35 / 67
−冬−
3−1 独りじめがゆるされない(1)
しおりを挟む今年の冬は、ずいぶんと早くやって来てしまった気がする。
城へ続く坂道を登ってくる馬車を視界にとらえ、ディルは思う。
あの馬車はディーテンハイク家の紋章がはいったものだが、いま、誰が乗っているかは理解している。とある使者を迎えにだしていたのだ。
――とうとう来やがったか。
自分で手配しておきながらもどうにも憂鬱で、ディルはため息をついた。
シルギア王国自体は大陸南の地。だから基本的には雪は降らない。
それでもこのガルトニーレ辺境領は、シルギアの北の玄関口にあたる。
ゆえに、地面が白く染まる日が一年で数日程度はあるのだ。
少し小高い丘の上にあるこの城からだと、街の景色がよく見える。
枯葉色に染まった寒々しい世界を、ディルは執務室の窓からぼんやりと眺めていた。
空は白く霞んでいて、どんよりとしている。
山の向こう――軻皇国はまもなく、雪に閉ざされるのだろうか。
トキノオ領もさほど雪は多くない地方のはずだが、本格的な冬になる前にと使者を寄越してきた。とはいっても、完全に非公式なものだが。
正直、この上なく気が重い。
せっかくサヨの心を解していっているさなか、彼女に里心でもついたら目も当てられない。
……いや、彼女を喜ばせること自体は喜ばしいことだ。同郷の者と話す機会があれば、気持ちも落ち着くだろう。
けれども、いまは勝負の時期。どう動くかわからない外野には大人しくしておいてほしいというのが本音だ。
スマートな大人でいたい自分と、ずるくて小賢しくて利己的な自分の感情がせめぎあい、どうにも落ち着かない。
「とうとういらっしゃいましたね、ディル様」
「あぁ――サヨはどうしてる?」
「いつものように訓練場に」
ディルの視線の先を追って、ケーリッツがぽつりと呟く。ディルの気持ちを慮ってくれたのか、肩をすくめながら指示を仰いだ。
「そうか。――まだ知らせるな。先にオレの方で話をまとめておきたい。足止めさせるようにしておけ」
「承知しました」
ディルの命に、ケーリッツが頭を下げ、足早に退室していく。
サヨに気づかれる前に、相手とある程度話をしておきたい。ディルも早めに着替えて、顔を見てやるかと執務室を後にした。
そうして、件の使者はとうとう到着したらしい。応接間に通したのち、ディルも足早にその部屋へと向かう。
部屋の中をのぞくと、精悍な顔つきの短い黒髪の男がハッと顔を上げた。
――ひとりか。……若いな。
サヨより少し年上程度だろうか。……たしかこの男、国境の砦前での戦いの時も見た気がする。
たしか、サヨを最後まで追いかけようとして、仲間に止められていた若武者だ。
――なるほど。
面白くない。
適当に丸め込んで突っ返したいところだが、こちらとて、サヨのことがあるから無碍にはできない。
軻皇国には握手の習慣はない。ゆえに相手は素手だし、気にくわない男の肌になど触りたくないのだが――状況的にやらないわけにはいかないだろう。
「待たせたな。シルギア王国ガルトニーレ辺境領領主ディルヴェルト・ディーテンハイクだ」
「軻皇国トキノオ領トキノオ家にお仕えするアララギ家長男アララギ・トウマです」
「そうか、よく来てくれた。トウマ、歓迎しよう」
ディルが手を差し出すと、トウマもそれにあわせて手を出してくる。
なるほど、共通言語も流暢だし、こちらの文化をまったく知らないわけではないらしい。
ディルに応えるようにトウマは手を握ると、ぎゅ、と手に必要以上の力が込められる。
その眼差し。
真っ直ぐにディルを見据えて離さない。
――なるほど? オレを牽制しようとしているわけか。ふむ。
どうも感情が表に出やすい青年のようだ。
サヨといい、軻皇国の者はどうも真っ直ぐすぎるきらいがある。――いや、トキノオ領の人間限定なのかもしれないが。
サヨのことさえなければ嫌いではない性質の人間ではあるが、はてさて、と目を細め、トウマから離れる。
「こちら、軻皇国トキノオ領領主トキノオ・アキフネからの文でございます」
「ふむ。ケーリッツ!」
「はっ!」
ディルの代わりにケーリッツが受け取り、中を確認する。
ディルはというとトウマから離れた席の椅子に座り、トウマにもまた座るように勧めた。
トウマも慣れないシルギアの用式に戸惑っているようだったが、すぐに表情を引き締め、席に着く。
文に何も仕掛けがないことを確認したケーリッツにより、開かれた文を手に取り、ディルも中身を確認した。
届けられた文は二通。
一通目は、トキノオ領の領主としての非公式の書簡で、もう一通はサヨの父親としての書簡だった。
「また、サヨ姫さまならびにみなさま方にも、トキノオ・アキフネからの贈り物を。こちら、目録です」
これもケーリッツを介して目録を受け取り、ひととおり目を通す。
「これはこれは。さすがアキフネ殿だな。礼を言おう。――ミソにショーユ……サヨも喜ぶ」
彼女の素直じゃない照れた顔を思い浮かべると、ついにやけてしまいそうになる。
それに気がついたのか、トウマはわかりやすく眉を寄せた。
「――それから、お館さまからの伝言です」
「ほう?」
あえて、トキノオ・アキフネではなく、お館さまと言うトウマは、硬質な声で告げる。
「本気でサヨ姫を娶る気でいらっしゃるのならば、お館さまのところに死合に来いと――」
「ははは! 実に彼らしいな。
もちろんだ。オレにその資格ができたならばすぐにでも」
「資格?」
「アキフネの前に、今はサヨとの仕合中だ。外野の口出しは野暮だということさ。
――それで? この文を渡すためだけにここへ来たっていうなら、君もそんな顔はしていないだろう?」
問うと、あきらかにトウマの目が細められる。ぐっと握りこんでいる拳の力が強くなり、少し、体が前のめりになった。
なるほど、とディルは思う。
「君も、サヨに惹かれた男のひとりか」
「ええ――そうです。あの方を、連れ戻しに来ました」
挑発にものりやすい。
あの曲者のトキノオ・アキフネが寄越した男のわりに、青臭いところもあるらしい。
