべからざる存在と言って差し支えなかった。
「信じられない……相手はあれだけの人形を同時に操ることの出来る実力者よ?そんな相手からジルの操作権を奪って、同じように人形のジルを操るなんて……」
「そんなにおかしいことか?ただ単に、敵より俺の方が操志者として優れていたってだけだろうが」
「そうだけどっ……」
ジルの操作権を奪う。それは、格上の人間が格下の相手にだけ使える裏技のようなものである。元々別の人物によって操られていたジルを、無理矢理奪う形で操るのだ。当然その人物以上の、ジルを掌握する技術が求められる。
口で言うのは簡単だが、それは想像を絶する程の集中力、精密さ、空間把握能力などが必要で、並大抵の操志者には不可能な芸当である。
操志者は、ジルを自由自在に操ることが出来る。ユウタロウはそう言ったが、操志者の世界は当に玉石混淆。彼ほどの実力者を十把一絡げにするのは適切ではない。
「アンタさぁ――」
ふと、咎めるような鋭い声がディアンの耳を貫く。ユウタロウの荒業を未だ受け入れられないディアンに、ほんの少し苛立っているようであった。
「俺を誰だと思ってやがる。……勇者を舐めるな」
「っ……」
全身が粟立つような感覚を覚え、ディアンは顔を真っ青にする。一切揺るぐこと無い絶対零度の瞳孔も、身震いしてしまう程の気迫も。全てディアンだけに向けられたものであれば、それは最早殺気に匹敵してしまう。
ユウタロウの心意など彼女らに分かるはずも無いが、彼の憤りが本物であることだけは理解できた。
助け舟を出す為、ヒメは話題を逸らすように口を開く。
「この結界、人形のジルで張ったの?」
「……あぁ。人形をただのジルに変換したは良いが、それを空気中に放つのは勿体ないからな。副生徒会長が気づく前に、アイツらが壊した結界を元に戻しておこうと思ったんだ。
とは言ってもこれ、厳密に言うと結界では無いんだが」
「「……えっ?」」
呆けたような二人の声が重なった。
「その証拠に…………チサト!戻ってこい!」
「はぁーい」
当初、結界が壊されたおかげで、離れた場所に隠れられたチサトとティンベルだが、現在はユウタロウの張った結界擬きに阻まれている。
ユウタロウに言われるがまま、チサトはティンベルの手を引きつつ、彼らの元へ歩み寄り始めた。
チサトたちはスルリと結界擬きをすり抜けてしまい、何事も無いまま、ユウタロウの目の前まで辿り着いた。
「……な?」
「……あれだけのジルを使っておいて、偽物の結界なの……?勿体無いの……」
「しょうがねぇだろ?尾行対象が戻ってくれば、十中八九自らが張った結界を解こうとする。だが俺の結界だとそれが出来ない。
だから俺は、この結界擬きにちょっとした仕掛けを施してみた。誰がどう術を解こうが、当人には結界に組み込まれた術を解いた感覚がもたらされる、そのプロセスをな。ぶっちゃけ普通の結界張るより難しいんだからな?」
「次元が違い過ぎて、何を言っているのか全然理解できないんだけど……」
「ヒメには分かるの。ディアンはまだまだなの」
ユウタロウが成した技を理解できていないのは、この場においてディアンのみ。ティンベルは言わずもがなだが、チサトはそもそもユウタロウの解説を理解しようとしていない。
チサトの感覚では「またユウタロウが複雑怪奇なことを始めたなぁ……」という感じなのだ。
「んなことより、早く操縦者を見つけて尋問しねぇと、逃げられるぞ」
「それは大丈夫なの。ナツメ様が、そう易々と敵を逃がすはずが無いの。ナツメ様の視界に捉えられたら最後……姿を晦ますことの出来る人間なんて、そうそういないの」
ヒメがどこか誇らしげに言った刹那、空気を切り裂くような苦悶の声が。遠くから聞こえる酸鼻な悲鳴は女性のもので、タイミングを考えるに敵の断末魔だと思われる。
彼らは示し合わせるようにアイコンタクトを取ると、叫び声の主の元へと足を速めるのだった。
********
「みんな……どこに、行ったの?」
少し前。それはユウタロウが、敵である人形を結界擬きに変換した時のこと。
彼らから少し離れた場所に身を潜めていた彼女は、衝撃と激しい動揺に太刀打ちできず、小刻みに震える身体を抑え込んでいた。
百五十センチ程の背丈に、全身真っ黒な装い。数え切れない程のフリルによって装飾されたドレスは、まるで魔女の衣服のようである。彼女は黒のベールをかけており、怪しげな雰囲気は増すばかり。
桜色の髪はショートカットで、灰色の瞳はどこか空虚。
そして彼女の肌はまるで、穢れることを一切許されていないかのように、真っ白であった。
「……どうして、この手に、みんなの感触が残っていない、の……?まさか……消えたっ……?」
ユウタロウによって人形を奪われた現実を段々と自覚し始め、彼女の震えは悪化していくばかり。カチカチと歯は鳴り、人形を操っていたはずの五指は、最早自らの意思で制御できない程軟弱である。
絶望に染まりきった瞳に窺える感情は、燃え盛る憤怒。そして動揺。
「ああああぁっ……よくもっ、よくも私の大事な子たちを……許さないっ、許さないっ……絶対に殺すっ……。
で、でもどうしようっ……あ、あの子たちがいないと私っ……」
震える両手で顔を覆うと、ブツブツの怨念の籠った恨み言を呟くが、ハッと顔を上げると、現実というどうしようもない不安に襲われた。
救いを求めるように彼女が手を伸ばした先――。その場所にポツンと、静寂と共に存在していたそれ。彼女は、それ縋る様に言った。
「ジャニファス様っ……ジャニファス様、ジャニファス様……。どうしてっ、どうしてこの世はこんなにも不条理で、私の愛する者を傷つけるのでしょう?
私はこんな世界でどのように生きていけば……」
四つん這いになりながら必死に、それに手を伸ばそうとする彼女。
彼女は知らなかった。
遥か遠く離れた場所から、異次元の瞳で、彼女をじっくりと観察している人物がいることを。
そしてその人物が、精一杯伸ばしている自らの腕に、狙いを定めているということを。
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魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
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異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。
星の国のマジシャン
ファンタジー
引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。
そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。
本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。
この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!
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