9 / 65
3−2
しおりを挟む「いい加減にしてくれ! こんな結婚、最悪だ!」
その声が廊下まで響いてきた瞬間、セレスティナは固まった。
周囲の、セレスティナ付きの侍女たちまでもが凍りつく。
一枚扉を挟んだ向こう。わずかに開いた扉の隙間から、赤髪の男性が激怒しているのが見えた。
どうかこれが幸せな結婚であってくれ。そう祈りながら結婚式を終え、その後は披露目のパーティーだった。
しかし、元々リカルドは人付き合いが極端に苦手らしく、セレスティナの側には寄り付こうともしない。彼は彼で、セレスティナはセレスティナで、同じ空間にいながらも別々の集団に祝われた。
だから夫とは、まだまともに会話すらできていない。
この屋敷に迎えられてようやく話を――といったときのことだった。
「俺の与り知らぬところで、陛下と結託して好き勝手してくれて……! 俺は了承していないからな!」
了承していない。
その言葉がセレスティナの胸に突き刺さる。
(まただ……)
フォルヴィオン帝国まで、淡い夢を抱いてやって来た。
今度こそ、セレスティナは望まれて花嫁になると信じて。
父はセレスティナに幸せになれと言った。
ルヴォイア王国の王女としてでなく、ただの娘として、セレスティナを望む相手の元に嫁げるよう尽力してくれたはず。
このフォルヴィオン帝国だって、セレスティナを歓迎してくれている。
実際、この国に来てから至れり尽くせり。セレスティナ付きとなった侍女たちも皆優しくて、セレスティナはすぐにこの屋敷のことを好きになれそうと思ったけれど。
やっぱり、結婚式の時に感じたあの暗雲は、見過ごしてはいけなかった。
この手の予感は、いつだって正しい。
やはり、セレスティナは望まれてなどいなかったのだ。
はるばるフォルヴィオン帝国までやってきたけれど、ここでも不要な存在。
疎まれた花嫁なのだ。
「あっ! セレスティナ様!」
その場に留まることなどできるはずもなかった。
どこかに行ってしまいたくて、セレスティナは廊下を足早に駆け抜ける。
侍女たちが慌てて呼びかけ、必死で後ろを追いかけてくる。
それでも、今のセレスティナに周囲を気遣う余裕などなかった。
歩いたことのない屋敷のなかをあてどなく彷徨うも、袋小路に辿り着く。
涙はもう、とっくに出ない身体だ。
心はすでにカラカラで、砕け散ってしまいそう。
何も語ることなく、立ち止まったセレスティナに、侍女たちが優しく声をかけてくれる。
「違います! あれは旦那さまの本意ではありません!」
「あの方はセレスティナ様が大事だからこそ……!」
でも、彼女たち自身も、自分たちの言葉に説得力がないことはわかっているのだろう。顔を見合って、困ったように口を噤む。
「――――今日はお疲れでしょう? 部屋に戻って、お茶にいたしましょう」
「湯浴みをされてはどうですか? 私たち、セレスティナ様の疲れが取れるよう、しっかりとマッサージしますから」
そう言いながら、彼女たちはセレスティナをこれからの自室に連れて行ってくれる。
セレスティナはズンズンと歩いていって、導かれたその先――二階の、南向きの部屋の扉に自ら手をかける。
パンッ! と、身体に反発のようなものがあって、ハッとした。
鍵とは違う。
これは魔法鍵の一種だ。
登録された、一定以上の魔力を持つ者しか開けられない仕組みになっているのだろう。
「…………この家の扉には、全てこの鍵が?」
「あ……え…………?」
侍女たちには、それが特殊な魔法鍵であった自覚すらないらしい。顔を見合わせるも、その中の年長の侍女が神妙な顔をして頷く。
「そう」
乾いた笑みが溢れた。
何が『魔力がなくなっていることも了承済み』だ。
魔力が枯渇しているセレスティナでは、これでは扉一枚開くこともできない。
この屋敷にも、セレスティナの居場所はない。
自由も、なにもかも。
やはり歓迎などされていなかった。
そのことを改めて思い知らされ、自嘲する。
「だれか、ここを開けてくれる? わたし、この屋敷で生活するのも難しいみたいで」
「そんな――!」
「ああ、今すぐに! お任せください!」
侍女たちは慌ててパタパタと動きはじめ、セレスティナを自室へといざなった。
652
お気に入りに追加
2,261
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
憐れな妻は龍の夫から逃れられない
向水白音
恋愛
龍の夫ヤトと人間の妻アズサ。夫婦は新年の儀を行うべく、二人きりで山の中の館にいた。新婚夫婦が寝室で二人きり、何も起きないわけなく……。独占欲つよつよヤンデレ気味な夫が妻を愛でる作品です。そこに愛はあります。ムーンライトノベルズにも掲載しています。
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる