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−冬−

3−3 私を作りかえないで(1)

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 はあ、はあ、とサヨは荒く息を吐く。
 すこし、今日は訓練に力を入れすぎた。
 最近は個別の訓練だけでなく、集団演習にも参加させてもらっている。

 ちょうど、国境の砦と領都の警備で人員の大きな入れ替えがあったためか、集まる兵の顔がいつもとちがう。
 以前、ほんの数日だけ砦で過ごしたとき世話になった者もちらほらいて、声をかけると嬉しそうに敬礼された。

 サヨが敵国の者であることなどだれも構うことなく、領都での生活はどうだ、元気でやっているかと世話を焼かれた。
 ついでに、ディルとはどうだ? なんてことを聞かれてしまうと、なんと答えていいかさっぱりわからなくなって、慌てた。
 結果、忘れようとしてがむしゃらに身体を動かして今に至るわけだが――。


 今日の訓練はこんなものか、大人しく屋敷の中に入って着替えよう。――そう思ったとき、遠くの方からなにやら言い争うような声が聞こえてきた。

 ――? この声……。

 いや、まさかな。と思うけれども、聞き間違えるだろうか。
 故郷が恋しすぎて幻聴を聞いている?
 ディルと――比較的若い、硬質な青年の声だ。
 言い争いというよりも、片方が一方的にまくし立てているようだった。そして、その言葉の中にちらほらとサヨ姫だなんて単語が混じっていて――、

「!」
「!! ……サヨ姫!!」

 目があって、言葉を失う。
 本来この城に、黒髪の者は二人しかいない。サヨと、そしてディルだけ。
 そのはずなのに、サヨの目にはさらにひとり、黒髪の男が映って見える。

「トウマ、……トウマか?」
「ああ、サヨ姫! ご無事でよかった……!」

 自分よりも少し背の高い、細身ながらもしっかりと筋肉をつけたしなやかな体躯。
 長身のシルギアの男たちの中に入ると少し華奢に見えてしまうのが不思議だけれども、彼の実力はサヨが一番よく知っている。
 サヨさえ除けば、トキノオの若手衆のなかでも頭ひとつ抜けた実力の持ち主で、幼い頃から、それこそ兄のように接してくれた青年。
 そう、アララギ・トウマだ。


「トウマ!」
「姫! ――っ! 貴様、離せ……!」

 互いに駆け寄ろうとしたところ、トウマは隣に歩いていたディルに首根っこ掴まれている。
 近寄ったはいいけれども、目の前の不思議な組み合わせの二人に、サヨはどうしていいかわからずに狼狽えた。

「トウマ。あなたがなぜここに……?」

 トウマに問いかけながらも、視線はついディルの方を向いてしまう。
 どういうことだ? と目で訊ねると、彼は何ともいえない苦々しそうな顔を見せた。

 積もる話はあるはずなのに、言葉がうまく出てこない。
 トウマに――さらに、彼の向こうにいるトキノオの者たちにどう思われているのか――それがふと心にのしかかり、話をしたい反面、逃げたい気持ちが膨らんでくる。
 ……いや、逃げる資格などないか。
 わかっている。
 むしろ、サヨはなじられ、罵られるべきなのだ。なのに。


「サヨ姫、俺と一緒に帰りましょう! トキノオへ!」
「!」

 その一言で、全部救われた気持ちがした。

「……」

 心配、してくれていた。
 わざわざ敵国へ迎えに来てくれるくらい。こんなに真剣な目をして。

 自分は故郷へ帰っていいのだ。
 思いちがいなどではなかった。
 待っていてくれる人がいるのだ。
 役立たずなどではない。

 ……ずっとずっと、それこそディルに慰められたところで払拭し切れていなかった不安が一気に押し流され、サヨはその場に膝を折る。

 ディルの慌てたような声が聞こえてきたけれど、今はそれどころではなかった。
 この辺境領で過ごしてきた長い時間――ディルによって甘やかされ続けていたけれど――北に見えるあの山々を、トキノオの者たちのことを忘れたことなど一度もない。

「トウマ……」

 トウマも、そして彼を捕らえたままのディルも、ぶるりと震える。
 言葉を失い、ただ、縋りつくようにトウマを見つめるサヨに、周囲もまた騒然としながら見守り続けた。

「サヨ姫!」

 トウマもトウマで、ディルに首根っこ掴まれながらも膝をついた。そしてそのまま地面に頭をなすりつける。

「お止めください、姫さま! 悪いのは俺です。俺たちの方です……!
「ちがう! 私が! 私が……!」

 似たもの同士頭をさげ、縋りつく。
 だからサヨは気がつけなかった。
 そのとき、ディルがどんな顔をしていたかだなんて。
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