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本編
ep20_6
しおりを挟む「――チセ……!」
遠くから。彼の肉声が。
プロペラと風の音でよくわからない。
でも、男たちが脱出に使ったハッチがあいていて、ふわっと晶精の光が外へ流れていくのが見える。
あたしは床を這ってそちらにむかった。
風に髪の毛がさらわれる。せっかくキレーにしてもらってたのに、もうぐしゃぐしゃ。
野山の緑と、大きな湖の青が目に飛び込んできて身がすくんだ。地上はまだはるか下。こんなの、助かりっこない。なのに――、
「チセぇっ!!」
叫び声が聞こえる。
この船の下を、平行して飛行する灰色の機体が見えた。
「ギリアロっ!!」
「チセっ!」
声が届く。ギリアロはゴーグルをして、あたしのほうを見上げてて。
きらきら、きらきら。晶精が輝く空を真っ直ぐ飛ぶ。あたしと、ギリアロを繋ぐように。
あたしは両手をつながれたままだけど、どうにかハッチの縁に手をかけて立ち上がる。――ああ、もう! ウエディングドレスがぼろぼろ! 最悪!
でも――、
「ギリアロっ! どうしよう! 船が! 晶精エネルギーが動かなくて墜落しちゃうっ!!」
「くそ、そういうことかっ!!」
ギリアロが速度をゆるめる。こっちの船にあわせて、できる限り寄せるように近づくけど、完全にくっつけることなんてできない。
あたしは両手を塞がれてて、まともに動くこともできない。このドレスのブーツだって、しっかりと紐で結ばれているから歩きにくいまま。どうしたらいいかわからない。
「やだっ、ギリアロっ」
たすけてっ。
そう思うけど、身がすくんで動けない。
風が痛い。うるさい。音が!
ギリアロの声が聞こえない。やだ。やだよっ。
「晶精を見ろ!!」
「!」
「お前さんなら見えるだろっ!!」
何のことをいっているのかよくわからない。でも――、
「俺はずっと、晶精と空を飛んできた。風を読むのと同じだ。晶精を、読めっ!!」
ギリアロがゴーグルをあげる。
彼との距離はまだあるけど――わかる!
彼の左眼もまた、碧に輝いて――、
「っ……」
きらきら。きらきら。
晶精が流れる。
彼の言うとおり、空にはたくさんの晶精が輝いていて――それはまるで、川のように流れ、連なる。
その光の筋を追うようにして、ギリアロは位置を調整して――、
風を感じた。
柔らかくて、あたたかな風を。
痛いくらいに、気持ちが繋がってる。大丈夫、大丈夫だよって――晶精がそう背中を押してくれているような――、
「こっちだ、飛べ!」
「っ!!」
最後に、ギリアロの声に弾かれたようにして、あたしは飛ぶ。光の向かう方へ、真っ直ぐ!
ヴィリオの飛行機が遠ざかる。そこからこぼれ落ちたあたしは、晶精の光に包まれた。
浮遊感が全身を覆い、怖くて身が縮こまる。下から風に煽られて、あたしの体はふわりと浮いた。
「っ……!」
光の筋を辿るように体が宙に浮く。
これは晶精? 落ちている感覚が薄れ、光に乗るように体が浮遊して――ほんのわずかな時間のはずなのに、永遠のようにも感じて。
光の先に――、
「チセっ!!」
ギリアロが立ち上がる。
きらきら輝く碧色の左眼。
そんな彼に引っ張られるように、風が運んでくれる。
あたしは必死で、でも、どうすることもできなくて。
そして彼が、とうとうあたしをつかまえてくれて――、
「チセっ」
「ギリアロっ……」
ぎゅって、抱きしめられる。
そのままなだれ込むように、彼の機体の操縦席に座り込むようにして、彼に縋りついて。
「ギリアロ……ぅぅぅ、こ、怖かった……!」
「ああ、……っ、チセ……っ!!」
あたしたちはずっと、離れられずにいた。
全身がぶるぶる震えてる。
危機を脱したからギリアロは操縦を自動に切り替えて――でも、通信は繋がりっぱなし。
《ノウト! ノウト、大丈夫か!? チセは……!》
ああ、エドアルド殿下の声が聞こえる。ずっと王都と通信とりあってくれてたんだ。
でも、それに返事ができないまま、あたしたちはずっと抱きあってて。
あたしだけじゃない、ギリアロもめちゃくちゃ震えてる。
気がつけばあたしはぼろぼろ泣いちゃってて、ギリアロがその涙を唇で拭ってくれた。
「無事で……よかった……!」
「ぅん……」
奇跡としか言いようがない。
普通は無事でいられるはずがない。
晶精があたしを導いてくれた。ギリアロのもとへ。
「ギリアロ、眼……」
「ん」
「めちゃくちゃ、きれい……」
ただ碧いだけじゃない。まるで碧い炎のようなものがきらきら輝いていて。
「お前さんも……」
ギリアロも、あたしの両頬をつつんで、目を細める。
うん。わかるよ? 存在が引き合っているかんじ。
――たぶんいま、あたしたち、世界がちがってみえる。
晶精ともっと近くて、話したり、笑ったりできるような、そんな不思議な狭間にいる感覚。
ああ、晶精って、こんなに魂に近い場所にいるんだ。
それはまるで魔法のように、あたしの全身を優しく包んでくれている。
唇が落ちてきた。
ちゅ、ちゅって……喰むように口づける。
離れたくなくて、静かに唇を感じ続けた。
風の音が大きいね。今日は屋根をつけてないから、前よりもずっと。
あたしの髪が風にさらわれるのを、ギリアロは両手で梳きながら、まだ足りないって口づける。角度を変えながら、何度も。
あたしも、ギリアロの髪を梳いて、背中を撫でて――優しい口づけで、互いの存在をたしかめあう。
すきだなあ。
すきだよ。ギリアロ。
「助けに来てくれて、ありがと」
「ん」
「あいしてる……」
「俺も」
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