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−晩秋−
2−1 深淵に踏み入れてはならないのに(1)
しおりを挟むサヨが領都オルフェンに住むようになってからしばらく――何もかも慣れないことばかりで、とまどう日々が続いていた。
「……今日もオレの用意したドレスは着てくれないのか、サヨ」
「あっ、当たり前だっ。あんな、ヒラヒラした服っ……夜着だけで十分だっ」
当たり前のように男装姿でいるサヨに対し、ディルは残念そうに肩を落としている。
「それに私は春になったらトキノオに帰るんだからっ……高価な贈り物は困るっ」
「いや、必要なものだ。単にオレが、君に着てほしいだけなんだ」
「困るっ」
「くくっ……ああ、わかったよ。今の凜々しい君も素敵だからな」
「……それはそれで、困る」
「あはははは!」
何を着ても褒められてしまうとどうにも居たたまれない気分になる。
頬が染まるのを見られたくなくて、サヨはぷいと横を向いた。
捕虜とは名ばかり。
時間を持て余したサヨは、せめて敵国であるシルギアのことを知って帰ろうと、勉強の日々だ。
共通言語だけでなく、シルギア語だって理解できるに越したことはないため、教師をつけてもらって勉強中だし、体が鈍らないようにと軍の訓練にだって参加させてもらっている。
最初は、捕虜が剣を持つのはどうなのだ? と抵抗もあったけれど、ディルは肩をすくめて笑っているだけ。
気が紛れるならいいじゃないかと勧められてしまっては……まあ……身体も動かしたかったし、いいのだよな、と開き直る。
サヨの刀は折れてしまったため、シルギアの剣技を習っているわけだが、使う筋肉がちがうのか体が思うように動かない。
でも、他国の剣技もきっと役に立つ日が来るだろうと精進している。……というよりも、自分が弱いままなのが悔しくて、少しでも腕を上げたいと頑張っているのだ。
というわけで、捕虜などという枠組みをゆうに越えて、サヨはまるで留学しているような扱いをしてもらっていた。
トキノオのことを思うと胸が痛むが、いつまでもふさいでばかりはいられない。
せっかく敵国にいるのだから、ここでしかできないことをしなければと奮闘していた。
結果、動きやすい男性の衣装を愛用するに至る。……なんて、さすがにそれはサヨのいいわけであるが。
正直なところ、シルギアの華奢な女性らしい服装が自分に似合うはずがなく、着る勇気がでないだけだ。
軽い朝食を終えてその日は、午前から体を動かすつもりでいた。
ディルはこのところ、国境の砦をはじめ、辺境領内をあちこち飛び回っている。
昨日の夜、遅い時間にこの城へ帰ってきて、今日久しぶりにまともに話したというわけだ。
……今日はゆっくりできるのだろうか。
なんて、自分とはちがって非常に忙しそうなディルの様子に、さすがのサヨも心配になってしまう。
東の戦がひと段落したものの――いや、だからこそ、軻皇国との国境を持つこの辺境領も少しピリピリしているのを感じているのだ。
いや、問題は国境だけではない。
今年は冷夏だった影響で、どうも西の山間民族の方に動きがあるらしい。
……いや、動きがあるだろうと注意深く観察している、というのが正しいか。
詳しいことは教えられていないが、ディルだってサヨのことばかり構っていられないのだろう。
もちろんそれでいい。
彼は領主だ。己の役目を十分に果たす義務があると思う。
それに、どうもこの辺境領だが、軻皇国の領地のありようとはちがって、かなりの自治権が認められているようだった。
細かなちがいについてはまさにいま勉強中ではあるが、国境の警備も完全にディルの判断に委ねられている節がある。
軻皇国の領主よりも、領主権限がはるかに強く、責も重い。
ゆえに、この忙しさである。なんだか捕虜とは名ばかりの自分の立場が非常に申し訳なくなってくる。
そんな多忙なディルだが、さすがにこの日は少しは余裕があるらしく、サヨを見つけるなりいそいそと話しかけてきた。
「ああそうだ。サヨ、今日少し時間はあるだろうか?」
そして、伝えられたわけである。
「? なんだろうか?」
「明日、トキノオに使者を出すつもりでな」
「!?」
「あまり時間がなくて悪いが、もし手紙を書くなら届けさせる。――完全に非公式の……内密なものだから、内容にもあまり配慮はいらん。一応内容は確かめさせてはもらうがな。だから手紙を書くなら、明日までに用意するといい」
彼は耳元でそっと囁き、悪い笑顔を見せた。
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