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−初秋−

1−18 あなたが理由をくれるから(1)

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 ガラララ、がたん。

 ああ、とサヨは思う。
 とうとう辿り着いてしまった。


 国境の砦を出た翌日――途中の小さな街に一泊し、さらに朝から出かけてようやく。
 大きな門をくぐり抜け、トキノオとは全然ちがったつくりの街中を進んだその先――ちょうど、夕日が出る少し前の時間帯だろうか。

 シルギア王国ガルトニーレ辺境領領都オルフェン。
 その中央にある小高い丘の上の城――つまり、ディルの屋敷に到着した。

 オルフェンはサヨが想像していた以上に大きな街のようで、見たこともないような形の家が並んでいた。
 隣同士であるにも関わらず、トキノオの雰囲気とこうまでちがうと、ああ――異国に来てしまったのだと実感するに至った。

 不安で握りこんでしまっていた拳に、ディルがそっと手をのばす。
 手袋ごしにゆっくりと指を広げて、ぽんぽん、と叩かれた。まるで、大丈夫だと言わんばかりに。

 ガチャリと扉が開かれると、馬車の中にも光が差し込んでくる。
 ふとディルと目があった。瞬間、まずいとサヨは慌てる。

「ひ、ひとりで降りられるからっ」
「そうはいかない。はしたないことはしたくないだろう?」
「くっ……脅しとは卑怯だっ」
「今はそれを甘んじて受け入れる。ほら――君を抱き上げても?」
「うっ、ううっ」

 昨日から何度も繰り返された会話だ。
 彼はまだサヨの足を心配している。
 あれくらい武人のサヨにとっては怪我のうちにも入らない。彼もそれは知っているだろうに。

 靴を変えれば問題ないというのに、それすらも昨日からまともに与えてはもらえなかった。
 逃亡防止――というよりも、もっとひどくならないようにするためなのだろうけれど。

 結局、サヨの足もとは相変わらず彼のマントで隠されているのだ。もちろん、今日も包帯でぐるぐるに巻かれている。
 すでにほとんど痛みはないと訴えたのに、全然話を聞いてもらえなかった。

 もはや諦めの境地でこくりと頷く。
 すると、ディルは満足そうに微笑んだのち、サヨの膝裏と腰に腕を回した。

「よっと!」
「……重くないのか?」
「はは、オレを誰だと思っているんだ? 君と比べればそれなりの歳だが、まだまだ現役だ」
「そう――だったな」

 なんせ彼はシルギアの英雄。戦場で見たあの猛々しさを考えても、サヨ程度ならばなんということもないのだろう。
 どういう顔をしたらいいのかわからず、サヨは視線を逸らす。
 己を抱くそのたくましい存在に、どうも居たたまれず、そわそわしてしまう。

 けれどそれも、馬車の外に出るまでだった。


「…………わぁ……」

 ディルの城は、ずいぶんと高い場所にあるようだった。
 眼下に広がる大きな街並み。
 くすんだ橙色の屋根がずらりと並んでおり、そしてその向こうに広がる大きな平原。
 遥か遠くまで、真っ平らに見えるその地平線の美しさに、サヨは両目を見開いた。

 山に取り囲まれ、湖に面したトキノオの城から見える景色とはまたちがう。広い――あまりにも広大な世界。

「素敵だ」

 だから、気がつけばぽろりとこぼしてしまっていた。

「お気に召したようで嬉しいな。オレの自慢の街だ」
「……あ」

 そうだった。
 この人はシルギアの英雄でもあったけれど、この大きな街の領主でもある。
 ふとディルの顔を見上げると、誇らしげに笑う彼と目があう。
 風が彼の黒髪をさらい、なびく。光を通してみるとやはり茶色く見え――ああ、シルギアの男なのだなとも実感して。

「街はまたゆっくりと案内するさ。まもなく陽も落ちるだろうからな。今日はもうゆっくりするといい。――ああ、ほら。家のものたちだ」

 と、彼とともに振り返ると、そこにはずらりと使用人が並んでいた。

「お帰りなさいませ、旦那さま」
「ああ、今帰った。紹介する。こちらはトキノオ・サヨ姫だ。連絡はしていただろう? トキノオ領のお姫さまでな。いずれはオレの妻になってくれるはずのひとだ」
「ちょ……まだそんな!」

 まるで決定事項のように伝えられ、抗議をしようとするが、あまりに堂々とされすぎて困惑する。
 
「そうだな。だが、いずれな?」
「っ……」

 なんて甘い表情で言われてしまい、言葉に詰まった。

 ああ、また自覚させられた。
 どうもサヨは、ディルの甘ったるい表情に弱いらしい。


「それはそれは。たいへん喜ばしいことです」
「サヨ姫さま、ようこそいらっしゃいました」

 次々に挨拶を受け、サヨもつられて頭をさげる。
 サヨが敵国の娘だというのに、みな驚くほど好意的な笑顔を浮かべている。

「サヨにはエレナをつけよう。エレナ――サヨを頼む」
「ええ、かしこまりました。旦那さま。――サヨ姫さま、わたくし、エレナと申します。なんなりとお申し付けください」

 前に出てきたのは50前後くらいの、恰幅のいい女性だった。やわらかな笑顔が親しみやすく、シルギアらしい淡い茶色の髪の女性だ。

「旦那さま、例の部屋をご用意しておきました」
「ああ。助かる」

 そうしてエレナたちは連なって、城の中へと入っていく。

「突然のことで驚きました。――砦での生活はさぞ不自由なさったでしょう? 旦那さま、男所帯でこんなお若くて美しいお姫さまのお世話がちゃんとできましたか?」
「――あー、それはだな……。うん。それが難しかったから早々に連れ帰ってきたんだ」

 みなのお小言をまっすぐ受け止めたディルは、心配そうにマントで隠されたサヨの足へと視線を向ける。
 まさに、互いの意思疎通が不十分だったせいでできた傷を思い出しているのだろう。
 弱ったな、とつぶやきながら、彼は肩をすくめている。

「こちらの服にもまだ慣れていない。あまり無理はさせてやるな。足も……その、靴擦れでな。エレナ、部屋についたらしっかり看てやってくれ」

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