【R18】サムライ姫はウエディングドレスを望まない

−冬−

３−９ あなたに出会わなければよかった（３）

　地面に突きたてられた剣に首が触れることすら厭わずに、ディルはサヨを抱きしめる。
　危ない！　――そう思ったときにはもう、視界が反転していた。

　サヨを抱きしめたまま、彼はごろりと横に回転し、いつの間にやらサヨの方が組み敷かれている。
　右の手首は、骨が軋むほどにがっちりと掴まれ、彼のもう片方の手は、サヨの頬に触れた。


　サヨ。
　そう呼ばれたか、呼ばれなかったか。
　涙で視界が揺らぐ。けれども、彼の空色の瞳だけは、サヨの目にとても鮮やかに映った。

「……っ」

　彼が眉を寄せ、表情をくしゃくしゃにする。
　次の瞬間、唇に柔らかいものが降ってきて、サヨも目を細めた。

　ほろり、と、眦から涙がこぼれる。
　胸の奥が疼き、気がつけばサヨも――あまっていた方の手をそっと、彼の背中に回した。

　彼の貪るような口づけは、深くなるたびに、サヨの心を締めつける。
　でも、サヨはもう拒むようなことはしなかった。
　戦いを終えて、剥き出しの心で彼と接してようやく、本心がこぼれ落ちる。


　あなたが好き。
　だからこんなに苦しい。
　生まれてからはじめて抱いたこの想いを持て余して、勝手にしがらみで雁字搦めにして、全部見ないふりをした。
　でも、もう限界だ。

　呼吸が苦しくなり、彼のコートを握りしめる。
　唇が触れるか触れないか程度の距離に離され、ひと呼吸。でもまたすぐに、彼の口づけが落ちる。
　酸素を欲してわずかに開いていた唇から、彼の厚い舌が侵入し、サヨの口内を犯していく。
　でも、逃げることを忘れたサヨは、心が求めるままに彼の舌を受け入れた。

「ん……」

　鼻から抜けるような甘い声が漏れる。
　片方の手は手首を掴まれていたはずなのに、いつの間にか指同士を絡めあい、握りあう。
　彼の親指がサヨの眦を拭い、もう一度角度を変えて口づけをした。

「……しょう、ぐん」
「ん？」
「…………父上を、助けたい……」

　誰かにすがることなんてはじめてだった。
　けれども、彼なら――ディルならば、こんな弱いサヨのことだって笑って包み込んでくれる。

「ああ。わかった。……わかっているさ」

　ほら。
　確信に似た想いはまぼろしじゃなかった。

　――あなたが好きだ。
　――とても、好きだ。

「オレだって、君の望みを叶えたい。君は、もっとオレを信じていいんだ」

　彼はいつも、サヨがほしい言葉をくれる。

「…………ぅん」

　鼻をすすりながら首を縦に振ると、今度は彼の唇が眦に降ってくる。
　涙を拭うようにと優しく触れ、そして目を細めて笑う。
　ざっくりと切られてしまったサヨの髪を掬いながら、眉を寄せ、口惜しそうに――それでも笑ってくれるのだ。

「すまない。君の、自慢の髪だったろう？」
「こうでもしないと、あなたに勝てる気がしなかった」
「そうか……」
「私を、行かせてくれるな？」
「…………ああ。だが」

　口惜しそうに髪に口づけ、ディルは体を起こす。
　そのままサヨの体も引き上げるように起こし、周囲を見渡す。サヨの背中についた土埃を払ったのち、腰に手を回し、引き寄せた。

「オレだって、君の力になりたい」
「でも」

　サヨだってわかっている。いくら彼が力を持った領主とはいえ、彼自身に外交権はない。
　彼の独断で辺境軍を率いて、表立ってトキノオに向かうことは許されない。

「少しはオレにも格好つけさせてくれ」

　そう言って闊達と笑う彼の瞳の奥には、ほんのわずかに、哀愁の色が浮かんでいた。
　そしてサヨはその後すぐに、彼の表情の意味を知る。