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−幕間− 焦燥、そして――
しおりを挟む「ええい、一体どうなっているんだ!」
薄暗い部屋の中、男の怒鳴り声が響き渡った。
うっとりするほどに艶々した金髪に、聡明そうな碧い瞳。まさに、理想の王子様とも言えるルックスの男は、不機嫌さで顔を歪ませていた。
男の名はラルフレット・アム・イオス。イオス王国の王太子である。
「殿下! 我々だってわけがわかりません! しかし、あの、無限とも言えた魔力炉がもはや枯渇しかけています!」
「このままでは、せっかく用意した最新の兵器が使用できません。計画が……!」
なんということだろう。
今日まで3年もかけて用意してきたはずの最新兵器が、土壇場になって使用できなくなるとは計算外だ。
ラルフレットは特別研究所の地下で爪を噛みながら、どうしてこんなことになったのかと考えを巡らせる。
全て、順調だったはずだった。いや、想定以上に上々の結果が得られたはずだ。
あの役立たずのルヴォイアの王女を迎え入れてから。
セレスティナと言っただろうか。
あの細身の、全然そそらない女。
ああいうのがいいと言う男も多いだろうが、ラルフレットの好みとは真逆だった。
当時は――そう、リリアンとかいう女を囲っていたんだったか。
それとは別に、好みだったらある程度可愛がってやってもいいかと思ったが、別にそそられなかった。
むしろ、「私は祖国を背負ってやって来ています」と優等生然とした態度が気に食わなかったのだ。
だから、あの女から搾取することに何の躊躇もなかった。
実際搾取を始めると、想定した以上に莫大な魔力が眠っていて、嬉しい悲鳴が上がった。
あんな凄まじい魔力、第一降神格何人分だろうか。
イオス王国の面々は歓喜して、あの女の全てを搾取してやろうと、あの女を地下に押しこめることに反対する者などいなくなった。
(最初は、あくまでリリアンの代わり程度にしか思っていなかったのにな)
当時はリリアンを殊更気に入っていて、アレと同じ色彩であれば、子ができても誤魔化せる。
一応、正妃はセレスティナになっていたし、セレスティナとの子だと言い張るつもりでいた。
(まあ、結局、あの女との間に子はできなかったが)
可愛がっていたが、リリアンも所詮はその程度の女だったと言うワケだ。
2年も愛してやったのに石女だった。
最初に予定が狂ったのは、そう、ラルフレットがリリアンに飽きたあとだった。
いつまで経っても孕まないリリアンに業を煮やし、そろそろ換えがが必要かと考えたころ、セレスティナの祖国、ルヴォイア王国の連中が問い詰めてきたのだ。
2年もセレスティナの姿が見えない。彼女はどうしたのだ、と。
面倒なことに何度も手紙は届いていたし、こちらからもセレスティナの筆跡を真似させ、無難な返信はさせていた。
しかし、どこで何を聞きつけたのか、ルヴォイアの連中は彼女が地下室に繋がれていることを把握していたのだ。
それくらいだったらなんとでも言って追い返せたはずだが。
(あいつら、よりにもよって、あの男を連れて来やがった)
黒いコートを着た悪魔。
鬱陶しい赤い髪で片目を隠した陰鬱な男。
さすがのラルフレットも、その姿を見て、誰かわからないはずがなかった。
(ルヴォイア王国とは何の関係もなかったはずなのに、なぜ……?)
73柱あらせられる神々の中でも特別な、最上級神と言われる7柱。
世界でたったひとり、そのうちの1柱の加護を授かったバケモノがいる。
〈糸の神〉ジグレルの加護を受けた第一降神格、フォルヴィオン帝国の黒騎士リカルド・ジグレル・エン・マゼラ。
セレスティナとどういった関係があったのかはわからない。ただ、鬼気迫る表情で、彼女を返せと訴えかけてきた。
セレスティナを出さねば、どんな行動を起こすかわからない。あの男ひとりで、一兵団に匹敵するほどの力があるとなれば、聞き入れないわけにはいかなかった。
とはいえ、魔力は搾り取れるだけ搾り取ったし、不本意だがとある男の協力も得て、セレスティナの体内に仕掛けもしていた。
だから、彼女を祖国に戻したところで問題はない。どうせ死にかけているし、このまま朽ちられるよりも面倒がなくていいかもしれない。
セレスティナは病気で療養していた。そう言い訳し、大人しくあの女をルヴォイアに引き渡したのだった。
その時は、あれ以上ルヴォイアとの関係も拗らせたくなかったし、こちらが折れる形で縁を切った。
(――まあ、念のため、結婚証明書は破棄せずに、ニセモノを目の前で燃やしてやったがな)
実におめでたいことだ。
結婚証明書はそれぞれの祖国に1枚ずつ渡される。
割り印が入り、2枚ひと組と言われているが、片方でも残っていたら証明代わりにはなる。
何かあったときに、セレスティナを道具としてこちらの国に引き戻す種は、いくつ用意していてもよかった。
なに。この計画さえ上手くいけば、ルヴォイアの全てはイオス王国のものだ。
ルヴォイア王族全員を鎖に繋ぎ、あの魔法陣を刻んでやる。そうすれば、魔力炉もさらに使い放題だ。
そうすれば、あの男もこれ以上とやかく言ってくることもないだろう。
「おやおや、これは困りましたね」
――と。
この軍事施設にどこから入ってきたのか、飄々とした声が響き渡る。
来たか、と思った。
例の、あの男だ。
「おやおや、ワタシの魔力がもう空っぽじゃないですか。せっかく補充にきたのに」
「貴様……!」
イオス王国の軍事機密の塊でもあるこの施設に、他国の人間がなぜ、こうも易々と入れるのか。
