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でないと、彼のことを誤解し続けるところだった。
彼とはちゃんと関係性を築ける。ここまでの会話でそのことを確信し、セレスティナはホッとする。
いつしか穏やかな笑みが溢れていて、リカルドは目を丸くした。
「なぜ……どうして、そんな。俺に笑いかけ、て……?」
「リカルド様がお優しいからです」
「やさ……しい……?」
何を言っているんだとばかりに、リカルドは口を開ける。
「あなたの目は、おかしい、のでは? 俺が、優しい……?」
黒騎士と恐れられている彼だ。この地下室に引き籠もり、騎士団の隊長の責務も放置しがちな彼は、騎士団内部でも人間関係の構築が上手くいっていないのかもしれない。
優しいという言葉も、言われ慣れていないのだろうと思う。
「突き放したのは、わたしを慮ってくださった結果でしょう? ――確かに、驚きはしましたけれど、リカルド様がお優しい方だとわかりましたから。今は安心しています」
「なに、を……?」
「それに、お見舞いの品なら、ちゃんと頂きましたから」
セレスティナは眦を下げ、右手の袖をわずかに捲る。そこに揺れる華奢なブレスレットを見た瞬間、リカルドはビクッと肩を震わせた。
赤い石が印象的なとても可憐なブレスレットだ。シンプルではあるけれど、そこがリカルドらしい気がして、セレスティナはとても気に入っていた。
このブレスレットのおかげで、セレスティナはあの屋敷で快適に暮らせている。
「わたしの至らぬ所を受け入れ、たった三日でこんなものまでご用意くださって。リカルド様も体調を崩していらっしゃったのに、大変だったでしょう?」
とても稀少な魔石を使ったブレスレットだ。きっと特注に違いない。
それをすぐに作らせて、たっぷりの魔力まで込めてくれた。それを彼の気遣いと言わずして、何というのだ。
「あの屋敷もそう。リカルド様、以前、お会いしたときのことを覚えてくださっていたのですね」
「あ! ……それ、は……!」
狼狽えたリカルドは、さらに一歩二歩と後ろに下がる。ベッドの縁に膝裏が当たり、そのまますとんと、力なく腰を落とす。
やはり顔は真っ赤だ。長い前髪の合間から片方だけ見えている黒い瞳も、ずっとふるふると震えている。
「お見舞いの品ばかりか、この国にやって来て不安なわたしを、あなたは温かく出迎えてくださった。だから、わたしはリカルド様に、とても感謝しているのです」
「ちが…………俺は。温かく、なんて……」
「少なくとも、わたしは、そう感じているのです」
そう言って、セレスティナはゆっくりとベッドの方へと近付いていく。
呆けるリカルドの前で膝をつき、ゆっくりと手を伸ばした。
抵抗はされなかった。相変わらずこちらを見つめたまま微動だにしないリカルドの頬にそっと手を当てる。
ああ、やっぱり熱い。これはきっと、かなりの熱があるのだろう。
会話を続けていては、余計に彼に負担をかけることになる。それは駄目だと思い、セレスティナはダメ押しで、彼の額に己の額を重ねた。
「うん、やっぱり熱がありますね。お休みの所、邪魔をしてすみません。――ほら、リカルド様。わたしの相手はいいですから、横になってください」
至近距離に顔を寄せて、さらにわかった。
どうもリカルドの呼吸が荒い。余程無理をしたのかと心配になり、彼の肩を突く。そうしてベッドに横にならせ、セレスティナは水の用意をしようと立ち上がる。
しかし、はしりと手首を掴まれ、瞬いた。
驚きながら振り返ると、眼光を鋭くしたリカルドがそこにいる。
先ほどまでの呆けた様子とはどこか違う。
その真剣な眼差し――というよりも、黒い瞳の奥の読めない感情。
なんだろう。胸の奥がザワザワするような焦燥感に襲われ、セレスティナは息を呑んだ。
「俺は。あなたを、逃がそうとしたのに」
「え?」
「俺が〈糸の神〉の加護持ちだと、わかっているのに。ちゃんと突き放した、のに。のこのこやってくる、あなたが悪い――」
何のことだろう。
でも、きっと伝えたいことでもあるのだろう。ちゃんと話を聞こうと、視線を合わせるために、もう一度膝を落とそうとする。
「もう、限界なんだ……!」
がくっと視界が一転した。強く手を引かれたからだ。
何が起こっているのかわからずに、頭が一瞬真っ白になる。
かと思えば、すぐ目の前にリカルドの顔があって――。
(え――――?)
気がつけば唇を奪われていた。
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