上 下
47 / 61
本編

ep20_6

しおりを挟む

「――チセ……!」

 遠くから。彼の肉声が。
 プロペラと風の音でよくわからない。
 でも、男たちが脱出に使ったハッチがあいていて、ふわっと晶精の光が外へ流れていくのが見える。

 あたしは床を這ってそちらにむかった。
 風に髪の毛がさらわれる。せっかくキレーにしてもらってたのに、もうぐしゃぐしゃ。
 野山の緑と、大きな湖の青が目に飛び込んできて身がすくんだ。地上はまだはるか下。こんなの、助かりっこない。なのに――、

「チセぇっ!!」

 叫び声が聞こえる。
 この船の下を、平行して飛行する灰色の機体が見えた。

「ギリアロっ!!」
「チセっ!」

 声が届く。ギリアロはゴーグルをして、あたしのほうを見上げてて。
 きらきら、きらきら。晶精が輝く空を真っ直ぐ飛ぶ。あたしと、ギリアロを繋ぐように。

 あたしは両手をつながれたままだけど、どうにかハッチの縁に手をかけて立ち上がる。――ああ、もう! ウエディングドレスがぼろぼろ! 最悪!
 でも――、

「ギリアロっ! どうしよう! 船が! 晶精エネルギーが動かなくて墜落しちゃうっ!!」
「くそ、そういうことかっ!!」

 ギリアロが速度をゆるめる。こっちの船にあわせて、できる限り寄せるように近づくけど、完全にくっつけることなんてできない。
 あたしは両手を塞がれてて、まともに動くこともできない。このドレスのブーツだって、しっかりと紐で結ばれているから歩きにくいまま。どうしたらいいかわからない。

「やだっ、ギリアロっ」

 たすけてっ。
 そう思うけど、身がすくんで動けない。

 風が痛い。うるさい。音が!
 ギリアロの声が聞こえない。やだ。やだよっ。

「晶精を見ろ!!」
「!」
「お前さんなら見えるだろっ!!」

 何のことをいっているのかよくわからない。でも――、

「俺はずっと、晶精と空を飛んできた。風を読むのと同じだ。晶精を、読めっ!!」

 ギリアロがゴーグルをあげる。
 彼との距離はまだあるけど――わかる!
 彼の左眼もまた、碧に輝いて――、

「っ……」

 きらきら。きらきら。
 晶精が流れる。
 彼の言うとおり、空にはたくさんの晶精が輝いていて――それはまるで、川のように流れ、連なる。
 その光の筋を追うようにして、ギリアロは位置を調整して――、

 風を感じた。
 柔らかくて、あたたかな風を。
 痛いくらいに、気持ちが繋がってる。大丈夫、大丈夫だよって――晶精がそう背中を押してくれているような――、

「こっちだ、飛べ!」
「っ!!」

 最後に、ギリアロの声に弾かれたようにして、あたしは飛ぶ。光の向かう方へ、真っ直ぐ!

 ヴィリオの飛行機が遠ざかる。そこからこぼれ落ちたあたしは、晶精の光に包まれた。
 浮遊感が全身を覆い、怖くて身が縮こまる。下から風に煽られて、あたしの体はふわりと浮いた。

「っ……!」

 光の筋を辿るように体が宙に浮く。
 これは晶精? 落ちている感覚が薄れ、光に乗るように体が浮遊して――ほんのわずかな時間のはずなのに、永遠のようにも感じて。
 光の先に――、


「チセっ!!」

 ギリアロが立ち上がる。
 きらきら輝く碧色の左眼。
 そんな彼に引っ張られるように、風が運んでくれる。

 あたしは必死で、でも、どうすることもできなくて。
 そして彼が、とうとうあたしをつかまえてくれて――、

「チセっ」
「ギリアロっ……」

 ぎゅって、抱きしめられる。
 そのままなだれ込むように、彼の機体の操縦席に座り込むようにして、彼に縋りついて。

「ギリアロ……ぅぅぅ、こ、怖かった……!」
「ああ、……っ、チセ……っ!!」

 あたしたちはずっと、離れられずにいた。



 全身がぶるぶる震えてる。
 危機を脱したからギリアロは操縦を自動に切り替えて――でも、通信は繋がりっぱなし。

《ノウト! ノウト、大丈夫か!? チセは……!》

 ああ、エドアルド殿下の声が聞こえる。ずっと王都と通信とりあってくれてたんだ。

 でも、それに返事ができないまま、あたしたちはずっと抱きあってて。
 あたしだけじゃない、ギリアロもめちゃくちゃ震えてる。
 気がつけばあたしはぼろぼろ泣いちゃってて、ギリアロがその涙を唇で拭ってくれた。

「無事で……よかった……!」
「ぅん……」

 奇跡としか言いようがない。
 普通は無事でいられるはずがない。
 晶精があたしを導いてくれた。ギリアロのもとへ。

「ギリアロ、眼……」
「ん」
「めちゃくちゃ、きれい……」

 ただ碧いだけじゃない。まるで碧い炎のようなものがきらきら輝いていて。

「お前さんも……」

 ギリアロも、あたしの両頬をつつんで、目を細める。
 うん。わかるよ? 存在が引き合っているかんじ。
 ――たぶんいま、あたしたち、世界がちがってみえる。
 晶精ともっと近くて、話したり、笑ったりできるような、そんな不思議な狭間にいる感覚。

 ああ、晶精って、こんなに魂に近い場所にいるんだ。
 それはまるで魔法のように、あたしの全身を優しく包んでくれている。


 唇が落ちてきた。
 ちゅ、ちゅって……喰むように口づける。
 離れたくなくて、静かに唇を感じ続けた。
 風の音が大きいね。今日は屋根をつけてないから、前よりもずっと。

 あたしの髪が風にさらわれるのを、ギリアロは両手で梳きながら、まだ足りないって口づける。角度を変えながら、何度も。
 あたしも、ギリアロの髪を梳いて、背中を撫でて――優しい口づけで、互いの存在をたしかめあう。

 すきだなあ。
 すきだよ。ギリアロ。

「助けに来てくれて、ありがと」
「ん」
「あいしてる……」
「俺も」
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

獣人専門弁護士の憂鬱

豆丸
恋愛
獣人と弁護士、よくある番ものの話。  ムーンライト様で日刊総合2位になりました。

高級娼婦×騎士

歌龍吟伶
恋愛
娼婦と騎士の、体から始まるお話。 全3話の短編です。 全話に性的な表現、性描写あり。 他所で知人限定公開していましたが、サービス終了との事でこちらに移しました。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

無表情いとこの隠れた欲望

春密まつり
恋愛
大学生で21歳の梓は、6歳年上のいとこの雪哉と一緒に暮らすことになった。 小さい頃よく遊んでくれたお兄さんは社会人になりかっこよく成長していて戸惑いがち。 緊張しながらも仲良く暮らせそうだと思った矢先、転んだ拍子にキスをしてしまう。 それから雪哉の態度が変わり――。

処理中です...