締め出しても締め出してもひょっこり現れるこの男。南東の島国ヨルェン国の術士、〈夜の神〉の第一降神格ユァン・エン・レトゥである。
長くて黒い髪を三つ編みに垂らし、黒い胴衣を羽織った異国の男は、ひょいひょいと魔力炉の方へと歩いてくる。
「お前の魔力ではない。我が国の、魔力だ!」
「ええ? 王子様、それは横暴ではないですか? 最初っから研究開発のお手伝いしたのがどこの誰だとお思いで?」
「貴様とは開発終了までの契約だったろう! その後も何かと、魔力をせびりに来て」
「えええ? だって、セレスティナ姫の魔力、とっても使い勝手がいいんだもん」
もん、だなんてかわいこぶっても駄目だ。
そうして人の懐に入ってきて、散々自分の都合で相手を食い潰す男だとラルフレットは知っている。
ユァンはさすが、魔法研究大国とも言われるヨルェン国の術士だけあって、魔法知識が豊富だ。
それだけでなく、彼自身に第一降神格としての加護まであるのだ。世界一の研究者と言っても過言ではない。
一方で、ずば抜けた探究心、好奇心も相まって、少し倫理観が人から外れた人格も持ちあわせていた。
いくら優れた研究者であったとしても、その人並み外れた探究心のせいで、ヨルェン国内でも煙たがられていたらしい。
まあ、それもそうだろう。
彼は、ラルフレットでさえ引いてしまうような人道外れた提案を、いとも簡単にしてしまう男なのだ。だからこそ、契約さえ終われば、正直あまり顔を合わせたくない底の知れなさがある。
それなのに、ユァンにとって、このイオス王国は都合のいい遊び場扱いだ。自分に匹敵する実力の魔法使いなど存在せず、他国の人間でありながらも、誰もがユァンの言うがままなのだから。
(まあ、この男のおかげで、セレスティナから魔力をせしめたわけだが)
セレスティナの体内に直接刻みこんだ魔法陣。それが、この魔力炉へと直接繋がっている。
他人の魔力を生涯、根こそぎ奪い続けるなど、人道に反するどころではない。
けれどもそれを、この男は嬉々としてやってのけたのだ。
その結果として、完成したのがこの兵器。
魔力をエネルギーに稼働する最新型の魔砲。かの黒騎士リカルドの力にも匹敵するほどの魔力を一気に放出できるシロモノだ。
これさえあれば、ルヴォイア王国を制圧できる。
弱小国家だ、ある程度の武力さえ用意できればあっという間だ。
何せ向こうは、のほほんとした中立国家。第一降神格には恵まれているが、軍部はたいしたことがない。
他国との外戚は多いが、生憎こことルヴォイアは隣接している。一気に攻撃を仕掛けて制圧してしまえば、他国の援軍も間に合わないだろう。
それを動かすために、3年もかけて魔力を溜め込んできたのだ。
セレスティナの魔力を使って。
なのに、使用する前に魔力が枯渇しようとは、一体どういうことだろう。
「おい、貴様。どういうことだ、説明しろ!」
「いやあ、説明が欲しいのはワタシの方ですけれど」
ふぅむ、とユァンは魔力炉を凝視する。それから、魔力炉を稼働させている複雑な魔法陣たちに。ひとつではない、複数の魔法陣を合成してようやく、この魔力炉は稼働できる。
それらをひとつひとつ眺めた後、ニカッと笑って呟いた。
「わかりませんね!」
「何だって!?」
ユァンはカツカツとブーツを鳴らしながら、魔力炉の回りを歩いていく。しかし、結論は変わらないようで、首を横に振るだけだ。
「ふむふむふむ。つまり、魔力炉側は問題ないってことですよ。問題あるとすれば、魔力の供給側――となると」
「セレスティナか」
ラルフレットは息を吐いた。
面倒なことだと思う。
だって、向こうに問題があったとすれば、簡単に修正をかけられないということだ。少なくともセレスティナ本人を確保する必要がある。
「あの女を直接連れて来なければなるまいか――」
「ああ、そのあたりは王子様の富と権力でお願いしますね。ワタシも、彼女の魔力はないと困りますし」
などと言いながら、ユァンは勝手に魔力炉に魔石を設置し、なけなしの魔力を根こそぎ吸収していく。
「あ! 貴様!」
「いいじゃないですか。どうせ、彼女を確保しないことには、この無駄にでっかい兵器も使えないわけですし? ――ほら、丁度いい機会があるじゃないですか。もうすぐ、例の季節でしょ?」
ユァンがニマリと目を細める。
5年に一度の国際会議。
全世界の代表者と、第一降神格が一堂に会するいい機会だ。
ただ、あの女は、よりにもよって黒騎士リカルドと再婚したという話は聞いている。
厄介な男のものになったものだと舌打ちするも、打てる手はいくつもある。
(そもそも、その再婚は国際法に反しているからな)
正確には法ではなく、あくまでルヴォイア王国の慣習に反する程度だが。
それでも、ルヴォイアの王族は、第一降神格の存在する国への輿入れを禁じられている。
それを破っているのは、誰の目から見てもあきらかだ。
(例の証明書も残しておいてよかった)
それに、結婚証明書の現物は手元に残っている。
リカルドの手によって、強引に破棄させられそうになったから、慌ててニセモノとすり替えたのだと涙ながらに語れば、同情してくれる国はあるだろう。
フォルヴィオン帝国は大国ではあるが、世界は一枚岩ではない。
かの国に対抗する別の勢力だってある。その連中を味方に引き入れれば、十分対抗できるはず。
このとき、ラルフレットは知らなかったのだ。
まさかこの後、彼女と再会したとき。
大切な人に愛されて、光り輝くほどに美しくなった彼女の姿に目を奪われることになるなんて――。
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