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3.鳩羽ひまりの日記①
2007/3/4
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今日は大失敗です。旦那様にも紅介様にもご迷惑をかけてしまいました。
今朝、朝食の配膳を終えると、旦那様に呼び止められました。旦那様が加納さんを通さずに私に話しかけてくるのは珍しいことです。
なんでも、昨日から職場に泊まり込んでいる紅介様に届けてほしいものがあるそうです。
「本当は加納さんか伊勢さんに頼みたいのだがね。二人とも今日は忙しいから。なくさないでくれよ」
そう言って旦那様は渋々といった様子で私に大きめの茶封筒を渡します。
「紅介様のところまでお届けすればいいのですね。お任せください!」
元気よく言ったら、奥様が不審そうな顔で旦那様に向かって何か囁くのが聞こえました。「いいの?任せても。盗まれたらどうするの?」と聞こえてきます。奥様はここへ来てから一度も私に向かって話かけてくれたことがありません。
「きっちり届けさせていただきます!」
当然この言葉も無視されました。
旦那様は奥様に向かって、「私が直接三鳥野学園に行って彼と会うよりは、紅介に行かせた方がいいだろう。仕方ない」と言っていました。何のことかはわかりませんが、何か事情があるのでしょう。
私は加納さんに紅介様の職場まで出かけてくると伝えました。
しかし、奥様の不安は間違っていませんでした。私はあろうことか、預かった茶封筒をなくしてしまったのです。
私が石鷲見家を出ようとすると、朱莉様に呼び止められました。朱莉様はテラスが汚れているから掃除するように言います。
「申し訳ありません。朱莉様。私は今から紅介様の職場まで届け物があるのです。加納さんや伊勢さんに頼んでくれませんか」
「出かける前に掃除するくらいできるでしょ?さっさとして」
朱莉様はそう言うと、返事も聞かずに行ってしまいました。仕方なく、茶封筒をいったん置いてテラスの掃除をします。
急いで掃除を終えると、朱莉様にノートがなくなったから買ってくるように頼まれました。お届け物の帰りでもいいでしょうかと尋ねると、すぐに使いたいのと返されます。
私は走って文房具店まで向かいました。この辺りはお店が少ないので、少し買い物をするのにも一苦労です。
ノートを渡すと、やっと朱莉様は解放してくれました。慌てて茶封筒を取りに戻ります。
しかし、ありません。
テラスの隣の部屋に、きちんと重しをのせて置いておいたはずなのに、茶封筒が見つからないのです。別の場所にしたんだっけ、使用人の休憩室の方へ置いたんだっけ、と必死に記憶を辿りますが、どこにも茶封筒はありませんでした。
加納さんや伊勢さんにも尋ねましたが、二人とも見なかったと言います。
私は重い足取りで旦那様に謝りに行きました。旦那様はリビングで奥様とくつろいでいて、私の顔を見ると怪訝な顔をしました。
「ずいぶん早いな。もう届けたのか?」
「いえ、そのう……」
なくしたと話すと、旦那様は大きくため息を吐きました。奥様の方は眉を吊り上げて、だから言ったのよ、鶴谷さんに渡す書類なんでしょ?誰かに見られたらどうするの、と金切り声をあげています。怒るときでさえ、奥様はこちらを見ません。
「届け物一つまともにできないと思わなかったな」
「申し訳ありません」
「新しいものを用意して明日加納さんに行ってもらう。鶴谷君には待ってもらうしかないだろう。君はもう下がれ」
「申し訳ありませんでした……」
項垂れて部屋に戻りました。ドアを閉める最中、旦那様が奥様に、直接的なことは書いてないから問題はない、事情を知らないものが仮に拾ったとしても何もわからないだろうと言っているのが聞こえました。
夜、帰宅してきた紅介様とすれ違いました。紅介様は怒るでもなく、じっと冷たい目でこちらを見つめました。
「あなたはなぜわざわざここへ?」
「それは、私は家事をするのが好きなのでメイドの仕事も合ってるかと思って」
「それにしたって、こんな家でなくでもよかったでしょう。三年前にここで殺人事件が起きたのを知りませんか」
「うちにはテレビがないので……。知らなかったんです。そのニュース」
「本当に?……実は興味本位で来たんじゃないですか?」
「そんなことはありません!」
それは誤解です。私は興味本位なんかではなく、真剣な気持ちで来たのです。
