22 / 67
−初秋−
1−22 あなたが理由をくれるから(5)
しおりを挟む「今日は移動で疲れたろう? オレも、君も、もう眠るべき時間だ――ほら」
手を差し出されて、つい、反応してしまう。
エスコートされるのに、慣れつつある。彼に導かれて立ち上がったところで、サヨはハッと両目を見開いた。
「私、手袋……っ」
「ハハハ、気がついたか」
寝る直前だったのもあって、手袋をしていない。
軻皇国の女性が足を隠すのと同じように、この国の女性は手を隠すのだと認識している。
夜に! こんな状況で!
これはもしかして、ものすごく恥ずかしいことなのではないだろうか!
しかもだ。
今の格好! 夜着を男性に見られるだなんて、こんなにも恥ずかしいことなんてない!
「あっ……か、帰るっ。私、部屋にっ、かえ……!」
「くっく、ああ。そうするといい。安心しな。君がみずから来ない限り、オレはその扉を開けるつもりはない」
「鍵をっ」
「残念ながら渡すわけにはいかない。――開けておく。寂しくなったらいつでも来ていいぞ?」
「誰が! 来るかっ!!」
バッと手を離し、サヨは慌てて自分の部屋の方へと駆けていく。
「おやすみ、サヨ」
「っ……、おやすみ、なさいっ」
バタン! と勢いよく扉を閉めた。
――っ、しまった。強く、閉めすぎたっ。
扉の装飾までいちいち美しいから、これでガタでもきたら大変だ。
慌てて扉の方を振り返ったけれど、部屋が真っ暗で何も見えない。
多分扉を傷つけたりはしていないと思うが、それよりも。
……そうだ。
ディルに奪われたまま、手元のランプを置いてきてしまったのだ。
「……」
再度、目の前の扉を開ける気にはならなかった。
真っ暗闇の中で寝るのも慣れている。慣れてはいるけれども――。
「……将軍」
ぽつりと呟く。
彼は気配を絶っていた。サヨの存在に気がついていたから? でも、その必要はなかったはずなのに。
それに、ランプは?
彼は薄暗い部屋で、カーテンだけをあけていた。月明かりだけのあの部屋で、いったい何をしていたというのだろう。
「……」
眠るときに明かりがあると眠れない者もいるようだが、それだろうか。
疑問を浮かべながら、サヨは暗がりの中を歩く。
厚手のカーテンを閉めてしまうと、光源のない部屋の中はすっかり暗くなる。先ほど歩いた感覚を頼りに、なんとか寝台まで辿り着いた。
そうしてサヨは、ひとり寝台に潜り込んだ。
砦の寝台とは全然ちがった、ふかふかとした布団に、肌触りのいいシーツ。
トキノオで――畳の上で眠るよりも弾力があって、落ち着かない場所。
……いや、落ち着かないのは、先ほどからずっと、彼の声が耳の奥に残っているような気がしているからかもしれない。
共通言語ではあるけれども、サヨとは少しだけアクセントのちがう――まるで、穏やかで自由な――草原を走る風の音のような、声。
なかなか頭から離れなくて、ずっと心臓が痛い。
「で……じぃるべると……」
彼はあんなにも真摯に向きあってくれているのに、名前のひとつも発音できない。
……いや、別に、無理に呼ばなくてもいいのだけれども。
「じるべると、……じーてんはいく……」
やっぱり、難しい。
はあ。とため息をついて、布団をかぶる。
明日からもきっと、あれやこれやと振り回されるに違いない。であるならば、しっかりと眠って肉体と精神の健康を保たなければ。
サヨは誇り高きサムライ姫、軻皇国の武人だ。どのような環境でも対応し、眠ってみせると己に言い聞かせ、目を閉じた。
19
お気に入りに追加
606
あなたにおすすめの小説
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
快楽のエチュード〜父娘〜
狭山雪菜
恋愛
眞下未映子は、実家で暮らす社会人だ。週に一度、ストレスがピークになると、夜中にヘッドフォンをつけて、AV鑑賞をしていたが、ある時誰かに見られているのに気がついてしまい……
父娘の禁断の関係を描いてますので、苦手な方はご注意ください。
月に一度の更新頻度です。基本的にはエッチしかしてないです。
こちらの作品は、「小説家になろう」でも掲載しております。
ドS騎士団長のご奉仕メイドに任命されましたが、私××なんですけど!?
yori
恋愛
*ノーチェブックスさまより書籍化&コミカライズ連載7/5~startしました*
コミカライズは最新話無料ですのでぜひ!
読み終わったらいいね♥もよろしくお願いします!
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
ふりふりのエプロンをつけたメイドになるのが夢だった男爵令嬢エミリア。
王城のメイド試験に受かったはいいけど、処女なのに、性のお世話をする、ご奉仕メイドになってしまった!?
担当する騎士団長は、ある事情があって、専任のご奉仕メイドがついていないらしい……。
だけど普通のメイドよりも、お給金が倍だったので、貧乏な実家のために、いっぱい稼ぎます!!
気付いたら異世界の娼館に売られていたけど、なんだかんだ美男子に救われる話。
sorato
恋愛
20歳女、東京出身。親も彼氏もおらずブラック企業で働く日和は、ある日突然異世界へと転移していた。それも、気を失っている内に。
気付いたときには既に娼館に売られた後。娼館の店主にお薦め客候補の姿絵を見せられるが、どの客も生理的に受け付けない男ばかり。そんな中、日和が目をつけたのは絶世の美男子であるヨルクという男で――……。
※男は太っていて脂ぎっている方がより素晴らしいとされ、女は細く印象の薄い方がより美しいとされる美醜逆転的な概念の異世界でのお話です。
!直接的な行為の描写はありませんが、そういうことを匂わす言葉はたくさん出てきますのでR15指定しています。苦手な方はバックしてください。
※小説家になろうさんでも投稿しています。
【R18】いくらチートな魔法騎士様だからって、時間停止中に××するのは反則です!
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
寡黙で無愛想だと思いきや実はヤンデレな幼馴染?帝国魔法騎士団団長オズワルドに、女上司から嫌がらせを受けていた落ちこぼれ魔術師文官エリーが秘書官に抜擢されたかと思いきや、時間停止の魔法をかけられて、タイムストップ中にエッチなことをされたりする話。
※ムーンライトノベルズで1万字数で完結の作品。
※ヒーローについて、時間停止中の自慰行為があったり、本人の合意なく暴走するので、無理な人はブラウザバック推奨。
壁の花令嬢の最高の結婚
晴 菜葉
恋愛
壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。
社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。
ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。
アメリアは自棄になって家出を決行する。
行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。
そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。
助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。
乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。
「俺が出来ることなら何だってする」
そこでアメリアは考える。
暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。
「では、私と契約結婚してください」
R18には※をしています。
【R18】騎士たちの監視対象になりました
ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。
*R18は告知無しです。
*複数プレイ有り。
*逆ハー
*倫理感緩めです。
*作者の都合の良いように作っています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる