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−冬−

3−17 彼女とともに征けたなら(1)

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 まだ足りないと彼女をもう一度深く愛し――ようやく深い眠りに落ちたサヨの横顔を見て、ディルは眦をさげる。

 普段はキリリとまっすぐ向けられる眼差しが、今は閉じている。
 いつも大人びた表情をした彼女であるが、こうしてみると、まだ年若い女の子なのだと実感する。

 情事のあとの少し火照った頬。汗をかいたからか、前髪がぺたりと額に張り付いている。
 ディルはそれをゆっくりと払い、彼女の表情を見つめた。

 なんと愛らしいのだろうか。
 こうして眠りの中に落ちてしまった彼女の表情を見るだけで、再び己の中心が熱を帯びてきてしまいそうだ。

 こんなにも満たされた夜ははじめてだった。
 だからこそ、同時に不安になる。
 ディルは独り寝を寂しいと感じるような男ではなかったけれども、明日からは別だ。空虚で、ただ、何を思うわけでもなく淡々と眠る夜に、もう戻れそうにないのに――。


 明日、彼女はトキノオへ向かい、ディルは国境の砦に留まる。
 それを決めたのはディル自身だったが、内心、自分の力の及ばなさに腸が煮えくりかえっている。
 彼女を助けたいし、自分にはそれなりに力もある。
 道筋を作ることができる。
 それでも、足りない。

 ――自由に国境を越えられる身であればよかったのだが。

 しかし、今それをしてしまえば逆効果だ。
 ディルにできるのは、シルギアにいながら圧をかけ続けること。それも、シルギア王国からの圧だと感じさせない――多少の目くらましと、ごまかしが必要になる。
 加減を間違えることはできないため、ディル自身が指揮をとらなければいけないのだ。

 ――サヨを手元に置いておけたらどんなにいいだろうな……。

 彼女と過ごした日々は楽しかった。
 彼女はいつもぷりぷり怒っていて、その顔も――たまに見せる照れたような顔だって可愛かった。
 真面目で、真っ直ぐで、自分に厳しい。その厳しさが彼女の背筋を伸ばしている。
 とても綺麗な女性だと思う。

 ――アキフネも、とんでもない娘を育ててくれたものだ。

 あの厳つい顔の男を思い出すと、少し笑いたくなるけれど。
 しかも、いつかはあの男を義父と呼ぶわけだ。昔の自分が聞いてもさすがに信じないだろう。


 ――さてと。

 ディルはそっと体を起こす。
 愛しい娘のこめかみにキスを落とし、するりと寝台からひとり降りる。
 サヨに布団を深く被せ、自分は適当に服を着込んだ。
 それから彼女を一人残し、そっと廊下の方に抜けていった。

 ――サヨの部屋はこちらだったな。

 トウマの必死の主張で、同じ階でも彼女の部屋は離れている。
 廊下を突き当たり、曲がったところで、彼女の部屋の番人と目があった。

「……」
「……よう」

 小声で挨拶をしてみせたディルに向かって、番人――トウマは実に不機嫌そうに目を細める。

「サヨ姫はおやすみだ。ここは通さんぞ」
「ああ。そのことだが――」

 肩をすくめてディルは宣う。

「残念だったな。オレが連れ出した」
「!?」
「おっと、待ってくれ。――俺のわがままでな。だから彼女には、怒らないでやってくれ」
「サヨ姫は、どこに……!?」
「オレの部屋」
「っ……!」

 その意味を正確に理解したのだろう。トウマは両目を見開き、怒りに目が染まる。

「待て。殴るなら外でだ。ここでは建物に響くだろう?」
「貴様……っ」

 ぶるぶると震える拳を押さえながら、トウマは眼光を強くした。

「そこの部屋はもぬけの殻だぞ。ほら――大人しく殴られてやるからついてこい」

 そうしてディルは、手をヒラヒラさせながら踵を返した。

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