「いつでも帰ってくれて結構ですよ。あなた一人消えても困らないので」
紅介様は冷たい声で言いました。私は何も言えませんでした。
今朝、朝食の配膳を終えると、旦那様に呼び止められました。旦那様が加納さんを通さずに私に話しかけてくるのは珍しいことです。
なんでも、昨日から職場に泊まり込んでいる紅介様に届けてほしいものがあるそうです。
「本当は加納さんか伊勢さんに頼みたいのだがね。二人とも今日は忙しいから。なくさないでくれよ」
そう言って旦那様は渋々といった様子で私に大きめの茶封筒を渡します。
「紅介様のところまでお届けすればいいのですね。お任せください!」
元気よく言ったら、奥様が不審そうな顔で旦那様に向かって何か囁くのが聞こえました。「いいの?任せても。盗まれたらどうするの?」と聞こえてきます。奥様はここへ来てから一度も私に向かって話かけてくれたことがありません。
「きっちり届けさせていただきます!」
当然この言葉も無視されました。
旦那様は奥様に向かって、「私が直接三鳥野学園に行って彼と会うよりは、紅介に行かせた方がいいだろう。仕方ない」と言っていました。何のことかはわかりませんが、何か事情があるのでしょう。
私は加納さんに紅介様の職場まで出かけてくると伝えました。
しかし、奥様の不安は間違っていませんでした。私はあろうことか、預かった茶封筒をなくしてしまったのです。
私が石鷲見家を出ようとすると、朱莉様に呼び止められました。朱莉様はテラスが汚れているから掃除するように言います。
「申し訳ありません。朱莉様。私は今から紅介様の職場まで届け物があるのです。加納さんや伊勢さんに頼んでくれませんか」
「出かける前に掃除するくらいできるでしょ?さっさとして」
朱莉様はそう言うと、返事も聞かずに行ってしまいました。仕方なく、茶封筒をいったん置いてテラスの掃除をします。
急いで掃除を終えると、朱莉様にノートがなくなったから買ってくるように頼まれました。お届け物の帰りでもいいでしょうかと尋ねると、すぐに使いたいのと返されます。
私は走って文房具店まで向かいました。この辺りはお店が少ないので、少し買い物をするのにも一苦労です。
ノートを渡すと、やっと朱莉様は解放してくれました。慌てて茶封筒を取りに戻ります。
しかし、ありません。
テラスの隣の部屋に、きちんと重しをのせて置いておいたはずなのに、茶封筒が見つからないのです。別の場所にしたんだっけ、使用人の休憩室の方へ置いたんだっけ、と必死に記憶を辿りますが、どこにも茶封筒はありませんでした。
加納さんや伊勢さんにも尋ねましたが、二人とも見なかったと言います。
私は重い足取りで旦那様に謝りに行きました。旦那様はリビングで奥様とくつろいでいて、私の顔を見ると怪訝な顔をしました。
「ずいぶん早いな。もう届けたのか?」
「いえ、そのう……」
なくしたと話すと、旦那様は大きくため息を吐きました。奥様の方は眉を吊り上げて、だから言ったのよ、鶴谷さんに渡す書類なんでしょ?誰かに見られたらどうするの、と金切り声をあげています。怒るときでさえ、奥様はこちらを見ません。
「届け物一つまともにできないと思わなかったな」
「申し訳ありません」
「新しいものを用意して明日加納さんに行ってもらう。鶴谷君には待ってもらうしかないだろう。君はもう下がれ」
「申し訳ありませんでした……」
項垂れて部屋に戻りました。ドアを閉める最中、旦那様が奥様に、直接的なことは書いてないから問題はない、事情を知らないものが仮に拾ったとしても何もわからないだろうと言っているのが聞こえました。
夜、帰宅してきた紅介様とすれ違いました。紅介様は怒るでもなく、じっと冷たい目でこちらを見つめました。
「あなたはなぜわざわざここへ?」
「それは、私は家事をするのが好きなのでメイドの仕事も合ってるかと思って」
「それにしたって、こんな家でなくでもよかったでしょう。三年前にここで殺人事件が起きたのを知りませんか」
「うちにはテレビがないので……。知らなかったんです。そのニュース」
「本当に?……実は興味本位で来たんじゃないですか?」
「そんなことはありません!」
それは誤解です。私は興味本位なんかではなく、真剣な気持ちで来たのです。
「いつでも帰ってくれて結構ですよ。あなた一人消えても困らないので」
紅介様は冷たい声で言いました。私は何も言えませんでした。
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