45 / 67
−冬−
3−11 どうか、どうか――(2)
しおりを挟むあわてて鍵を開けている間も、彼は唇に人差し指をあてたまま。
音をたてないようにとゆっくり窓を開くと、外から太い二本の腕がのびてきた。
ふわりと漂う、彼の香水のかおり。
心臓が大きく鼓動し、悲鳴をあげそうになった。けれど、ディルがウインクしながら首を横に振るものだから、必死で我慢する。
屋根の上へ連れ出されたかと思うと、彼は軽い様子でサヨの部屋の窓を閉めてから、彼女の手を引いた。
『気をつけて』
声を出さずに、口の動きだけで伝えてくる。
ハイもイイエも言えなかったけれど、首を縦に振る。
少々足場が悪くてもサヨにはなんということもない。
彼が導くままに屋根の上を移動し、やがてひとつの部屋に辿り着いた。
「――ふう」
今度は窓から中へと入って、彼は鍵を閉め、カーテンも閉じてしまう。
暖炉の火が灯った温かい部屋――どう考えてもここは、ディルが宿泊している部屋だと思われる。
真っ暗にするのはやめたのだろうか。
今日はもう、休むべき時間だろう?
いや、そもそも、屋根をつたってまでサヨを連れてきたのはなぜ?
……なんて疑問が頭によぎるけれども、サヨだってわかっている。
だって、こんなにも会いたかったのだ!
「ようやく君とふたりきりになれたな、サヨ?」
「あ、……ああっ、しゅ……しょうぐんっ」
声が裏返ったどころの話ではない。
しょうぐん。その単語が早口になってしまった。
「……」
サヨは頭を抱えたい気持ちでいっぱいだった。
あれだけ会いたいと思っていたのに、圧倒的恋愛経験の足りないサヨは、こんなときどうしていいかわからない。
彼の空色の瞳を見つめただけで、頭の中が真っ白になってしまいそうになる。
こんなことは人生ではじめてなのだ。
「あ……あ、あ、あ……」
「ん? どうした、サヨ?」
「ぁ……う、あ……の……」
「ああ」
「いろいろっ……話したかったんだけど。きんちょう、して……」
「……」
気恥ずかしくて自然と手が動き、髪を梳かす。
すっかりと短くなってしまった髪は、出立する前に軽く切りそろえた。いまは肩につくかつかないか程度しかない。
唯一女性らしかったと言える部分もなくしてしまい、余計に恥ずかしく感じる。
これくらいでディルの気持ちが冷めるとは思えないけれど――むしろ、彼の気持ちを信じられてしまう自分にも驚きで!
「は、恥ずかしくて……死にそうだ……」
「……はは、そうか。ほら、――サヨ……?」
さらに、目線を追うなど朝飯前のサヨは、気がついてしまった。
気持ちを読むのは初心者なのに、視線を読むのが得意な娘ってなんだと自分でも思うわけだが。――彼の視線は、部屋の隅のソファーと……そして、寝台の方へと交互に向けられている。
そして、二つの選択肢に迷った彼も、とうとう進行方向を選ぶ。
ディルはサヨの手を引き、まっすぐ、寝台の方へと歩いていったのだ。
そうして導かれるままに寝台に腰かける。けれども、どうにも視線を彼の方に向けられない。
「ほら、サヨ? 君を想って眠れない憐れな男に、君の顔を見せてはくれないか」
なんていいながら、彼はサヨの髪を掬う。
「お願いだ」
懇願され、ようやくサヨは彼の方に顔を向ける。
ディルは後悔に満ちた表情で、サヨの髪を梳いていた。
「悪かったな……」
「しょうぐん……?」
「君の綺麗な髪を――ああ、やっぱり、悔いても悔やみきれない」
「……私が、そうなるように仕向けたんだ。将軍は悪くない」
「だが……」
「髪は。またのびるし――その、私は、だな」
ぎゅっと拳を握りしめ、視線を彷徨わせる。
いつも彼にばかり、言葉をつくしてもらっている。
サヨは口べただし、言葉よりも行動で示したいと常日頃思っているわけだが、彼に対しては態度だってついつい冷たいものになってしまって。
だけど、今夜こそちゃんとしたい。
彼がくれる言葉と同じだけは難しいかもしれないけれど、それでも気持ちは伝えたいと思う。
「もっと……大切なもの、もらったから。いいんだ……です……」
真っ赤になりながら主張した。
話したところで、言葉づかいも全然女らしくないと恥ずかしくなり、無理矢理訂正する。
「くっ! あはは!」
あまりに格好がつかなかったからか吹き出されてしまい、サヨは狼狽えた。
声を抑えながらも、必死で主張する。
「あの! その! だって! その……な!」
「くっ……くくく! あはは、いや、いい。サヨ、無理するな。くっ……ふふ、なんだそれ……!」
「わ、笑わないでくれ……」
「いや、くくく……悪かった。だって、あまりにも可愛くてだな」
「うそだ」
「嘘じゃない。ほら――」
抱きしめられて、ぽんぽんと背中を叩かれる。
これでは完全に子ども扱いではないか。
なのに、サヨはドキドキしてしまう。
「……るは、ずるい」
「ん?」
「じるは、ずるい」
ちゃんと言葉にできなくて、二度言う。
やっぱり、上手く発音できなかった。
サヨばっかり余裕がない。いつだってそうだ。
勇気を出して名前を呼んでみたけど、また笑われるかもしれない。
「……」
でも――。
「……? ジル……?」
「…………」
サヨを抱きしめたまま、ディルが硬直している。
先ほどまで大笑いしていたはずなのに、両目を見開き、サヨを見つめて、いまは微動だにしていない。
ぱち、ぱち。
あ、瞬いた。
それでも、それ以上彼は動き出せずに、わなわなと震え出す。
「……っかい」
「え?」
「もういっかい、呼んでくれないか……?」
その時の彼の頬――そして、耳まで赤くなっていることに気がついて、今度はサヨが硬直する。
おそらく見間違いではないのだろう。
がしっとサヨの両肩に手を置き、寄せられた彼の顔は真っ赤に染まっていた。
28
お気に入りに追加
608
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
【R18】堅物将軍を跪かせたら
なとみ
恋愛
山脈に囲まれた自然豊かな国、ルーデン。
隣の大国オリバルからの突然の同盟の申し入れは、実質属国にならなければ国へ攻め入るという脅しに近いものだった。
将軍のゲインは高圧的な隣国の女王・リリーへの反感を顕にするが、それを咎められ足を舐めろと命令される。
堅物将軍と、実は恋愛未経験な女王さまのお話。
★第14回恋愛小説大賞に参加させて頂いております!
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
マイナス転生〜国一番の醜女、実は敵国の天女でした!?〜
塔野明里
恋愛
この国では美しさの基準が明確に決まっている。波打つような金髪と青い瞳、そして豊満な体。
日本人として生きていた前世の記憶を持つ私、リコリス・バーミリオンは漆黒の髪と深紅の瞳を持った国一番の醜女。のはずだった。
国が戦に敗け、敵国の将軍への献上品にされた私を待っていたのは、まるで天女のような扱いと将軍様からの溺愛でした!?
改訂版です。書き直しと加筆をしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる