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6−1 閉ざされた執務室

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 リカルドとちゃんと向き合いたい。
 セレスティナは新たな決意を元に、彼とどう過ごしていくか日々考えた。だが、一日経っても、二日経っても――なんなら一週間経っても、彼は一度も屋敷に帰って来なかった。

 セレスティナはいつ彼が帰ってきてもいいように、毎日屋敷の中を整えたし、彼の勤務先に手紙を届けているが、返ってきたのは一通だ。

『魔力がなくなれば注入するので、魔石を送り返してください。屋敷は、ご自由にお使いください』

 たったそれだけ。
 本当に必要最低限の言葉だった。
 恐ろしく整った字でびっくりしたが、言い換えればお互い関わらずに生きていこうということである。

(なるほど、そういうことね)

 理由こそわからないが、リカルドはセレスティナに接触する気がないらしい。

 この屋敷の奇妙な違和感については気がついていた。
 やはり、どこを探してもリカルドの私室が存在しない。
 まるで最初から、この屋敷に住む気がなかったかのように。

(となると、とれる手段は――)

 本気になったセレスティナを舐めないでほしい。
 これでも一国の元王女なのだ。話し合いのテーブルに出てこない相手を呼び寄せる術はいくつか思い浮かぶ。

 さて、何から手をつけてみようか――と悩んでいたある日のことだった。
 その人は突然、屋敷にやってきた。


「どもどもォ! はじめまして、奥様!」

 若草色の明るい髪に蜂蜜色の瞳。どこか気の抜けたようなへらっとした笑顔が印象的な、ちょっと幼い顔だちの男性だ。

「あなたは――」
「はァい、どうも。リカルド様の忠実な下僕フィーガ・フィーガ・エン・フィーガロットでェす!」

 日中は日当たりのいい居間で過ごすことが多い。窓からさし込む明るい光にも負けない元気いっぱいの挨拶に、セレスティナは面食らう。

(下僕? え? 下僕って言った? この方?)

 話したことはないけれど、彼のことは知っている。
 フィーガ・フィーガ・エン・フィーガロット。〈伝達の神〉フィーガの加護を授かった第一降神格エン・ローダだ。
 この国にやって来てから、いつもリカルドの側に控えていたのを見ているけれど、口を開けるとこんなにも明るい雰囲気の男性だとは思わなかった。

「あ……フィーガロット?」

 そういえば、その姓はつい最近聞いたことがある。
 ミアの家名がそうだった。
 合点がいった、ミアもフィーガも、ふたりともフィーガロットの家門の者だったのか。

「そうそう! そのフィーガロットでェす! あ、そこに居る彼女、ミアは僕の従妹で。アナタがこの国にいらっしゃると聞いたときから、それはもう張り切って『私を推薦してくださァい』って」

 とペラペラ話し出すと、側に控えるミアから「それは黙っててくださいって――」と抗議の声が飛び出してきた。
 ふたりはかなり気安い仲らしく、ポンポンと言い争いが始まった。
 その勢いに呑まれてパチパチと瞬いていると、フィーガは目を細め、じっとこちらの顔を見つめてくる。

「ウン! 顔色、よくなってますね。熱も下がったと聞きましたが、大丈夫ですか? 無理してないです?」
「え? あ? ええ。大丈夫……」

 すっかり向こうのペースに飲み込まれ、物怖じしてしまうも、リカルドとは違ってコミュニケーションは取りやすそうだ。

「心配させてしまってごめんなさい。リカルド様は――?」
「ああ、奥様! 主ってば、あんな態度をとったって言うのに、主のことを気にかけてくださりなんとお優しい!」

 よよよよよ、とフィーガは大げさに嘆き、目元を押さえる。

「リカルド様は今、体調を崩されていて、軍部の自室に引き籠もっていらっしゃるのです」
「体調を? もしかして、結婚式の日も……?」
「えっ? あー……、そーーーーォですねェ。あのときからずっと、でしょうか」

 隣でミアが、ギョッとしたような目を向けているが、セレスティナはそれを気遣う余裕などなかった。

「大変!」

 慌ててガバッと立ち上がる。
 だって、まさか彼の方が体調不良だったとは。
 リカルドの遠回しな気配りは感じている。結婚式当日の言動だけがどうしても不可解だったが、それは今回の体調不良と関係しているのだとすれば……?

(もしかして、ご自身の病気をわたしに移してはいけないと思われたから、とか?)

 最悪だ! と叫んでいたのも、そんな体調の日に結婚式なんて、という意味だったりするのだろうか。
 いや、さすがにその解釈は自分に都合がよすぎる気もするが。

(でも、そんな体調なのに、屋敷でゆっくり休めもしないって……)

 どんな生活をしているのだろう。
 そのような事情を露知らず、ひとりのほほんと暮らしていたセレスティナが恥ずかしい。
 本当はこの屋敷がリカルドの帰るべき場所にならなければいけないのに。

「ねえ、フィーガ。わたし、お見舞いに行っても邪魔じゃないかしら?」

 キッと顔を上げて尋ねてみる。
 瞬間、フィーガはその言葉を待っていたとばかりにパアアアアと表情を明るくした。

「来て下さるのですね!」
「もちろんよ」

 まだ、結婚してからまともに話したことはないけれど、リカルドはセレスティナの夫だ。この屋敷で、セレスティナが過ごしやすいようにと心を尽くしてくれた人。
 その人が苦しんでいるのに、どうして放っておけようか。

「すぐに支度をしましょう。軍部の自室で食事はどうなさっているのかしら? 何か食べやすいものを持っていった方が――ねえ、ミア?」
「え!? セレスティナ様、本気ですか?」

 すぐにミアに相談するも、当のミアはなぜか不安そうに表情を曇らせた。いったいどうしたことだろう。

「でも……あの方は」

 何か言いにくそうに、モゴモゴしている。
 いくら体調が悪かったとは言え、初夜にセレスティナを置き去りにしたことを大層怒っていた。だから、今も思うところがあるのだろう。

「お願い、ミア。行かせて」
「ですが」

 渋る彼女の隣で、フィーガが助け船を出してくれた。

「いやいや、ミア。ここは奥様の希望を叶えて差し上げるべき、だろう?」
「もう! フィーガはいつもそうやって、調子いいことばっかり!」

 ミアが頬を膨らませるも、フィーガにはまともに取りあうつもりはないらしい。
 彼女を押しのけ、ぐいっとセレスティナに迫ってくる。

「では奥様、是非お見舞いに行きましょう! それで、奥様が・・・食べやすいと思うものを用意していただけますか?」
「わたしが? リカルド様の好みは――」
「あー、あの方は、なんでも召し上がりますから! 是非、奥様がよいと思うものを」
「???」

 フィーガの意図がちっともわからないが、選定は任せられたということだ。
 今度はセレスティナがリカルドにお礼をする番だ。食欲がないときでも食べやすい物はなんだろうと考えながら、ミアに相談する。
 ミアはフィーガに対して何やらとっても言いたそうな目を向けながらも、仕方ないかとばかりに肩をすくめた。

「あ、それから、水分はたっぷりとったほうがよいと思われますので、多めに」
「それはそうね」

 納得しながら、レモン水の用意もすることにする。水自体は城で採水できると思われるが、準備は万全にしておきたい。
 用意するものを指折り数えながら、セレスティナは改めてミアと相談することにした。

「あの……セレスティナ様、本当に、本当に行かれるのですか?」

 やはりミアは不安そうだ。
 けれども、今のセレスティナに迷う余地はない。

「もちろんよ」

 胸を張って答えると、ミアもくしゃりと目を細め、わかりましたと頷いてくれた。

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