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−初秋−

1−10 全身全霊の愛にとまどう(3)

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「来たか。……問題なかったか? サヨ」

 着替えて隣の部屋の方へと顔を出すと、ゆったりとソファーに座って待っていたらしい男が破顔する。
 正直、かかとが擦れて痛むのだが、弱みをみせるはずもない。

「っ。もちろん、着るものを用意してくれたこと、感謝する。ええと、将軍」
「ディルヴェルト。ここ、ガルトニーレ辺境伯領の領主であり、辺境軍を束ねる将軍位でもあるディルヴェルト・ディーテンハイクだ」
「…………将軍」

 ――すまない、無理だ。

 即、心の中で言い訳する。

 名前が呼びたくないわけではない。舌が回らないのだ。
 その理由を言うのも何だか憚られて、サヨは将軍で押し通すことにした。称号ってこんなに便利なのだと、あらためてサヨは理解する。

「どうか、ディルと呼んでくれないか?」

 わざわざサヨの近くまでやって来て、膝をついてそう宣うわけだが、本当になんだこれ。これが、シルギア流なのだろうか。

「立ってくれ、将軍。居心地が悪い」
「……性急すぎたか。仕方がない。少し話をしたいのだが、先に食事の方が良いか? 腹、減ってるだろう?」
「かまわない。先に話をさせてくれ。落ち着かない」
「それもそうか。せめて適当につまめるものも持ち運ばせる。おい!」

 適当に周囲の者たちに指示を飛ばし、ディルは歩き出した。ついてこいと言うことなのだろう。



 それから案内された部屋は、ディルの執務室とは比較的近い場所にあり、小さな会議室といったところだった。
 ディルに椅子を引かれ、座るように促されて、やはり戸惑う。
 なんだかとっても丁寧な扱いを受けていて、どう反応すれば良いのかわからなくなっていた。

 ――ええと、昨日、なにか、言われていたが。

 妻、とか? なんとか?

 いやいやそんな事実は忘れた。何もなかった。
 サヨはただの捕虜。
 あれだ。トキノオ領との何かの交渉にでも使おうとしているのか。でないとこの待遇はあり得ない。――などと、うだうだそう自分に言い聞かせて、サヨは席に着く。


 テーブルを挟んで正面の席にディルもつき、周囲をぐるりと彼の部下たちが囲った。
 ただ、尋問を受けるような剣呑な空気はなく、なんとなく、はらはらと見守られている気がする。
 しかも、彼らの視線がどこか優しいからこそ居心地が悪かった。

「さてと、まずは何から話したものか」
「教えてくれ。戦は、どうなった?」

 彼が迷うそぶりを見せたから、サヨは単刀直入に聞いてみた。するとディルも素直に頷いて、昨日からの状況を説明してくれる。


 結果的に言うと、トキノオ軍は一旦退却し、その後は沈黙を守っているそうだ。
 そもそも軻皇国が攻めてさえ来なければ、シルギア側だって警戒をするだけにとどまる。結果、今は以前とさほど変わらない国境の風景が広がっているだけだ。

 自分が捕らえられたことでトキノオが動きを止めたのならば、結果的に良かったと言えるのだろうか。
 このまま、せめてアキフネが戻るまで戦が止まってくれたらいいのに、と、都合の良いことを考えてしまう。

 もちろん、小競り合いを起こしておいて何も得られなかったとなると、なんらかの咎めがあるのだろう。
 だが、シルギアに捕らわれてしまったサヨでは、その責任を取ることもできない。
 方々を心配させ、迷惑をかけっぱなし。しかも敵軍の捕虜になるなど、ほとほと自分が情けなく感じてしまい、サヨは両手を握りしめた。

「悲観することもない、サヨ。東の主戦場――国同士の戦はまもなく終わるだろう。おそらく、ウチシルギアが折れる形で」
「え?」
「だから、ここからはオレの事情を話させてもらおう。
 ――サヨ。オレは君を妻にしたい。捕虜の返還の際に返したくなどないんだ」

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