サヨといいトウマといい、アキフネの若者の育て方はなかなか興味深いところがあるが――。
「サヨ姫を返してください。彼女のためを思うなら」
27
お気に入りに追加
606
あなたにおすすめの小説
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
【R18】カッコウは夜、羽ばたく 〜従姉と従弟の托卵秘事〜
船橋ひろみ
恋愛
【エロシーンには※印がついています】
お急ぎの方や濃厚なエロシーンが見たい方はタイトルに「※」がついている話をどうぞ。読者の皆様のお気に入りのお楽しみシーンを見つけてくださいね。
表紙、挿絵はAIイラストをベースに私が加工しています。著作権は私に帰属します。
【ストーリー】
見覚えのあるレインコート。鎌ヶ谷翔太の胸が高鳴る。
会社を半休で抜け出した平日午後。雨がそぼ降る駅で待ち合わせたのは、従姉の人妻、藤沢あかねだった。
手をつないで歩きだす二人には、翔太は恋人と、あかねは夫との、それぞれ愛の暮らしと違う『もう一つの愛の暮らし』がある。
親族同士の結ばれないが離れがたい、二人だけのひそやかな関係。そして、会うたびにさらけだす『むき出しの欲望』は、お互いをますます離れがたくする。
いつまで二人だけの関係を続けられるか、という不安と、従姉への抑えきれない愛情を抱えながら、翔太はあかねを抱き寄せる……
托卵人妻と従弟の青年の、抜け出すことができない愛の関係を描いた物語。
◆登場人物
・ 鎌ヶ谷翔太(26) パルサーソリューションズ勤務の営業マン
・ 藤沢あかね(29) 三和ケミカル勤務の経営企画員
・ 八幡栞 (28) パルサーソリューションズ勤務の業務管理部員。翔太の彼女
・ 藤沢茂 (34) シャインメディカル医療機器勤務の経理マン。あかねの夫。
ドS騎士団長のご奉仕メイドに任命されましたが、私××なんですけど!?
yori
恋愛
*ノーチェブックスさまより書籍化&コミカライズ連載7/5~startしました*
コミカライズは最新話無料ですのでぜひ!
読み終わったらいいね♥もよろしくお願いします!
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
ふりふりのエプロンをつけたメイドになるのが夢だった男爵令嬢エミリア。
王城のメイド試験に受かったはいいけど、処女なのに、性のお世話をする、ご奉仕メイドになってしまった!?
担当する騎士団長は、ある事情があって、専任のご奉仕メイドがついていないらしい……。
だけど普通のメイドよりも、お給金が倍だったので、貧乏な実家のために、いっぱい稼ぎます!!
【R18】いくらチートな魔法騎士様だからって、時間停止中に××するのは反則です!
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
寡黙で無愛想だと思いきや実はヤンデレな幼馴染?帝国魔法騎士団団長オズワルドに、女上司から嫌がらせを受けていた落ちこぼれ魔術師文官エリーが秘書官に抜擢されたかと思いきや、時間停止の魔法をかけられて、タイムストップ中にエッチなことをされたりする話。
※ムーンライトノベルズで1万字数で完結の作品。
※ヒーローについて、時間停止中の自慰行為があったり、本人の合意なく暴走するので、無理な人はブラウザバック推奨。
壁の花令嬢の最高の結婚
晴 菜葉
恋愛
壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。
社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。
ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。
アメリアは自棄になって家出を決行する。
行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。
そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。
助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。
乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。
「俺が出来ることなら何だってする」
そこでアメリアは考える。
暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。
「では、私と契約結婚してください」
R18には※をしています。
【R18】騎士たちの監視対象になりました
ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。
*R18は告知無しです。
*複数プレイ有り。
*逆ハー
*倫理感緩めです。
*作者の都合の良いように作っています。
【R18】熱い一夜が明けたら~酔い潰れた翌朝、隣に団長様の寝顔。~
三月べに
恋愛
酔い潰れた翌朝。やけに身体が重いかと思えば、ベッドには自分だけではなく、男がいた!
しかも、第三王子であり、所属する第三騎士団の団長様!
一夜の過ちをガッツリやらかした私は、寝ている間にそそくさと退散。まぁ、あの見目麗しい団長と一夜なんて、いい思いをしたと思うことにした。が、そもそもどうしてそうなった??? と不思議に思っていれば、なんと団長様が一夜のお相手を捜索中だと!
団長様は媚薬を盛られてあの宿屋に逃げ込んでやり過ごそうとしたが、うっかり鍵をかけ忘れ、酔っ払った私がその部屋に入っては、上になだれ込み、致した……! あちゃー!
氷の冷徹の団長様は、一体どういうつもりで探しているのかと息をひそめて耳をすませた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる