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13.星井の知らない話(3)
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放課後、図書館で新聞を読み、気になる事件はないか確認していたら衝撃的なニュースを見つけた。父を殺した犯人が、自殺したという。
私以外の人間から見たら、衝撃的でもなんでもないだろう。その男が先週首を吊って死んだというニュースは、新聞の片隅にひっそりと書いてあるだけだった。けれど、私はそこから目が離せない。
私を見て笑っていたあの醜い顔が、否応なく頭の中で蘇る。
犯人が死んだ。自殺。
人を殺すような人間なんて、刑期を終えたらやったことなんて全て忘れて気楽に生きているだろうと思っていたけれど、違ったのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。犯人が苦しんでいようがいまいが、私には関係ないことだ。
問題は、私のいつか犯人を苦しめて殺すという目標が、実現不可能になってしまったこと。
犯罪者の心理を調べることだって、私が一番知りたい犯人がいない今は、何の意味もない。
7歳のときからの指針が突然なくなって、私は途方に暮れた。私はこれからどうやって、この世界に立てばいいんだろう。
私の世界を黒く染めて、憎しみを植え付けて、それで自分だけさっさと退場するなんてあんまりだ。
***
家に帰ると、リビングから笑い声が聞こえた。テレビの声の間に混じる和やかな声。母も笑っている。母は、犯人が自殺したことを知っているのだろうか。
私は自分の部屋に駆け込んだ。
何もする気が起きなくて、ベッドに顔をうずめていると、ノックの音が響いた。
「……何?」
「入ってもいい?」
どうぞ、というと遠慮がちに扉が開く。姉が両手でノートを持って立っていた。
「なんの用?」
「あの、私たち姉妹になって四年になるじゃない?でも、あんまり姉妹らしいことできてないなーって」
姉はノートを手で弄びながら、恥ずかしそうな顔で言う。確かに私たちは同じ家に住んでいるだけで、全く姉妹らしくない。けれど、姉妹らしくなりたいとも思わない。
「そうだね。でも、それが何?親が再婚して姉妹になっただけなんだから、それでいいじゃない」
「うん、別にどんな関係の姉妹があってもいいと思うんだけど。でも、私ずっと妹がいる子に憧れてたの!私も姉妹で洋服の貸し借りをしたり、一緒に夜更かししたり、悩みごとを相談しあったりしたいなーって……」
姉はやっぱりどこか恥ずかしそうに、目をきょろきょろさせながら言う。姉の憧れはわかったけれど、私はどう考えてもそういうのにつきあうのに向いていない人間だから諦めて欲しいと思った。
「私はしたいと思わない。ただ、偶然一緒に住むことになった同居人として干渉しあわず生きていきたい」
「えー、そっかー……」
姉は残念そうな顔でこちらを見る。むしろ、普段の私を見ていて、そうだねこれからは姉妹らしいことしようね、なんて言うと思うんだろうか。
「じゃあ、せめて交換日記しない!?」
「はぁ?」
「お手紙交換でもいいよ!ほら、お互いのこと知ったら仲良くなれるかもしれないじゃない?」
姉はノートを掲げて、興奮気味に言う。
「嫌だ」
「え、どうして……?」
「私は干渉しあわずに生きたいって言ってるじゃない」
断っても姉はしつこくじゃあ試しに一週間だけとか、一か月に一回の頻度でとか食い下がって来た。私はただ首を振った。いいかげんうんざりしてきたところで、姉はわかったとノートを引っ込める。
私以外の人間から見たら、衝撃的でもなんでもないだろう。その男が先週首を吊って死んだというニュースは、新聞の片隅にひっそりと書いてあるだけだった。けれど、私はそこから目が離せない。
私を見て笑っていたあの醜い顔が、否応なく頭の中で蘇る。
犯人が死んだ。自殺。
人を殺すような人間なんて、刑期を終えたらやったことなんて全て忘れて気楽に生きているだろうと思っていたけれど、違ったのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。犯人が苦しんでいようがいまいが、私には関係ないことだ。
問題は、私のいつか犯人を苦しめて殺すという目標が、実現不可能になってしまったこと。
犯罪者の心理を調べることだって、私が一番知りたい犯人がいない今は、何の意味もない。
7歳のときからの指針が突然なくなって、私は途方に暮れた。私はこれからどうやって、この世界に立てばいいんだろう。
私の世界を黒く染めて、憎しみを植え付けて、それで自分だけさっさと退場するなんてあんまりだ。
***
家に帰ると、リビングから笑い声が聞こえた。テレビの声の間に混じる和やかな声。母も笑っている。母は、犯人が自殺したことを知っているのだろうか。
私は自分の部屋に駆け込んだ。
何もする気が起きなくて、ベッドに顔をうずめていると、ノックの音が響いた。
「……何?」
「入ってもいい?」
どうぞ、というと遠慮がちに扉が開く。姉が両手でノートを持って立っていた。
「なんの用?」
「あの、私たち姉妹になって四年になるじゃない?でも、あんまり姉妹らしいことできてないなーって」
姉はノートを手で弄びながら、恥ずかしそうな顔で言う。確かに私たちは同じ家に住んでいるだけで、全く姉妹らしくない。けれど、姉妹らしくなりたいとも思わない。
「そうだね。でも、それが何?親が再婚して姉妹になっただけなんだから、それでいいじゃない」
「うん、別にどんな関係の姉妹があってもいいと思うんだけど。でも、私ずっと妹がいる子に憧れてたの!私も姉妹で洋服の貸し借りをしたり、一緒に夜更かししたり、悩みごとを相談しあったりしたいなーって……」
姉はやっぱりどこか恥ずかしそうに、目をきょろきょろさせながら言う。姉の憧れはわかったけれど、私はどう考えてもそういうのにつきあうのに向いていない人間だから諦めて欲しいと思った。
「私はしたいと思わない。ただ、偶然一緒に住むことになった同居人として干渉しあわず生きていきたい」
「えー、そっかー……」
姉は残念そうな顔でこちらを見る。むしろ、普段の私を見ていて、そうだねこれからは姉妹らしいことしようね、なんて言うと思うんだろうか。
「じゃあ、せめて交換日記しない!?」
「はぁ?」
「お手紙交換でもいいよ!ほら、お互いのこと知ったら仲良くなれるかもしれないじゃない?」
姉はノートを掲げて、興奮気味に言う。
「嫌だ」
「え、どうして……?」
「私は干渉しあわずに生きたいって言ってるじゃない」
断っても姉はしつこくじゃあ試しに一週間だけとか、一か月に一回の頻度でとか食い下がって来た。私はただ首を振った。いいかげんうんざりしてきたところで、姉はわかったとノートを引っ込める。
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