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「いい加減にしてくれ! こんな結婚、最悪だ!」

 その声が廊下まで響いてきた瞬間、セレスティナは固まった。
 周囲の、セレスティナ付きの侍女たちまでもが凍りつく。
 一枚扉を挟んだ向こう。わずかに開いた扉の隙間から、赤髪の男性が激怒しているのが見えた。

 どうかこれが幸せな結婚であってくれ。そう祈りながら結婚式を終え、その後は披露目のパーティーだった。
 しかし、元々リカルドは人付き合いが極端に苦手らしく、セレスティナの側には寄り付こうともしない。彼は彼で、セレスティナはセレスティナで、同じ空間にいながらも別々の集団に祝われた。

 だから夫とは、まだまともに会話すらできていない。
 この屋敷に迎えられてようやく話を――といったときのことだった。

「俺の与り知らぬところで、陛下と結託して好き勝手してくれて……! 俺は了承していないからな!」

 了承していない。
 その言葉がセレスティナの胸に突き刺さる。

(まただ……)

 フォルヴィオン帝国まで、淡い夢を抱いてやって来た。
 今度こそ、セレスティナは望まれて花嫁になると信じて。

 父はセレスティナに幸せになれと言った。
 ルヴォイア王国の王女としてでなく、ただの娘として、セレスティナを望む相手の元に嫁げるよう尽力してくれたはず。
 このフォルヴィオン帝国だって、セレスティナを歓迎してくれている。
 実際、この国に来てから至れり尽くせり。セレスティナ付きとなった侍女たちも皆優しくて、セレスティナはすぐにこの屋敷のことを好きになれそうと思ったけれど。

 やっぱり、結婚式の時に感じたあの暗雲は、見過ごしてはいけなかった。
 この手の予感は、いつだって正しい。
 やはり、セレスティナは望まれてなどいなかったのだ。
 はるばるフォルヴィオン帝国までやってきたけれど、ここでも不要な存在。

 疎まれた花嫁なのだ。



「あっ! セレスティナ様!」

 その場に留まることなどできるはずもなかった。
 どこかに行ってしまいたくて、セレスティナは廊下を足早に駆け抜ける。
 侍女たちが慌てて呼びかけ、必死で後ろを追いかけてくる。

 それでも、今のセレスティナに周囲を気遣う余裕などなかった。
 歩いたことのない屋敷のなかをあてどなく彷徨うも、袋小路に辿り着く。

 涙はもう、とっくに出ない身体だ。
 心はすでにカラカラで、砕け散ってしまいそう。
 何も語ることなく、立ち止まったセレスティナに、侍女たちが優しく声をかけてくれる。

「違います! あれは旦那さまの本意ではありません!」
「あの方はセレスティナ様が大事だからこそ……!」

 でも、彼女たち自身も、自分たちの言葉に説得力がないことはわかっているのだろう。顔を見合って、困ったように口を噤む。

「――――今日はお疲れでしょう? 部屋に戻って、お茶にいたしましょう」
「湯浴みをされてはどうですか? 私たち、セレスティナ様の疲れが取れるよう、しっかりとマッサージしますから」

 そう言いながら、彼女たちはセレスティナをこれからの自室に連れて行ってくれる。
 セレスティナはズンズンと歩いていって、導かれたその先――二階の、南向きの部屋の扉に自ら手をかける。

 パンッ! と、身体に反発のようなものがあって、ハッとした。
 鍵とは違う。
 これは魔法鍵の一種だ。
 登録された、一定以上の魔力を持つ者しか開けられない仕組みになっているのだろう。

「…………この家の扉には、全てこの鍵が?」
「あ……え…………?」

 侍女たちには、それが特殊な魔法鍵であった自覚すらないらしい。顔を見合わせるも、その中の年長の侍女が神妙な顔をして頷く。

「そう」

 乾いた笑みが溢れた。

 何が『魔力がなくなっていることも了承済み』だ。
 魔力が枯渇しているセレスティナでは、これでは扉一枚開くこともできない。
 この屋敷にも、セレスティナの居場所はない。
 自由も、なにもかも。

 やはり歓迎などされていなかった。
 そのことを改めて思い知らされ、自嘲する。

「だれか、ここを開けてくれる? わたし、この屋敷で生活するのも難しいみたいで」
「そんな――!」
「ああ、今すぐに! お任せください!」

 侍女たちは慌ててパタパタと動きはじめ、セレスティナを自室へといざなった。
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